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文房具で完全武装の兵士たちを屠り去る武藤。唖然とする由加里たちをよそに、武藤は自分たちだけで傭兵部隊に殴り込みをかけることを宣言する。
武藤の闇が垣間見える回ですね。
次回は……いよいよ大銃撃戦に突入!
次回は2月27日(日)深夜零時の更新を予定しています。
よろしくお願いします。
では、ごゆるりとお楽しみください。
階段を使って二階まで降りると、一階との間にスチール机などで簡易なバリケードが設けられ、その背後から制服私服の入り混じった職員達が階下を不安気に伺っていた。
その中に自分の部下を見つけた町田が声を掛ける。
「状況はどうなっている?」
「町田さん!」若い刑事がほっとした表情でこちらを向いた。
「下で武装した兵隊が見張ってます。少しでも顔を出すと撃ってくるんで、下りれなくて」
「それが敵の攻勢限界ってことだ。それ以上、手を広げるには頭数が足りないんだろう」
「でも警部、こちらはみんな丸腰なんですよ」
「屋内掃討戦では必ずしも火力の差は意味をなさない。基本的にどこまで行っても、至近距離での不期遭遇戦の繰り返しだからな。出合い頭で多人数で押し潰しちまえば、装備もへったくれもない」
「……その分、犠牲も多そうですけど」
「何事もただで手に入るモノはねえよ」
武藤がそっけなく言い放つ。
「俺の部下に人海戦術で血路を開けと言っとるように聞こえるが、気の所為か?」
「そういうの得意だろ。本庁の皆さんは」
「ふざけるな。皆、家族がいるんだぞ!」
「じゃあ、プランBだ」
そう言って口許を緩ませる武藤に、どこまで不謹慎に出来ているんだろうか、この上司は、と由加里は思った。
「!?」
階段下で銃を構える兵士達目掛けて、次々と中二階の踊場から椅子が投げ込まれた。
「何のつもりだ、こいつら──がっ!?」
兵士のひとりが飛んできた椅子の直撃を喰らってひっくり返る。部長級の幹部の座る肘付きで造りのがっしりとした奴だ。
「……うわ、椅子のピッチングフォームなんて初めて見た」
片手投げで軽々と椅子を投げる武藤に、由加里が唖然とした声を上げる。
「バカ野郎! ぼさっと見てないでお前らも続け!」
「は、はい!」
慌てて由加里達も総出で椅子やデスクの引き出し、厚手のバインダーなどを投下し始める。
「くそ、調子に乗りやがって……!」
階下の兵士達が階段の上に向けてダボールAR21を連射、下を覗いていた由加里達がすぐに首を引っ込める。
そこへ、先程椅子の直撃を喰らった兵士が、同僚を押しのけて前に出た。
「どけ、グレネードを使う!」
「あ、バカ、こんな狭い空間で──」
止める間もなく、ダボールAR21の銃身下部に装着された擲弾発射器の筒先を踊場に向ける。
「グレネード!」
警告の叫びとともに武藤以下、一同が血相を変えて階段を駆け上がる。それを追うように発射された20ミリ・グレネード弾が踊場で炸裂。金属スラグの暴風を辺りに撒き散らす。
その爆煙の晴れぬ内に、ダボールAR21を乱射しながら兵士が突っ込んでゆく。
「おい、待て! 突出するな!」
「こっちは防弾装備は完璧だし、ノイズキャンセラーで至近距離の爆発にも耐えられる」
踊場まで一気に躍進した兵士が、耳を被うヘッドセットを指で叩く。至近距離での爆発音や砲撃音、航空機のエンジン音など、耳に障害を与えかねない大音量の音声に対して、電子合成した逆位相の音波をぶつけて消し去ってしまうのが、ノイズキャンセリング・ヘッドフォン、あるいはノイズキャンセラーである。元々は戦車兵や空母の甲板作業員などが使用していたものだが、小型化、高性能化が進んで特殊部隊などでも使うようになっていた。これにより、至近距離で撃ち合いや爆弾が炸裂しても、すぐそばの戦友と軽口さえ叩けるようになった。
「現場のリスクを回避するための装備だ。活用して戦果を上げるのが筋だろうよ。
何、相手は所詮、丸腰だ。四~五人もぶち殺せば、奴らも大人しく──」
言いかけたそこへ、再び分厚いバインダーが雨あられと降り注ぐ。
「手前ら、舐めんじゃねぇぞ、この野郎!」
矢継ぎ早に弾を詰め替え、階上のフロア目掛けてグレネード弾を連射すると、再び猛然と階段を駆け上がった。
「……ったく、ガキか、お前は」
ぼやきはしたものの相棒を放っておくわけにもいかず、同僚の兵士が慌ててその後を追う。
「へへっ、何処に隠れてるんだ、間抜けども。お望み通り、手前らのでかい尻を月までぶっ飛ばしにきてやったぜ。それともさっきので、きれいにふっ飛んじまったか──?」
タボールAR21を肩付けに構え、射軸と視線をぴったりと重ねながら、いまだ爆煙の已まない二階通路を素早く検索する。明かりの消えた通路は、外から入る街灯のおかげで思いの外、見通しは悪くない。
と、その瓦礫の散らばる床の上に、横たわる人影があった。
自分達と同じような黒い防弾装備で固めている上に、やや起伏に乏しい感はあるものの、ボディラインには柔らかな曲線を帯びていた。
「……女……?」
SATの女性隊員? そんな奴がいたのか……?
銃口を女の方に向けたまま慎重に近づこうとした矢先、首筋を何者かに激しく殴りつけられた。
「!?」
バランスを崩しながら、頚部に激しい激痛──とっさに手で触れて、そこに有り得べからざる棒状の何かが突き刺さっていることに気付く。と、そこへ肩を掴まれてくるりとその場で身体を廻された。
獣が仕留めた獲物を冷静に品定めするような、冷ややかな眼差しで背の高い大男がこちらを見下ろしている。
それが二年前に突然部隊を去った、かつての己の上官だと気付いたときには、左腋に吊った自分のホルスターから、自然な仕草で拳銃を引き抜かれていた。
大男は安全装置を親指で外すと、兵士の防弾ベストの隙間──胸元に銃口を押し付け、無造作に引き金を引き絞る。
「この野郎っ!」
背後からタボールAR21の銃床を打ち下ろそうとするもうひとりの兵士に、男は左腕を軽く薙いだ。
「っ!?」
目許を被う防護グラスに横一文字の亀裂が走った。
それが男の左拳から突き出た事務用ハサミの刃先によるものだと理解するのとほぼ同時に、至近距離から拳銃の残弾すべてを一気に叩き込まれ、兵士がひっくり返る。
それでも優れた防弾装備のおかげで一命を取り留めた兵士が、必死に身体を起こそうとする。
その顎を背後から掴まれ、喉元の肌に冷たい感触を覚えた時点で、兵士は己の人生がここで終わることを理解した。
「……本当にボールペンと事務用ハサミで、完全武装の兵隊ふたりを片付けやがった」
「……………」
血まみれのハサミをその場に捨てる武藤を、町田と由加里が唖然とした表情で眺めた。
「装備に優越した兵士はそこに隙ができやすい。だが、結局のところ、人を殺すのは道具じゃない。ボールペン一本でも適材適所で使えば、簡単に人を殺すことができる──おぼえとけ」
そういう殺伐とした教訓話を積み重ねなくちゃいけない職場って、心底嫌だな、と、ついさっきまで囮役で床に転がされていた由加里は思った。あの囮役だって、いつ撃たれるか気が気ではなかったのに。
「……で、警部は何してるんですか?」
「見りゃあ、判んだろうが。使える装備をいただいてるんだよ」
殺した兵士の屍体からヘルメットを引き剥がしながら、武藤が告げる。
勿論、見れば判るが、認めたくないから言ってみただけだ、この罰当たり上司め。
「お前もそっちの屍体から、装備を回収しろ」
「えーっ!」
「えー、じゃねぇ。時間がねぇんだ。ぶっ飛ばされたくなければ、とっとと動け!」
ひぃぃと涙目になりながら、由加里が兵士の屍体に恐る恐る近づいてゆく。
それを横目で眺めながら、町田は武藤に訊いた。
「……本当にふたりとも殺す必要はあったのか?」
「ボールペンとハサミに、そう多くを望まれてもな。自分ならもっとうまくできるってんなら、俺と関係ないところで勝手にやってくれ」
「判った。もう言わん」溜息ひとつ付いてその話題にけりをつけ、町田は話題を切り替えた。
「で、これからどうする気だ?」
「下に降りて、岩代の身柄を取り戻す」
「俺も行こう」
「お断りだ」武藤は言下に拒絶した。
「動きも読めない素人を連れて、足を引っ張られるのはごめんだ。こっちはただでさえ、そこの間抜けな新米の面倒を見るので手一杯だからな」
「……もしかして、あたしも行くんですか?」
「当たり前だ。手前の商売忘れてんじゃねぇぞ、このどアホぅ!」
「こっちだって特殊捜査班の出だ。強行突入の場数も踏んでいる。足手まといにはならん」
特殊捜査班は、警視庁捜査一課に所属する部隊で、誘拐事件や犯人篭城など刑事事件における捜査や強行突入などの任務に従事している。テレビなどの立て篭もり事件の報道で映る黒い特殊部隊は、大抵、彼等SITか各県警刑事部に所属する同様の部隊のことである。日常的な出動件数という意味では、警備部の特殊強襲部隊などより遥かに実戦経験が豊富な部隊だ。
「我々も身内を殺られてこのままで済ますつもりはない。同行させてくれ」
「しつこいぞ」
武藤はタボールAR21の銃口を町田に向けた。由加里が思わず制止の声を上げる。
「警部!」
「お前らの復讐心なんか知るか。俺達はこれから戦争をしに行くんだ。『お巡りさん』じゃ役に立たねえ。どうしても俺達の足を引っ張りたいってんなら、この場で殺してくぞ」
「何だと!」
「よせ!」
激昂する若い部下を町田は制した。
冷たく見据える武藤の瞳は完全に本気だった。それが証拠に右手の人差指はトリガーガードではなく、しっかりと引き金に触れている。何かの拍子にそのまま引き絞ってしまっても一向に構わないという態度だった。
「……判った。我々はここに残ろう」
「町田さん!」
部下の異論を無視し、町田は言葉を続けた。
「だが、教えてくれ。俺も二〇年以上、警官をやっている。それなりに酷い現場も目にしている。残虐な事件を引き起こした容疑者とも向い合ってきた。
だが、あんたや、今度の事件の犯人たちは何かが違う。こんなに簡単に人を殺して、ここまで屈託なく済ませる人間は見たことがない。
それに、あんたとこいつらは顔見知りなんだよな? どうなってるんだ? それでどうして、そんなに平気に殺し合いができるんだ?
なあ、あんたも、岩代も、そこに転がってる連中も、皆、元々は俺達と同じ日本人なんだろう?
どうしてそうなっちまったんだ?」
「………………」
町田の問いを無言で聞いていた武藤は、やがてぽつりと答えた。
「気づいただけだ」
「気づいた? 何にだ?」
「この世界がとっくに地獄だということに。今のこの国で、まだそのことに気付けずにいる奴がいることのほうが、俺にはよほど不思議でしょうがないがな」
何の感情も込めずに語る武藤の姿に、由加里は戦慄した。虚無、と一言で片付けるのも躊躇われる、闇の深淵を覗き込んでしまったような感覚──それが身近な人間の胸許に、ぽっかりと大穴を開けて放置されていたことに気づかされてしまった恐怖。
敵と相対して銃撃戦をしていたときより、今この瞬間、この場から全速力で逃げ出したい、と由加里は激しく思った。
だが、できなかった。
蒼褪めて立ち尽くすばかりで、足が動こうとしない。
職業的義務感? 別に望んで就いた仕事じゃない。
いつか隙を見て逃げ出してやる、と今の今だって心の底から思っている仕事に忠誠心なんかない。勿論、こうして自分の昔の職場に襲いかかって、大切な人々を傷つけている犯人達は許せない。だが、自分はミニパトを転がし、地域住民の生活や安全を守るのが仕事だったはずだ。こんな殺伐とした、殺したり殺されたりの世界が、自分が本来、居るべき世界なわけがない。
だけど、それでも、ここから逃げ出そうとすると、足が竦んでしまう。悲鳴を上げようとすると喉が締まって苦しくなる。
何か、もっと怯いものがあるのだろうか? 武藤に怒鳴られるから? まさか。この場に転がる兵士のように、虫けらのように殺されて放り出されることを思えば、乱暴な上司に怒鳴られるくらいなんてことはない。転職先が見つからないと言っても、死ぬよりはましだ。
なのに自分は何故、逃げ出さないのだろう?
自分は何故、ここにいるのだろう……?
その時、不意にひとつの疑問が頭をよぎった。
「質問はそれで終わりか?」
「……あ、ああ」
町田が苦く肯く。
武藤は奪ったタボールAR21のコッキングハンドルを半ばまで引いて、薬室内に銃弾が装填されていることを確認すると、由加里に声を掛けた。
「行くぞ、潮」
「警部は──」
「何だ?」
「……いえ、何でもありません」
由加里は口にしかけた疑問を呑み込んで、言った。
警部は、何故、ここにいるんですか?




