表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/32

23話「襲撃-③」


「……嘘だろ?」

「だから言ったじゃないの。あいつはアホほど強いわよって」


 呆れが宙返りするほどに呆れ返ったという様のエクレール。ヴェルデは只者ではないと思っていたが、こんなの目にするまでわからないだろう。

 規格ランク外の()()()()。これほどまでとは。大蛇を相手取ってのこの暴れぶりには、学年トップのフラムすらかすんでしまう。

 いや、それも当然か。もし同じ枠内に収めたなら、ヴェルデに軍配が上がるのだから。


「残念。ククルカン、やられちゃったね」


 玉を転がすような声。カラカラと骨の乾いた音。──ルナだ。やはり健在だったようだ。骨で飾られたスカートを揺らしながら現れる。

 エクレール(光速)の一撃をモロに受けて五体満足とか、どんな化け物だよ。


 そしてその口ぶりに反し、まったく惜しそうではない。それこそルナがあの大蛇神よりも強いことの証左だった。


憑彩衣ストラ、元々わたしは使う気なかったんだよね。せっかくだし、あげるよこれ」


 そう言うなり、ルナの憑彩衣が解け、その下に着ていただろう黒のボロ布が現れた。


「《天弓柵む貴婦人(イシュチェル)》」


 ルナが呟くと同時、空が黒く塗り潰される。


──違う、これは穴だ。ぽっかりと空いた大穴。


 空の色が変わったのではない。これは空を穿うがった風穴だ。理屈はわからないが、黒々と俺達の真上で大口を開けていた。

 その奥に、底知れない"何か"を感じる。俺には魔力マギアというものが感知できないが、神に近しい力は朧気ながら察知できる。

 要するに、ロクデナシの気配だ。


「まずいぞ! アレは魔力そのものだ!」


 不意にシアンが叫ぶ。その声音はかなり狼狽ろうばいしていた。


「……ルナが操ってない分、この方がマシなんじゃないのか?」

「馬鹿者! 手綱もなく暴れ回る力のどこがマシだ! 災害そのものだぞ!」


 もう一度、空を仰ぐ。大穴の右側から、まるで月が満ちるよう青に染まっていく。

 あれが完全に青一色になった時、何かが起きるだろうことは想像に難くない。その前にルナを打倒し、何とかあれを抑えなくてはならない。

 さながら、ルナを倒すまでの時計代わりか。


「また、よそ見。わたしのこと、舐めてるのかな? 玄野くろの影徒えいと


 だから、なぜ俺の名前を──。再び湧いたその疑念は、直後襲いかかる更なる驚愕によって頭の外へと押しやられた。


洪水滔天(大水は天を満たし)、鯀窃帝之息壤以堙洪水《王土を以ちて覆い隠し》、不待帝命《帝の命にまつろわぬ》」


 これは祝詞のりと。それも名を奪われた、神威しんい簒奪さんだつされた神への祈り。

──前世で見知った、本来の在り方を歪められた悪神共の名乗りだ。


「我こそは息壌そくじょうを掠奪し、塞ぎ、覆う悪なる銀鱗ぎんりんに連なる者……」


 ルナは朗々《ろうろう》と謳う。神懸かりでもするように、その身にとがを降ろさんと告白を続ける。

 相手からは目も外さず、後ろの三人へ告げる。


「三人共離れてろ。無理だと思ったら逃げろ」

「馬鹿な! 貴様一人で戦う気か!?」


 シアンは叫ぶ。彼女はわかっているんだろう、どれだけ絶望的な状況なのかを。

 ……いや、フラムやエクレールも口を開かないあたり、術師達は自明なのか。


「守るって言ったからな、こいつは俺がやる。──まぁ、あの穴もやれる範囲でやってみる」


 シアンが後ろでまだ何か喚いていたが、もういよいよ相手をする暇がなくなった。


「【サンカーラ】──四罪残滓(しざい)讙兜(かんとう)


 神気しんきが暴風となって叩きつける。呼吸さえ止まってしまう風。凍てつくほどの怖気おぞけに自分の肌が粟立っているのがわかる。

 風が、晴れる。ルナのその様異さまことなる姿が明らかになる。

 頬の辺り、腹回りには鮫肌のような楯鱗じゅんりんが浮かぶ。その背に一対、両の前腕からそれぞれ翅翼しよくが生えていた。


「成る程な、そりゃ俺のこと知ってるわけだ」


 その魚類とも鳥類ともつかない体を見て確信する。こいつは、俺が前世で倒した悪神の一柱だ。

 たしかクェンだったか、讙朱ホァンズゥだったか。或いは()()()()()()()()()()


 どうも前の環の記憶は薄れていっているようだ。遠い昔のことだ。どこか曖昧としていて、細かいところまで判別つかない。


 ただ、最近のことはよく覚えている。たしかアズスゥはこう言っていた。

──強くなりすぎると環主かんしゅになりかねないから【神号】は使うな、と。

 なら、いいよな。

 ルナが先走り、勝手に【神号】なんて物を持ち出してきたんだ。俺が約束を破ったわけでも、まして促したわけでもない。

 だから、これはお前との約束を反故ほごにしたわけじゃないよな?


 ()()使()()()()()()()


 目の前に【行】まで開いているヤツがいるんだ。むしろ対抗する為にも抜くべきだろう。


 口は自然と、誦文ずもんを紡いでいた。


「是以伊邪那岐大神詔《是を以て伊耶那岐大神の詔りたまひしく》、吾者到於伊那志許米志許米岐穢國而在祁理《吾はいなしこめしこめき穢き国に到りてありけり》」


 格好はつかない。なんせ、これはただの自白だ。何も取り返せずに逃げ帰ってきてはみっともなく悪態づいて、泥を吐くだけの情けない男。

 なんだ、俺にピッタリじゃないか。あの結末はこの予言めいた呪いのせいなのか? それとも、そんな俺だからこの神に合致したのか?


 今となってはわからない。何もかも戻せない。


「故吾者爲御身之禊而《故、吾は御身の禊せむとのりたまひて》、到坐竺紫日向之橘小門之阿波岐原而《竺紫日向の橘の小門の阿波岐原に到りまして》、禊祓也《禊祓たまひき》」


 言葉を吐き出すと共に、純化されていく。俺が俺に戻っていく。それにつれ、ルナの吹き荒ぶ神威も気にならなくなる。


「【サンカーラ神世七代(とはしらのかみ)伊邪那岐神(いざなぎのかみ)


 御生みあれ。玄野影徒は、今ここに一柱の陽神として顕現した。

 荒々しさはない。他を圧倒する覇気もない。

 周りからすれば、先ほどまでの方がよほど戦士らしかっただろうな。


 そう自嘲気味に笑っていたら、首が飛んだ。

 狩り取ったのは猛禽もうきん類の持つような、鋭い爪。

 もう少し落ち着けよ。俺が【神号】を解いたばかりだろうに。


──世界へ《逆流》を実行、のちに《緩流かんりゅう》へ移行。加えて自己への《急流》を実行。


 段階が上がった《時流操作》は今までと違う。

 前段階の【サムジャナ】で可能だったのは、あくまで時間全体を緩やかにしたり、()()()()()()()()()()()()程度の物だ。

 【行】は個別の時間を御する。一つ一つに流れる時間を加速/減速させ、戻すことができる。


 先ほどは目視すら出来なかったルナの一撃が、目で捉えられる。

 反応出来なかった一撃に対して、回避どころか十拳剣とつかのけんを呼び出し、防御をも容易に可能とする速さ。


 平たく言ってしまうと、これが進化した《時流操作》の為せる技だ。


 爪と刃。先ほどの鉤爪とは違い、猛鳥もうちょう蹴爪けづめだ。それにも関わらず、鋼と打ち合えるのは神力しんりきの為だろう。


「まぁもっと見えるもんかと思っていたが、流石に早いな」

「厄介、その状態だとやり合えない」


 ルナは爪による奇襲が失敗したと見るや否や羽ばたき、後方へ飛び去る。


「おい、逃げんなよ。つれないな」


 いちいち飛び回られても面倒だ。まずは、その機動力《羽根》から奪うか。

 もう数秒前にルナが退避し終えた空間に対し、渾身の力で剣を振るう。


──讙兜への《逆流》を実行、十拳剣への《急流》を累積実行。


 ルナは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そこに目掛けて、加速した十拳剣が振り下ろされる。


「不快! やっぱりその力気持ち悪いよ!」


 ルナは悪態を吐きながらも身を捩り、転がるようにして剣を躱す。

 地面スレスレの低空飛行、這う這うの体で再び剣の間合いから遠ざかる。

 あの羽根、やっぱり空中ではかなり自由が効くらしいな。四枚ある内の一つ二つは落とさないと、素直に接近戦もさせてくれない。

 つーか、よく躱したな。結構な初見殺しなんだがな。《逆流》と《急流》の組み合わせって。

 ……あぁ、こいつは初見じゃないんだったか?


 再び距離を取ったルナは一つ羽ばたき、高く舞い上がる。


「実験。いいことを思いついた。()()()なら、どうする?」


 ルナは弾丸のようにその翼をすぼめ、急降下。回転を加えて、錐揉みになりながら特攻を仕掛けてきた。


 応戦しようと剣を構えるが、迫るルナにかち合うその刹那。剣が逸らされる。

──風か。水だけでなく、風を操るのか。通りで速いわけだ。


 これがルナの()()()()か。確かにこれは致命的なタイミングだ。だが──


「悪いな、俺のは別に速度を弄ってるワケじゃない。だから合わせられるんだよ」


── 讙兜へ《緩流》を累積実行、玄野影徒に《急流》を実行。


 あらぬ方を向いて間に合わないはずの剣は、あっさりとルナの突進を防いだ。

 剣の腹で撫でるように横に滑らせる。一発の弾丸として勢いづいていたルナは、明後日の方向へ突き抜けていく。


 俺が歪めているのは速度ではなく、時間だ。今のやり取りも厳密には加減速と異なり、到達するまでの時間を変えている。


 尺度が違う為、やろうと思えば速度の極致であるエクレールの光速だって斬り落とせる。


「本当、不愉快。戦い辛いっ!」


 不意を突く突貫を防がれ、怒り心頭らしい。ルナはその不満感をさらけ出す。

 裂帛れっぱくの気合いをあげるなり風の刃、水の槍と共にルナの凶手が迫る。


──風水ふうすいに対し《逆流》を実行。讙兜へ《緩流》を累積実行。


 風はほどけ、水は返る。

 魔力とかいう得体の知れない物ならともかく、嫌というほど見てきた【神号】由来の力なら、その"時"にも触れられる。


 阻む物のなくなったルナへ再び斬撃。

 剣を止め、ギリギリと力を込めるルナの爪。……何とか加速抜きの膂力りょりょくでは勝ってるみたいだな。


「へぇ。逃げるのは辞めたのか? 馬鹿正直に突っ込んできてるけど」

悪辣あくらつ。どうせ逃げても戻されるなら、退かない方がマシ」


 それを捨て台詞に、ルナは大きく飛び上がる。逃げ切れないとわかっている以上、これは助走のような物だろう。


 ルナの背中越しに、空に浮かぶ大穴を睨む。


 ……"アレ"にも《逆流》が出来たら、一件落着なんだがな。


 既に大穴は、既に青の三日月を映していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ