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お嬢様Saga:ドラゴン肉のポワレ〈焦がしバター〉 狂食淑女の微笑みを添えて  作者: 財務白関
第2章:お嬢様、初陣を桜肉で飾る

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7話「食卓の友」

ある月明かりの美しい夜のこと。

誰もいない甲板で、ヴァンサンが一人、海を見つめながら甲冑の手入れをしていた。


そこへ、魔導具の調整を終えたマリアンヌが顔を出し、さらに船酔いがようやく落ち着いたアルマンも、夜風に当たろうと階段を上がってくる。


互いに声をかけるほど親しいわけでもなく、かといって無視するほど他人でもない。

三人は自然と同じ場所に留まり、ぎこちない沈黙を共有していた。


その空気を、ふわりと割り込むように、温かな湯気と甘い香りが漂ってくる。


「皆さん、こんな夜更けに秘密の会合ですの?」


振り向くと、湯気の立つ鍋を載せたトレイを抱えたエレオノールと、その隣にリュシールの姿があった。


「ラ・ロシュ公爵令嬢、それは……?」


「船の厨房で少し余った野菜を煮込んでみましたの。名付けて《星降る夜の特製ミネストローネ》ですわ。夜風は冷えますから。アルマン殿もこれなら食べられるのではなくて? ルゼル副団長もどうぞ」


差し出されたカップから、トマトと炒めた玉ねぎの優しく濃厚な香りが立ち昇る。

ヴァンサンは一瞬ためらい、それからそっと受け取った。


一口含んだ瞬間、野菜の甘みが冷えた体の奥へと染み込み、張り詰めていた表情が思わず緩む。


「……温かい。食事はただの栄養補給としか考えていませんでしたが……これほど心まで満たされるとは」


その率直な言葉に、場の空気がわずかに和らぐ。

マリアンヌも銀縁眼鏡(パンスネ)を湯気で曇らせながら、小さく頷いた。


「わ、私……研究室にばかりこもっていましたから……正直、この旅が怖かったんです。でも、ラ・ロシュ公爵令嬢のお料理をいただいていると……不思議と、胸の奥が穏やかになります……」


言葉を区切りながらも、そこには確かな安堵があった。


「私もです」


と、アルマンが続ける。


「情けない姿ばかりお見せしていますが……このスープの味に誓って、いざという時は必ず皆さんを守りますよ」


照れくさそうに笑うアルマンに、リュシールが誇らしげに胸を張った。


「ふふ。お嬢様の料理は、魔法よりも効きますでしょう?」


エレオノールは皆の顔を見回し、穏やかに微笑んだ。


「嬉しいですわ。(わたくし)がこうして鍋を振るえるのは、皆さんが側にいてくださるからですわ。アメリでもよろしくお願いいたしますわね」


そう言ってから、エレオノールは穏やかに視線を巡らせた。


「私たちは、今日から――“食卓の友”ですわね」


「食卓の……友、ですか。勿体ないお言葉、身に余る光栄です」


ヴァンサンはその言葉を噛みしめるように繰り返し、やがて小さく笑った。

その笑みは、先ほどまでの警戒や距離を、確かに越えたものだった。


夜の甲板に、湯気と笑みが柔らかく溶けていく。

その夜を境に、彼らの距離は確かに変わっていた。


-----


またある日のこと。

エレオノールが欄干にもたれて海を眺めていると、すぐ隣でマリアンヌが、胸元の魔導具を相変わらずカチャカチャと調整していた。


「それは……何をなさっているのです?」


声をかけると、マリアンヌは懐中時計ほどの小さな円盤を掲げる。


「ま、〈魔力計〉でございます……魔力量を数値で測る道具です。モンスターは魔力が大きいので……も、もしヒポグリフが近くに現れれば、反応して……早めに避難ができます」


そう説明しながら、金属盤を指先でなぞる。


「た、ただ……これは、魔力そのものしか探知できません。学術院では……属性ごとに測定できる魔力計も開発中なのですが……」


そこでマリアンヌは、ふっと眉根を寄せた。


「も、問題は……この船に乗ってから……ず、ずっと反応が出続けていることなのです。どこか……壊れているのかと……」


震える針を見つめ、マリアンヌは小さく首を傾げる。


「……もしや、と思うのですが……エレオノール様とリュシールさんは、魔法が使えると伺っています。リュシールさん……よ、よろしければ、魔力量を、測らせていただけませんか?」


「わ、私ですか?」


リュシールは戸惑いながらも頷き、促されるまま、計測板にそっと指を触れた。


針が震え――やがて、ぴたりと止まる。


「……よ、四?」


マリアンヌの目が大きく見開かれた。


「す、すごい……! 魔法が使える者で“一”あれば……優秀と言われるのに……四だなんて。元王立学術院長のダミアス様が……十二ですが、それは長年の鍛錬の結果です。リュシールさんも……相当、鍛錬を?」


「い、いえ……特には……」


リュシールは慌てて首を振る。


「お嬢様が毎日、鍛錬なさっているのは見ておりますけれど……私は、ただお側にいるだけで……」


「た、鍛錬なしで四!? そ、そんな……」


マリアンヌは言葉を失い、そのまま固まった。

そして、恐る恐るエレオノールへ視線を向ける。


「あ、あの……エレオノール様も……もし差し支えなければ……」


「え、ええ…もちろん構いませんわ」


エレオノールが指を触れた瞬間――

針は弾かれたように一気に跳ね上がった。


「……じゅ、十四……!?」


マリアンヌは息を呑み、完全に混乱する。


「ダ、ダミアス様すら超えて……!? や、やはり……“あの時”の異常は……エレオノール様が……」


巻き髪が潮風に揺れ、マリアンヌはうろたえるばかりだった。

エレオノールは内心冷や汗をかきながら苦笑するしかない。


(……火魔法のことは、黙っておいた方が良さそうですわね。ダミアス先生も、学術院には報告していないようですし……)


エレオノールは内心で冷や汗をかきつつ、曖昧に微笑む。


「シャ、シャトネ殿も測らせてください! つ、土魔法が使えるのですよね!」


「……気分が悪いので、後にしていただけると……」


「い、良いじゃないですか! 指を乗せるだけですから……ほら!」


有無を言わせず、マリアンヌはアルマンの指を計測板に乗せた。


針が、わずかに動く。


「……“一”ですね」


「うぷっ……」


アルマンは口元を押さえ、青ざめた。


「……吐きそう」


-----


別の日のこと。

甲板で風が心地よく吹く中、マリアンヌがふと思い立ったようにリュシールへ尋ねた。


「リ、リュシールさんは……どのような魔法をお使いなのですか?」


「私は風魔法の『息吹風(スッフル)』が使えます」


「その“四”の魔力を持つ『息吹風(スッフル)』を……ぜひ見せていただけませんか? せ、せっかくですから……帆の方へ向けて」


「帆に、ですか? うーん…分かりましたけれど、普通の風が出るだけですよ?」


リュシールはそう言いながら、帆桁の方へと歩み出る。

胸の前でそっと手を組み、記憶をたどるように目を閉じた。


「ええと、確か……」


呼吸を整え、澄んだ声で詠唱する。


「蒼空に揺蕩う風の精霊よ、わが求めに応じて集えたまえ。我が全魔力をもって加護を求めん。透きとおる息を吹き込め、『息吹風(スッフル)』!」


その瞬間――

甲板全体が、ぐらりと揺れた。


白い風の奔流が一直線に吹き抜け、帆がパァン! と大きく膨らむ。

船体は目に見えて加速し、波を切る音が一段高くなった。


「えっ……?」


リュシールは目を丸くし、自分の両手を見つめる。


「い、今の……私、ですか……?」


マリアンヌは遅れて、はっと息を吸い、瞳を輝かせた。


「す、すごい……!『息吹風(スッフル)』で、これだけの風圧を!? これは……動力に使える……? い、いえ……出力を抑えて持久力に振れば、魔導具への応用も……!」


興奮のまま、マリアンヌはその場にしゃがみ込むと、鞄から羊皮紙を引っ張り出し、勢いよく図を描き始めた。


「ちょ、ちょっと……?」


戸惑うリュシールの横で、エレオノールは小さく肩をすくめて苦笑する。


――そんな日々が、続いた。


海風に吹かれ、料理を作り、訓練をし、マリアンヌが魔導具をいじる金属音を子守歌のように聞きながら過ぎていく、船旅の一か月。


そして、ある朝。

甲板に立つエレオノールの前に、薄靄の向こうから、ゆっくりと大地の影が姿を現した。


「アメリですわ!」


港の鐘が鳴り、船は小さく揺れながら岸へと寄せていく。

潮の匂いに、土の香りが混じり合い、鎖が落ちる音が甲板に響いた。


こうして定期船は動きを止め、エレオノールたちはついに――

アメリの大地、ボスト港へと到着した。

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