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「何だ、おま──!?」

 冷え込む外気を纏ったまま店内に飛び込んだ武藤が、不意にその身を沈める。そのまま、口を開きかけたベースボール•キャップの男の顎に、体重の乗ったアッパーを叩き込む。男の体躯(からだ)が、簡単に店の奥まで吹っ飛んでゆく。

 それを見届けることなく、呉の腕を摑んだままとっさに身動きの取れなかった中年男の顔を鷲摑みにして、強引に後頭部からカウンターに叩きつける。

「があああああああああっ!」

「人の獲物、勝手に横取りしてんじゃねえよ」

 顔面を摑む手の力をさらに強めながら、愉しげに武藤が囁く。

「お前ら、どこの何者だ? さっさと喋らねえと、このままその禿頭、握り潰すぞ!」

 中年男は呻き声を上げ続けながら、腰のホルスターから短銃身(ショートバレル)の自動拳銃を引き抜く。

「警部! 危ない!」

 由加里の警告は、立て続けに鳴り響く乾いた銃声にかき消された。

「………………」

 顔を顰めた武藤が中年男の顔面から手を離し、二、三歩、後ずさる。

 中年男の放った銃弾は、すべて武藤の胴内に着弾していた。

「警部!」

「ちょ……調子に乗るからだ、この野郎!」

 吐き捨てるように告げ、さらに止めとばかりに、苦い表情で立ち尽くす武藤に向けて銃口を突き出して足を踏み出す。

「バカが、死ね!」

「バカは手前だ」

 短く告げると、武藤は拳銃を持って突き出された中年男の右手を左手で摑んでひねり上げる。空いた右手で左肩に吊ったホルスターから軍用自動拳銃を引き抜いて、その銃口を中年男の眉間に向けた。

 一瞬の形成逆転に、何が起こってるのか理解でできない男を虫けらでも見るような目で眺めたまま、武藤は躊躇なく引き金を落とす。

 至近距離で撃ち込まれた軍用9ミリ•パラベラム弾は、後頭部から大きな射出口を形成して飛び出し、脳の内容物をカウンターにぶち撒けた。

「防弾チョッキぐらい着てるに決まってんだろうが、どアホう」

 シャツの下に着込んだ防弾チョッキにめり込んだ銃弾を引っこ抜きながら、武藤が冷ややかに言い放つ。

「ああっ、何で殺しちゃうんですか!?」

頭を抱えた由加里が悲鳴のような声を上げた。



 あの後、呉の後を追って店内に入ろうとした武藤と由加里だったが、それより先に店先に現れたトレンチコートの中年男とベースボールキャップの男のふたりに気付き、慌てて物陰に隠れた。眼光鋭く周囲を警戒しつつ、中年男が携帯でどこかに連絡を取ってから、しばらくして店内に足を踏み入れる。

 後を追って店内に入ろうとした由加里だったが、武藤に「待て」と引き留められた。奇襲を掛けるなら、相手の行動の切り替わる瞬間を狙え、と。

 中年男達を見た瞬間から、猫が全身の毛を逆立てるように警戒モード全開で告げる武藤に反論なぞできるはずもなく、結城に持たされたポータブルのレーザー盗聴装置を使って、店内の様子に聞き耳を立てる。ガラスの振動などから、室内の音声を盗聴するデバイスだが、今ではポケットに収まるサイズまで小型化されて市販されている。ただ性能がビームの出力に依存するためか、これだけ小型だと有効距離も短く、風などの外乱要素にも弱くなる。

 折しもゆるやかな寒風がこの路地にも吹き流れていて、寒さに震えながら、ノイズ混じりの聞きづらい店内の会話を必死で聞く羽目になった。

 そしていよいよ、店内の男達が呉を連れて店を出ようとしたその矢先──先方の意識が呉に集中するその絶妙な瞬間を狙って、武藤は店内に乗り込んだのだった。

「殺しちゃったら、何も訊き出せないんですよ!」

「……何を見てたんだ、お前? 正当防衛だ、こんなもの」

「どこがですか! 警告手順抜きで発砲だなんて、認められるわけないじゃないですか!」

「ごちゃごちゃ、うるせえな。話だったら、そこで伸びてるもう一匹に──」

「……いませんよ?」

 見れば、落下した男の身体を受け留めたテーブルや椅子が、ひっくり返ったり横倒しにされて乱雑に散らかっているものの、本人の姿はない。

 店内に視線を巡らせる。

 カウンターのスツールにしがみついて、呉が真っ青な顔でがたがたと歯の根を鳴らしている。カウンターの向こうでは、目を(みひら)いた店長が大きな業務用冷蔵庫の背中をくっつけて、凍りついている。……。

「警部、もしかして外に逃げたんじゃ──」

 言いながら振り返ると、由加里の上司は鬼のような形相で自分に銃口を向けようとしていた。

「どけ、バカヤロウ!」

「ちょっ、警部! 何で、こっちに銃口を──!?」

 と、その(くび)に背後から男の腕が捲きついて、ぐいっと後ろに引っ張られる。

「動くな!」

 後頭部、首の後ろから固い銃口を圧し付けながら、耳元で低い男の声──ベースボールキャップの男が告げる。

「け、警部、すみませ~ん」

「バカが、また簡単に捕まりやがって……」

 吐き捨てるように武藤が呟く。

「銃を捨てろ」

「………………」

 男の物言いが癇に障ったのか、眉間の皺を一層深めた武藤は、逆に両手で拳銃を構え直す。銃身の先の照星を視線の軸にぴったりと合わせ、猛禽類を思わせる鋭い眼光をレーザーのようにこちらに向けてくる。

 だが男の方も、小柄な由加里の身体の背後に器用に身を隠し、隙を見せない。

「け、警部! ダメです!」由加里は慌てて叫んだ。

「殺しちゃったら、事情聴取できません!」

「……おい……」

「そういう贅沢は、まず相手を無力化してからだ、といつも言ってるだろうが。ましてや武器持ってる玄人(プロ)相手なら、目の前の敵を確実に動けなくすることだけに集中しろ。そいつが生きて捕らえられるか、死んじまうか、は結果でしかねえ」

「おい! こっちは人質取ってんだぞ!」男が切れ気味に銃口をさらに強く由加里に圧しつける。

「いたいいたい」

「こいつを殺されたくなかったら、さっさと銃を捨てろ!」

「……いやぁ、そういう常識的な要求が通用する人じゃないですよ。悪いこと言いませんから、おとなしく銃を置いてですね──」

「お前は黙ってろ!」

「いたいいたい。だから、いたいからそれやめてください」

 銃口で後頭部をぐりぐりと抉られ、由加里が涙目で訴える。

「おい」銃を構えたまま、武藤が不機嫌な口調で告げる。

「遊んでないで、とっととそいつを何とかしろ。……撃ちづらいだろうが」

 ……「撃てない」じゃないのか。

 背筋を撫でる冷んやりとした感触に促されるように、身を捻ってもがいてみるが、頸に捲きついた男の太い腕はびくともしない。

「外れません」

「そんな報告はいらん。このまま一緒に撃たれたくなければ、教えたとおりにやれ」

「教えた、って、そんなこと言われても……」

 また無茶を言い出す──と困惑しかけて、ふと思い出す。

「あ、そうか」

「おい、何の話を──?」

 何か言いかけるのを無視して、首に捲きついた男の肘の関節、骨と骨の隙間に親指を突き立てて力いっぱいねじ込む。

 苦痛の呻きとともに、首を絞める男の腕がわずかに弛む。その隙を逃さず、膝を崩して身体を落としつつ、身を捻ってスピードと体重を乗せた肘打ちを相手の脇腹に打ち込む。

 先日、本部で絞め落とされた後、道場で泣きが入るほど武藤に叩き込まれた技だ。今の今まで、すっかり忘れてたが。

 だが、鍛えられた男の固い腹筋に遮られて、ダメージは少ない──打ち込んだ際の感触がそう告げていたが、由加里にはそれで充分だった。

 元々、武藤の銃口から身を隠そうと、男は不自然な形で身を縮めて由加里の背後を取っていた。一度、バランスを崩してやれば、振り払うのはそう難しくはない。

 更に強引に何度も身体を左右に揺さぶって、遂に男の腕を振り払うことに成功する。

「こいつっ!」

 自分から離れる由加里を追って男の視線が流れたその瞬間、武藤が無造作に引き金を落した。

 乾いた破裂音が再び店内に響く。

「きゃあ!」

 いきなりの発砲に、由加里が悲鳴を上げる。左側頭部から拳銃弾を撃ち込まれた男の身体が、頭からもんどり打ってひっくり返る。

 テーブルや椅子を捲き込んだ派手な転倒音に由加里が恐る恐る振り返る。横たわる男の頭部から流れ出す血が、床にゆっくりと血溜まりを広げつつあった。

 武藤は男の屍体に近づくと、銃口を慎重に向けたまま、男の手元から小器用に足で拳銃を店の隅に蹴り飛ばす。

「なにが、きゃあ、だ。女みたいな悲鳴あげてるんじゃねぇ」

「女です! あ・た・し!」

「捨てろ。仕事の邪魔だ」

 男の屍体を漁りながら、にべもなく武藤が切って捨てる。

「な……な……っ!」

 何つーことを言いやがりますか、この上司は!

 と、激昂のあまり言葉に詰まる由加里に視線すら向けないまま、死んだ男の(かお)を携帯で撮影する。

「男だろうが、女だろうが、仕事の役に立たないもんを現場に持ち込むな。本人がどじを踏んでくたばるのは手前の勝手だが、チームの誰かが踏んだどじは皆で被る羽目になる。他人のどじでお前もこうなりたくはなかろう」

 武藤は男の屍に貌を写した携帯(スマホ)の画面を見せる。

 思わずそれにたじろぎながら、由加里は話題を逸らす。

「……そ、それよりどうするんですか? ふたりとも殺しちゃったら、話なんか訊けませんよ」

「済んじまったことを気に病んでも始まらん。ほら、お前もそっちの男の屍体を調べろ。敵の屍体は情報の塊だ。取り逃がしたり、返り討ちに遭うくらいなら、とりあえずぶっ殺して屍体を確保しろ」

「……それ、もう完全に警察官の発想じゃないですよ」

「だったら、それも捨てろ。ウチの現場じゃ役に立たん」

「………………」

 判断基準はそれしかないのか。

 これ以上議論しても無駄と悟り、溜息と共にカウンターに目を向ける。

 と、業務用冷蔵庫に張り付いたままの店長と目があった。

「あ、ご迷惑をお掛けしました。もう、大丈夫です。私たちは警察のもので──」

「うわあああああああああっ」

 張りつめていた感情がいきなり爆発したのか、大声で悲鳴を上げると、店長が店の奥へと走り出す。

「あ、ちょっと!」

「ほっとけ。別にこの店の人間に用はない」

「そうはいきませんよ。久住さん、裏口からこの店の店長さんが外に出ます。身柄の保護をお願いします!」



「了解、嬢ちゃん。こっちで保護する」

 店の裏に停めた軽自動車の車内で待機していた久住が、無線機に応える。店の裏、とは言え、さすがにすぐ裏口というわけではない。一方通行の細い通りに面した裏口には小型のカメラだけ置いて、車自体はワンブロックほど先の角に停めてある。

 車内モニターのざらついた映像に目をやれば、店の裏口から白い調理服姿の男が、転がるように路上に飛び出してくる。

「あれか」

 やれやれと呟きながら、車外に出ようとドアに手を掛けたその時、圧搾空気の抜けるような立て続けの破裂音と共に、白い調理服を真っ赤に染めて店長が路上にひっくり返った。

「……何だ……?」

 車内で凍り付く久住の見ている前で、黒い影が四つ、暗闇から染み出るように姿を顕した。

そんなわけで、明日8/11(日) コミックマーケット84 2日目 東へ-02「物語工房」にて発売予定の新刊『邀撃捜査線 カサンドラ・パラドクス<SECOND BULLED>#02』より、冒頭パートを先行公開させていただきました。


ちなみにこの後、渋谷を舞台に武藤と由加里たち邀撃捜査班、関西半グレ組織参加の傭兵部隊、中華マフィア<14K>の武闘集団426(スーェァーリィゥ)のコマンド兵、そしてフィリピン新人民軍の残党に一般警察まで捲き込んだ、諸勢力競合のバトルロワイヤルに発展してゆくことになります。

テーマは「エスカレーション」。

ただの参考人の身柄拘束で済むはずだったのが、あれよあれよという間に市街戦まで発展するというお話です。


作者は久方ぶりに乗りに乗って書いておりますので、明日の会場に来れる方は是非新刊を手に取って、残念ながら来れない方はたぶん冬コミ前に予定しております次回更新をお待ちください。


では次回更新時まで、しばしのお別れです。

またこちらでお会いしましょう。

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