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向島署に襲い掛かる傭兵部隊。為す術も無く虐殺されてゆく報道陣と警官たち。
一瞬にして戦場と化した向島署から、由加里たちは脱出できるのか……。
さぁ、本格的な修羅場に突入です。
次回は……更にヒートアップ!
次回は2月20日(日)深夜零時の更新を予定しています。
よろしくお願いします。
では、ごゆるりとお楽しみください。
「ふざけるな! 何のつもりだ、貴様!」
「あいつには耐尋問・拷問訓練を施してある。あの程度、撫でてやったみたいなもんだ」
「そんな話を言っとるんじゃない!」
そうだそうだ。言ってやって、言ってやって。
顔を真っ赤にして怒鳴る町田を、由加里はぐっと拳を握りしめて心の中で応援する。それを察知してか、武藤がじろりとこちらを睨んだ。誤魔化すように視線を逸らしながら、相変わらずの上司の勘の鋭さに肝を冷やす。あるいは、こっちが全部顔に出してしまっているだけかもしれないが。
取調室から医務官に連れられて岩代が去ってゆくのを見送るなり、案の定、武藤と町田はいきなり衝突した。もう完全に想定の範囲内なので驚きもない。いっそ予定調和の域に達していた。
それにしても、目の前で簡単に人間の指をへし折るとか、ああいうのは本当に勘弁して欲しいと思う。しばらく夢でうなされそうだった。
「これで気が済んだろう。とっととあいつの身柄を引き渡せ」
「あんな真似されて、引き渡しなんかできるか!」
「何だと」武藤がこめかみを引き攣らせて町田を睨みつける。
「ここでこのままお上品にお話を伺っていて、あいつがぺらぺら唄いだすわけがねえだろ」
「余計なお世話だ。傭兵風情に取調べの何たるかを教えていただく謂れはない」
「最初に泣きついてきたのはどっちだ?」
「殴って指をへし折るくらいしか能がないって判ってたら、始めから話を振ってない。今時、中学生の不良だって、もう少し頭を使うわ」
「何だと」
「何だ、おい」
互いに胸倉を掴みあう。
それを目の当たりにしながら、このふたり、案外、似たようなメンタリティの持ち主なんじゃなかろうか、と由加里は思った。とすると、武藤の個人的な資質の問題ではなく、この業界の体質的な問題なのか。自分はこうした空気には染まらないようにしよう、といち新人として自戒する。
いずれにせよ、このまま見ていて楽しい見世物でもないので、気分転換も兼ねてふと廊下側の窓の外へと目をやった。
道路に直接面した向島署の正面玄関前は、ほとんど駐車スペースもなく、見下ろすとマスコミ取材陣でごった返していた。各社とも車輌の乗り入れは制限されているのだが、それでもざっと一〇〇人近くはいる。これに地元の野次馬も加わるので、確か交通課から人を出して、許可証を持つ記者以外は入れないように規制していたはずだ。そもそも、マスコミ沙汰になるような事件もめったに起こらない平和な土地柄なので、こんな数の報道陣が押しかけるなんて事態、署庁舎建設時には想定もしていなかったのだろう。
それは近隣住民も多分同様で、事件発生後に署に掛かってくる電話のほとんどが、取材陣がうるさいだの、マナー違反の記者がいるだのといった苦情電話だった。地元であれだけの事件があった直後のこの反応に、地域住民の危機感のなさを嘆くべきか、どこまでも日常を保とうとする強靭な平常心に驚くべきか、何とも評価が難しかった。まぁ、傭兵部隊がご近所で戦争しているなどという事件の構造それ自体が、単純に具体的にイメージし辛いだけなのかもしれないが。
いずれにせよ、そうした記者たちの騒がしさは元からだったが、見れば、そこに二台ほどの黒塗りのバスが強引に乗り入れようとしていた。
バス……?
車輌規制がされているのに?
最初、そのバスを見たベテラン新聞記者は、TV局の中継車かと思った。
だが、携帯電話のカメラからでも高画質動画送信が可能なこのご時世、よほど電波状況の悪い地域からの中継でもない限り中継車の出番はない。特にデジタル放送への移行前後に大幅に広告料収入を減らした民放地上波各局では、スポーツ中継以外の中継車の出動を事実上廃止してしまった。今ではほとんどの局でカメラマンにネットワーク機能を実装したポータブルカメラ一台を与え、リポーターと二人だけで現場に派遣するようになっている。中継車の装置設備自体が高額なのもさることながら、機材操作や運用メンテナンスに割ける人件費など、今時の民放報道局では逆さに振っても出てこない。
だから、そのバスはたぶん中継車などではなかろうとはすぐに判ったが、では何なのか。
そもそも向島署の交通課警官が通りの出入口で車輌規制を行っていたはずではないのか。それとも警察関係の車輌なのか……。
訝しむ取材陣の見守る中、堂々と署庁舎正面玄関前に停車したバスから、赤いベレー帽に野戦服、その上に黒い軍用コートを羽織った壮年の男が降り立った。
何者かも判らぬまま、取材陣が本能的にカメラを廻し、次々にフラッシュを炊く。
そのカメラの砲列に晒されながら、男は周囲をゆっくりと眺め廻すと、不機嫌な声で呟いた。
「邪魔だな」
男は背後のバスの車内を振り返って命じた。
「片付けろ」
遮光ガラスの車体の窓のいくつかが開き、軽機関銃の銃身が顔を覗かせる。
ほとんどの記者達がそれが何を意味するのか理解できないまま、銃口が轟然と火を吹いた。
「警部!」
眼下で始まった一方的なマスコミ関係者達の虐殺に、由加里が悲鳴にも似た声で武藤を呼んだ。
「敵襲か!?」
「敵? 何を言っとるんだ貴様ら?」
武藤と町田が窓際に駆け寄る。地上ではマスコミ取材陣の掃討を終えたバスから、続々と兵士達が降り立った。その中の一人が地面に膝を着き、派手な後方噴射炎を閃かせて携行ロケット砲を発射──階下から爆発音とかすかな震動が伝わってくる。
「な、何だ、こいつら……?」
町田が絶句する横で、武藤はバスのそばに立つ赤いベレー帽の男に視線を向けた。と、それに気づいたのか、男が顔を上げてこちらを見る。この距離からも、わずかに口許を歪ませたのが判る。
「城島……っ!」
「警部……?」「知り合いなのか、貴様……?」
その問い掛けを無視し、武藤は踵を返して走り出した。
「警部、どこ行くんですか?」
「潮、お前も来い! 敵に奪われる前に、岩代の身柄を押さえるぞ!」
「待て、勝手は許さんぞ!」
武藤の背中を追って、由加里と町田も走り出した。
外から撃ち込まれたRPGの弾頭は、正面玄関のガラスドアに触れて起爆。玄関付近を吹き飛ばした。
次いで更にもう一発──こちらは玄関を抜け、庶務課や生活安全課の配置された一階フロアを走り抜けて、フロア奥の壁面に着弾。辺りの職員やデスクを吹き飛ばす。
爆発の衝撃から生き残った者達も呆然として身動きが取れずにいるそこへ、完全武装の兵士達が雪崩込んだ。兵士達はその場に立っている者達を、片っ端から射殺する。
機械的に殺戮を行う兵士達の後を追うように、城島が署内に足を踏み入れた。
「まず武器庫を制圧して、警察側の武装を阻止。次いで幹部クラスの警官から、岩代の所在を確認。それ以外は屋内検索を行って、一階各部屋をすべて無力化しろ」
「了解しました」
付き従う副官らしき兵士が、うなずいて手元の無線機を通じて指示を下す。
「た、助けて──」
足下から上がる呻き声に、城島は足を留めて視線を向ける。頭から血を流した年配の制服警官が救いを求めてこちらに手を伸ばしている。そこへ素早く別の兵士が駆け寄り、タボールAR21の連射を撃ち込んで黙らせる。
城島は何事もなかったかのように、表情ひとつ変えずに視線を建物の奥へと戻した。
「さあ日本人よ、これが我々の示す国際標準の武威だ」
「駄目だ、電話回線が繋がらない!」「こっちも駄目だ! 携帯も全部圏外だ!」
「くそ、どうにかして外と連絡を──」
職員達が焦りながらそれぞれに電話を手にしているそこへ、ドアが蹴破られ、対人手榴弾が放り込まれる。短めに切られた信管が作動し、悲鳴を上げる間もなく手榴弾が炸裂する。
爆風が収まるや、銃を持った兵士達が入り口に立って室内を素早く検索した。呻き声や動きがあれば即座に銃撃を叩き込んで沈黙させる。
こうして一部屋あたり十数秒ほどの時間で、次々と署内各部屋の屋内検索を進めてゆく。
一方、地下の武器管理室では、一階フロアから逃げ出してきた制服の職員が担当者に詰め寄っていた。
「銃を早く出せ!」
「ですから、署長の許可もなしにロッカーは開けられません。規則は守ってもらわないと……」
「それどころじゃないんだ! 軍隊が攻めてきてるんだよ!」
「軍隊? 何を言って──」
担当者が首を傾げたそこへ、通路で見張っていた別の職員が悲鳴を上げる。
「奴らが来たぞ! 早く武器を──」
皆まで言い終えるより前に、多数の銃弾を喰らった通路の職員が痙攣するように死の舞踏を演じてひっくり返る。
「早くしろ!」
「は、はい!」
担当者が慌てて、引き出しから鍵を取り出す。拳銃を個別に収納するロッカーの鍵を、まとめて格納したキーボックスの鍵だ。
だが、すぐそばまで迫る兵士達に備えるには絶望的に間に合わなかった。
「!?」
硬質な音ともに、武器管理室の床の上へ丸い対人手榴弾が転がる。
爆風──そして自動小銃の軽やかな銃声が鳴り響き、武器管理室もまた沈黙した。
「結城、新庄、聞こえてるか? ──くそ、やはり回線はもう潰されてるか」
武藤は罵ると、由加里に訊ねた。
「岩代は今どこにいるんだ?」
「たぶん、一階の医務室です!」
「敵の方が近いか」
「このまま行くんですか、警部?」
走りながら由加里が訊ねる。
「武器がいるな……。おい、俺達から取り上げた銃はどこだ?」
「武器管理室のロッカーの中だ。当たり前だろう。あんな強力な自動火器、その辺の机の上に置いておけるわけがあるまい」
「俺が敵ならまず真っ先にそこを押さえる。もう取り戻すのは無理か──ならば、まずは武器の調達だ!」
武藤はいきなりすぐそばにあるドアに蹴りを放り込むと、キック一発で扉を開けた。
「警部?」
驚く由加里達をよそに、室内の机の上を手早く漁ると、文房具立てからハサミやボールペンを手にして戻ってきた。
「ほら、お前らの分だ」
「……これでどうしろと?」
手の中のボールペンとハサミをまじまじと眺めながら、とりあえず由加里は訊いてみた。いや、なんとなく見当はついていたが。
「刺すんだよ」
決まってるだろうが、とボールペンのキャップを抜いて、武藤が言い放つ。
「ええーっ!? 相手は機関銃やロケット砲とか持ってるんですよ!」
「素手よりましだ。おら、行くぞ!」
そう言って、再び走り出す。
「……いろいろ大変だな、君も」
「同情とかやめてください!」
半分涙目になりながら町田に叫ぶと、由加里は再び武藤の後を追って走り出した。