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短編

最近まで存在した、衆議院という名のバンドについて ―某大手レコード会社A&R部 社員の回想―

作者: 月の位相
掲載日:2026/01/26

私の名刺には、今も「A&R部」と書いてある。

でも、正直に言えば、私はもうあの仕事を終えてしまった人間だと思っている。


衆議院。

あのユニットを担当していた、と言うと、今でも人は少しだけ声のトーンを変える。


「……あの、衆議院の?」


まるで、実在した国家プロジェクトでも語るように。



最初は、ただの社内企画だった。


新人時代、先輩がデスクに投げてきた企画書のタイトルが「衆議院」だったとき、私は本気で聞き返した。


「……冗談ですよね?」


先輩は笑っていた。


「冗談で売れたら、どれだけ楽か」


メンバーは四人。

ボーカル、作詞、作曲、ビジュアル。

それぞれが突出していて、そして揃うと異様に“説得力”があった。


デビュー曲は『我ら、選ばれし者たち』。


炎上すると思った。

けれど実際に起きたのは、炎上ではなく、妙な納得だった。


「腹立つのに、なぜか最後まで聴いてしまう」

「嫌いじゃない。むしろ、信じてしまいそうで怖い」


そんな感想が並び始めた。


売れた、というより、根を張ったという感覚だった。



二年もすると、空気が変わった。


ファンが勝手に言葉を作り始めた。

•再生数 → 支持率

•売上 → 議席数

•人気 → 勢力

•ライブ → 総会


最初は内輪ノリだった。

けれど、音楽誌が拾い、テレビが使い、SNSが拡散した。


紅白初出場の夜、トレンドに並んだのはこういう言葉だった。


「衆議院、単独過半数」

「今日のパフォーマンス、圧倒的多数だった」

「野党(他アーティスト)が息してない」


私は制作会議の席で、それを見ながら、少しだけ怖くなっていた。


音楽ユニットに対して、人々がここまで本気で語るようになるとは思っていなかった。



衆議院が社会現象になって一年ほど経った頃、

別レーベルからデビューしたバンドがいた。


名前は「参議院」。


最初はオマージュだと思った。

次に、パクリだと思った。

そのうち、競合だと理解した。


音楽性は違っていた。

参議院は、派手さよりも構造を重んじるバンドだった。

即効性はないが、何度も聴くほどに深く残る。


自然と、比較が始まった。


「数字なら衆議院」

「質なら参議院」

「結局、衆議院の優越は動かない」


ある評論家が書いた「衆議院の優越」という言葉は、

火をつけるには十分すぎた。


衆議院のファンと参議院のファンが、

互いに相手を論破しようとして、

いつの間にか、音楽の話よりも“立場”の話をするようになっていた。


私は会議でよく言った。


「これは音楽だ。政局じゃない」


誰も否定しなかった。

ただ、誰も止められなかった。



転機は、参議院側からの打診だった。


「合同イベントをやりたい。名前は『両院協議会』でどうか」


あまりにそのまますぎて、逆に美しかった。


対立を無かったことにはしない。

でも、対話の場として並ぶ。


社内では賛否が割れた。

炎上する、という意見も多かった。


それでも、実現した。


最初の「両院協議会」は、奇妙な空気だった。


観客は、どちらのファンでもあり、どちらの支持者でもあり、どちらの批評家でもあった。

曲が終わるたびに起きる拍手に、わずかな「評価」が混じるのが、分かってしまう。


それでも、最後のアンコールで、

衆議院のボーカルと参議院のボーカルが並んで歌ったとき、

客席の空気が、初めてただの「音楽」になった。


あの瞬間だけは、たしかに、すべてが溶けていた。



だが、長くは続かなかった。


衆議院の内部では、すでに亀裂が走っていた。


「社会にもっと踏み込むべきだ」

「これ以上背負わせたくない」

「音楽を、制度に近づけすぎた」


会議室で、私は何度も同じ光景を見た。

メンバー同士が言い争い、

その横でマネージャーが沈黙し、

私はただメモを取るしかなかった。


最後のライブタイトルは、『信を問う』だった。


その夜、ステージ上で、彼らは初めて、観客の前で本気の口論をした。


配信の同接は過去最高だった。

コメント欄には、


「もう限界だろ」

「解散したほうがいい」

「いや、ここからだ」


という言葉が並んでいた。


数週間後、記者会見で解散が発表された。


ボーカルが言った。


「私たちは、最後まで“代表”ではあり続けられませんでした」


翌朝の新聞の見出しは、ただ一行だった。


「衆議院 解散」


それがバンドの話だと気づかず、

本気で時代が終わったような顔をしている人を、私は何人も見た。



今、衆議院はもう存在しない。

参議院は、静かに活動を続けている。

両院協議会は、二度と開かれていない。


それでも、ときどき、SNSでこんな投稿を見る。


「衆議院がいた時代に生きていてよかった」

「あれは音楽じゃなくて、現象だった」

「今のシーン、ちょっと静かすぎるよね」


私はそれを見ながら、思う。


たしかに、衆議院は音楽ユニットだった。

でも同時に、人々が「何かを信じようとした」最後の装置だったのかもしれない。


もし、またあんな存在が現れることがあるなら、

今度は、もう少しうまく守れるだろうか。


……いや。


たぶん、また同じように、燃え尽きるまで見届けるしかないのだろう。


それでも、

あれほど真剣に“聴かれた音楽”を担当できたことだけは、

私のキャリアの中で、唯一、誇っていいことだと思っている。

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