19話「課外学習-②」
あちらこちらが焦げついたり水浸しになっている道を暫く進むと、開けた場所に出た。辺り一面の芝は整えられ、さながら緑の絨毯だ。地面を剥き出しにした所には、キャンプ場にあるような石で組まれたかまどがある。
少し離れた所には小綺麗なロッジもある。調理器具なんかはあそこか?
他の生徒が見えないが、十中八九ここが目的地でいいだろう。
「デートは如何でしたか? おにーさん」
耳のちょうど後ろのあたりで囁かれ、ついへにゃりと膝の力が抜ける。片膝立ちの体で、なんとか倒れ込まずにすんだ。
わざわざ言うのも野暮だが、軽口を叩いたのはヴェルデだった。
先に着いていたはずの彼女が、いつの間にか背後に回っていた。凄まじいスピードと、驚嘆すべきウィスパーボイスだ。
既に光速のエクレールを相手取った俺としては、後者の方が恐ろしい。
「あぁ、デートな。意外と楽しめたよ。エクレールが『何でもする』って言ってくれたしな」
「アレやっぱ有効なの!? ねぇちょっと!」
ロッジから出てきたエクレールが抗議の声をあげる。その手には長机を抱えていた。どうやら先に到着して一人で準備を進めていたらしい。流石は優等生だな。
いや、ヴェルデは俺に構わず手伝ってやれよ。それ以外にもまだ言うことがある。
「で、なんでこいつらは到着するなり疲れ切ってるんだ……?」
敢えて触れていなかったが、芝生の上にフラムとシアンが倒れ込んでいた。二人とも息は荒く、かなり消耗し切っているらしい。
「負けたのよ……。アタシ達は負け組よ……」
「憑彩衣は勿論、妨害工作までしたのに手も足も出ないとは……」
ボヤきの内容から推測するに、二人はヴェルデに先着を許したらしい。
案の定、憑彩衣を使っていたのはいいとして、妨害工作……? こいつの言う騎士の誇りというのが疑わしくなってきた。
まぁ実際の騎士も自弁のせいで略奪行為もあったらしいから、さもありなん。
「つーかフラム負けたのか。お前に賭けた単勝と三連単がパァだぞ」
「やば。なかなか勝負師じゃん? ま、三連単ならウチ、シャル、シアンだったねー」
勝ち誇るヴェルデ。賭けるには実力が未知数すぎて、俺からすると"穴馬"だったんだよ。オケラになった今になってしまえば言い訳だけど。
そういえば先程、シアンがこの班を『助平男、怒り猪、規格外、残念』と評していた。残念がエクレール、助平男が俺。怒り猪がフラムだとすると、残る規格外がヴェルデを指している。
その口ぶりから察するにヴェルデもA級、もしくはそれに近しい力があるのかもしれないな。
「ほら、ボサっと突っ立ってないで荷物よこしなさい。進まないでしょうが」
エクレールはそう言って俺のリュックをひったくると、テーブルに食器を並べ始める。
「これ、着いたはいいが何をするんだ? 料理だけでいいのか?」
「何って、そりゃ──」
「……貴様というヤツは、何も聞いていないのだな。ここは自分から説明しよう」
説明魔の登場に、エクレールは何かを差し出すような仕草で『どうぞどうぞ』と主導権を譲る。
「此度の課外学習は"ピクニック"だ。この催しは、元々は貴族の娯楽だった。狩猟というのは元来大所帯で行われるものであり、合間の食事会も豪華なものだった。その贅を凝らした食事が、いつしか目的の一つとして成ったわけだな」
「……なるほどなぁ。ピクニックってそんな謂れだったのか」
試験だったら説明の過不足なく満点なんだろうな。シアンのような教えたがりは、この世界に無知な俺にはありがたい存在だ。
「アタシとしては狩猟もしたいのよね。ジビエってのに興味あるのよ!」
フラムも復活したらしい。燃費の悪かった彼女だが、最近とみに空っぽになってからの復活が早くなっている気がする。
起きて直ぐに肉とは、なんとも食い意地の張ったヤツだ。
「ハァ……貴様はその貪食を改めるべきだぞ」
「いや、お腹は減ってるでしょ。ウチも腹ペコ通り越してベッコベコだし」
「あんたら、はしゃぎすぎなのよ。そんなザマじゃ昨日から寝れてないんじゃない?」
そりゃこれだけ大声出してたら、そうもなるわな。早いとこ調理に取り掛かるか。
「あー、取り敢えず飯を作ればいいんだな。で、何を作るんだ? 材料はどこにある?」
沈黙。
腹減り共の騒ぎが嘘のように、誰一人として言葉を発さない。動きすらしない。
「どうした? なんとか言ってくれよ」
嫌な予感──というか、嫌なことが既に起こってしまっている気がする。
「……少しでもいい。料理出来るやつ──いや料理したことあるヤツ、手を挙げろ」
伸びた手は一つ。水仕事に慣れ、歳の割にくたびれた手……まぁ、俺の手だった。
「……嘘だろ? 誰一人、出来ないのか? 何も『コース料理を作れ』とかは言ってないぞ?」
女子はみんな家事が出来るもの──なんて前時代的な価値観は持ち合わせちゃいない。そんなことは思わないが、それにしたって。
それにしたって少しは居たっていいだろう。罰は当たらないだろう。俺ですら一通りの炊事洗濯くらいは修めている。寮生活で多少なりとも培われるものではないのか?
「箱入り血統書つきお嬢様を舐めんじゃないわよ。厨房に入ったことすらないわ」
「食堂がある環境で自炊する物好きなんてそうそう居ないのよね」
「そーね、右に同じく」
「た、多少は出来るぞ? しかしだな、他人様に披露できる腕などでは決して……」
包丁を握ったこともないだろう。そんな物より人斬り包丁の方が似合う、物騒な女子達だ。
「……材料は、あるんだろうな」
「そこについては心配無用よ。机と一緒に向こうの小屋にあったから」
小屋──というには些か大きいが、彼女達のスケールからすると小屋なのだろう。
俺もそこまで得意ではないが、この腕を振るうしかあるまい。




