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武藤VS城島の激突、そして由加里の眼前で悲劇が……の回。

次回、第一部最終回です。


次回は3月13日(日)深夜零時の更新を予定しています。

よろしくお願いします。


では、ごゆるりとお楽しみください。

 部屋の出入口に陣取った、分隊支援火器(S A W)班の持つミニミ軽機関銃は、タボールAR21と同じ5.56ミリNATO標準SS109弾を、切れ目なくホースで水でも撒くように辺りにぶち撒けた。反撃もへったくれもない。頭を抱えて床に伏せる以外、出来ることは何もない。

 ひとしきりミニミで室内を薙ぎ払わせると、城島は短く命じた。

「グレネード」

 それに応じて、複数の兵士が子供が爆竹でも放り込むような気安さで、20ミリ・グレネード弾を室内に撃ち込みはじめる。着弾したグレネード弾は次々に炸裂し、金属スラグを撒き散らしながら、机やロッカーを吹っ飛ばす。爆風で跳ね飛んだ調度品やバインダーのたぐいが降り注ぎ、グレネード弾の破片が音を立てて防弾装備に突き刺さる。床から伝わる着弾の衝撃で、内臓が引っかき廻される。

 それらすべてを、武藤と由加里は床にへばりついて耐えた。

 まっとうな神経なら、すぐにも悲鳴を上げて逃げ出したくなるのを、生存のチャンスを信じて必死に堪える。

 やがて、グレネード弾の暴風は、唐突に()んだ。

「…………?」

 安堵よりも不審の色を濃く示す表情で武藤が顔を上げるのと、城島が声を発するのはほぼ同時だった。

灰色鷹(グレイホーク)、久しぶりだな。二年振りか? 互いに息災なようで何よりといったところか」

「城島……っ!」

 武藤が唸るように罵る。元々浅黒い肌が紅潮してどす黒く色を変え、大きく表情を歪ませる。

 その姿に、由加里は息を呑んだ。ここまで本気で憎悪を剥き出しにする武藤を見るのは始めてだった。町田との(いさか)いさえ、これに比べれば、冗談混じりの朝の挨拶のようなものだった。

 ……いや。だがこれは、本当に「憎悪」なのか?

 由加里はぞっと背筋を這い抜ける悪寒に身震いした。

 大きくねじ曲がった口許も、目尻も、ぎらぎらと輝く瞳も、それは歓喜の表情と言っても充分に通用する。

 憎悪がそのまま突き抜けて、至上の快楽に辿りついたかのような表情──それは己の(うち)なる「暴力」を無制限に解放することへの、「歓び」と「期待」と言い換えてもいいかもしれない。

 そこに他者へ苦痛を与えることへの抵抗はなく、命を奪うことへの躊躇(ためら)いもない。

 己の苦痛すら歓びであり、死すら愛しき伴侶として受け入れる。

 善もなく、悪もなく、吹き上がる殺意と破壊衝動に酔いしれるかのような、(ケダモノ)(かお)

 人間にこんな表情ができるのか?

 いや、人間がこんな表情をしていいのか?

 その存在自体が、この世を造りたもうた造物主たる神への冒涜であるという意味で、この上司はまごうかたなく「悪魔」であり「魔王」なのだと、由加里は今この場ではっきりと得心がいった。

 むしろ、この男こそ、自分が(たお)すべき本当の──

灰色鷹(グレイホーク)──」

 闇の深淵より投げ掛けられるかのような城島の低い声に、由加里は不意に我に還った。床に伏したまま、半ばまで腰のホルスターに手を掛けていた自分に慄然とする。自分は何をしようとしていたのか。びっしょりと全身が冷汗で濡れそぼつ。

 気がつけば、先ほどまでの表情のすべてを拭い去さった武藤が、冷ややかにこちらを見ていた。まるで何もかもすべて見通した上で、等しく無価値であると突き放すような、そんな視線。……。

 武藤は由加里と視線が合うと、興味をなくしたかのようにつと目を逸らす。由加里は頭がおかしくなりそうだった。いや、こんな上司の下で、正気でいられる方がおかしい。ならば、もうとっくにおかしくなってしまっているのかも。

「再会を祝して、お前好みの火力による蹂躙戦だ。気に入ってもらえたかな? いささか手持ちの火器が心許なくて、こんな有り合わせのもので済ませてしまって悪いが、そこはこちらの気持ちを汲んでもらえるとありがたい」

「クソ爺いが……っ!」

 武藤は倒れたデスクの上に肘をついて、タボールAR21の銃口を城島に向けた。

「その名前は捨てたって言ってんだろうが──!?」

 不意に武藤の(かお)が驚愕に歪む。

「そうそう、もう一品残っていた」城島が冷たく嗤いながら告げた。

「せめてもの心尽くしだ。存分に味わってくれ」

 城島は防火性能も併せ持つ軍用コートのフードをかぶると、同じく傍らでフードをかぶったRPGを構えた兵士の肩を軽く叩いた。それを合図に兵士が発射菅(ランチャー)の引き金を絞り抜く。

「RPG!」

 警告の叫びとともに、武藤が由加里の身体の上に覆いかぶさる。

 後方噴射炎(バックブラスト)が通路の床や壁面を焼き、オレンジ色の(ほのお)が城島と兵士を背中から押し包んだ。同時に、RPGの弾頭が発射菅(ランチャー)から滑り出す。そのまま由加里達の背後の壁に着弾したRPGの弾頭は、壁に大穴を開け、コンクリートの(つぶて)を爆風と共に周囲に撒き散らした。

「くそっ!」

 瓦礫の下から身を起こすと、武藤は素早く周囲を見廻す。手元のタボールAR21の存在を確認し、次いで床に倒れたままの由加里を見つけると、防弾ベストの襟首を掴んで引き起こした。

「このバカ! とっとと目を覚ませ!」

「ふえ? 警部(へいぶ)……?」

 微妙に呂律が廻っていない。脳震盪でも起こしているらしい。

 武藤は容赦なく由加里の頬を張り飛ばした。

「……痛い……」

「寝ぼけてる暇はねえ。すぐに敵がくる。そこの破口から脱出するぞ。先に行け!」

「あ、はい!」

 返事をするより先に、背中から突き飛ばされる。足元の瓦礫に足を取られながら、RPGの開けた壁の穴に転がり込んだ。背後では自動小銃の発砲音。武藤が近づく敵を牽制しているのか。

「由加里!?」

「え……?」

 顔を上げると、香織を始めとする交通課の面々がそこにいた。



「何、で……え……?」

 一瞬、状況が理解できず、周りを見廻す。交通課のオフィス。ああ、そうか。さっきの部屋の隣だから、ここは──

 そこまで把握して、慄然とする。

「何で皆、まだこんなところにいるんです!? 早く避難してください!」

「バカ言わないで! 外は兵隊でいっぱいだもの! 窓から逃げようとしたら、見張りの兵隊に撃たれるし。ここにいる人達だって、ここまで必死で逃げて来たのよ!」

 見れば制服警官を中心に一〇人前後もの人数が残っていた。皆、不安げな表情でこちらを見ている。この人数を連れてどう脱出する? 背後からはすぐそばまで敵が迫っている。頭が真っ白になる。考えが何もまとまらない。

「潮! ぼけっと突っ立ってるんじゃねぇ! 敵が来るぞ!」

 タボールAR21の残弾を撃ち尽くした武藤が、銃を背後に放り投げつつ隣室から飛び込んできた。

 振り返ると、壁の破穴の向こうで、軽機関銃を持った敵兵がこちらを向こうとしている。

 反射的に回避しようとして、目の前の香織の存在に気付く。このまま自分が避けたら、彼女達が敵の銃撃を浴びることになる──自分が何をすべきか、考えるまでもなかった。

「やめて!」由加里は敵兵の前に両手を広げて立ち塞がった。

「撃たないで!」

「潮! このバカ野郎!」

 だが、敵兵は躊躇(ためら)わずに軽機関銃をこちらに向けて構え直す。

 ダメだ。殺される。ぎゅっと目を(つぶ)ってその瞬間に備える。

 だが、逃げようという気にも、後悔する気にもならなかった。先輩や交通課の皆を、自分を受け入れてくれた人達を守った結果がそれなら文句はないや。結局、自分には他の選択肢などないのだから、この結末は受け入れるしかない──彼女の上司はそれを下らない自己満足と笑うだろうか?

 だが、その腕を不意に引っ張られて、床に引き倒される。

「!?」

 バランスを崩しながら倒れる由加里の視界が、「しょうがない娘ね」と苦笑する香織の表情を捉えた。

 ダメです、先輩──

 手を伸ばそうとしてその手が届かぬまま、無数の銃弾が香織の身体をずたずたに引き裂いた。薄暗い室内に真っ赤な鮮血を振りまきながら、華奢な身体がバレエのプリマドンナのようにくるりと旋回し、跳ね飛ばされる。そのまま受身も取らずに、乱暴に床に投げ出された。

「……先輩……?」

 床に倒れたまま動こうとしない香織の身体を中心に、急速に血溜まりが広がってゆく。ああ、そうか。結局、あたしはまた先輩に助けられたのか。先輩にとってみれば、最後まで手のかかる後輩のままだったのかな。いつも迷惑かけてばっかだったもんな。でも、こんな時くらい、ダメ後輩を卒業したかったのに。……。

「潮! そんなところで、何してやがる! 早く起きて、ここから脱出──」

「うるさいっ!」

 武藤に怒鳴り返すのと、腰のホルスターから拳銃を抜き放つのとはほぼ同時。床に倒れた姿勢のまま、片手に持った拳銃から、狙いもろくに向けずにほぼ直感だけで敵兵へ発砲する。続けて放った数発の銃弾がひとつに聴こえるほどの速射──それが、先程の軽機関銃を持った敵兵にすべて命中したことを由加里は「感覚」で把握したが、同時に分厚い防弾装備に遮られて「殺れてない」こともまだ認識出来ていた。

 混沌とした戦場のど真ん中で、周囲で発生しているすべての事象を正確に把握する超認識モード──場数を踏んだ特殊部隊員の中でも、あるレベルに達した兵士だけが、戦場に没入しきった瞬間にだけ訪れるという異常な心理状況。それに近い現象が、今の由加里に発生していた。

 だが、本人にしてみれば、そんなことはどうでもよかった。

 こんなに簡単に人を殺しておいて、銃撃を受けながらのうのうと生きている敵兵の存在が、ただ許せなかった。

 殺してやる、殺してやる、殺してヤル──

 冷たく、真っ黒な殺意が、呼吸するようにするりと意識の中に滑り込み、他のすべてを圧して支配する。バネ細工のおもちゃのように一挙動で跳ね起きると、両手に持ち替えた拳銃を手に壁の破穴に飛び込もうとする。

 その首筋に、武藤が手刀を打ち込んだ。

「あ──!?」

 一瞬にして意識を刈り取られ、由加里はその場に崩れ落ちる。

「のぼせやがって、このどアホぅ」

 気絶した由加里の身体をひょいと担ぎ上げた武藤の視界の片隅で、隣室からRPGを構える敵兵の姿を捉える。

 武藤は窓の外に向けて拳銃を撃ち込み、窓ガラスを砕き割った。次いで由加里の身体を無造作に投げて外へと放り出すと、自分も後に続く。

「待ってくれ、置いてかないでくれ!」

 先程の銃撃を受けてもまだ生き残っていた職員が、縋るような声を上げる。

 その声に、武藤は一瞬だけ背後に目をやった──だが、見ただけだ。どうすることもできないものに、無駄な感傷を示す男ではない。

 武藤は悲鳴のような職員達の声を無視して、窓から外へ身を踊らせる。

 直後に交通課オフィスに撃ち込まれたRPGの弾頭が起爆し、爆風が窓から吹き溢れた。



「ボス! 灰色鷹(グレイホーク)が外に──」

「構わん、放っておけ」城島は興味をなくしたかのように言い放った。

「これ以上の長居は無用だ。こちらも撤収する」

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