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09

住宅街での熾烈な市街戦──お待ちかねの銃撃戦バトル。

次回は犯人を連行した向島署でのエピソードです。


次回は1月30日(日)深夜零時の更新を予定しています。

よろしくお願いします。


では、ごゆるりとお楽しみください。

『フォックス・スリーよりHQ(ヘッドクォーター)。敵の反撃を受けた。SMG(サブマシンガン)らしき銃撃。一般警察の装備とは異なる模様』

 廃工場の事務所で、城島から後を託された分隊指揮官が前線からの報告を受けていた。

特殊強襲部隊(S A T)が来たか。反撃は継続しているか?」

『一斉射ほどで終息した。目の前でパトカーの警官を掃討したばかりだった。偶発的な発砲だった可能性はある』

「警官隊の突入にまぎれて、浸透突破を図ろうとしているんじゃないか?」

 副官が指摘する。

「その可能性はあるな。

 ──HQ(ヘッドクォーター)よりフォックス・スリー。そこはいい。当初予定通り、後退しつつ第二防衛ラインまで移動しろ。

 続けてHQ(ヘッドクォーター)よりオールフォックス。SATと思しき装備の敵が浸透突破を図る可能性がある。各員、警戒を強めよ」



「このどアホぅが。自分の仕事忘れて、はっちゃけやがって」

「目の前であんなことされて、黙って見てられません!──前方クリア!」

「目の前で何万人殺されようが、黙ってなきゃならねぇ時は死んでも黙ってろ──後方クリア! よし、そのまま角まで躍進」

 背中合せにMP7A1を構えた武藤と由加里は、低い姿勢で路地裏を駆け抜ける。

 さっきまで聞こえていたサイレンはぱったりと止み、銃声も聞こえない。さすがに無防備にパトカーを突っ込ませる愚は悟ったのか、後続のパトカーが来る様子もない。先程の銃撃現場の方角から、時折、バチバチと放電音が聴こえる。都内のパトカーは数年前に全車EVに移行済みなので、引火の危険はないが、感電する警官がいないか心配だった。

 それ以外は、驚くほど静かだった。昼下がりの住宅街なんてこんなものといえばその通りだが、その背後で重武装の傭兵が暗躍していると考えるとぞっとしない。

 由加里は民家の路地裏の角からMP7A1の銃口を突き出して前方を警戒しながら、背後の武藤に訊ねた。

「警部、この後、どうするんですか? このまま工場まで──」

 そこまで言いかけたそこへ、背後でばんっとドアの開く音がした。

 反射的に振り返ると、自分達と同じようにヘルメットに完全武装の兵士が、民家の裏口から出ようとしてこちらの存在に気づいたのか、ドアノブを手に立ち尽くしていた。

 防護ゴーグル越しに互いの視線がかちあった。

 頭が真っ白になる。敵──いや、犯人──いや、敵? 撃たなきゃ。そう意識するより早く、MP7A1を構えた身体を翻そうとしているのが判る。まるでステージ上のロボットショーを観客席から眺めているような感じ。

 どこか他人事のような感覚で、同時に間に合わないことも理解できた。敵の自動小銃を掴んだ右手が、ゆっくりとこちらへ向けられる。間に合わない。間に合わない。間に合わない。間に合わない。……。

 と、敵兵の背後から武藤がMP7A1をフルオートでぶっ放す。制音器(サプレッサー)による高音域を殺された銃声と伴に、アルミのドアごと銃弾を浴びた敵兵が、思わず体勢を崩す。

 そこへ由加里のMP7A1の銃口が敵兵を捉える。「引いた」という自覚もないまま、指が引き金を絞り込む。4.6ミリ×30弾の発射に伴う激しい反動を、全身で押さえ込むように受け留める。本人の自意識とは関係なしに、身体は訓練通りに動いていた。それを呆然と眺めている自分がいる。

 正面の由加里からも銃撃を受けた敵兵が、のけ反って前のめりに倒れた。

「う、撃っちゃった……」

「ぼやぼやすんな!」

 ドアに駆け寄った武藤が、閃光音響弾のピンを抜いて屋内に放り込む。激しい破裂音とともに鋭い閃光が屋内から溢れ出す。それが消えるのを待って、ドアのそばの壁に張り付いた武藤が屋内に一斉射叩き込む。即座に反応が銃撃として返ってきた。

 舌打ちする武藤の足元で、由加里が先程自分が撃った犯人の首筋に指を当てて言った。

「警部! この犯人、まだ生きてます! すぐに手当を──」

「………………」

 武藤は黙って地面に倒れて苦しむ兵士の背中にMP7A1の銃口を向け、無造作に引き金を絞った。

 貫通力の高い小口径高初速の4.6ミリ×30弾は、一般的な戦闘用の防弾装備なら簡単に貫通する能力を有する。防弾ベストで覆われた背中を貫いて、銃弾が兵士の身体を抉り抜く。一瞬の痙攣の後、兵士は不意に動かなくなった。

「……何てことを……!」

「防弾装備で固めた敵は、完全に息の根を止めるまで無力化したことにならない。中途半端な情で手を抜くと、後で反撃されて命取りになる」

「だからって──!」

「敵もそのつもりでくる。ぼけっとしてねぇで突っ込むぞ!」

 それだけ告げると、武藤は屋内に突入した。

「待ってください、警部!」

 慌てて武藤の背中を追いながら、胸で呻く。ここはとんだ地獄だ。こんな地獄に足を踏み込んでしまった己の運命を激しく呪いながら、今はただ生き延びることだけを考えて由加里は走り出した。



『フォックス・スリーよりHQ(ヘッドクォーター)。フォックス・フォーが殺られた。こちらも現在、敵と交戦中。おそらく先程、銃撃を仕掛けてきた奴だ。装備品からSAT隊員と推測されるが、フォーメーションと動きが妙だ』

 回線の向こうで断続的な発砲音や破砕音を交えながら、フォックス・スリーが報告する。

「妙とは、どういう意味だ?」

『どうもふたりぐらいしかいないようだ。斥候かもしれんが、そのふたりも連携が鈍い。練度に差があるようだ。だが、片割れがバカみたいに強い。屋内を移動しながらの撃ち合いなのに、弾道が安定して嫌らしいほど収束してくる。外れ弾も家具や調度品を吹っ飛ばして、破片でこっちを追い込んできやがる。市街地での屋内掃討戦でかなり場数を踏んでる熟練兵(ベテラン)だ。早く増援を寄越してくれ。長くは持たんぞ!』

「判った。フォック・ファイブとフォックス・シックスがそちらに向かっている。フォックス・スリー、もう少しだけ頑張ってくれ」

『了解。交信終了(アウト)

「……どういうことだ?」

「例の報告書にあった〈グランドスラム〉絡みの秘密部隊かもしれん。新設の部隊なら、練度にばらつきがあってもおかしくない」

「なるほど」

 分隊指揮官は肯くと手元のタボールAR21のコッキングハンドルを半ばまで引いて、薬室内に収まる金色の薬夾を確認した。

「なら主賓のご到着ってことだな。俺達も手荒く歓迎といこうぜ」



 民家を次々に抜けて三軒目のキッチンに辿り着いたフォックス・スリーは、そばにあった冷蔵庫を引倒して即席の防御拠点とすると、すばやくその背後に飛び込んでタボールAR21を構える。

 それを追うようにMP7A1の銃撃が飛んできて、冷蔵庫の表面に次々に弾着する。

 そのあまりに正確な追尾(トレース)振りに背筋を凍らせながら、フォックス・スリーは引き金を引き絞る。5.56ミリNATO標準SS109弾の発砲時の反動(リコイル)を、頼もしく感じながら、銃床(ストック)を通じて肩で受け留める。小口径高初速のライフル弾が、吸い込まれるように前方にすっ飛んでゆき、MP7A1の銃撃を黙らせる。

 だが、殺れてない。それは撃った本人が一番良く判っている。だから、攻め手は緩めない。

 胸のホルダーから対人手榴弾を取り出すと、安全ピンを抜いて前方に放り投げる。

 屋内戦を前提に短めに切った起爆ヒューズの設定通り、一拍置いて、耳を聾する破裂音と爆風。この距離で手榴弾を使用するとは、敵も予期はしていなかったはずだ。対人手榴弾から放たれた金属スラグの暴風が、少なくとも敵の行動を奪ってくれているものと信じて、フォックス・スリーはキッチンからコタツの置かれた畳敷きのリビングを抜け、そのまま縁側から外へ出ようとした。

「どこへ行く気だ?」

 不意に脇から掛けられた声に、フォックス・スリーは反射的に銃口を向けようとしたが、それより先に右の太股を撃ち抜かれていた。そのままバランスを崩して、縁側から裏庭の地面の上に転げ落ちる。

 しまった。家の中を別ルートから抜けて、先廻りされていたのだ。不覚としかいいようがない。俺もここで終わるのか……?

 フォックス・スリーは必死の思いで身を起こし、仰向けになる。

 そしてこちらを冷たく見下ろす武藤の顔を捉え、大きく目を(みひら)いた。

「まさか……! な……なんであんたがここにいるんだ!? 灰色(グレイ)──」

「うるさいよ、お前」武藤は無表情に引き金を引き絞った。

「その名前はとっくに捨てたんだよ」

 首筋に指を当てて敵兵が絶命したことを確かめると、武藤は背後を振り返って呟いた。

「……で、うちのバカ新米(ルーキー)はどこで何やってやがんだ?」



「うわわわわわわわわ! 来んな来んな来んな──!」

 テーブルの陰に隠れた由加里は、前方の空間に向けてMP7A1を盲撃ちする。

 慌てて武藤を追って抜けた最初の民家から路地裏に出たそこへ、二人組の兵士とはち合わせして、その場で銃撃戦になった。

 隙を見てすぐそばの民家の中に逃げ込んだものの、当然敵も追いかけてきた。現在、リビングに陣取る由加里とキッチンに陣取る敵兵との間で、五メートルもない至近距離での撃ち合いの真っ最中である。

 武藤とは途中ではぐれてしまって、どこで何をやってるかも判らない。通信回線はつながってるのだから、こちらの悲鳴は聞いているはずなのだが、特に指示もない。必然、愚痴は回線の向こうの結城にぶちまけられることになった。

「もう警部は何やってんのよ!」

『警部は現在、敵と交戦中だよ。大丈夫。そっちを片付けたら、きっと助けにくるって』

「ウソだ。ウソよ。絶対、ウソ。あの人、絶対あたしに恨みがあるのよ。人の人生無茶苦茶にして、きっと面白がってるんだわ。あたし個人に恨みがないってんなら、女性不審で歪んだ性癖があんな酷い人格を形成したんだわ。きっとロクでもない過去があるのよ。歪んだマザコンとかロリコンとか。だから、あの歳でまだ独身なのよ!」

『……一応言っとくけど、それ全部警部に聞こえてからね。まぁ、銃撃戦しながらそれだけ他人の悪口言えるなら、大丈夫そうだけど』

「大丈夫じゃない! 死ぬ。死んじゃう。殺されちゃうわよ、あたし。あいつら、もうバンバン撃ってくるんだから。一回、結城クンもこっち来て相手してみなさいよ!」

『いや、遠慮します』

 そっけなく結城が拒絶する。

 と、MP7A1の遊底がかちりと空打ちする。

「うわわわわ! 弾が切れた。弾が切れた。どうすんの? どうするの?」

『落ち着いて。予備の弾倉(マガジン)と交換して。いつも訓練でやってることだよ』

弾倉(マガジン)の交換、弾倉(マガジン)の交換──ああ、ない! さっき使っちゃったんだった!」

『予備弾倉はひとつじゃないだろ。他はどこにしまったの?』

「他? 他は──」

 反射的に腰に手を廻して、予備弾倉を収めたポーチを見つける。

「やった、あった!」

 あまりの嬉しさに泣きそうになりながら予備弾倉を抜こうとして、頭上に人の気配を感じる。

 恐る恐る見上げると、テーブルの上に立つ兵士の構えたタボールAR21の銃口が、冷たくこちらを見つめていた。

「……あ……ウソ……」

 確実に訪れようとする死の予感に、由加里は涙目で打ち震えた。

 次の瞬間、テーブル上の兵士がいきなり仰け反って、こちらに倒れ込んできた。

「わわわわわわわっ!」

 驚く由加里をよそに、リビングに飛び込んできた武藤は敵から奪った対人手榴弾をキッチンに放り込む。

 破裂音。爆風──室内を覆うもうもうとした煙の向こうから、ふらふらと人影が出てこようとするそこへ、武藤は自然な仕草でMP7A1を向けて射殺した。

「け、警部……!」

 感極まった由加里が思わず武藤の背中に抱きつこうとする。そこへ振り返った武藤がMP7A1の銃床(ストック)で由加里のヘルメットを殴って床に叩きつけると、厚底の軍用ブーツで踏みつける。

「誰が歪んだマザコンでロリコンなんだ、ああん?」

「……聞いてたんですか、警部……」

「当たり前だ! 同報モードで無様な醜態晒しやがって!」

「うわあああん! だって怖かったんですよぉ!」

「さっきまで偉そうに俺に説教くれてたお前はどこへ行ったんだ? 『みんなを見殺しにできない』だ? 俺はほんのついさっきまでお前を見殺しにしてやりたくてしょうがなかったがな。自分で自分の身も守れない奴が、偉そうに他人様の命の心配してんじゃねぇよ」

「痛い、痛いです警部……」

 ぐりぐりと軍用ブーツの底でヘルメットを踏みにじられ、由加里が涙ながらに訴える。

「まぁ、いい。とっとと立ちやがれ──」

 由加里の手を取って引っ張り上げようとしかけた武藤が、いきなりその身体を突き飛ばして床に伏せる。

 続けて銃声が鳴り響き、室内の調度品が次々に弾け飛んだ。

 ひとしきり続いた銃撃が一瞬途切れる──そこへ今度は手榴弾が放り込まれた。

「手榴弾!」

 武藤が警告の叫びを上げる。由加里も慌ててリビングから板敷きの廊下へと転がり出る。

 炸裂音に続いて金属スラグを載せた爆風が吹き荒れ、室内をずたずたに引き裂く。白い爆煙が辺り覆う中、その煙が晴れる前に、軍用ナイフを抜いた兵士が武藤めがけて突っ込んできた。

「!?」

 武藤は一瞬の躊躇もなくMP7A1を捨て、肩のホルスターから自身の軍用ナイフを引き抜いた。

 敵兵の握るナイフがまっすぐ喉を目指して突き入れられる。上半身を反らしてそれを回避──だが、ごく短い軌道で素早く引き戻されたナイフが、即座に再度突き入れられる。

「くっ!」

 攻めあぐねる武藤に対して、兵士は畳み掛けるように攻撃を重ねてゆく。

「警部!」

 武藤を支援しようと由加里はMP7A1を向けたものの、両者の位置が近すぎて銃では手出しができない。

「どうしよう……」

「余計な手を出すな! お前は自分の心配でもしてろ!」

 紙一重でナイフの刃を避けながら、武藤が叫ぶ。

「でも──」

 言いかけたそこへ、不意に背後に人の気配を感じた。とっさに振り返るより先に、背後から押さえ込まれてしまう。

 背中から腕を廻されて首をロックされる。それを振りほどかんともがくのを、相手は更に押さえ込もうとして、もう片方の腕が身体の前に廻される。

 と、その腕が由加里の胸を鷲掴みにした。

「いっ!?」

「何だ、女……!?」

「いやあああああああああああああっ!!」

 悲鳴とともに由加里の身体がすっと沈み込む。首に廻された腕を掴むと、柔道の背負い投げの要領で背後の兵士を背中から前方の床に叩きつけた。

「くっ……!」

 着地の瞬間、とっさに受身を取った兵士は、身を翻して即座に立ち上がろうとする。その頭部を刈り取るように、由加里の脚が顎から蹴り抜けた。

 その一撃であっけなく意識を吹っ飛ばされた兵士が、そのまま仰向けにひっくり返る。

 武藤と闘っていた兵士の意識が一瞬、そちらに散った。

「フォックス・リーダー!」

「おっと、よそ見はなしだぜ」

 武藤の軍用ナイフの刃が兵士の喉を切り裂く。笛のような空気の洩れる音とともに、真っ赤な鮮血が兵士の喉から吹き出した。

「ご……が……っ!」

 軍用ナイフを取り落とし、喉を押さえながら二~三歩前進すると、兵士はその場でばったりと倒れ、やがて血溜まりの中で動きを止めた。



「これで終わりか……?」

 倒れた兵士の軍服でナイフの血糊を拭ってから、武藤は肩のホルスターに軍用ナイフを収めた。

「そっちはどうなってる?」

「た、逮捕です! 逮捕しました!」

 見れば、倒した兵士をひっくり返すと両腕を背中に廻し、その上に由加里が乗って体重で押さえつけている。妙に興奮気味なのは、被疑者の逮捕なんて生まれて始めての経験だからだった。

 由加里は瞳をきらきらさせて訊ねた。

「警部、手錠持ってますか?」

「ねぇよ、そんなもん」

 武藤がぶっきらぼうに答える。

「ええー、持ってないんですか? 警察官なんですよ、あたし達! 犯人逮捕の時に手錠使うじゃないですか。そりゃあ、装備の引渡しの時にもらえませんでしたけど、警部なら幹部捜査官なんだから持ってるんじゃないかって──」

「だから、仕事が違うって何度言やぁ判るんだ、手前は──ほら、どけ。拘束する」

 武藤は兵士の背中から由加里をどかせると、ポケットから出したプラスティック製の白い紐で手首と親指、小指をしっかり結びつけた。

「おら、立て、この野郎」

 兵士を引き起こすと、念のため由加里に銃を向けさせたまま、ヘルメットと黒い目出し(バラクラナ)帽を引き剥がす。短く刈り込んだクールカットに、狐のように細い瞳。そこにひどく醒めた眼光を宿していた。

 だが、兵士の素顔を目にした武藤は、ふんと鼻を鳴らして言った。

「……久しぶりだな、元気にしてたか?」

「はい?」

 何を言いだすのだろう? 由加里は首を傾げた。まるで久しぶりの再開を遂げた旧知の友人にでも挨拶するような言い草だった。

 あるいは、事実そうだったのか、兵士は唸るような声で告げた。

「……武藤さん、あんただったのか。どうりで俺のチームが手もなく殺られるはずだ」

「鍛え方が足りてねぇんだよ」

 そっけなく断じて、兵士の腕を掴む。

「積もる話もあるが、それ以上にお前には聞きたい話が山ほどある。付き合ってもらうぞ」

「武藤さん、一応これでも俺、あれから出世して士官待遇ってことになってるんスよ。捕虜になるんなら、士官としての待遇を期待させてもらってもいいスか?」

「アホか」武藤は冷ややかな視線で兵士を見た。

「手前らはただのテロリストだ。端からそんなものは期待するな」

「言ってみただけですよ。変わんないスね、武藤さんは」

 そう言って、兵士は声もなく笑う。

「あの、警部、お知り合い……なんですか?」

「まぁな、昔の部下のひとりだ」

「部下?」

 傭兵のテロリストが「部下」? 昔、何をしてたんだ、この男は?

 事情を更に詳しく訊こうとした矢先、室内に黒尽くめの一団が雪崩れ込んできた。

 いずれも由加里達と同様に全身をヘルメットとプロテクターで完全武装し、同じMP7A1を構えている。

 反射的に自分のMP7A1を構えかけた由加里に、武藤は「やめろ」と制した。

「よく見ろ。SATだ」

「え……?」

 だがSAT隊員達は由加里達を包囲するように展開し、銃口も突きつけたままだ。

「全員、武装を解除し、我々の指示に従いたまえ」

 SAT隊員達の背後から、くたびれたコート姿の中年男性が現れた。

「合同捜査本部の町田捜査官だ。この場を仕切らせてもらっている。さあ、犯人をこちらに引渡してもらおうか」

「……全部終わった頃に押っ取り刀でやってきて、他人の獲物を横取りですか。呑気でいいですな、本庁の皆さんは」

「先走って所轄や市民に無用の被害をもたらしたのは、邀撃捜査班(きみら)の方じゃないかね」

「そういう話になってるわけだ、本庁(そちら)では」

 武藤がひどく好戦的な笑みを浮かべる。その右手が拳銃を収めた腰のホルスターに掛かっているのに気づき、由加里はぎょっとした。いや、待て。よもやここでドンパチ始めようって(はら)じゃないだろうな。由加里の耳に、この日、もう何度目かも考えたくない血の気の引く音が聴こえてきた。

「まぁ、待て」危険水域まで上昇しつつあるその場の緊張をほぐすように、町田が苦笑した。

「犯人の引渡しについては話がついてる。君らの上司に確認したまえ」

「新庄!」武藤が咆哮する。

「どういうことだ、こいつは?」

『この場は一旦、犯人の身柄を引き渡せ。本件は今のところ、捜査の主導権が合同捜査本部にあることになっている。犯人取調べの優先権は今の我々にはない』

「判ってもらえたかな?」

「………………」

 この場の人間を(みなごろし)にして、なお飽きたらないというくらいの不機嫌な表情で舌打ちすると、武藤は兵士の腕から手を離した。即座にSAT隊員のひとりが兵士の身柄を自分たちの方へと引き寄せる。

「武藤さん、何か、そっちもいろいろ大変みたいスね」兵士がへらへらと笑いながら、声を掛ける。

「いっそ、こっちへ来たらどうスか? 今からでも歓迎しますよ」

「うるせぇよ」

 むっつりと武藤は答えた。

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