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電波妨害機(ジャマー)設置完了しました!」「地域電力系を制圧、いつでも落とせます!」「警察・消防の所轄指令系のモニターを開始!」

「よし!」

 品川駅東口から広がる再開発された真新しい高層オフィス群のひとつ、出来たばかりのオフィスビルの地下フロアに設けられた指令室(OPセンター)で、久慈の部下の東京室長・浅田は作戦の進捗状況に頷いた。

 モニターの視認性を高めるために照明を落とした広い室内には、現場の中継動画や周辺地図を表示する数面の大型スクリーン、兵站業務(ロジ)や通信インフラ、情報分析を担当する社員やサイバー戦担当のスタッフが自分の機材や資料とともにひしめき合っている。空調が効いているはずなのに、熱気と緊張感で肌がじっとりと汗ばんでくる。

 サイバー戦チームのスタッフの多くはカジュアルな髪型と服装だったが、残りの多くはネクタイやスーツ姿で、皆、首からIDカードを下げている。女性社員の姿も少なくない。この辺りの大企業に勤める堅気のサラリーマンと、外見上、何ら変わらない。

 浅田自身は、自衛隊退役以後も続けてきた走り込みと筋力トレーニングで維持するがっしりした筋肉質の体躯を、シャツとネクタイで包んでいる。

 いずれも東証一部上場の警備会社及び関連会社の社員たち、という意味では、それはまったくの事実である。

 だが、正面モニターに表示された現場周辺、渋谷界隈、そして関東近県の広域地図上にプロットされた点は社内規定の戦闘従事資格保持者の現在位置で、その内、渋谷周辺に展開する八○前後の点は赤く塗り分けられていた──武装し、いつでも戦闘に参加できる要員の配置図だ。

 そして突入を控えた兵士たち各自のヘルメットに内蔵する小型カメラからの中継動画には、当人や同僚たちの装備する銃火器が当たり前のように映り込んでいた。

 市民社会の法令順守(コンプライアンス)の精神をあからさまに踏み抜いて余りあったが、それをここにいる誰ひとりとして、疑問に思う者も、抗議する者もいなかった──それが彼らの「仕事」であり、「日常」の一部なのだ。

 浅田はヘッドセットの針金のように細いマイクを掴んで告げた。

「突入班、状況を知らせよ」

『各員、配置につきました。いつでも行けます』

 現場を任せている指揮官が応える。

 本来なら使わずに済む選択肢(オプション)だった。

 一連のテロ騒動以来、治安状況は悪化する一方だったし、複数の外国人犯罪組織を含む多勢力が呉の身柄を追って競合状態に陥っていた。事実、呉の行方を追っていた情報班は、都内の各勢力が武器と兵隊を掻き集めている情報を掴んでいた。こちらも保険として、打つべき手は打たねばならない。

 彼の手元にあって、すぐに手配可能な戦力として打ってつけの者たちがいた。中央アフリカの天然ガス採掘場の警備任務に派遣されるべく、品川の東京支店に待機中だった二個小隊、約八〇名の警備員達──実戦経験も豊富で、武器の使用にも長けた傭兵たちだ。国内で使用するには、頭数も、装備も、技量も、ことごとく過剰な戦力だったが、こういう「保険」にこそ最大戦力を確保するのが彼のスタイルだった。明朝には羽田から発たねばならない者たちだったが、それまでの「アルバイト」としては悪くない。

 そして、上司からフリーハンドの戦力使用の許可も得た。

 相手の正体が何者であろうと、これだけの戦力に対抗できるとは思えない。後は火力を叩きつけ、容赦なく踏みにじり、蹂躙するだけだ。

 だが──

 何だ……? 

 得体の知れない違和感が、一瞬、よぎる。何かを致命的に見落としている。そんな気がする。だが、それは……?

 限られた時間の中で、打つべき手は打った。こちらのふたりが殺られてから、たった一〇分ほどで、この布陣を展開し、情報、インフラまで一気に押さえた。ここまでの展開は「敵」にも予想できまい。主導権(イニシアティブ)は完全にこちらのもの──「時間」?

 浅田ははたと気づき、正面大型モニターの画面端に表示される時刻表示に目をやる。

 一〇分。

 この一〇分、店内にいる「敵」は何をしていた? 二人も殺したのだ。そんな場所に長居をしたいと思うものか? しかも店長が先に逃げ出している。通報されて、すぐにでも警察がやってくると考えるのが普通だ。それを避けても、非常線を張られてしまえば身動きが取れなくなる。相手もプロなら、そう考える。急いでその場を離れるべきだ。なのに店から出ようとしない。

 何故だ──こちら存在に気づいている? 付近を封鎖されてることに気づいている。うかつに動けば、店外に伏せた兵士たちによって蜂の巣にされることに気づいている。裏口から逃げようとして射殺された店長のように。

 どうやって──店内から動こうとしない「敵」が、どうやってそれを知った?

 支援体制(バックアップ)──やはり店内の「敵」には、それを知らせる支援体制があるのだ。

「………………」

 室内の各種モニター上に散りばめられた情報群に、素早く視線を走らせる。そこのどこにもそんな兆候はない──「敵」が一枚上手、ということか。

 ずしんと胃の腑が冷えて沈み込む。

 今の自分たちの裏を掻いてそんな真似ができるのは、どこのどいつだ? その辺のチンピラ犯罪組織程度の連中では有り得ない。国家機関のごく一部のエリート部隊か、一流大企業お抱えの情報戦部門──いや、それはいい。今はそれより、対処を急がねばならない。

広域探索(エリア・サーチ)」浅田は部下たちに命じた。

「付近の人間、車輌、熱源、電波発信源すべての脅威判定をやり直せ」

「今からですか?」

「今すぐに、だ」

 驚く部下に、強い口調で再度命じる。軍用の戦術分析ソフトウェアに自動処理でやらせるので、それほど手間はかからないはずだ。

「防犯カメラ映像の経路(ライン)も再チェック。『枝』がついてそうなカメラは、電源ごと切れ。それと無人偵察機(UAV)も飛ばせ。熱分布画像(サーマル)カメラを積んだ小型機を現場に持ち込んでたはずだ」

「結果が出るまで、突入を待たせますか?」

「いや」部下の問いに首を横に振る。

「タイミングは現場に任せる。準備が整い次第、すぐに突入させろ」

「時間」と「情報」がせめぎ合うぎりぎりの局面で、最重要視すべきなのは「時間」だ。銃を抜き、撃鉄が起こされ、銃口がこちらを向くまで、それは敵にとっての「戦力」──味方にとっての「脅威」ではない。敵より一瞬でも早く味方の資源(リソース)を戦力化して敵に叩きつけることができれば、圧倒的な優位の下で敵を蹂躙することができる。逆なら、それがこちらが甘受すべき運命となる。

 勿論、叩くべき敵の規模や所在を正確に知る「情報」あっての話ではあるが、それを確認するために「時間」という資源(リソース)を浪費していい話にはならない。味方の使った「時間」は、敵にも等しく与えられるのだ。逆に、敵に「時間」を与えないために、味方の「時間」の使用を控えるというのも、立派な戦術判断だ。

 この場合、この作戦の本質は、呉の身柄を押さえることだ。「敵」にとっては違うのかもしれない。だが、それはいい。現場で確認されている敵戦力は二名。装備も拳銃程度だろう。彼我の戦力差は隔絶している。警戒を怠るべきではないにせよ、この戦力差のまま圧し切るべきだ。

「敵」の支援体制(バックアップ)が意味を持ってくるのは、どうせその後だ。「敵」の救援部隊が集まってくる前に、呉を連れて現場を離脱する。場合によっては、警察も来る。非常線も張られるだろう。だとすると、「時間」がないのはこっちの方か。……。

 時間線(タイムライン)と想定される事象(イベント)の流れを、頭の中で整理して、展開する──瞬時にそこまで読み切って、浅田は作戦の続行を命じたのだった。

『突入カウントダウン開始』現場指揮官の音声が指令室内に流れる。

「突入と同時に周辺地域の電力系を切れ」

『五、四、三──』



 店の前に展開する黒づくめの兵士たちが、一斉に自動小銃を構える。

 カウントダウンに合わせて指揮官が腕を振り下ろそうとしたその時、狭い路地に腹に響く低いエンジン音が鳴り響いた。

「!?」

 鋭いハイビームが兵士たちを真横から照らし出す。

 店先から少し離れた場所に停められたBMW。店内にいる男女が乗ってきた車だ。だが、無人であることは確認してある。それが何故──?

 その疑問に解が得られる前に、指揮官の頭部がヘルメットごと撃ち抜かれた。至近距離からバットで殴りつけられたように、頭から冷たい路上に身を投げ出す。

「狙撃!?」

 各自の身につけたマイクから発砲音を感知した対狙撃(アンチ・スナイピング)デバイスが、GPSと連動した三角測量で、狙撃者の所在を即座に見つけ出す。それはノイズキャンセラーを兼ねたヘッドセット越しに、三次元化された警告音の方角として、兵士たちに示された。残された兵士たちが、ほとんど脊髄反射レベルの動きで狙撃者に向けて反撃の発砲を開始する。

「うわっ!」

 一匹の生き物のような滑らかな動きで始まった敵の反撃は、はじめから驚くべき精度で狙いが収束していた。制音器(サプレッサー)で初速を殺されているとは言え、それを織り込んで撃ってきているのか、すぐに劉の周囲に着弾が集まってくる。うかつに頭も上げられない。これではとても二発目の狙撃などできそうもない。

 と、その兵士たちの中にBMWが突っ込んでゆく。

 避け損なった兵士をひとり、背中から轢いて身体ごと吹っ飛ばし、激しいブレーキ音とともに急停車。

「いくぞ!」

「はい!」

 拳銃を構えた武藤と由加里が、呉を間に挟んで店内から飛び出す。

「!?」

 驚く兵士たちへ向けて、武藤が容赦なく銃撃を叩き込む。銃を構えようとする兵士の肩や脚を撃って体勢を崩し、銃口の向きを逸らす。更にボディアーマーの隙間を的確に狙って致命傷を加えてゆく。冷徹で正確な、機械処理のような銃撃で、瞬く間に三人の兵士を射殺する。

 結局、由加里は一発も撃つことなく、BMWの後部シートに呉の身体を押し込んで、自分も車内に乗り込む。

「警部!」

 武藤は頷くと、足下に転がる兵士の手元からロシア製の最新型自動小銃AK12を拾い上げる。東側の名銃AK47の系譜を引いて特徴的なバナナ型弾倉を持ちつつ、今時の自動小銃らしく銃身直下にはフォアグリップとオプション装備装着用のガイドレールがついている。開発の遅れで正式採用前にメーカーが経営破綻するわ、総額二三兆ルーブル(約七◯兆円)もの装備更新プログラムの一環としてようやく軍の正式採用が決まれば、ウクライナ危機に端を発した外資の資本逃避(キャピタル・フライト)の煽りを喰らってすぐに予算不足で配備計画が頓挫するわと、とかくいわく付きの銃である。もっとも、射撃精度も、運用の堅牢性も、ともに現代の自動小銃として、諸外国の銃と比べて些かも見劣りするものではない。

 コッキングハンドルを引いて、薬室内の銃弾を廃莢する。手入れが行き届いているのか、金属音とともに機関部が滑らかに作動する。

 それを確かめると、おもむろに振り返ってフルオートで自動小銃を撃ち放った。

「!」

 店の脇の路地から飛び出そうとしていた兵士が、至近距離からの小口径高初速ライフル弾の連打を上半身に喰らってひっくり返る。

「下がれ! ここは駄目だ、下がれ!」

 後続の兵士が叫び、路地の奥に戻ろうとする。店の裏を押さえていた兵士たちが、表の騒ぎに慌てて駆け付けようとして、したたかに鼻先を叩きのめされた形だった。

「ふん」

 武藤は不機嫌そうに鼻を鳴らし、自動小銃をその場に放り捨てた。

「警部、早く!」

「うるさい、判ってる」

 後部座席から急かす由加里に告げ、武藤はBMWに乗り込んだ。



「……な──」

 何が起こった……と口にしかけ、浅田は危うく呑み込んだ。

 いや、起こったことは判っている。

 狙撃兵によって現場指揮官が射殺され、そこへ車輌(BMW)を突っ込まれた。混乱した中を強襲されて、一瞬で六人の兵士が殺られた。先に店内で殺られたふたりを含めれば、八人だ。いずれも戦場慣れした熟練兵(ベテラン)揃い。それが八人。八人が、まるで獣にでも喰い散らかされるようにあっさりと殲滅された。

 敵に支援体制(バックアップ)があることは予期していたのだから、狙撃兵の配置も当然、予想してしかるべきだった。車輌(BMW)も、無人だからと油断せず、せめてタイヤをパンクさせるなり、ブロックでもかませて走行不能にしておくべきだった。車輌の自動操縦は数年前から実用段階に入っており、各国で法整備を待っている段階だ。技術的に可能で、それが必要と判断され、実行するだけの予算のある組織なら、何だってやってのけるだろう。

 更に言えば、この車輌の自動操縦に使った電波をはじめとして、敵が使用しているであろう電波の発信をまったく捕捉できていない。携帯電話用の主要キャリアの使用する周波数帯の電波は既に妨害してあるし、警察や消防の周波数帯もモニター中だ。だが、何の電波も使用せずに外部との連携だの、車輌の自動操縦だのができるはずがない。

 つまり、それ以外の周波数帯──自衛隊や米軍、航空・船舶用の回線などのどれか、もしくはその隙間を縫うような周波数帯の電波を使用していると言うことになる。せいぜい外国人犯罪組織程度の相手を想定していたので、そこまでの電波探知能力を持った機材は現場に持ち込んでいなかった。結局、その辺の帯域が探知領域の穴になっている。

 しかし、別に日常のやり取りをするのに、そんな専用回線など必要ない。高度な専門知識や、高価な専用機材を必要とするのだ。「敵」はそれを必要とし、運用する能力を持っている。

 やはり国家機関、なのか……?

 その国家機関が、なぜ呉の身柄を求める──いや、そこは今はいい。

「敵」は躊躇なくこちらの兵士を殺しにきた。強硬で激烈な意志の存在を感じる。同時に法令遵守(コンプライアンス)の意志の欠如。少なくとも法を逸脱すること、逸脱したことによる(ペナルティ)を怖れている気配がまったく感じられない──非合法(イリーガル)で、触れてはならない(アンタッチャブル)な組織?

 読み違えた。こんな「敵」が出てくるとは想定してなかった。戦闘力も情報戦能力も、明らかに「敵」の方が階層(クラス)が上だ。この業界で、階層(クラス)の違いは、捕食者と被捕食者の峻厳たる立場の違いとなって(あらわ)れる。例えば、陸自の特殊部隊は東アジアではトップクラスの実力を誇るが、それでも第一階層(ティア・ワン)と呼ばれる英陸軍特殊部隊(SAS)や|米陸軍第1特殊部隊デルタ作戦分遣隊デルタ・フォースには絶対的に敵わない。個々の兵士の練度や資質とは関係なく、総合力で「実力」の次元が隔絶しているのだ。現役士官時代、日米合同演習などの際に感じたのと同じ、圧倒的な力量の差を強く覚えていた──今が引き返し限界点ポイント・オブ・ノーリターンなのか。

 いや……いや、まて。まだ諦めるのは早い。突破口はある。あるはずだ。

 そう。「敵」は何故、増援を呼ばない?

 少なくとも、地元の所轄警察とは連携していない。リアルタイムで自動テキスト化された所轄無線系の通話ログにざっと目を通す限り、狙撃兵の放った銃声を拾って、今頃おっとり刀でパトロール警官を廻そうとしている。

 別の増援を待っているのかもしれない。ならば何故、「敵」は「今」動いたのか。彼我の戦力差から、籠城は不利と判断した。あるいは「敵」も警察に介入されたくないのか。そして動くとすれば、こちらの襲撃の機先を制する形が最も効果的だ──タイミングを読まれていた。だから、「今」だったのだ。くそ。

「敵」に増援は来ない。少なくとも、今すぐは来ない。BMWが無人操縦だったのは、車輌で待機させる人手もなかったからだ。「敵」の戦力には「厚み」が決定的に欠けている。

 ならば、ここは()しの一手だ。

「敵車輌前方に封鎖線を形成!」浅田は短く命じた。

「RPGの使用も許可する。大通りに逃げられる前に、車を潰して足を止めろ!」

いよいよ本格戦闘開始。

しかし、刑事ものなのに、すぐに戦争になっちゃうな、この話……。


ちなみにこの辺を書いてたのは1年ほど前なんですが、中国のバブル破裂前にウクライナであんなことになるなんて予測もつかなかったので、ロシア経済についての描写はちょっと弄ってます。

いや、本当。「現実の半歩先」がコンセプトなので、現実世界とは追いつ追われつで必死に書いているのです(とほほ)。


次回は来週6月22日(日)24時(23日(月)零時)更新予定です。

更に加速する銃撃戦。ご期待ください。

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