17話「課外学習のしおり」
「はい五人組作って〜」
……近世日本史の授業?
でなければ、新種の極大即死魔法か?
校内戦を終えて日の浅い教室。まだ興奮が尾を引いているのか、或いはクラスに俺の敵が多いからなのか。
ともかく、教室内はひっくり返したような騒ぎだった。さっそく席を立ち、仲良しグループへ合流する子。周りの空気に流されて、つい井戸端会議に興じる子達。つい六人になってしまい、どう別れるかを悩む子達。
そんな中、俺は動けずにいた。
「この班分け、大事よ〜。なんせ、明日の課外学習の班だから〜!」
色狂い担任ザハルが言うには、そういうことだった。さっきの背筋も凍る言葉は、ぼっちを殺す魔法ではなかったらしい。
掲げた題目こそ課外学習と銘打ってあるが、さる名家のお嬢様方の在籍する学園なので、そう遠くへは行かない。近くに所有している野山に赴いてレクリエーションをこなすだけ。いわば遠足のようなものだ。
……友達の多いヤツからしたら。
振り返るだに恐ろしい。五人組と言っていた。つまり先ほどのザハルの言葉は『はい二人組作って〜』の二倍以上の破壊力がある!
昔なら、まだ救いがあったんだ。いつも《《べったり》》とくっついて来ていたのが二人ほど居たから。
今、この場に妹はいない。幼馴染もいない。
情けないと言われても構わない。フラム、シアン、エクレール。誰でもいい、俺を助けてくれ……!
教室内の知った顔を探して、左へ右へと目を配ると、俺とばっちり目があったヤツがいた。
淀んだ冷血の瞳が、こちらを見ていた。
「よっ、Aランクさん」
「……揶揄うなよ」
ヴェルデ・ディ・プリマヴェーラ。授業後の空き時間など、二、三言葉を交わすようにはなったが未だによくわからない。把握できたのは、彼女が掴みどころのないヤツということだけだ。
強いて言えば、幼馴染にどこか似ているくらいか。お陰でコミュ障の俺も話せているのだが。
「君、強かったんだね。あー道理でって感じ」
「……? 何が"道理で"なんだ?」
俺の疑問をよそに、ヴェルデは勝手に納得してしまう。一人でうんうんと頷いている。
果たして、俺がAランク相当だったら氷解する疑問なんてあるんだろうか。
珍しく(?)上機嫌なヴェルデは口数が多い。
「観てたよ、エクレールとの戦い。危なげなく抑えちゃうなんて凄いじゃん。強キャラじゃん?」
「お前、ほんとに試合見てたか?」
俺がどんだけ必死こいて引き分けに持ち込んだと思っているんだ。戦鎚による傷もかなり深く、ザハル先生の治療がなければこうして授業にも出られやしなかった。
「観てたわ。しかと刮目してたわ。Aランク相手に大立ち回り、しかも紳士的な勝ち方をしたクロノくんでしょ?」
「紳士的か? アレが?」
──あいつ、押し倒して上に胸ガン見した挙句、サッと立ち上がれない状態になってたらしいぞ。
なんて事実は口が裂けても言えなかった。エクレールが稀代のネタキャラでなければ、本当に危うかった。
「まーアレは意見分かれるとこだけど。ファンは増えとるみたいよ? けっこーな数の女子がときめいてたし」
それは無様な勝ち方をした俺なんかじゃなく、惹かれるべきは試合後のエクレールの啖呵の方じゃないか? 俺も目を奪われるほどシビれた。
チラと横目でエクレールの席を見ると、座ったままの彼女が見えないくらいの人集り。ほらな、今だって取り巻きに囲われている。明らかにあちらの方が大人気だ。
それに引き換え──
席を立っていないのは同じだが、人垣なんて見えやしない。どころか人っこ一人いない。我ながら見事なまでの蚊帳の外だ。
「俺がそんなに人気なら、こんな有様じゃないだろ」
「それはホラ。ウチと一緒だかんね。きっと君一人でいたら、気になってる子達がちらほら来るよ」
ホラお姉ちゃん達が恋しいなら行った行った、と手で追い払われる。この前のやり取りといい、未だに俺のことを犬だと思ってるらしい。
「いや、俺は居たくてここに居るんだけど」
「……うーわ。モテ男気取りかよ。しれっとクサイこと言うじゃんか、君」
うりうり、と俺の腹に襲いくる人差し指。
脇腹をつつくな。つんつんと刺されると痛いというよりもムズがゆい。
ヴェルデのじゃれつきを片手であしらいながら、俺は目を閉じて、ひたすら時が過ぎるのを待っていた。
瞼の裏で考える。この感じだとヴェルデも余るだろうし、ここで二人は確定。あと三人いれば一組になれる。
今はまだ立ち話に花を咲かせる女子達も、いずれは五人組を作る。まぁ、こうして待ってればそこであぶれた生徒が自然と集まってくるだろう。
とっとっとっ。早速、こちらに近づいてくる軽やかな足音。
ほらな、思った通りだ。こうやって待っていれば、探さずとも自ずと向こうから──
「アンタが来ないから、アタシが来てやったわよ! 感謝なさいよねっ!」
お前かよ。
奥から駆けてきたのは猪突猛進系赤髪、フラムだった。
「わざわざ隅っこの俺達のとこまで来るとか。お前、もしかして友達いないのか?」
「ハァ? 友達なら百人はいるわよ。──今日はその、五人組になれなかったの!」
背もたれを挟むようにして跨ぎ、こちらを向いたまま前の席に座る。その振る舞いは俺には刺さるが、淑女としてどうなんだ。脚を開いているから、スカートが捲れるようにして太腿が晒されている。
朝に見たアズスゥとは違い、モデルめいた細い脚ではなく、太い。しかし脂肪ではなく、みっちりと引き締まった筋肉から成るアスリートの代物で……。──俺は無理やり首ごと視線を外した。
視界を教室内に逃がすと、確かに、六人とか集まって一人あぶれるってのはちらほらとあるみたいだ。仲良しグループが五で割り切れるとも限らないしな。
なるほど、そんなもんかと俺の中では合点が行ったが、真横に座るヴェルデが噴き出した。
「やば、可愛いかよ。ホントは『シャルちゃんはクロノくんの班の方がいいよね?』って送り出されてんのに誤魔化してら」
「ちょっ──! ヴェルデ! そういうのは聞こえてても黙ってなさいよ!」
隣席だったから仲がいいと言っていたのは、どうやら嘘じゃないらしい。ヴェルデが俺以外と話しているのを初めて見た。
ヴェルデは自分を孤独だと言っていたが、そんなことはなかった。フラムとこうしてお喋りできているじゃないか。
勝手に心配していた胸をこっそり撫で下ろす。
「いや君はウチの親か。『友達と仲良く話しちゃってまーまー』みたいな微笑ましい顔すんなし」
……知らん内に顔に出ていたらしい。じゃれつきの時よりも鋭さの増した手刀が、俺の側頭部に炸裂する。
ヴェルデなりの照れ隠しだろう。それくらい、俺にだってわかる。
「何を馬鹿やってんのよ、あんた達は」
声の方に振り向くと、開いた口が塞がらないといった顔のエクレールが立っていた。
「何だよ、そんなとこ突っ立って。『なかまに なりたそうに こちらをみている』のか?」
「……? えぇまぁ。そんなところだけど」
フラムと同じお嬢様タイプのエクレールには『勘違いしないでくれる?』的なムーブを期待したが、意外にもすんなりと受け入れた。
ゲームと縁のないお嬢様は、そのまま通路を挟んで隣の席に腰を下ろす。
まぁ往年の名作RPGのネタが通じないのは当然か。この世界には勇者がいないからな。
袖をクイっと引かれ、体をそちら──ヴェルデの方に傾ける。
「エクレールは『あいつに責任取らせなきゃならないの』って来てるから、ラブ度高めですぜ、おにーさん」
例の如く、耳がゾワゾワしてあんまし何を言ってるかわからなかった。
「その本音、当たってるの半分だけよ。だって、こんな班に入れるの私くらいじゃない」
ヒソヒソ話が届いていたらしいエクレールが訂正を入れる。俺としては、むしろ半分も当たっていることに驚きを隠せないんだが。
驚愕をそっと心の底の方にしまい、イメージする。フラムとヴェルデ、あと俺。……自覚はしたくないが、ここに加わるキャラの濃さでいくとエクレールはかなり妥当な線だ。
フラムがシーソーのように椅子を揺すりながら、エクレールに訝しい目を向けている。
「アンタはどうするのよ。これ、受け入れるの?」
「えっ? 私、拒否される可能性もあるの!?」
「当たり前っしょ。ウチらのリーダー次第だかんね」
フラムとヴェルデに詰められ、二人の顔を交互に窺いつつおおわらわになっているエクレール。こいつはそういう役回りが似合うな。
「待て、誰がリーダーだ! ……フラムがやれよ。好きだろ、そういうの」
一番だぞ。お前の大好きな頭だぞ、と言ってもフラムは首を縦に振らない。たしかに《《こんな連中》》だと賊の頭領感は否めないよな。
だから俺も嫌なんだけど。
「やんないったら。だってアタシ負けてるし」
「え、消去法でウチ? いーや、冗談っしょ?」
「ふふん、どうしてもってんなら、私がやってやるわよ?」
「ちょっと? 部外者は黙ってて欲しいのよね」
「うぇっ!? マジで私を除け者にする気!? そんなのしたら化けて出てやるから!」
「いや死ぬんかい。んで、せめて成仏せーよ」
だから俺も嫌なんだけど。重ね重ね嫌なんだけどこいつら。
なんだこいつら、喧しい。姦しいとはよく言ったもんだな……。
もう五人揃って着席してる班も少なくないというのに、未だ揃わぬこちらの方が賑やかだ。
三人がそれだけ規格外ってことかもしれない。もちろん、悪い意味で。
「はいはいそこ静かに〜、ってやっぱりクロノくんのとこなのね」
待ってくれ、知らぬ間に主犯に祭り上げられている。この集まりの中心は俺じゃないぞ。
「違います。俺じゃなくてエクレールの班です」
「うそぉ!? 責任だけ回ってきた!」
俺はしれっとお鉢をエクレールへ回す。こんな問題児達の監督役なんてやってられないし。
その副産物として、なし崩し的にエクレールの加入が決まってしまったが。やむなし。
「へぇ〜そうなの。どれどれ面子は……うわ、何それ厨パ? どういう基準でハーレム作ってんのかしら」
ザハルに指摘されて思い返せば、学年のトップクラス、Aランクの生徒がちょうど半分。なんと三人もいるわけだ。別に班対抗で戦うわけじゃないだろうが、パワーバランス的に狂ってるのか。
「ちょっと……これは余った誰かさんを入れちゃって〜、とは言えないわねぇ。ね、シアンちゃん入れてイイ?」
「──なぜですか! フラムだけでなくエクレールまでいるような班に、なぜ自分を!?」
この教師、問題児たちを一緒くたにまとめてしまおうと企んでないか……?
昨日までの俺ならば、そう邪推しただろう。けど、今は違う。曲がりなりにも、ザハルは普段からこんな輩を監督しているんだよな。
そりゃあ、頭の一つもおかしくなる。
「ザハル先生って、いつもこんな気持ちだったんですね。俺がシアンを引き受けます」
「おい! 貴様、今なんと呼んだ!? 自分のことを何と読んだ!?」
五人目が何か喚いていたが、呵責という使命感を宿した俺には聞こえない。
「ねぇ、シアンちゃん。私は今クロノちゃんと話してるから、少し黙っててくれないかなぁ?」
「んなっ──。自分には! 決定権も拒否権もないのですかぁぁ!?」
シアンの叫びだけが虚しく、学園に木霊した。




