15話「vs汚嬢様vs自称騎士」
「うっぎゃああああぁぁ!?」
「……何してんだよ、お前」
何のことはない、足音の正体はただの迷いエクレールだった。
旧校舎じゃなく新校舎の方に迷い込んでいたら、生徒達から人気者になっていただろうに。
腰を抜かし──魂まで抜けてないかこれ。口も半開きで目に至っては白目を剥いてる。女子として大丈夫か? こいつ。
「完全にノビてんな……おい。おーい」
「大物ぶるくせにビビりなのよね」
ぺしぺしと頬を叩くも、反応はない。
俺が首を振ると、フラムはため息をつきながら──
ガラ空きの鳩尾へ肘を落とした。
「ぐっへぇ!? ……なに、敵!?」
珍妙な声をあげて跳ね起きるエクレール。それに驚いてサッと俺の背に隠れるフラム。
……盾にして欲しくないんだが。
「まぁ確かに味方ではないな。で、何してんだよ、こんなとこで」
「あ、あんた達こそ、こんな夜の旧校舎なんかで何を──うわ」
エクレールは疑問もそこそこに、汚らわしい物でも見たかのように口元を覆う。
「これって、そういうことよね?」
「は? 何がだよ?」
こいつが何を目的として俺の部屋に来たのか不明である以上、これが何を指しているのかもわからない。
「いや、だから……。あんた達の『愛の巣』っていうか」
「なっ──!」
「ンな訳あるかっ!」
黄色い頭を思い切り叩くといい音がした。
きっと空なんだろうな中身が。何も入ってないんだろうな。
「いったいわね! だって、この部屋ベッドと申し訳程度の食器棚しかないじゃない! 変に暗いし!」
こんなのエロ照明よエロ照明、と目に涙を溜めたまま訴えている。
だからどうした。もう一発叩いた。
「いだぁ! 図星だからってバシバシ叩かないでくれる!? 頭悪くなったらどうすんのよ!」
既にだいぶ頭悪かっただろ。発言とか。
「俺たちはそういう仲じゃない。それ以上言うなら、ツッコミ用じゃない一発を見舞うからな」
「そうよ! アタシ達はまだそんな関係じゃないわよっ!」
フラムも俺の後ろから出て援護射撃を飛ばす。
「"まだ"ぁ〜? なに、やっぱりそういう関係なの?」
頭を抑えながらもエクレールは下卑た視線を向けてくる。先の『愛の巣』発言も相まって、もはやめちゃくちゃガワがいいだけのおっさんだ。
「まぁ、そうだけど……」
「そうなのか!?」
それは初耳なんだが。一体どこでそんなルートに入ったんだよ。告白すらできないぞ俺は。
「ハァ!? アンタの方からプロポーズしてきたんでしょ!? 食器だって用意したとか言って!」
食器にそんな『床入り問答』めいた意味合いがあったのか!? 『おへやに来ませんか? 食器もあります』で誘いに乗るやつがいるのか?
──《逆流》を実行。
「"まだ"ぁ〜? なに、やっぱりそういう関係なの?」
ここじゃまだ戻し足りないか。更に前へ戻らないと、フラムを止められない。
──《逆流》を再試行。
「いったいわね! だって、この部屋ベッドと申し訳程度の食器棚しかないじゃない! 変に暗いし!」
エロ照明よ! と叫ぶエクレールに何も言わず、前に出ようとするフラムを右手で制す。
「俺の部屋についての文句はアズスゥに言ってくれ。で、お前はなんでそんな旧校舎くんだりまで来たんだよ」
「それは、その……。調査よ」
調査、その一言に懐疑の念を抱く。
新しいAランクの素性を探れ、と何者かによって差し向けられたのか? 容疑者リストの中ではアズスゥが筆頭だが、わざわざそんなことをしなくていい。直接会って心を読めるのだから。だとすると誰が──? 思考が逸る。
「調査? 取り巻きにコイツの素性調査でも依頼されたの?」
背伸びをして、俺の肩越しに目だけ覗かせるフラム。いや、人見知りの子供か。
「それも頼まれたけど」
それも頼まれてたのかよ。
依頼主は男子に興味津々なお嬢様方だったのかよ。ちょっとむず痒いだろ、それは。
「夜の旧校舎にオバケが出るって噂があって、周りの子がえらく怖がってたから見に来たの」
エクレールはまごつきながら白状した。怖がりながらも姉貴分としては放って置けなかったとか、そんなところか。
なにも今日やらなくても、と思ったがこいつは校内戦後の閉会式だのをバックれたから暇だったのか。
キチンと学園長の長話に付き合わされていた俺達は、どこか白い目で見てしまう。
「なによ、その目は! 『少女の声』とか『話しかけてくる悪魔』とか本当に噂あるんだから!」
アホらしいと言いたげなフラムが口を開く。
「オバケの正体なんか、そんなのコイツに決まってるじゃない。どうせ、噂が出たのもそれからでしょ?」
「あー、でも俺も聞いたぞ。変な物音。あと女の声ってのも聞いたな」
最初は風かとも思ったが、耳を澄ますと『どこ……どこに……?』と呻いている少女の声。これに応えてはマズいと、聞こえなくなるまでジッとしていた。
そんな初日の夜を思い出していると、いつの間にか背中からフラムが消えていた。
そしてエクレールと抱き合っていた。
何でだよ。
二人とも極寒の地に着の身着のままで放り出されたように、小刻みに震えている。
……なんか、絵になるな。
「冗談、よね? アタシ達を怖がらせようってだけよね? ね?」
「あ、あんた面白くないわよ! その冗談!」
「そんなこと言われてもな。引越し作業してる時からずっとだぞ。昨日も聞こえてたし『どこ? どこ?』みたいな声」
試合前だと言うのに『そこにいる……? どこなの?』とかずっと声がしていた。うすら怖いのは、段々と声が大きくなっていることだ。
初めは消え入るような声だったが、今は部屋の中まで入って来ている。
「どうしてそんな部屋にアタシを呼んだのよ!」
「あー! あー! ホント聞こえない! なんっにも聞こえなーい!」
お嬢様二人が喧しかったせいか、はたまたエクレール戦の疲労がたたったのか。気づかなかった。
「──ぁ。──に、ぃ!」
この部屋に接近しつつある、女の声に。
「いいいい今何か聞こえなかった!? 確実に『それ以上その人に近づいたら殺しますよ』って聞こえなかった!?」
「絶対に気のせいよ! オバケなんかあるわけないのよ!」
あぁ、確かにオバケじゃない。騒いでる二人は気づかないみたいだが、この声の主はよく知ってる相手だ。
「こら! いったい今何時だと思っている!」
扉を開けたのは風紀委員、シアン・アズール。
期せずして、本日の校内戦の主役達が揃ってしまったわけだ。
「アンタか。ま、わかってたけど? 全然怖くなかったわ!」
強がるフラムと──
「──ハッ。生きてる? 私、生きてる?」
……また、気絶してたエクレール。
旧校舎の幽霊騒ぎも広まっているようだし、シアンはその見回りってところだろうか。こんな日までやるとは、ご苦労なことで。
「って、シアンじゃない。Bランク風情が私を脅かすんじゃないわよ!」
「何だと!? そう言う貴様も勝ってはいなかっただろう!」
ギャアギャアと喚き散らす二人。
フラムと顔を見合わせるが、俺達がかける言葉もない。黄色と青色の諍いを傍観するに留めた。
「い〜やいや、私はAランクで引き分け。あんたはBランクで負け。この違い、おわかりになりますかぁ?」
「貴様ァ!? 言ってはならんことを──!」
ガタン、バシン、ボコボコ、バキ。グシャ、ボキッ、メキョ。
およそコミカルな喧嘩では出していけない音が聞こえる。とりあえず、明日にでも新しい机を頼まなければならなくなった。
「子供の喧嘩見るのって、こういう気分なのかしらね……」
「かもな……。そう表現するには、微笑ましさが足りないけど。──あっ」
シアンが机を持ち上げ、エクレールの空っぽの頭に叩きつけた時、コーヒーカップが落ちて割れた。
「はぁ……買ったばっかだってのに割りやがって。フラム、片付け手伝ってもらっていいか?」
客に手伝わせるのもどうかと思ったが、一人でやるには少々骨が折れる大惨事だ。絶賛乱闘中の二人は頭数に入らない(むしろこっちの方が骨が折れる大惨事まである)し、フラムに助けを乞うしかなかった。
「あー……もう。そういうとこなのよね! ほんと!」
怒り心頭のシアン。悦楽に浸るエクレール。そして、なぜか喜色満面になったフラム。
ここに哀愁を漂わせるヤツがいたら感情をコンプリートしていた。
「いや、哀愁担当は俺か……」
俺でなければ、きっと──
脳裏に悲哀を背負ったような、一人の女子が浮かんだ。




