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14話「vsお嬢様」

 コーヒーの淹れ方には、それなりにこだわりがある。

 ハンドルはゆっくりと回す、挽いた豆に()()が出来ないように。粒が均一にならなければ風味が出ない。

 かと言って細かくしすぎると味が悪くなる。逆に出過ぎてしまうのだ。今回は湯に浸す時間も長いので、粗さを残しておかなければならない。

 本当はサイフォンがあればいいんだが、ないものは仕方がない。中挽きよりもやや大きく挽いた豆を袋に詰め、煮出してすという"なんちゃって"ドリップ形式で抽出する。

 購買で用意したオイルランプに火を灯すと、オイルの匂いを上書きするよう、じわりと香ばしい風味が漂い始める。


 しかし、激動だったな。


 来客に備え、着々と準備を進めながら一日を振り返る。

 フラム対シアン。エクレール対、俺。

 自分で言うのもはばかられるが、なかなかのメンツだったんじゃないか。実質Aランク相当の術師達に迷い込んだ俺。

 結果的だけ見れば俺もAランクになったんだから、場違いでもなかったわけだが。


 ともかく、これでアズスゥの()()に近づける。


 一飯の恩──というほどの寸恩(すんおん)ではないが、無条件で報いなければならない。そういう強迫観念が根ざしている。

 俺はこんなに義理を重んじる人間だっただろうか。ひょっとすると、転生時に何か細工でもされたのかもしれない。


 前世で簒奪さんだつした力──【神号しんごう】を完全に解放してはいけないというのもわからない。

 この世界の危機が天災なのか人災なのかも知らないが【ヴィニャーナ】──そこまでせずとも、せめて【サンカーラ】の段階まで使えるならすぐにも解決出来そうなところだ。

 まだその危機が生まれていない、或いは早期に解決させたい訳ではないのか──


 コンコン、乾いたノックが現実に引き戻す。


 あまり考えない方がいいか。今日はお疲れ様会、もとい祝勝会だ。そう顔を強張らせても、要らぬ気遣いをさせるだけだ。

 この世界の誰にも、転生云々の話は決して出来ないのだから。

 頭を切り替えつつ、ドアノブを回す。


「ん、ようこそ。我が家へ」


「…………来たわよ」


 目の覚めるような赤髪。俺が待っていた客人──フラムであった。

 試合の疲れもあるだろうに、それを押して来てくれたのは素直に嬉しい。……まぁ"命令権"の力に依るところが大きいんだろうけど。


「……この部屋、暗くない?」


「あぁ、俺は魔力(マギア)が使えないからな。ランタン使ってるんだ」


 ランタンは月明かりよりマシ程度のもので、これ以上増やすと換気しても少し息苦しくなってしまう。


「ふーん。いいんじゃない? ムードがあって」


 お邪魔します、とフラムは俺の部屋に入るなり、スンスンと鼻を鳴らす。


「ん、何かしらこの匂い。嗅いだことない匂い……でも嫌いじゃないわねコレ」

「きっとコーヒーの匂いだな。ほら、これだよ」


「コーヒー? ……たしかにそんなの購買に売ってたわね」


 どうやらフラムが気になっていたのは本当にコーヒーの香りだったらしい。

 うん、よかったよかった。


 タイミングよく抽出も終わり、まだ湯気ののぼるカップを差し出す。フラムはおそるおそる口をつけた。俺も一口。


「……悪くはないわね。だいぶ苦い? 少し酸っぱい? けど」


「雑味が出たか。少し、豆が細かかったかな。本当はもっと美味いんだぞ?」


 コーヒーの道はまだ半ばか……。誰に師事していた訳でもないから、どこへ向かっているかは俺にもわからないが。


「だったら、もっと美味しく淹れられるようになって欲しいのよね」


 ジトーっとした目でこちらを見ながら再び一口啜る。ミルクでも加えてカフェオレにした方がよかったかもしれない。


「ま、練習には付き合ってあげるわよ」

「そりゃどうも。器具さえ揃えられたらもっと美味いの飲ませてやるよ」


 そもそもこの時代、というか世界にサイフォンはあるんだろうか。歴史にはうといし、そもそも俺のいた世界と同じように発展しているとも限らない。正直、望み薄だろうな。


 ほぅ、と溜め息を漏らす。

 この学園に来てから初めて一息つけた。

 俺でさえ不思議に思ってしまうが、フラムとのこういった他愛のない話に安らぎを覚えるようになっていた。

 沈黙は苦手だから、フラムのように話しかけてくれるのは助かる。かと言ってずっとマシンガントークを繰り広げるわけでもなく、交互に言葉のキャッチボールが成立している。

 きっと俺と会話のリズムが合うのだろう。それが心地よい。


 上手く言えないが、彼女は主人公っぽいんだ。

 いつだって自信に溢れていて、可能性を秘めている。とても真っ直ぐで、こちらに火がつきそうなほど熱い。

 女の子として、はまだ答えられないが、人間としてフラムのことが大好きなんだ。最初に会ったのが彼女でよかったとさえ考える俺がいる。

 連日連戦続きで疲弊しているのも目の前の()()()のせいなんだがな。

 それを思い出すと、また溜め息が出た。


「アンタってホントに暗いヤツよね〜。ため息ばっかじゃない」

「まぁ……色々あったんだよ、俺にだって。お前にも一つくらいあるだろ」


 流石に妹と関係をこじらせた挙句、幼馴染とギクシャクして女友達含めて組織が瓦解。結果、単身で捨て身の決戦なんて経験はないだろうけど。


「ふふーん! 残念ね、アタシにはそんな過去なんてないわ!」


 こんなとこでも張り合うフラムに、思わず笑みが溢れた。暗い話は嫌いだ、笑い飛ばすくらいがちょうどいい。


「強いて言えば親が居ないことと、忌子いみことか呼ばれてたことくらいかしら」


 ………………おっも。


「いや、その大丈夫? なのか? それは」

「余裕よ。って言いたいけど、最初の頃は結構キツかったわね」


 フラムはなんてことなさそうに()()()()とコーヒーを舐めながら、その苦さにシワをつくる。


「アタシね、町外れに居たみたい。ただ一人で、ぼうっと立ち尽くしてたって。それより前のことはまったく覚えてなかった」


 捨て子、ということだろうか。急に世界に放り出されたのか。

 両親の記憶が一切ないというのも、遣る瀬ない。幸せとか不幸の指針すらないようなもので、文字通り計り知れないだろう。


「親切な村の人が引き取るって言ってくれてね。そのお婆ちゃん、村長さんやってて余裕もあったんだと思う」

「よかったじゃないか。さすがに、子供一人で生きていくのは難しいだろ?」


「ま、そりゃ最初はね、感謝したわよ。けど、しばらくして村長さんが『この子はこの世界を終わらせる』とか言い出したのよ」


 世界を終わらせる──?

 それは、もしや『世界の危機』と関わりがあるのか? フラムが、アズスゥの言うところの排除すべき『世界の危機』?

 いやにざわつく俺の胸中をよそに、フラムは昔話を続ける。


「なんでも百発百中の予言者だったみたいで、そこから村民から命を狙われるようになったわよ」


 迷惑な話よね、とフラムは笑う。いつものような溌剌(はつらつ)さはナリをひそめ、陰がさしている。


「そうか、なんというか……大変だったな」


「そうでもないわよ? 全員ミディアムレアの返り討ちにしてやったわ!」

「結構焼いてんじゃねぇか」


 ミディアムレア。レアよりもじっくりと火を通して表面はしっかり焼けている。人なら死にかねない気もするぞ。

 当時からえらく苛烈(かれつ)な少女だったのか。いや、そうならざるを得ない環境だっただけかも──ないか、ないな。生来の気性に違いない。


「そこからは追っ手を焼きつつ、代理人として生活費を稼いでたわ」


 かかる火の粉をさらなる火力で焼き払っていた、と。実に想像が容易(たやす)い。半分喜んで戦っていそうですらある。


「代理人? なんの?」

「あぁ、()()()()()よ。貴族本人が決闘に出るわけにもいかないでしょ? だから腕の立つ代理人を立てて代理決闘させてたの」


 言われてみれば、漫画でそんな話を読んだ覚えがある。あれはフランスとかが舞台で、手袋を投げたら決闘の申し込みになるとか、そんな感じだったっけか。


「で、ひたすら代理人として勝ちまくってたらシャルラッハロート家の養子に迎えてもらったってわけよ。アタシ、負けなしだったから!」


 誇らしげに"一番"の人差し指を立てる。追われる中で小さい頃から魔力を使い続けてただろうし、それも妥当な結果だろうな。


「シャルラッハロートの家にはホント感謝してるわ。教育をつけてくれただけでなく、この学園にまで入れて貰えたしね」


 生まれと境遇からして腐りそうなもんだが、それで学年トップとは立派なモンだ。実に健気で、フラムのことが無性に愛おしく思えた。


「あ、あとアンタにも感謝はしてるわよ」

「俺に? 恨みじゃなく?」


 てっきり、未だに覗き魔のレッテル(これについては事実だが)を貼られているものかと。


「こんだけアタシに付き合ってくれてるのアンタくらいよ? シアンだって三日で限界来たし。そもそも──」


 そこまで言うとフラムは何か言葉につまり、その髪色に負けず劣らず赤面する。


「その……それなりに好きじゃなかったら、部屋まで来ないわよバカ」


 目眩がした。なんだこれ、トキメキか? 甘すぎて血糖値スパイクしたかと思った。


「ねぇ、なんか言いなさいよ」

「……えー、夜だってのに、なんか暑いな?」

「……そりゃあ、まぁ暑いわよね」


 二人とも沈黙。あれほど気持ちのいい空気だったというのが嘘のようだ。


「あー、あっ! 話は変わるけどっ! アンタが用意した食器ってのは?」


「あぁ、そんな話もしたか。お前が今使ってるのもそうだし、棚にもあるぞ」


 壁際の食器棚を顎でしゃくる。そこには来客用に用意した新品の陶器がいくつか。設備の都合で自炊も叶わないので、ティーカップの類が殆どだ。その数も少ない。

 数えるほどではあるが、どれも気に入った逸品達だ。自分で言うのもなんだが、なかなかセンスが光っ──


「そう、じゃあ早速割りましょうか」

「ちょっと待て!?」


 新手のイジメか!? なんで俺が悩み抜いて厳選した陶器を叩き割られなきゃならんのだ。


「なっ、なんでって……今日はそれが目的で来たようなもんだし」


 こいつ、実は俺のことが嫌いで新居を荒らしに来たのか? 恥じらいながらの『そんなに嫌いじゃない的文言』は嘘だったというのか? 今は、ただただ先程のトキメキを返して欲しい。


「……ねぇ、ちょっと確認なんだけど、アンタは()()()()()()言ってたのよね?」


「いや、それは──待て、何かいる」


 人差し指を立て、声をひそめる。

 フラムも察したのか、口をつぐむ。


──コツ、コツ、コツ。


 物音一つ立てずにいると、乾いた靴音が奥から近づいてくるのがわかった。

 扉の差し掛かった時、思い切り開け放った!

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