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「この辺でいいわ」

 警察病院のすぐ近くまで来て、助手席から梶原は言った。

「まだ少しあるぞ」

「いいのよ。武藤クンとは、ちょっと話があるし」

「そっちが本題か」武藤は道路脇にBMWを停めた。

「長話してると、駐禁切られちまう。手短に頼むぞ」

 顔を合わせようともせず、武藤は言った。

「じゃあ、手っ取り早く本題に入るけど──」梶原も窓に頬杖をついたまま、ひとり言のように訊ねた。

「あの娘をどうするつもり?」

「見ての通り、チームの前衛(FA)として、使い物になるように苦労して鍛えてる最中だ」

「そういう上っ面の話がしたいんじゃないんだけどなぁ」

 溜息混じりで梶原が呟く。

「お前の方こそ、こっちの現場業務(オペレーション)まで口ばし突っ込んできやがって、どういうつもりだ?」

「あんた達に任せてたら、あの娘を早々に潰しちゃうからでしょ。新庄クンを筆頭に、あんた達のチームは『仕事ができる奴』が前提で、ついてこれない奴は振り捨てる原則で動いてるから、落ち込んだ若手のケアなんて初めから組織原理に含まれてないじゃない」

「久住のじっさまが居るだろうが」

「あの人、人当りは歳相応に丸いけど、自分が使えないと判断した人間は容赦なく現場から外そうとするんで、本庁じゃ相当評判悪いのよ。『現場捜査の鬼』とか言われて逮捕実績数も尋常じゃないのに、邀撃捜査班(あんた達)以外に警察学校の教官だの嘱託顧問だのの声がまったく掛からなかったってのは、それ相応の理由あるのよね」

「劉とはうまくいってるじゃねえか」

「彼は香港警察のエリートですもの。『使える奴』と判断されたってことでしょ」

 いずれ劣らぬ異能集団たる邀撃捜査班の班員達は、やはりいずれもそれなりに癖がある人間ばかりだということだった。

「だからって、死にかけの本庁刑事んところにあいつを行かせなくてもいいだろうが」

「妬いてんの?」

「アホか!」

「……もう、車内で大声出さない」

 吠える武藤に躾けるように言い、梶原は続けた。

「町田警視はノンキャリで現場叩き上げでしょ。組織の中で普通に現場から出世してくるような人間は、落ちこぼれそうな若手のケアもスキルの内なのよ。でないと、全部自分に返ってくるから。人的資源(ヒューマン・リソース)をすり減らしながら進行する修羅場(デスマーチ)の最中では、新人(ルーキー)ひとりだって貴重な戦力だもの。それでプロジェクトが崩壊することだってある。プロジェクトが終わるまで、騙そうが脅そうが、何をしたって脱落させるわけにはいかないの」

「判らんな。そいつは、最初から投入戦力の見積もりを誤ってたってだけの話じゃないのか?」

「……まぁ、あんたに日本型プロジェクト・マネジメントの悲哀を理解してもらえるとも思ってなかったけどね」

 疲れとも呆れともつかない吐息を洩らし、梶原は肩を竦めた。

「何にせよ、見てられなかったのでちょっと口を出しただけ。あの娘を見つけてきた責任ってのもあるしね」

「ご苦労なこった」

「で、話は最初の質問に戻るんだけど……あの娘をどうするつもりなの?」

「答えはもう言った」

「違うわよ。そんなこと訊いてるんじゃないでしょ。

 あの娘に手を出した新庄クンの考えは判んなくもないわ。でも、だったらバックヤードで事務仕事でもやらせてればいいでしょうに。鉄砲まで持たせて、わざわざ瓶の蓋をこじ開けるような真似を──」

「黙ってろ」

「な──?」

「黙ってろ、と言った。瓶の蓋なんてものは、誰かが開けるためにあるんだ」

「中身が何なのかも判っちゃいないのに……」

「だから、力づくでこじ開けてぶち撒けるんだよ、全部な」

 武藤は薄く口許を歪めた。

 梶原は付き合いきれないとばかりに頭を振った。

「そこまで言うなら勝手になさい。だけど、あんなものが意味もなく道端に転がってただなんて、よもや本気で信じてるんじゃないでしょうね?」

「……何が言いたい?」

「どんなバカが拾ってくのか、物陰からこっそり眺めてほくそ笑んでる奴がいるだろうって話よ」

「………………」

 しばしの沈黙の後、武藤は引き絞るように喉を鳴らし始めた。

「上等だよ。それこそ手間が省けて結構な話だ。その内、そいつが慌てて物陰から飛び出さざる得ない状況にしてやる」

「……それが本音か。知らないわよ、どうなっても」

 苦い表情で呻きながら視線を車外に転ずると、コート姿の由加里が歩道をこちらに向かってくるのが見えた。

「来たわよ」

「ふん」

 ふて腐れたような反応を示す武藤とともに、ドアを開けて車外に出た。



<METRO>の画面上で見た俯きがちの由加里はそこにはなく、確かな足取りでまっすぐこちらに歩いてくる。

「お帰りなさい……でいいのかしら?」

「………………」

 微笑む梶原を驚いたように見つめてから、BMWの車体越しにこちらを見る武藤に気づく。

「仕事に戻る気になったか」

「……あたしは、警部の思いどおりにはなりません」

 ふてぶてしく笑う上司からつと視線を逸らしながら告げる。さすがに直視して宣言する度胸はなかった。

「ですってよ」

「ほぉ……じゃあ、ここで尻尾を捲いて逃げ出すか?」

「いいえ」由加里はきっぱりと否定した。

「あたしは逃げ出したりなんかしません。必ず犯人を逮捕します──でも、警部の言うような『兵隊』になんか、なりません」

「じゃあ、何になるつもりなんだ、お前は?」

 武藤がさも面倒そうに問うた。

「お……」

「お?」

「……お巡り……さん、です!」

 顔を真っ赤にした由加里の言葉を聞くやいなや、武藤は吹き出し、身を(よじ)って(わら)い出した。

「き、聞いたか、おい。『お巡りさん』だとよ」

「な、何が可笑しいんですか、警部!?」

「……やー、武藤クン、あなた本当、最低の上司だねぇ」

 ひゃひゃひゃと変な声を上げて嗤う武藤と、顔を真っ赤にして怒る由加里を眺めながら、完全にどん引きした口調で梶原が評する。

 ひとしきり笑い終えると、武藤は言い放った。

「ま、お前のつまらん意地なんざどうでもいい。お前が遊撃捜査班(ここ)にいる以上は、必要なパフォーマンスは発揮してもらう。できなきゃ、できるようにする。そのために邪魔なものは全部捨てさせるし、叩き壊す。

 その範囲内で、お前が何を後生大事に抱えてようが、俺にはどうでもいい」

「うっわ、面倒くさい中年ツンデレ……」

 ぼそりと梶原が呟く。

「何か言ったか?」

「いいえ、何も」

 しれっととぼける梶原をひと睨みし、武藤は続けた。

「それでいいなら、一緒に来い。

 お前に『敵』をやる。お前に『戦場』をやる。

 お前の可能性(ポテンシャル)をすべて引き出して、お前の能力(パフォーマンス)を全開にして叩きつけることのできる『戦場』をくれてやる」

「そんなもの──どうでもいいです!」

 由加里は抗うように叫んだ。

「あたしは、『犯人』をこの手で『逮捕』するんです。殺すためじゃなく、罪を償わせるために!」

「………………」

 仏頂面でしばし由加里を眺める。やがて、武藤は軽く顎をしゃくった。

「乗れ。仕事に戻るぞ」

「はい」

 由加里は短く肯き、BMWの後部座席のドアに手を掛けた。

「え? 何? 今ので話が通じてるの、あんた達?」

 端から聞く限り、まるっきり話がすれ違ってたようにしか聞こえなかったのに、この上司と部下は既に何らかの合意に達したらしい。

 依然、状況が理解できずにいる梶原に、武藤は冷ややかに告げる。

「とっとと乗れ。置いてかれたいのか」

「なっ!? もう、何なのよ、あんた達!?」

由加里がチームに復帰する話……なんですが、武藤と梶原がいろいろ怪しげな会話をしていたりもします。

まぁ、しばらく話に絡んでくるネタなわけでもないので、忘れててくれてもいいんですが。


あと、武藤と由加里の会話が完全に擦れ違ってるんですが、それでも由加里はチームに復帰するし、武藤も受け入れる。

この辺はこの作品のテーマ的な核心とも通じるんですが……まぁ、作者が自分で指摘する話でもないですかね。


今回はもう1節続きます。

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