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29話「変わりつつある日常」

「エイト! 付き合いなさいっ! 特訓よ!」


 窓から吹き込む秋に向かう涼風すずかぜ。陽射しも柔らかく、実に穏やかな昼下がり。

 そんな中、日常と化してしまった喧騒から離れ、自室での束の間のコーヒーブレイク。

 日々購買で買っていた甲斐があったのか、最近は豆の種類も増え、不自由を楽しめる程度に充実した生活を送れていた。

 器具も足りないながら、工夫してコーヒーを嗜む。あぁ、悪くない。


 それを破ったのはフラムだった。


 性懲りもなく扉を開け、先の言葉を言い放った赤髪の少女。俺の日常を騒がしくしている一番の理由でもあった。


「なんだよ、藪から棒に」

校内戦テレティでシアンに勝てなかったのよ! 負けっぱなしじゃいられないわ!」


──あぁ、もう校内戦の時期か。たしか一月に一遍やるから、前回からもう一ヶ月経ったと思うと感慨深い。


 校内戦。このテラメーリタ学園に通う術師がランクを賭けて競い合う決闘。物騒に聞こえるし、俺は今でもそう思っているが彼女らにとっては何のことはないらしい。

 見た目こそ少女──美少女と言っても差し支えないが、それはさて置いといて。こう見えて彼女らは皆、憑彩衣ストラという神降ろしの魔術を使う術師なのだ。

 そんな超人達なのだから、決闘くらいする。


 それにしても、遂にシアンが勝ったのか。

 シアン。フラムのライバルにして騎士然とした少女。もっとも、ライバルといえど最近はフラムに負け越していたらしいが。逆転するとは。


 ……まぁそれも道理か。シアンはこの前の課外学習の際、元々のチャルチウィトリクエに加えて、イシュ・チャベル・ヤシュの力を手に入れた。二柱の力を得たのだから、そりゃ今まで通りには勝てないだろうな。


 さて、どうしたもんか。

 俺は前世の力を引き出しつつある。憑彩衣を使うフラムの練習相手くらいこなせるが、スポ根じみたハードトレーニングには付き合いたくない。

 ()()()、考えなければならないこともある。あまりフラムに時間を割くわけにもいかないが──


「ふっ、シャルよ。あまりエイトを困らせるな。大人しく鍛錬を積むのだな」


 そう俺が答えあぐねていたところに届く、凛乎りんことした声。

 青い髪を後ろでまとめたポニーテール。しゃんと伸びた姿勢は毅然と。シアン・アズールその人だった。


 風紀委員長。そんな風紀委員長なんだが、俺はその言葉尻に違和感を覚えた。


「──ん? なぁ。シアンって前からそんな呼び方だったか?」


「な、なんだ! シャルだってそう呼んでいただろう! 自分だとダメなのか!?」


 どぎまぎと声を震わせるシアン。……あぁ、俺のことも影徒えいとって呼んでたのか。それは別に構わないんだが。


「いや、俺のことは好きに呼んでくれていいんだけど、フラムのことだよ」


 たしか、今までは猪とかそんな風に呼んでいて、意地でも『シャル』などと呼ばなかったはずだ。他のクラスメイトは皆シャルと呼んでいたから、印象に残ってる。


「それこそ、関係ないだろう……。少し、心境の変化があったというだけだ。大体! それを言うならエイトだって"フラム"と気安く呼んでるではないか!」


「いや、それは……」


 シアンから思わぬ反撃を受ける。


 仕方ないだろう。俺は"シャル"などという愛称を知る前に出会っていたのだから。会って裸見て決闘してから自己紹介だぞ。アニメの冒頭にしても過密で、ハイスピードすぎた。

 かと言って、一度呼んだ名前をわざわざ改めるのも変な話だ。そんなわけで俺は未だに"フラム"と呼んでいるのだが……。


 この事情をどう説明したものかと思案していると、思わぬ助け舟がよこされた。


「フフン、それはコイツの覚悟なのよね。シャルって呼んでたら、()()()()支障もでるし」


 夢見がちな少女のよう、うっとりとした熱っぽい視線をこちらに向けてくるフラム。


 ……違うが?


 フラムが助けによこしてきたのは、とんだ泥舟だった。

 シアンは頬を赤らめ、あわあわと口元を震わせている。わななくような事柄じゃない。誤解だ。


「ないからな! そういうことじゃないぞ!」

「むー。なかなかオチないわねぇ」


 そう言ってフラムはむくれる。

 フラムはもちろん、シアンにしたって可愛らしいとは思う。ふと、邪な気持ちもぎらないでもないが、いかんせん歳が離れている。

 このクロノエイトは十七くらいの体だとしても、心は玄野くろの影徒えいとのままなのだ。四、五歳も離れていれば、あまりそういう目で見てはいけないという念が強くなる。


 俺だって木石漢ぼくせきかんではない。フラムから憎からず思われているのは、ぼんやりと察してはいる。

 だが、あくまで俺が好かれているのは偶然だ。決して思い上がるんじゃない。周りに男がいない環境で、矛先にたまたま俺がいただけのこと。流行り風邪みたいな、思春期の気の迷いだ。


 変に外堀を埋められるというか、噂を流されないためにも誤解を解かなければならない。


「名前呼びは、まぁ。そのなんだ。なおざりになっていたっていうか。気にするほどのことでもないと思ってた」


 それ以外に弁明のしようがない。


「……そうゆるがせにするのは貴様の悪癖だ。()()()のことだって終わってはいないからな!」


「……またあおいのことか?」


 前世の妹である藤宮ふじみや葵が、突如として俺の部屋に現れた。

 そして、折り悪く四人が部屋を訪ねてきた。それだけのことだ。ただ、葵が生まれたままの姿だったことと、場所がベッドの上だったことが災いしただけで。

 三時間にわたる答弁で必死に弁明し、なんとかひとまず場は収めた──はずだった。

 まだシアンは納得していなかったらしい。


「だから、あの時に散々説明しただろ? あいつは藤宮葵、俺の妹だ」


「そこではない! その、二人きりで、()()()()()()()ナニをしてたんだ……? 後学までに教えて貰えるとだな……」


 ムッツリ。シアン・アズールの愛称を今しがた思い出した。

 いっそ、髪も青色じゃなくて桃色だったらよかったのに。


「……少なくとも、お前の期待するようなことは一切してない。義理とはいえ、妹だぞ? 問題になるようなことは一切してない!」


 葵との仲を疑われることが嫌だったのか、自分でも驚くほど語気が強くなった。

 今までシアンのアレな言動を笑っていたが、ここまで思春期を拗らせていると、少しだけ白い目を向けざるを得ない。


「さて、どうだかな。問題を起こさんと言ったが、案外、学園長の呼び出しも貴様の妹絡みかもしれんぞ」


「だから! やましいことは何も──学園長?」


 思いがけない名に、反論の意気を削がれる。


「あぁ、学園長から呼び出しだ。課外学習時のクロノ班全員に招集がかかっている」

「えっ? アタシも行かないとダメなの?」


 フラムがその柳眉を曇らす。すぐにでもシアンに追いつきたい彼女にしてみれば、鍛錬の時間を奪られたような心地だろう。


 しかし、このタイミングで呼び出し、ねぇ。どうにもキナ臭い。

 学園長であるアズスゥは、俺をこの世界に転生させた張本人である大転使だいてんしだ。イレギュラーである葵について、どう考えているかはわからない。

 不審に思いながらも、三人で連れ立って学園長室へ向かう。


──アズスゥの呼び出しの意図はわからないが、これでフラムと特訓せずに済むな。

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