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 BMWに乗り込んだ武藤は、携帯(スマホ)の画面をタップして自動操縦システムを切った。

 前回の向島署襲撃事件の際の反省から、現在、隊内の通信回線は民間の携帯電話回線を使用していない。代わりに、新庄の怪しげな根廻しと武藤の強引なコネによって、市ヶ谷にある自衛隊統合幕僚監部直属の指揮通信システム隊預かりで運用されている秘匿通信回線を間借りして使用していた。内調(内閣情報調査室)や情本(防衛省情報本部)などで、存在自体極秘扱いとされるような一部部隊で使用する特殊な回線である。

 通常の携帯電話通信より、より広域の周波数帯域を、はるかに複雑な論理式(ロジック)によって超高速でホッピングする高強度スペクトラム拡散通信方式を採用している。そのため、民間で入手可能な機材では通信の痕跡さえ把握するのは難しい。案の定、見事に「敵」の裏をかくことができた。

「これから現場を離脱する。──結城、一般からの通報を装って連中の情報を所轄に一式送りつけろ。一般警らの巡査なんか、近づけさせるな。向島の二の舞だぞ」

邀撃捜査班(ウチ)の名前を出しちゃダメなんですか?』

「バカ野郎! ウチの名前出したら、通る話も通らなくなっちまうだろうが!」

「……うわぁ、自覚あったんだ」

 後部シートで由加里が小さく声を上げる。その横では、青い顔をした呉が頭を抱えて、「……お終いだ。……俺は、もうお終いだ……」とぶつぶつ呟いている。

「……出すぞ」

 微かに聴こえた不機嫌な舌打ちに由加里が気付くのと、BMWが狭い道路を急発進するのはほぼ一緒だった。

「きゃあ!」「うわあっ!」

 後部シートで由加里と呉が揃って、ひっくり返る。

「何すんですか、警部! 危ないじゃないですか!」

「お前はあれを見ても、同じ台詞が言えるのか?」

「?」

 武藤の言葉につられてフロンドガラスの先に目をやれば、狭い道路の辻々に身を隠した兵士たちが、こちらに自動小銃の銃口を向けている。

「げげっ!」

「頭ぁ下げろっ!」

 武藤の怒号と同時に、兵士たちが一斉に発砲を開始する。

 フラッシュハイダーを兼ねた制音器(サプレッサー)越しに抑制された銃火が閃く。無数の5.56×45ミリNATO標準小口径高初速ライフル弾が、横殴りの暴風と化して前方からBMWに襲いかかる。拳銃弾程度は軽く弾く性能を持つはずの強化コーティングされたフロントガラスは、一瞬と保たなかった。爆発するように粉々に砕け、微細な破片が車内にぶち撒けられる。

 通常の車輌用高張力(ハイテンション)鋼板のままの車体に、ライフル弾が次々に突き刺さる。だが、エンジングリルを囲む防弾繊維(アラミド)の圧縮合板やセラミックパネルを突破できず、そこで喰い止められた。

 側面からの銃撃もドア内に組み込まれた防弾装備で受け留め、鉛の暴風圏をものともせずにBMWが突っ走る。

 だが、狭い道幅に入り組んだ道では、思うように速度は出せない。

「!?」

 前方──冷たい路上に張り付くようにして伏せる兵士が、肩に背負ったRPGの太い弾頭をこちらに向けていた。



「まずい!」

 それと気づいた劉が、ラブホテル屋上の(ふち)から身を乗り出して狙撃銃を向けようとする。

 そこへ即座に銃撃が収束する。ホテル横の別の脇道から接近する一隊からの発砲だった。

「そんなところにまで、敵がいるのか……?」

 何人繰り出してきてるんだ、こいつら──と呻きつつ頭を引っ込めた劉は、狙撃銃だけを突き出し、モニター越しに発砲しようとした。

 鋭い警告音──電子狙撃支援システム(DSS)からの脅威判定警告。

 通信飛行船(コムシップ)から拾ってきた広域監視映像と熱分布映像(サーマルグラフィー)を使ったリアルタイム解析によって、RPGを構えた兵士の存在をシステムが感知したのだ。

 モニターグラスの内側で、視界の片隅に拡大された兵士の姿が映る。RPGをこちらに向け──いや、上空に向けている。何故?

「しまった!」

 敵の意図に気づいた劉は、即座にその場で跳ね起きた。狙撃銃を背中に廻して、全速力で屋上の反対側まで突っ走る。そこから垂らした金属ワイヤー──それに取り付けられた降下速度調整用のワイヤー緩降器の取っ手(グリップ)を掴む。

 落下防止用の安全ケーブルを腰の金具に引っかけようとする間に、地上から発射されたRPGの弾頭がふたつ、打ち上げ花火よろしく上空へと駆け上がろうとしている姿が視界に飛び込んでくる。

「畜っ生!」

 緩降器を掴んで床を蹴り、屋上から身を投げ出す。

 急角度の弾道軌道を描いて最高高度まで上昇したRPGの弾頭が、推進力を失って落下──ほぼ同時に屋上に着弾する。

 爆轟が夜のラブホテル街に響き渡った。



 路上に伏せていた兵士がRPGを発射した。派手な後方爆炎(バックファイア)を閃かせ、弾頭が発射器から滑り出す。

「クソったれが!」

 罵りながら武藤がハンドルを切る。と言って、逃げ場などない。この距離では回避の余裕もない。

 ラブホテルのコンクリート外壁をBMWで削りながら、地を這うよう飛ぶRPGの弾頭を薄皮一枚の距離で回避する──いや。射手の狙いははじめから直撃ではなかった。

 BMWと擦れ違う直前に道路脇の電柱に着弾。多量のコンクリート片を伴った凶暴な爆風が車体後部を捉える。後ろから蹴飛ばされるように、ステアリングが持っていかれる。電子制御のアンチロック・ブレーキ・システム(ABS)も間に合わない。欧州車屈指の強力なパワーステアリングでさえ、ハンドルが流れるのを押さえ込めなかった。

「く……っ!」

 防弾装備で車体重量の増えたBMWが、コンクリート外壁を叩き崩しながらスピンする。基底部を吹き飛ばされた電柱が、電線を引き連れて道路側に倒れこむ。それを紙一重で躱すように避けつつ、すぐそばにある小さなマンションの狭いエントランスに頭から突っ込んだ。

 ガラスとコンクリートと金属の奏でる派手な不協和音とともに、BMWは道路側に横腹を晒すようにして動きを止めた。

「………………」

 指揮官格の兵士が無言のままハンドシグナルで指示を下す。自動小銃を肩付けに構えた兵士がふたり、すぐ近くの街路の角から姿を表して慎重にBMWに近づいてゆく。

 その背後にも、彼らの支援(カバー)として複数の兵士たちが続く。

 遠くでパトカーのサイレンが聴こえる。だが、こちらに近づく様子はない。

 兵士たちの足元で、軍用ブーツがコンクリートやガラス片を踏みにじる音だけがする。

 ぴくりとも動かない穴だらけのBMWの後部ドアまで近づいた兵士のひとりが、相方の兵士に目配せし、ドアに手を掛けようとした。

 と、ドアの方から開き、何かが車外に転がり出る。

「!?」

 とっさに銃口を向ける兵士たちに、それは掠れた声で訴えた。

「ひっ……やめ……撃たない、で……!」

 顔をくしゃくしゃに歪めた呉が、頭を抱えてうずくまる。

 その無様な姿に軽く舌打ちすると、兵士のひとりが喉頭(スロート)マイクの送信ボタンプレストーク・スウィッチを押して本部へ報告した。

「対象の身柄を確保。特に外傷は見受けられず──!?」

 そこまで言いかけ、運転席の窓から突き出された太い筒状のものに気づく。

 それが12番径のショットガンの銃口であることに兵士が思い至った時には、そこから撃ち出された一粒玉の銃弾に(くび)から上の頭部を粉砕されていた。

「な……っ!」

 慌てて振り返ったもうひとりの兵士の胸板に、二発目の銃弾が叩き込まれる。特殊部隊が家屋突入時に、一発でドアをぶち抜くための銃弾だ。この至近距離では防弾装備もへったくれもない。向こう側が見えるほどの大穴を胸に開けて、兵士がひっくり返る。

「潮! 早くそいつを回収しろ!」

「はい!」

 運転席からショットガンを連射する武藤の横で、慌てて車外へ飛び出した由加里が呉の襟の後ろを掴んで、車内へと引きずり込む。再びライフル弾の暴風がBMWに襲いかかるのと、ドアが閉まるのはほぼ同時だった。



「ひいぃ~~っ!」

 ハンマーで滅多打ちにされるような着弾音と振動に、由加里と呉が車内で揃って頭を抱える。

「な、言ったとおりだろ?」

 いつの間にか咥えていた煙草に火を付けながら、武藤はどこか得意げに言った。

「連中の狙いはそいつの身柄だ。そいつが生きてる間は、そう無茶もしてこねえよ」

「充分、無茶されてます! 今、現在、NOW!」

 半分涙目で由加里が叫ぶ。

「こんなもん無茶の内に入るか。本気ならとっくにRPGで吹っ飛ばしてる」

「……こんな時に、呑気に煙草とか吸わないでください!」

 紫煙を(くゆ)らせながら平然と指摘する武藤に、八つ当たり気味に由加里が抗議する。

「ここは俺の車で、俺が煙草喫おうが何しようが、俺の勝手だ。嫌ならお前が外へ出ろ」

「出れるわけないじゃないですか、こんな状況で!」

 外の銃声と着弾音に負けじと、声を張り上げる。

「じゃあ、おとなしくしてろ。どうせ穴だらけで、煙もこもらん。気にすんな」

「………………!」

 二の句が継げないとはこのことだった。いっそこの場で思いつく限りの罵詈雑言を浴びせたかったが、いざとなると案外思いつかない。己のボキャブラリーのなさが、悔しい。

 どうしてくれよう、この上司……!

 ぐぬぬ、と睨む由加里を無視して、武藤は結城を呼び出した。

「状況を報告しろ」

『包囲されてます』

 身も蓋もない現実を、結城は率直に口にした。

「見れば判る。で、敵の規模は?」

『ざっと五~六◯人ってところでしょうか』

 さらりと結城が答える。同報回線でそれを聞いていた由加里の顔から、一気に血の気が引いてゆく。

「続けろ」無視して武藤が先を促した。

『敵の装備は、いずれもフルスペックの軍用装備ですね。

 自動小銃はロシア製の最新型に制音器(サプレッサー)を装着したもの。発砲音の音紋から判りましたが、NATO弾対応の西側輸出仕様です。

 着ている戦闘服(バトル・ドレス)の赤外線放射パターンを解析したら、第一階層(ティア・ワン)クラスの特殊部隊で採用されてる一着数十万の奴──こないだ武藤さんが出入りの商社に無理言って生地サンプルまで本国から取り寄させた挙句、梶浦さんに高すぎるってダメ出し喰らった奴ですよ』

「うるさい。余計な話はいい。劉はまだ狙撃配置にいるのか?」

『いません。狙撃ポイントが、敵のRPGにふっ飛ばされましたんで』

「だ、大丈夫なんですか。劉さん?」

 慌てて由加里が会話に割り込む。

『ああ、大丈夫、大丈夫。直前に脱出して、ぴんぴんしてるよ。まぁ、敵の兵隊に追いかけられて、現場から離脱するのにひと苦労だったそうだけど』

「『離脱』じゃねえ。追い払われただけだ。劉を襲った連中は、既にこっちの包囲網に合流してるはずだ」

『敵の動きを見る限り、そういうことみたいですね。劉さんは久住さんと合流して、今、別の狙撃ポイントを探してるところです』

「しかし、兵隊の数が妙に多いな。何故、ここまで大がかりに兵を繰り出す必要がある……?」

 武藤は眉を顰めて呟いた。

「私たちの存在に気づいてたんじゃ──?」

 言いかけた由加里の仮説を、武藤があっさり否定する。

「それでこの数を繰り出してきてるのが、おかしいって話をしとるんだ、どアホぅ」

「はぁ……」

 いまひとつ腑に落ちていない表情の由加里をよそにしばし考え込んでいた武藤は、不意に口許を歪ませた。

「そうか。『本命』が別にいるってか……!」

「ああ、また悪い顔を……」

 邪悪としか形容のしようのない上司の表情に、由加里が額に手を当てて嘆く。

「そういうことなら……俺は寝るぞ!」

「はぁ?」

 驚く由加里をよそに、吸っていた煙草を車外に放り捨てると、ショットガンを抱きかかえたまま、運転席のドアに凭れて目を閉じる。

「ちょっと、警部!」

「何か動きがあったら、起こせ」

「何か、って……」

 相変わらずやむ様子もない銃撃と着弾音に、由加里は不安げに車外へ目をやる。

「この状況がその『何か』じゃなければ、一体、『何』が起こったら──」

 視線を車内に戻すと、上司が本当に寝息を立てて寝ていた。

「………………っ!」

 ありえない! 信じられない! ワケが判らない!

 何故、こんな状況下で眠れるのか? どういう神経をしてるんだ? こんなのが自分の上司なのか?

 やはりこんな職場、さっさと辞めるべきだったのではないか……?

 さまざまな感情と問いが渦捲き、行き場を失って脳内で爆発しそうになったそこへ、何者かが由加里の袖を引っ張った。

「何ですかっ!」

 今にも噛みつきそうな形相で由加里が振り返る。

「あ……いや……」一瞬たじろぎつつ呉は訊ねた。

「な、何なんだ、あんた達は……?」

「………………」

 完全に虚を突かれ、しばし呆けたように呉の顔をぼんやりと眺める。

「えーっと……」やがて長い逡巡の後、やっとの思いで由加里は言った。

「その話、話すと長くなりますけど、いいですか?」

「……じゃあ、いいです」

引き続き銃撃の嵐です。

バンバン、景気よくぶっ放しております。


まぁ、それはともかく。

この辺、隙あらば、思いつく限りの小ネタを突っ込んでますね。

事実の裏付けのあるものもあれば、完全な思い付きのものもあります。

こういうネタをどんどん突っ込んでゆくのも、書き手側としてはお楽しみな部分です。


次回はここに、さらに新たなるプレイヤーが参戦。

どんどん状況は混とんとしてゆくのです……。


次回は来週6月30日(月)6時更新予定です。

 ※次回より更新時間が変わります。

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