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軍用レシプロ輸送機が、エンジンの爆音を轟かせて上空を航過する。
与えられたオフィスの窓越しにそれを眺める城島の手元で、携帯が軽やかに着信音を奏でた。画面をタップし、専用通信アプリを起動する。
ファンシーな耳だけウサギのアイコンからフキダシが飛び出し、中に文字が浮かび上がる。
▼Commander?
「何の用だ?」
耳元に装着する小さなヘッドセットを介し、城島の言葉もテキスト化されてアプリ上に表示される。
▼昨夜はやり過ぎだった。
「クライアントからは、貴様に作戦評価まで仰げとは指示されていない。そんなことより、灰色鷹──武藤 櫂がいることをなぜ知らせなかった?」
▼チームの構成は伝えてあった。現場指揮官が傭兵経験者だったことも。
「それが『あの男』かどうかが重要だった。おかげで無駄に兵を喪った」
▼チーム構成員の個人名まで教えるのは自分にとって致命的すぎる。悪いが、そこまでの義理はない。
「………………」
一応、筋は通っている。この国の治安体制の中枢深くにコミットしているとおぼしきこの通信相手の存在を暴露するようなリスクを、こんな作戦の序盤段階で犯すわけにはいかない。
もっとも彼自身、この通信の相手が何者なのか、いまだに正体を知らされていない。クライアントから与えられた、米国家安全保障局(NSA)でも手こずるという高強度の暗号複号ロジックが組み込まれたこの通信アプリを介してのみ、連絡を取ることが許されている存在だった。
「ラビットイヤー(RE)」と名乗るこの謎の内通者を通じて、〈グランドスラム〉のクラッキングのための情報を入手し、警察や治安当局側の体制についても事前情報を得ることができた。だが……。
──話がうますぎたか……?
既にクライアントにも抗議済みだが、このREは作戦の要と言っていい存在だった。更に言えば、このREと作戦の最終段階で合流し、一緒に国外まで脱出するようにも求められている。いわば、作戦目標のひとつだった。故に現段階でREを外すのは作戦を放棄するに等しい、とクライアントから拒否されていた。
だが最悪、クライアントも含めて、このREにいいように利用されているという可能性もなくはない。
状況から見て、そのリスクも組み込んだ(リスクオンした)上で、クライアントは自分達に作戦継続を要求していると捉えるべきだった。
「まあいい。要件はそれで終わりか?」
▼スケジュールの変更について、説明が欲しい。
クライアントの承認を経て変更された今後の作戦スケジュールを、今朝方、REに送付してある。やはり、その話か。
「当然だろう。あの男のおかげでこちらは大きな打撃を受けた。作戦内容を見直して、戦力を立て直す必要がある」
▼こちらの状況も変化している。一週間もの延期は、不測の事態を招きかねない。
「そちらで調整して対処しろ。そのくらいはお互い仕事の内だ。むしろ延期が一ヶ月にならなかっただけ感謝してもらいたい」
しばしの沈黙の後、REは再び問うた。
▼お前達は何を考えているのか? ここまでの犠牲を払わなくとも、お前達の目的は達せられるはずだ。
「我々の意向ではない。クライアントの意向だ」
勿論、それは城島自身の目的とも完全に合致している。だからこそ、彼らはこの作戦に参加しているのだ。だが、それをこの得体の知れない内通者に教えなければならない謂れはない。
それより、何故、そんな質問をしてきたのか、だ。市民や警官の犠牲が出たことで、日和ったか。そんな脆弱なメンタルの持ち主に、作戦の成否を握られるのは面白くない。
「貴様……ここで手を引くつもりか?」
返信は思いのほか早かった。
▼いや。いまさら投げ出すつもりはない。
こちらも軽い気持ちで参加を決めたわけではない。
最後まで、私は見届ける。
作戦継続への意志だけは、まだ確かに維持されているらしい。
「ならばいい。武藤達に動きがあれば、すぐに連絡しろ。この作戦の成否は、おそらく奴の動きを封じ込められるかどうかで決まる」
▼了解した。Out.
通信が切れた。
「………………」
無言で携帯の画面を見つめ続ける城島に、岩代が声を掛けた。
「ボス、奴からですか?」
「スケジュールの変更に文句をつけてきた」
「勝手な」岩代が吐き捨てるように言った。
「誰のおかげでこんな事態に──」
「言うな。時間の無駄だ。
それより前線に立つ戦術要員で使い物になるのは何人だ?」
「一五人ってところですね。私もこの様ですんで」
包帯で捲いた右の人差し指を掲げてみせる。
「さすがにこれでは引き金を引けません」
「それだけ喋れれば、分隊指揮官ぐらいは務まるだろう」
「……勿論、有給休暇を申し出るタイミングじゃないことぐらい、知ってましたが」
岩代は軽く肩をすくめた。
「しかし前衛戦力の半分も喪っては作戦継続は無理です。
シンガポールに待機している予備隊二〇名を呼んでください。喪った戦力の補充だけじゃない。敵に灰色鷹がいると判った以上、こちらも総力戦で挑む必要が──」
意気込む岩代に、城島は無表情に告げた。
「予備隊はこない」
「は? 何でですか? こういう時のための予備隊でしょう」
「クライアントの指示だ。既にシンガポールの待機所も引き払って、中東に引き上げる準備を始めている」
「な──っ!?」
一瞬、絶句した岩代は唸るように感情を呑み込んだ。
「判りました。あくまで現有戦力で対処しろ、ってことですか。ならば、後方支援要員から何名かこちらに廻してください」
「駄目だ」城島はにべもなく否定した。
「後方業務に手落ちがあれば、その時点でミッションは崩壊する。後方支援業務へのリソース配分は当初計画を維持する」
「無茶です! こちらの戦力が手薄になったのを、灰色鷹は必ず突いてきます。奴はこっちの手口を知り尽くしてる。このまま増援もなしに作戦を強行するのは、むざむざと奴の餌食になるだけです!」
「増援なら、もう届いている」
城島は短く指摘した。
「届いている?」
「ついてこい」
顔に疑問符を浮かべる岩代にそう告げ、席を立つ。
そのままオフィスを出て、滑走路脇にある格納庫のひとつへと向かう。
分厚い鉄のドアの前で立ち留まった城島は、岩代に視線で先に中へ入るよう促す。
「これは……?」
大型輸送機の整備も行える広い格納庫のフロアの一角に、うず高く正方形の木箱が積み上げられている。その内のひとつに大きくスタンプされたアルファベットの製品コードを確認した岩代は、思わず城島を振り返った。
「予備隊の代わりに、クライアントが送って寄越した代物だ」
「こ、こんなもの、本気で日本国内で使うつもりなんですか?」
「全部で三六体ある」城島は静かに呟いた。
「これを群体モードで使用する。市街地での実戦投入は戦史上、初だろう」
淡々と告げる城島に、岩代は頬を引き攣らせた。
「滅茶苦茶なことになりますよ。こんなもの、市街地で使ったら……」
「元より我々は、この国の地金を試すために戻ってきた。これはそのための良いハンマーとなるだろう」
「……は、はは。そりゃそうだ。今さら遠慮する必要なんかねえ。俺たちの役目は、気が済むまでこの国に地獄をぶち撒けてやることでしたっけね」
引き絞るように喉を鳴らす岩代は、やがて狂ったように笑い始める。
「おいそこ! 笑ってないで、こっちを手伝え!」
開いた木箱の上に腰を下ろし、膝の上にノートパソコンを開いた電子システム担当の男が怒鳴る。木箱の上面からは、電源や通信関連と思しき太いケーブルが何本も伸びていた。
「セットアップ、全部オレひとりにやらせるつもりかよ!?」
「手伝ってやれ」城島が命じた。
「手の空いてる者は全員投入しろ。今夜中に組み上げて、戦力化する。こいつを前提に作戦を組み直すぞ」
「Sir, yes, sir!」
踵を鳴らして敬礼すると、岩代は木箱の山へ向かって駆け出してゆく。
城島は無言でそれを見届けると、格納庫を後にした。
そんなわけで、物騒なネタ振りをしつつ、今回の短期集中連載は終了──のつもりでしたけど、せっかくなので来週8/10(土)午後に夏コミ新刊収録パートから1節お先出しさせていただきます。
なので、来週もちょっとだけ続きます。
ちなみにちょっとだけ、この先のあらすじをご紹介しますと──
事件の参考人の身柄を追って夜の渋谷へ出動した邀撃捜査班だったが、同じ人物を追っていた半グレ組織に所属する傭兵部隊と激突!
更に他の犯罪組織も入り乱れて、渋谷周辺が大混戦の戦場と化す……!
お待たせしました。今度こそ大銃撃戦です!
銃弾とRPGが飛び交う、大乱戦です!
そんな続きは来週コミックマーケット84 2日目(8/11(日)) 東へ-02『物語工房』にて刊行予定の冊子版で! 乞うご期待!
※現在、鋭意執筆中です(^_^A
では、また次回公開時に。