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魔術師ジュナの国


『それはもう思い出したくもない昔の話』


そんな風に言える日が来るのだろうか。私が生まれる前から続く魔物との戦い。私が暮らしているジュナの国は魔術師のジュナ様が作った結界で覆われた内側だけで成り立っている。


結界の外側では魔物が跋扈している。どんな種類の魔物がどれだけの数いるのか誰にも分からない。他の国があるのかも分からない。外から誰も来ることはなく、出て行った者はジュナ様以外は戻って来ない。


ジュナ様は時々結界の外に出て、魔物を屠る。魔物の体内には魔石と言われる魔力を蓄えることのできる石があって、それを結界の補強やジュナ様自身の魔力増強に使っているらしい。


私たちは結界の中で農作物を育て、金属を掘り出し、繁殖し、命を繋いできた『人』という生き物。最初の魔術師であるジュナ様は未だにご存命。どれだけの時間を生きてきたのかは誰にも分からない。その間に何世代が入れ替わったのかも。


ジュナ様は数人の子を産み、その子もまた子を産んだ。彼女の血を継ぐ子どもたちは、血が薄れた分彼女より弱いものの、彼女のような魔法が使える。他の人々は魔法が使えないから、魔法が使えるの者がいたならそれは全員彼女の子孫だ。


私たち子孫の中に、稀にジュナ様くらい強力な魔法が使える子どもが生まれた。成長を待ってジュナ様に連れ出された彼らは別の王国に派遣されたらしい。私の魔力は中途半端で、ジュナ様がおっしゃるにはまだ覚醒できていないからなのだそう。内包している魔力は大きいものの、魔力を体中に巡らせるのが下手なんだとか。


ジュナ様が私の頭を撫でた。

「急ぐ必要はない。サーシャが戦いに出る前に全てが終わったらいいのにとすら思うっているよ。全方位を警戒して、精神を研ぎ澄ませ、反応が有ったらヤル。あんなひりついた世界をかわいいサーシャに味わわせたくない。そう自分を奮い立たせて魔物を屠っているんだ。でももしアタシが倒れたら、その時はサーシャ、みんなのことを頼む。もう命が失われるのを見たくないんだ。お前はアタシの特別な子ども。守る側の魔術師だよ」


私の存在を確かめるように抱きしめると、深く息を吐いてまた結界の外へ出て行った。私はジュナ様の無事を祈った。祈るしかできない自分が情けない。ジュナ様の言う『覚醒』ができさえすれば、ジュナ様を守って一緒に戦えるのに!


そう考えて、烏滸がましい考えを持ったことに自分で自分が可笑しくなった。『覚醒』できたとして、どんな自分になれるのかは分からない。みんなを守ると言ってもどう守ればいいのかすら分からない。


結界の使い方は教わっているからそのことなのかな。結界の外に出て魔物を屠ればいいのかな。先に出て行った魔術師たちが辿り着いたはずの他の国はどうなっているんだろう。私は家への道を歩きながら、どうしようもない不安を感じていた。


「おい! サーシャ! 聞こえないのか!」

カイだ。幼馴染の彼は魔法は使えない。ジュナ様から生まれた私と違って、『家族』がある。

「ごめん。考えごとしてたから」

「子どもはそんなこと考えずに毎日楽しく暮らしてればいいんだって! 眉間に皺が寄った子どもなんてよくないぞ」


カイが私の眉間を人差し指で押した。

「母さんがご飯食べに来いって。俺ずっとお前のこと探してたんだからな。またジュナ様が結界の外に出られただろう? 一人で過ごすよりうちに来いよ。今日はお前の好物のシチューだぞ」

「ありがと。お邪魔させてもらうよ」

「よっしゃ。じゃあ、急ぐぞ! 結構な時間探してたから母さんが心配する」


先を争うように走ってカイの家へ向かう。道中の家々からは様々な美味しそうな香りが漂ってきた。結界の外が戦場だなんて想像もつかないだろう、幸せな生活がそこにあった。ジュナ様が守っている生活。私が将来守ることになる人たち。自分は守る側。カイは守られる側。分かっていても悲しくなって私は必死に目を瞬かせて涙を堪えた。


その夜はカイの家で眠ってしまった。たくさん考え過ぎたのかもしれない。ジュナ様はまだまだ強い。私が守る立場になるのはきっとまだまだ先のことだろう。まだ外が暗い時間、カイの家で目覚めた私は水を飲みにキッチンへ向かった。


「あ」

体中に力が満ちてきた。突然の能力上昇。『覚醒』だ。本能的な恐怖。思わず自分を抱きしめた。

「…じゅ、な、さま?」

突然脳裏にビジョンが見えた。黒く大きな魔物。様々な何かを飲み込んで無理矢理一つにしたような生き物。アレが生き物?


ジュナ様が剣を自身に突き立てて霧散した。霧散する直前、頬を涙が伝ったのが見えた。

「ごめん。サーシャ」

私は両手で口を押さえた。まだ夜中だから叫んではいけない。カイたちを起こしてはいけない。こんな瞬間まで冷静な自分に辟易する。


それまでそこには何もなかったのに、私の前にジュナ様が自身を貫いた剣が現れた。血に塗れていてまだ温かい。震える手で柄を握る。途端にジュナ様の過去が流れ込んできた。何人もの『ジュナ様』が生まれ、私を生み、自身を消滅させるまでの長い長い時を。見終わった私が私に戻った時、外はまだ暗かった。一瞬であの長い継承の物語を見終わったのだ。守り人に選ばれた女性の、繋いできた命の歴史。今日からは私が『ジュナ』だ。


全てを理解した私は結界の外へ転移した。黒く大きな魔物の前に立つ、ただ一本の剣を持った私。自分の魔力を剣に注ぎ込んでから、魔物の前の大地に突き刺した。ジュナ様が仕掛けておいた魔法陣が光り、球状の結界が魔物を包み込んだ。魔物の体内にもいくつかの光が見えている。


さっき見た映像の中にあった。先代のジュナ様が結界の外へ連れて行った優秀な魔術師たちだ。彼らは他の国に行ったわけではなくこの魔物に吸収されていたのだ。吸収されて取り込まれる前に自身を結界で包んで眠った魔術師たち。今このたった一回の攻撃の機会のために。ジュナ様の魔力を継承して覚醒したばかりの私はまだ準備が整い切っていないことは自覚している。でもやるしかない。


私は結界の球の中でジュナ様から継承した呪文を唱えた。その呪文に呼応して魔物の体内にいる魔術師たちの結界が壊れ、内側から魔物を破壊する。これがジュナ様が導き出した討伐方法。私はただひたすら魔物に魔力を注いだ。


怒り狂って結界を壊そうとする魔物。体内にいた魔術師たちは内蔵魔力を使い切って一人、また一人と消えていった。ごめんなさい。私が未熟だったせいで。守れなくてごめんなさい。でもあと少し。あと少しだけ保って。


芽生えたばかりの腕の魔力回路が焼けるのを感じる。私の魔力はあとどのくらい保つだろうか。先達が全員消えた。残されたのは私だけ。その時母さんの子守唄が聞こえてきた。私を育てたのはジュナ様の使用人。心の中で母と慕った人。この魔物……まさか!


結界の外へ弾き出された私は呆然とその光景を見ていた。黒く大きな魔物を金色の光が包み込んだ。母さん! 母さんだ! ある日突然いなくなった母さん。母さんは『ジュナ』になれなかった魔術師だった。私を育み守ろうとした人。今も私を守ろうとしているに違いない。


金色の光はどんどん小さくなっていく。それに合わせて私は結界を限界まで小さくしていった。中に何かまだ入っていて消すことができない。母さんがあの魔物を抱いて眠ったのだとそう思った。私は限界まで小さくしたその結界の球を指輪にして左手の中指にはめた。


突然脳裏に警報が鳴った。ジュナ様が言っていた、『反応』だ。魔物はまだ他にもいる。戦いが終わったわけではなかった。特別大きくなってしまったあの魔物を屠るために多大な犠牲を払っただけだ。


私は小さな魔物たちを狩れるだけ狩って結界の中へ帰り、結界の中心へ移動した。国の真ん中にある神殿の地下深くに置いてある魔道具。手に入れた大量の魔石を、結界を作り出しているこの魔道具に放り入れた。この魔道具は最初のジュナ様が作り出したもので、壊れたらもう作り直すことはできない。


最初のジュナ様は異世界からこの魔道具を持ってこの世界に現れた救世主だった。魔力が豊富で強かったのも多分そのせい。違う世界から来た者が救わなければ消えてしまうような世界は、ある意味終焉に向かっているのだとは思う。


私はどうするべきだろう。誰かと子を為さないとこの力を遺せない。でも、その為に子を産むなんて間違っている気もする。異分子であった最初のジュナ様。ジュナ様の力を継いだ者は私だけ。他は皆あの魔物ただ一匹を倒す為だけに消えた。


今はただ眠りたい。



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