表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/41

17

ご無沙汰しております。

2年ほどほったらかしてましたが、夏コミで続きを出す……出せるといいな記念(おい)、ということで昨年の夏コミで発行しました原稿用紙換算100枚分ほどを、夏コミまでの短期集中連載とさせていただきます。


今回連載分のパートは会議とか会話の場面が中心で、捌かなければならない情報や感情が多くて七転八倒しながら書いてました。

うう、会議シーンはもうやだよぅ。書き終えて一年以上経つのに、いまだにうなされる毎日です。(と言って、この手の話をやる限り、まったくやらない、というわけにもいかないんですが)


その反動か、今書いているパートでは、夜の渋谷を舞台に一大市街戦に突入するという強引極まりない展開を頑張って書いております。

公開まで待てない、という方は、8/11(日)2日目 東へ-02「物語工房」までおいでください。


では、ごゆるりとお楽しみください。

 人生どこに蹉跌(さてつ)があるか判らない。

 警視庁に奉職して三十有余年、ついぞ派手な実績とは無縁なまま、「無難」かつ「人畜無害」な印象一筋で熾烈なポスト競争を生き延びて、遂に総務部装備課課長の要職を射止めた里見英太郎警視長は、桜田門の警視庁本庁ビル上層階にある大会議室で開かれる拡大幹部会議の一隅で、しくしくと痛む胃をさすりながら胸の(うち)で呻いた。

 この胃痛との付き合いも、もうかれこれ五年ほどにもなる。

 当初、年齢も年齢なので、すわ胃がんかと慌てて病院に駆け込んだら、若い医師が手元のノートパッドに表示されたCT解析画像を指さしながらあっさりと言ってのけた。

「ストレス性の胃潰瘍ですね。それも初期ステージの。油断は禁物ですが、入院なしでも投薬と食事療法で直せるでしょう」

 拍子抜けする里見に、医師は付け加えるように言った。

「ただし、お仕事とアルコールは少し控えてください。特にお仕事はなるべく早く引き上げるようにするとか、ストレスのかかりそうな業務は避けるとか配慮するように」

 そうは言っても、これでも一応、管理職ですから。それがなかなか難しくて。

「里見さんくらいの年代の患者さんは、皆さん、そう仰るんですけどね」医師は呆れたように言った。

「その内、本当に胃に穴が空きますよ。そうなったら、仕事どころじゃなくなります。まぁ、部下の若い方になるべくお仕事を廻すようにするとか、お休みが取れそうにないのなら、仕事の進め方を見直されることをおすすめします」

 言われた通り、なるべく部下に権限を委譲し、仕事を任せるようにした。

 そうしてみると、若い連中からは「仕事を任せてくれる良い上司」ということで職場の評判も良くなった。現場は円滑に廻るようになり、彼の部署の上げる実績や成果も目に見えて改善してきた。それは勿論、彼の実績ということになり、おかげでそろそろ退官の肩叩きに怯えねばならないこの歳になって、装備課課長という望外な役職に辿り着くことができた。

 まさしく怪我の功名というやつである。

 ……まぁ、装備課課長のポストについては、現警視総監とその一派に長らく精勤し続けた成果の方が大きかったかもしれないが。

 巨額の物品発注に絡む部署であり、出入りのメーカーや商社との繋がりも大きな装備課という部署なだけに、人畜無害で裏切る可能性のもっとも少ない手駒として、里見が選ばれたというのが正直なところだろう。

 その自覚はあるので、上から持ち込まれた天下りポスト確保の要請には()()(だく)(だく)と従ってきた。罪悪感は欠片も抱かなかった。キャリア公務員が互いに退職後の仕事の世話をするのは当然だと思っていた。自分だって、あと数年すれば、こうやってどこかの企業や役所の外郭団体に天下りしてゆく身なのだ。

 それが、現総監一派に利するような恣意的なものであったこともさして問題ではない。今の自分のポストは現総監から与えられたようなものであり、そうであればその人物の意思になるべく沿うように行動するのは当然のことだ。

 なので、新しいポストでの仕事も、胃潰瘍を悪化させるような悪性のストレスには繋がらなかった。

 プライベートでも順風満帆とまではいかないものの、概ね順調と言ってよかった。入庁直後にお見合い結婚した妻との関係は良好。国土交通省にキャリアとして出仕する一人娘にいつまでも浮いた話ひとつないのではらはらしたが、三十路手前でなんとか嫁いでくれて胸を撫で下ろした。

 それも若い頃には、「お父さんと同じ警察官となんか、絶対結婚しない」と事あるごとに口にしていた娘が連れてきたのは、どこで見つけてきたのかなんと自分と同じ警察官。それも若くして難事件をいくつも解決し、庁内でも出世頭と目される、本庁キャリアの青年だった。

 もうそれだけでも、父親として娘に自分の人生を認めて貰えたような気がした。年齢を重ねるにつれ緩みがちになる涙腺のおかげで、結婚式では人目もはばからずに声を出して泣いてしまい、妻に呆れられた。

 それからもう何年にもなるが、いまだに孫の顔を見れずにいるのが残念ではあるものの、それでも娘夫婦の夫婦仲は円満なようだ。たまに実家に顔を出す娘夫婦はいつまでも新婚のように睦まじく振舞っていて、男親としてはいっそやっかみたくなるほどだった。

 その意味で、そこにも不満はない。

 唯一の不満、というより、里見の今現在の人生で最大のストレス源であり、苦悩の源泉となって、射し込むような胃痛の源となっているのは、急きょ招集されたこの警視庁拡大幹部会議の末席にあって、居並ぶ制服の幹部達の敵視と憎悪の視線を浴びながら何喰わぬ表情で座るスーツ姿の娘婿──捜査第一課重犯罪邀撃捜査班班長、新庄克也警視の存在、そのものだった。



「本日は忙しい中、諸君らに集まってもらったのは他でもない」

 上座に座る警視庁三万人の職員のトップ、海江田警視総監の横に立った木戸副総監が、各部部長クラスの最高幹部に各捜査課課長、一〇隊ある各方面隊司令を含む中堅幹部クラスまで掻き集めた一同を前に、会議の口火を切った。

「既に諸君ら承知のことと思うが、昨日一日で発生した『新宿歌舞伎町ビル爆破事件』『向島住宅街占居銃撃事件』、更に『向島署襲撃爆破事件』と白髭橋の爆破崩落に至るまでの一連の事件に、先日の『高尾事件』を加えてこれを『首都圏激甚テロ事案』とし、総理大臣と東京都知事の連名で、本日零時を持って当該事件に対する東京都国民保護計画の適用が宣言された。

 これに伴い、国と都に対策本部が設置され、総理大臣と都知事がそれぞれの本部長職に就いた。

 つまりこれより本件は『災害事案』として扱われる、ということだ。

 しかし、諸君らには通達済みであるが、我々の犯人逮捕という任務に一切の揺らぎはない。本庁、所轄の垣根を越えて、ここにおられる海江田警視総監の下、全庁が一丸となって事件解決に邁進せねばならない。

 本日はそのための決起の席であると、各自認識されたい」

「………………」

 何を吐かしやがる、この腰巾着め。自分と対象的に痩せぎすで長身の発言者を、里見は苦々しく睨んだ。

 里見とは同期の木戸は、昔から仕事は出来るが権勢欲の塊のような男で、現総監に徹底して媚びへつらってここまで出世した男だった。しかし、海江田本人が同席の上で、こうした重要会議の仕切りを任せるということは、暗に次期総監職を木戸に禅譲するという海江田の意志を示しているということだろうか。

 木戸の横で黙って座る海江田の表情を窺うが、警備部出身の警視総監の険しい表情からは何も読み解くことはできない。

 若い頃からの付き合いで、木戸政権下の警視庁が概ねどんな組織になりそうか見当がついた里見は、うんざりとした気分に陥った。

 くそ。せめて俺が退官するまで待ってくれればいいのに。

 そこで自分から木戸を追い出して、自分なり誰かもっとましな人物を総監に据えようなどとは夢にも思わないのが、里見という男だった。勿論、現総監一派にからすれば、なればこそ装備局長という重要な職位に置いている意味があるということでもある。

 いずれにせよ、この会議の趣旨は、国民保護計画の発動に伴なって、捜査の主導権を国や都に奪われかねない可能性が出てきたので、まずは足下を固めようということか。加えて、昨日の向島署襲撃爆破に於いて現場警官が百人近く殺されたことで、身内を殺された激昂よりも先に恐怖で萎縮しかかっている現場の引き締めを図ろうということだろう。

 そしてこういう場合、木戸の会議の進め方は、往々にして誰かをスケープゴートに吊るし上げて、その場の結束を図るというものだった。

「ライフル弾に耐えられる防弾チョッキを全警官に配れ」とか「PC(パトカー)の防御力を戦車並にしろ」とか無茶を言い出さないだろうな、と声に出さずに唸りかけたそこで、はたと今日のスケープゴートの最有力候補に思い至り、一気に血の気が失せた。

 自分の娘婿──新庄以外に考えられない。

 自分ではないという安堵はまったくなかった。むしろ捲添えを喰らうことがほぼ確定したと言っていい。普段の新庄の言動についてでさえ、常日頃から木戸にねちねちと嫌味を言われ続けているのだ。

 くそ。この若僧が何を考えてるのかなんか、俺が知るか!

 ほんの二年前まで、優等生然とした良くできた婿だった新庄が、何を思ったのか政府与党の政治家達や他の省庁の役人達に働きかけ、気がついたら邀撃捜査班なる怪しげな組織を立ち上げて、自らそのトップに就いていた。しかも強引に予算や権限も奪っていったため、泣きを見る目になった部署が桜田門には少なからずいる。その恨みつらみやら愚痴やらの窓口として、往々にして里見が話を聞かされる羽目になっているのだ。勿論、いずれも里見が話を聞いたからといってどうなるものでもない。せいぜい親身になって慰めてやるくらいなもので、(しま)いには何やら心療内科のカウンセラーのような様相を呈しつつあった。

 挙句に、自分の管轄下にある装備開発運用センターで、異様に高額な装備やSATが使うにしても強力すぎる火器の試験調達が勝手に行われるようになった。どういうことなのかと問い質すと、邀撃捜査班で使うのだという。普段なら調査費さえ付かないような新奇な装備を好きなだけ(いじ)り倒せるというので現場は大喜びだったが、こんなことを勝手にやられたのでは組織の統制にかかわる。

 慌てて娘婿に訊ねると、

「お気になさらずに、お義父さん。予算については、既に手当が付いています。お義父さんは、黙って決済していただければ結構です」

 勿論、黙ってなどいられる訳もなく、意を決して本人を問い詰めたが、通りいっぺんな正論ではぐらかされた。

 いや、「高度情報化によって日々進化を続ける犯罪に対して、既存の警察機構の枠組みでは対応できない」だの「〈グランドスラム〉導入の影響を客観的に評価できる機関が必要」だのという理屈は判る。里見とて、警視庁の全警官の装備を司る装備課課長として、常に最先端の技術や理論の摂取と理解に努めている。

 だが、それが本音だとはとても思えなかった。

 新庄の口にしたお題目は、もっと穏当なやり方でも実現できるはずだ。それがどうして、こんな強引な遣り口になってしまうのか。

 この娘婿がやろうとしていることは、「警視庁」という組織の秩序を乱し、外部の勢力と手を結んで引っかき廻そうということだ。それは警視庁全体を敵に廻すことを意味している。

 そんな大それたことを、 こんな取って付けたような上っ面の正論で始めようとする人間がこの世にいるなどとは、とても信じられない。ましてや「優秀な」この娘婿にそれが理解できていないはずがなかった。

 ならば、何が目的なのか?

 里見にはまったく理解不能だった。

 一緒に暮らしている娘は、この男のことを本当に理解できているのだろうか。だとしたら、娘婿だけでなく、実の娘の頭の中も俺には理解できていないということになる。

 不意に、困惑する自分を娘婿が冷ややかな視線で眺めていることに気づいた。

 ああ。若者が頭の硬い老人への説得を諦め、哀れみと侮蔑を持って突き放す、そんな目だ。

 あるいは自分も、若い頃にそんな目で年長の上司を見たことがあったかもしれない。それが今はこうして、見られる側になってしまった。今、自分は、この若い娘婿に「老いた」と思われている。その「老い」という言葉が、世界との断絶を意味する残酷な言葉であることを、この傲慢な若者はどれほど自覚しているのだろうか。

 里見の胃痛がぶり返してきたのは、その頃からだった。

 その理解不能な娘婿は、これから自分を待ち受ける運命をまったく意に介さぬかのように、しれっとした涼しい表情で座っていた。いや、木戸が何を考えていようと、今日の会議のこの趣旨と面子からして、平穏無事に何事もなくこの場を出ていけるとは、当の本人も思っていないだろう。それでこうして平然としていられるのは、どんな神経だ?

 むしろ里見の方が、場の空気に耐え切れなくなりつつあった。

 しくしくと痛みを増す胃痛に、里見は泣きそうになってきた。



「いずれにせよ、まずは犯人の行方だ。白髭橋を崩落させてから、奴らはどこに消えた? 捜査一課長!」

 木戸副総監が報告を命ずる。

「……白鬚橋の破壊後、犯人グループを乗せたバスは行方を眩せ、以後、捕捉できておりません」

「行方を眩ませた、だと?」

 木戸が目を(またた)いて繰り返す。そんな報告などとっくに受けているだろうに。相変わらず、見え見えのパフォーマンスが好きな奴だ。

「何故だ? 都内の道路には完璧な監視網が布かれているのではなかったのか?」

「荒川区を中心に、二三区内の道路監視システムは完全にダウンしていました。道路だけでなく、通信飛行船(コムシップ)も含めて。復旧したのは今朝になってからです」

「交通部長! どういうことだ!?」

「原因については現在調査中です。ただ、当該時間の間、監視システムがダウンしていただけでなく、向島署襲撃から遡って、対象車輌の画像が消去されている形跡もあり──」

「何で、そんなことが可能なのだ?」

「それは……」交通部長が一瞬、言い淀んだ。

「システムが対象となる画像を自動的に選択して、消去しているようでして……」

「馬鹿な!?」木戸が大仰に驚いてみせる。

「そんなことが有り得るのか?」

 わざとらしく庁内情報システムをつかさどる情報部長の方を見る。

 情報部長は小さく咳払いして言った。

「既に庁内情報システムの総点検を命じていますが、現時点で問題点は見当たりません。担当者の見解では、〈グランドスラム〉からの介入によるものではないかと……」

「〈グランドスラム〉がハッキングされたというのか?」

「そうとしか、考えられません」

 情報部長が苦々しく肯く。

「これは由々しき事態ですぞ、総監。早急に〈グランドスラム〉を停止して、調査させねばなりません」

 無茶を言うな。〈グランドスラム〉の導入と共に、警視庁を含む都内の公務員数は一〇年前の三分の二にまで削減されている。すべては〈グランドスラム〉を中心とする、行政ITC化による業務効率向上によって可能となった省力化だ。今では〈グランドスラム〉なしで出張旅費の清算もできない。今更、はいそうですか、と昔に戻せるものか。半日と持たずに、都の行政サービスは破綻するだろう。

「〈グランドスラム〉の完全停止は影響が大きすぎます」情報部長が慌てて言った。

「ただ、交通管制機能を地域別に分割して運用するなど、〈グランドスラム〉からハッキングされても影響が最小限に留まるように手配済みです」

 それはつまり、交通管制センターの処理能力が劇的に落ちているということだ。既に都内各所では渋滞などが起こりやすくなっているのではないか。ここで大きな事故などが発生したら、目も当てられないことになる。

「その件はいい」海江田警視総監が重々しく告げた。

「〈グランドスラム〉については、元より我々に手が出せる範囲が限られている。これについては、所管する総務省に、厳重な改善要求を申し入れる」

 要するに責任を押し付ける先があるなら、気にするな、ということか。〈グランドスラム〉の本質的な危険性を理解できていないから、こんな呑気な物言いが出来る、とも言えるが。

 つい先ほどまで激昂していた木戸が肯き、あっさりと話題を変えた。

「次に犯人グループの首魁と考えられる、この男の正体についてだ」

 会議室の正面スクリーンに、昨夜の向島署襲撃の際に撮影された赤いベレー帽を被った壮年の男の映像が表示される。里見は眉を顰めた。この映像を撮影した直後に、向島署に集まっていた報道陣は犯人グループに(みなごろし)にされているのだ。

 昨夜来、この男の画像を巡ってマスコミやネット住民総出で検索を行っているものの、誰一人、その正体に辿り着くことはできていない。だが、このご時世、ネット上に画像一枚存在しないというのはあまり尋常ではない。これも意図的に消されていると考えるのが妥当かもしれない。

 木戸が公安部長の横に座る背広のキャリアに視線を向ける。

「外事三課長!」

「はっ」

 肯いて立ち上がった外事三課長が、手元のノートパッドの画面を叩く。

 大スクリーンに、昨夜撮影された城島のスナップショットと三〇代頃に撮影されたとおぼしき制服姿の証明写真が表示され、双方の顔写真の特徴点が赤い線で結ばれる。その横でデジタル・カウンターが廻り、すぐに「97%」という数字を叩き出した──警視庁自慢の顔認証システムだ。

「城島健二──元陸上自衛隊一等陸尉です。米国駐在武官として911の当日にニューヨークに居合わせ、その直後に現地で除隊申請を提出。以後しばらくは所在不明でしたが、二年後にベルギーの首都ブリュッセルで民間軍事会社〈オリオン・ディフェンス・コーポレーション(ODC)〉を設立。米軍統治下のイラクで油田警備などの業務を受託しています。

 社員は日本人や日系人の自衛隊、米軍経験者を中心としており、幹部には外務省や防衛省のOBが何人か含まれていました」

「その情報はどこから?」

 刑事部長の問いに外事三課長が苦い表情で応えた。

「外務省からです。防衛省(市ヶ谷)にも裏を取っていますので、間違いありません」

 更に付け加えるように告げる。

「で、その民間軍事会社が何者かに雇われて、こんな事件を引き起こしたということなのか?」

「いいえ。少し違います」木戸の問いに、外事三課長は否定した。

「半年ほど前に、城島は子飼いの日本人傭兵のほとんどを引き連れて〈ODC〉を退職し、外務省や防衛省もそれを機に資本や人員を引き揚げています。現在〈ODC〉を経営しているのは、英米の退役高級軍人や諜報機関の元幹部などを中心とする経営陣です」

「城島の行方は? 〈ODC〉の現経営陣は何と言っている?」

「それが……退職した者の行方など知らない、と」

「それをそのまま、はいそうですか、と納得してきたのかね、君は!」

 激昂した木戸が怒鳴りつける。

「いえ……これは警察庁経由でユーロポールに出向している職員に確認してもらった情報で──」

「現地任せにせず、こちらから捜査員を直接送り込んで問い詰めろ!」

「既に人員の選抜を行っています。本日中にも出立できるものと……」

 外事三課長が微妙に言葉尻を濁して総監の顔色を伺う。このまま突っ走っていいのか、自信がないのだろう。この件をつつけば、外務省や防衛省と本気の喧嘩になりかねない。それどころか、現在の経営陣の顔触れが報告の通りなら、英米の情報共同体(インテリジェント・コミュニティ)の中枢とどっぷり繋がっていると見ねばならない。怒らせれば、この国に何の情報も入ってこなくなる。一○年前の警察庁からの情報漏洩事件で、その後、どれ程長く苦しめられたかは、この国で諜報(インテリジェンス)に携わる者にとって忘れられないトラウマと化しているはずだ。

しかも国や都によって対策本部が立てられたことによって、現時点で誰にどこまで責任と権限があるのか現場から見えづらくなっている。担当者が躊躇うのも当然だ。

 と言って、この木戸が最後まで責任を取ってくれるとも信じられない。それはそうだろうな、と里見は外事三課長に同情した。いや、まったく他人ごとではないのだが。

「もういい、座りたまえ」

 その辺の絶望的な状況を察してか誰もが圧し黙る中、ちゃんと空気を読めてるのかどうか、木戸が話題を転じた。

「ところで、以上の内容は、昨夜、向島署で行われた犯人の聴取記録とも重複するな。それによると、重犯罪邀撃捜査班の捜査員のひとりが犯人達の元同僚だったとあるが、それは事実かね──新庄警視?」

「………………っ!?」

 よく冷えたナイフを臓腑に突き刺されたように、里見が息を呑む。

 だが、当の新庄は何の動揺もなく平然と応えた。

「何の話でしょうか?」

「……勿論、君のところの武藤警部の話だ」

 苛つきを隠さず、木戸が言う。

「彼は二年前まで小笠原の派出所勤務でした。何かの間違いでしょう」

「ふざけるな!」

 音を立ててデスクを殴り、木戸が席を立つ。

「そんな誤魔化しが通用すると思ってるのか!?」

「誤魔化し?」

 新庄が眼鏡の下で目を細める。そこに宿るひんやりとした眼光に、里見の背筋に怖気が駆け抜けた。

「我々、重犯罪邀撃捜査班構成員の人事情報については、内閣官房長官の承認の下、先代の警視総監からの申し送り事項があったはずです。それをこのような場で軽々に口にせよというのは、総監、貴方のご判断なのですか?」

「貴様、なんだその態度は──っ!」

「待て」

 海江田は軽く片手を挙げ、木戸を制した。

「総監?」

「構わん。ここから先は私の口から述べよう」

 重々しく海江田が口を開く。

「状況が状況だ。率直に言って、なりふり構ってられない。本件では私の判断によって情報の共有を優先させてもらった」

「失礼ながら、越権行為かと」

 にべもなく新庄が告げる。

「無論だ。しかし決定的な局面において自らの責任の下、必要な決断を行うのが指揮官の務めだ。手続きにこだわって事件解決の機会を逃してはならない。

 つまり、私も私なりの覚悟をもって君と対峙している、ということだ。

 それは、理解してもらえるものと信じているが、どうかね?」

「………………」

 わずかな手続き上の瑕疵や奇怪な服務規程解釈で政敵を情け容赦なく葬り去ってきた海江田の口から出た台詞に、里見は慄然とした。あきれるというより、この臆面もない融通無碍さこそ、この男の本質的な恐ろしさなのだろう。木戸などまだまだ足元にも及ぶまい。

 その海江田を特に畏怖するでも恐れるでもなく、若い新庄が無言のまま冷たく見返し続けている──この娘婿もまた何を考えているのか、里見にはさっぱりだった。

「話を先に進めていいかね、新庄警視?」

「……結構です。どうぞ」

 抑揚のない、いっそつまらなさげな口調で新庄が肯く。

「武藤警部の経歴については、これ以上、この場では問うまい。

 だが、君らが犯人グループに対して、より深い情報を持ち得る立場にあるのは事実だ。それを提供してもらいたい」

「具体的には、何をすればいい、と?」

「武藤警部の事情聴取だ」

 海江田はずけりと言い放った。

続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ