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お嬢様Saga:ドラゴン肉のポワレ〈焦がしバター〉 狂食淑女の微笑みを添えて  作者: 財務白関
第1章:お嬢様、ドラゴンにフォークを突き刺す

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5話「父としての責務」

王都からの調査隊も引き上げ、“ドラゴン食祭り”が続く中で、ラ・ロシュ家の屋敷は、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。


夕刻、書斎で書類に目を通していたギヨームのもとに、エレオノールがそっと顔を覗かせた。


「お父様、お願いがあるのですが」


「どうしたのだ、レア」


エレオノールは両手を胸の前で組み、まっすぐな瞳で告げた。


(わたくし)、アメリへ行ってみたいと思っておりますの」


ギヨームは書類を置き、深い溜息をついた。


「アメリはモンスターが出る国だ。このエランソワのように安全な土地とは違う。公爵家の娘が気軽に行く場所ではないぞ」


「ですが、そのモンスターを……また食べてみたいのです。あのドラゴンのようなモンスターを」


「レアよ」


ギヨームの声はひどく厳しかった。

だが、それは怒りではなく恐れだった。


「アメリに行くことは許さぬ。お前に何かあれば、私もアデルも生きてはおれぬ」


「……はい」


エレオノールは素直に視線を落とした。

反論も、わがままも言わない。


だが、伏せられた睫毛の奥で、淡い青にわずかな赤を滲ませた瞳が潤んでいる。


そのまま一歩、ほんのわずかに距離を詰める。

顔を上げぬまま――ただ、待っている。


その従順さが、逆にギヨームの胸へ痛みのように刺さる。

ギヨームは再度深い溜息をつくと、腹を決めたように言葉を継いだ。


「七日後、王都で御前会議が開かれる。お前も連れて行こう」


「え?」


「アメリ行きについては、折を見て陛下にご許可をいただいてみる。ただし――陛下がお認めにならなかった場合は、完全に諦めよ。その約束が守れるか?」


「はい。本当に、よろしいのですの?」


「公爵の言葉だ」


その瞬間、エレオノールの顔が花のように明るくなった。


「ありがとうございます! お父様、大好きですわ!」


その勢いに合わせるように、結い上げた髪の頂の一本が、ふわりと跳ねる。

ギヨームは勢いよく抱きついてくる娘を受け止めながら、小さく胸の奥でつぶやいた。


(……さて。どうしたものか)


父としての愛と、公爵としての責務。

その板挟みの中で、ギヨームは重く目を閉じた。


-----


その七日後。

エランソワ王宮の政務塔にある円卓の間では、王国の重臣たちが招集され、御前会議が厳かに開かれていた。


天井の高い石造りの広間。

円卓の中心には七精霊を象った燭台が置かれ、白い炎が静かに揺れている。


参加者は、国王レオン・フィリップ・ドゥ・ヴァロワ三世を中心に、宰相、近衛団長、王立学術院長などの重臣たち――

そして、今回の報告者であるギヨーム・ド・ラ・ロシュ公爵である。


会議の開始前、王立学術院長が椅子からゆっくりと立ち上がった。

長い白髪を背に流した壮年の学者であり、学術院の権威そのものと言われる男だ。

その眼差しは冷静でありながら、揺るぎない苛烈さを宿している。


「本日の議題の前に、今この場で確認したいことがあります」


低い声が広間に響き、空気が一瞬で張り詰めた。


「ラ・ロシュ公の館で、“モンスターの肉を食した者がいる”と聞いています。どなたでしょうか。禁忌を破ることはエランソワからモンスターを駆逐した先人たちの苦労を踏みにじる行為です。厳罰に処さなければなりません」


ざわり、と円卓の周囲が揺れた。

重臣たちの視線が一斉にギヨームへ突き刺さる。

ギヨームは眉一つ動かさず、低く言った。


「食したのは――私を含む、ラ・ロシュ家の館の者全員だ」


「……なに?」


その言葉が落ちた瞬間、広間がざわめいた。

低く、抑えきれぬ動揺が波のように広がる。


学術院長は、感情を伏せたまま目を細めた。


「それは自白と捉えて良いのだな。主導は公の令嬢と聞いている」


声音は平坦だった。

問い質すというより、すでに結論を確認している調子である。


「禁忌は王国の秩序だ。貴族であろうと例外はない」


学術院長は一歩、前へ出た。


「陛下。王立学術院長の職において申し上げます。本件につきまして、ラ・ロシュ家に対する相応の処断を、ご裁断いただきたく存じます」


一拍、沈黙が落ちる。


「そして――事の主導者と目される令嬢エレオノール・ド・ラ・ロシュにつきましては、王国の統治圏の外に置く措置を、併せて上申いたします」


その声音は終始変わらなかった。

熱も、怒りも、躊躇もない。

国家の理に従って導かれた判断だけが、淡々と並べられている。


重臣たちの間に、沈黙が落ちる。

やがて誰かが息を呑み、視線が交錯した。


――公爵家の娘を、国外へ出す。


その選択肢が、厳罰として現実の重みをもって立ち上がった、そのとき。


ギヨームは、わずかに首を傾けた。


「――では」


ギヨームは続けた。


「学術院も同罪ということにしてもらおう」


広間が、さらにざわつく。

学術院長の眉がわずかに動いた。


「……どういう意味だ?」


ギヨームは落ち着き払って告げた。


「学術院から派遣された調査隊の者たちもドラゴンを口にしていた。検分だの確認だのという程度ではない。彼らは調査を忘れるほどに夢中で、皿を空にしていった」


重臣の一人が声を漏らした。


「学術院の者が……?」


ギヨームは淡々と言う。


「王国の掟が例外を許さないのなら、学術院も同じく罰せられるべきだろう」


学術院長の瞳に、一瞬だけ鋭い光が走った。


この場に調査隊は陪席していない。

彼らが本当にドラゴンを口にしたかを確かめる術はない。

だが少なくとも、“食した”という事実が公爵の口から出た以上、否定は難しい。


そして何より、ここで学術院が禁忌破りとして俎上に上がれば、王国の秩序そのものが揺らぐ。

学術院長が禁忌を裁こうとすれば、学術院自身が巻き込まれる。

国王が、ゆっくりと掌を上げた。


「静まれ」


その一言で、円卓の間は凍りついたように静かになる。

国王は学術院長を見た。


「禁忌を軽んじるつもりはない。だが今回の件は、ドラゴンの存在確認と、エランソワへの影響を見極めることが先だ。処断は調査結果が揃い次第、改めて判断する」


学術院長の拳がわずかに震えた。

だが王命には逆らえない。


「……承知しました」


苦く、しかし噛み砕くように。

国王は会議の本題へ戻すよう指示した。


ギヨームは円卓中央に立ち、ドラゴン落下と討伐、そして王宮への報告までを一通り報告をし終えると、会議室にはざわめきが走った。


外務卿が深刻な面持ちで口を開く。


「調査隊の報告でも、ラ・ロシュ公が屠ったのは紛れもなくドラゴンでした。しかし問題は、なぜドラゴンがエランソワに現れたのかですが、陛下はアメリ国に現れたヒポグリフとの関連を懸念されております」


「ヒポグリフ……?」


近衛団長が息を呑む。

外務卿が書簡を手に説明した。


「はい。半年前、アメリ国のボスト港から西、ウスターの街にヒポグリフが出現し、以後、不定期にウスターや周辺地域を襲っているとのことです。空を自在に飛び、攻防一体の風魔法を操るモンスターで、剣も矢も届かないとの報告です。アメリ兵の死傷は多数に及び、現在も民の避難が続いているとのこと。そして、先の定期船にて、我が国へ正式な救援要請が届いております」


近衛団長が唸る。


「アメリの兵でさえ苦戦するとは。相当なモンスターですな」


国王も深く頷いた。


「すると、王の懸念の通り、ラ・ロシュ公が討伐したドラゴンはアメリから飛来した可能性があるのではないか?」


「もしそうなら、エランソワにもモンスターが現れることになる」


「その前にアメリからの要請はどうするのだ?」


恐れと緊張が会議室に広がる。

近衛団長が言う。


「そもそも、モンスターがいない我が国にはアメリ国が求める“討伐戦力”など存在しません」


周囲がうなずく。


「兵を送れば、犠牲が増えるだけでしょうな」


誰もが黙り込んだ。

その静寂を破ったのはギヨームの声だった。


「陛下。提案がございます」


「申せ、ラ・ロシュ公」


「アメリから救援要請があったとのことですが、団長の言う通り我らは兵を出せません。しかし、アメリの兵は負傷し、民は疲弊しております。そこで、エランソワとして“文化的慰安”による支援を行うことを提案いたします」


国王が眉をひそめる。


「文化的……慰安?」


「はい。当家の娘エレオノールを、“料理使節”としてアメリへ派遣するのはいかがでしょう」


会議室がざわめく。

そのざわめきが落ち着くのを待ち、ギヨームは続けた。


「ご存じの通り、エレオノールの料理の腕はこの国屈指と評されております。アメリの避難地にいる兵士や民にエレオノールが料理を振る舞い、心身を励ます慰安活動を行う。これは軍事ではなく、友好と文化交流の一環です。エランソワとして最も無理がなく、かつ意味のある支援と考えます」


ギヨームは言葉を重ねる。


「また、王立学術院の調査員を同行させれば、当家に飛来したドラゴンとの関連性についても何か手がかりが得られるかもしれません」


国王は腕を組み、しばし考え込んだ。


「なるほど。公爵家の令嬢が赴けば、アメリへの最大の敬意の証となる。軍を出せぬ我が国としては、確かに最善の選択肢かもしれぬな」


外務卿も同意した。


「討伐ではなく、慰安の文化使節……アメリ国も受け入れやすいでしょう。ドラゴン出現の調査も兼ねられるとなれば、この上ありません」


国王は沈黙したまま、玉座に深く身を沈めていた。

重臣たちの視線が一点に集まり、広間の空気が張りつめる。


やがて、考えをまとめるように、国王は口を開いた。


「よかろう、ラ・ロシュ公。エレオノール嬢については、王国の外に置くという学術院長の提案を採用する」


一瞬、空気が揺れた。


「名目は、料理使節とする。行き先はアメリ国。次の定期船にて渡航し、一か月活動したのち、冬前の最終便で帰国させよ。調査員と護衛役はこちらで選定し、後ほど通達する」


国王は視線を巡らせ、最後に学術院長へ向けた。


「異論はないな」


学術院長は短く息を吐き、ゆっくりと首を垂れた。

ギヨームは胸に手を当て、深く頭を垂れた。


「ご裁可、痛み入ります。父としても、公爵としても、この決定を重く受け止め、エレオノールには必ずや与えられた役目を果たさせます」


-----


ギヨームとエレオノールを乗せた馬車は、王都の中央通りを抜けて数区画を進むと、ラ・ロシュ家の別邸を囲む黒塀の前で止まった。

門が開いた瞬間、真っ白なシャツに淡い金髪を揺らす少年が、ぱあっと花が綻ぶような笑顔で飛び出してきた。


「お姉様!」


「シャルル!」


エレオノールが馬車から降り立つより早く、シャルルはまっすぐ駆け寄り、その手を両手でそっと包んだ。


「お怪我はありませんでしたか? ドラゴンを討伐なさったって……僕、心配で……」


澄んだ青い瞳は宝石のように潤み、頬をほんのり赤らめながら姉を見上げるその表情は、見た者の胸を甘く締めつけるほど愛らしい。


「怪我なんてありませんわ。ほら、元気ですのよ」


エレオノールがくるりと回ってみせると、シャルルは胸に手を当て、ほっと息を吐いた。。


「よかった……。お姉様をこうして近くで見るのも、本当に久しぶりで……」


その声音には切なさと安堵が混じり、エレオノールは思わず微笑んだ。

ギヨームは小さく咳払いした。


「感動の再会もほどほどにな。さあ、屋内へ入るぞ、二人とも」


三人は邸内へと歩みを進めた。


広間に入り、ゆったりとしたソファに腰を下ろすと、ギヨームは真剣な表情でエレオノールに向き直った。


「レア。今日の御前会議の結果を伝える」


エレオノールは背筋を伸ばし、父の言葉を待った。


「お前はアメリ国へ、“料理使節”として派遣されることになった」


「まあ……本当ですの!?」


結い上げた髪の頂の一本を揺らしながら驚きと喜びが入り混じった声が漏れるが、ギヨームの厳しい眼がその勢いを穏やかに制した。


「国から調査員と護衛が二名ほど付く。さらに私からも一人、同行者をつける」


「分かりましたわ」


アメリに行けるのだ。

多少の制限など、エレオノールにとって問題ではない。


ギヨームは棚から、白革の鞘に収められたミスリル双剣の片刃〈ハクヨウ〉を取り出し、エレオノールに差し出した。

その横には、一通の書簡も添えられている。


「お前が生まれた時、この剣が七色に光った。本来、これは当主から離れさせてはならないものだが、私だと思って持って行け。それと、シャトネ伯爵家の三男アルマン・ド・シャトネを同行させると良い」


アルマンは弓の名手で、狩りの罠として使える土魔法も扱える。

ギヨーム自身が狩り場でその腕前を見ており、信頼に足る青年だ。


以前、エレオノールは鹿肉に夢中になっていた時期があった。

今回の執着も、伝説のドラゴンを口にした反動に過ぎないのかもしれない。

アメリでアルマンにレッサーオークでもを狩らせ、その肉でひとまず納得してもらえば良い。


ギヨームはそう算段していた。


「レアよ、よく聞け。アメリでは絶対に避難地を離れるな。そして、決してヒポグリフに近寄るな。これは公爵としてではなく、父としての命だ」


エレオノールは頷いた。


「分かりましたわ、お父様。約束します」


そのとき、黙って聞いていたシャルルが、エレオノールの手をぎゅっと握りしめた。


「お父様、僕もアメリに行きたいです。お姉様をお守りしたいです」


涙を堪えながらも真っ直ぐな優しさでできた瞳だった。

その優しさに、エレオノールの胸がきゅっとなる。

しかし、ギヨームは小さく頭を振った。


「シャルル。お前はラ・ロシュ家の跡取りだ。この王都で学び、人と交わり、ラ・ロシュ家と王宮を繋ぐ窓口として務めを果たさねばならぬ。公爵家の跡取りは、王都に根を張って初めて一人前といえるのだ」


「……でも」


シャルルは唇を噛みしめる。


「私だって本当はレアに同行したい。だが公爵としての務めを放り出すわけにはいかん。お前も同じ立場だ」


その言葉に、シャルルの肩が小さく震え、やがて観念したように頷いた。


「……分かりました。お姉様を信じます」


エレオノールはそっと弟の頭を撫でる。


「シャルル。また会えるのは四か月後かしら。戻ってきたら、またたくさんお話ししましょうね」


「はい! 絶対ですよ!」


にぱっとシャルルが笑った。



その夜。

持参したドラゴン肉がエレオノールによって丁寧に仕上げられ、三人の前に運ばれた。

給仕が銀蓋をゆっくりと上げると、香草の匂いがふわりと立ち昇る。

《ドラゴン肉の香草ソテー 白葡萄のソース添え》である。


薄く衣を纏った肉は黄金色に香ばしく焼き上がり、刃を入れるとふわりと柔らかく、それでいて心地よい弾力が返ってくる。

皿の縁には軽やかな甘みをたたえた白葡萄のソースがとろりと流れ、散らされた香草の緑が、清涼な彩りを添えていた。


「お姉様、すごい。これがドラゴン……本当に食べられるんですね」


「もちろんよ、シャルル。さあ食べましょう」


三人は食前の祈りを捧げ、静かな祝宴を楽しんだ。

翌日、ギヨームとエレオノールは館へ戻り、アメリへ向かう旅支度に取りかかった。



“モンスターの肉を口にした者はモンスターに襲われる”

その禁忌は、エレオノールにとっては招待状(インビテーション)でしかなかった。


強大な存在が牙を剥いた時、どちらが狩られる側なのか――

エレオノールはアメリで示すことになる。

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