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13話「石黄の咆雷-②」

「本音を言うとね、ここまでするなんて思ってもみなかったわ」


 これはエクレールなりの賛辞だろう。そして賞賛を口にしたということは、彼女はこの校内戦(テレティ)が決着したと言っている。


 浮遊する二枚の鏡。これが、この《神階解放(ザイン)》が試合を決定付けたと、暗にそう述べている。


「おい、勝ったら褒めろとは言ったけど、まだ終わってないぞ?」


「いいえ、終わりよ。()()()()


 その言葉に弾かれるよう、即座に()()()()


 不意に、動き回っていた鏡が止まり、太陽を反射する様にきらめいた。


 視界が傾く。

 俺の足が、膝から下が消し飛んでいる。そして遅れてやってきた激痛、バランスが取れずにそのまま前のめりに倒れ込む。


 顔を上げると、上空から銃口の様に向けられた二つの鏡面が輝いて──


──《逆流(ぎゃくりゅう)》を実行。


「いいえ、終わりよ。()()()()


 その言葉に弾かれるよう、即座に()()退()()()


 不意に、動き回っていた鏡が止まり、太陽を反射する様にきらめく。


 ほんの目と鼻の先、つい数瞬前まで俺の立っていた地面が赤々と溶けている。


「電熱で溶けたのか? デタラメにも程があるだろ……。いや、それよりも──」


 ()()()()()()()()()()()()


 金属に影響されずに走るいかづち。それは、十拳剣(とつかのけん)による避雷針が無意味であることをありありと示していた。


「結局、剣があってもなくても厳しいってことか」


「──まだ、そんなこと言いやがるのね。その口は」


 声を低くしたエクレールは、おもむろに雷の大槌を地面に振り下ろした。


──ドォォン!


 天が震える大音(だいおん)。まるで打ち据えられた打楽器のように大地が弾む。


 何遍(なんべん)も叩く。その度に耳をろうするばかりの音が鳴り響く。


──ドォォン! ドォォォン! ドオォォン!


 三度四度と鳴り轟くにつれ、ある異変に気づいた。


 エクレールが大地を打ち鳴らす度に、鏡の持つ輝きが増している──!


「《十絶之伍・金光陣(ジングァンジェン)》」


 一対の鏡が()()()。弧を描き、滑った残像がそのまま実体化した。二枚、三枚……次々とその数を増していく。


 鏡像が入り乱れる様は、さながらミラーハウス。輝かしい白銅鏡が居並ぶのは実に壮麗そうれいたる有様だが、どこか合わせ鏡のような妖しさを秘めている。


「都合二十枚──あぁ、私のそばのも入れて、二十一枚かしら」


「……冗談だよな?」


 輪になって旋回する鏡の隊伍(たいご)。その全てが不可避の光線を放つ砲台である。


 その領域に入るものを消し炭と変える照魔鏡(しょうまきょう)により敷かれた鉄壁の陣。


 これが《金光陣(きんこうじん)》か──!


「どう? 普通は躱せない光の速度。おかしいあんたなら回避もできるでしょうけど、それが立て続けに来たら?」


「…………しんどいな」


 おそらく主体(メイン)は飛び回っている十枚の鏡による遊撃。もう十枚は常にエクレールの周囲に控えている。


 残り一枚は、エクレールの背後にピタリと位置付けている。あれは……護身の為の予備、いわゆる命玉(いのちだま)だろうか。


 その鏡と併せて、エクレールの持つ戦鎚ウォーハンマー。おまけに本人も光速で殴りかかってくると来た。


 これら全てをやり過ごせる人間がいるだろうか?


「きっと、未来予知に近い力でしょう? ただしそれも限りなく近い物しか見えない、もしくは限界がある」


 あんたの身体能力の限界って言い換えてもいいかもしれないけどね、と()()()()のエクレール。


 当たらずとも遠からず。

 未来を見ているわけでなく、起こってから時を戻している。俺の性能(スペック)が可能性を狭めているのも、また事実だ。


「能力についてはだいたい当たりだよ。いらんダメージまで追ったのは、完全に俺の実力不足だ」


 勝負に()()()()はない。だが、あの一撃をモロに受けていなければ、勝てる可能性もまだあっただろう。


 直撃をもらい、神階解放までしてダメ押しされた以上、なりふり構っていられない。


「俺も余裕がない。大人気ない──つーか、情けないやり方で行かせてもらうぞ」


「やってみなさいよ。やれるもんならね」


 けしかけるエクレールの声を受け、直進する。


 攻勢に出ている鏡の内、二枚が俺を補足する。瞬いたと感じた次の瞬間には頭、腹を光線に貫かれ、体が崩れる。


──《逆流》を実行。《緩流(かんりゅう)》を維持。


 けしかけるエクレールの声を受け、闘技場の外周に沿って大きく迂回して近づく。二本の光線があらぬところを焼いた。


 少しづつ内側に、螺旋状に狭めていき中心(エクレール)を目指す。


 そのままジリジリと距離を詰めるが、そこに狙い澄ました一条の光。

 差し込んだ熱線は、その熱さすら感じさせずに俺を灰にした。


──《逆流》を実行。《緩流》を維持。


 少しづつ内側に、螺旋状に狭めていき中心(エクレール)を目指す。


 二度目の挑戦でわかったことがある。

 ()()()()()()()。先ほどの死因となった狙撃のような一射は、最初の二枚とは違う鏡によるものだった。

 俺に近かったにもかかわらず、攻撃を行わなかった最初の二枚。初め水鏡(みずかがみ)のように澄んでいた鏡面は、照射後に黒ずんでいた。


 再装填まで時間がかかるのか、或いは多量の魔力(マギア)が必要なのか。ともかく直ぐには撃てないという事実が重要だ。


 踏み出した右足、踵に力を込めて真逆に切り替えす。背後からの閃光に照らされながらも、ひた走る。


 これで残りは七枚か。そう考えた俺の思考がかき消える。


 すぐ隣でフラッシュが焚かれた。


 そして黒くなった鏡が眼前に迫り出て──


 意識が途切れた。


 あぁ、"反射"させたのか。くそっ、そんなことも出来るのかよ。


──《逆流》を実行。《緩流》を維持。


 まだ十メートルほどある。全力で走れば一秒たらずの距離だが、()()()と思えないことがなんとも歯痒(はがゆ)い。


 既に守勢の十枚も俺を射程圏内に捉えている。

 今までの直射の他に、先ほど見せた反射も加わる。ここからは更にリトライ数がかさむだろう。


──《逆流》を実行。《緩流》を維持。

──《逆流》を実行。《緩流》を維持。

──《逆流》を実行。《緩流》を維持。

──《逆流》を実行。《緩流》を維持。

──《逆流》を実行。《緩流》を維持。

──《逆流》を実行。《緩流》を維持。

──《逆流》を実行。《緩流》を維持。

──《逆流》を実行。《緩流》を維持。


 …………………………………………。


 ()()()()()()()()。ローラーの要領で全ての死因を潰しながら、一歩ずつ。ただし確かにエクレールへ近づいていく。


 直進せずに、闘技場の外周に沿って大きく迂回して近づく。二本の光線があらぬところを焼いた。


 コースを少しづつ内側に、螺旋状に狭めていき中心(エクレール)を目指す。


 踏み出した右足、踵に力を込めて真逆に切り替えす。背後からの閃光に照らされながらも、ひた走る。


 弾切れとなった黒鏡(こくきょう)を用いたイヤらしい反射も"死にゲー"として、体に記憶させ全て避け切る。


 まだ十メートルほどある。既に守勢の十枚も俺を射程圏内に捉えている。


 エクレールに予測されないよう自然に。力を込めて踏み切らず、走りの足運びのまま蹴るようにして横っ飛びで距離を詰める。


 背後からの一撃、俺を挟むようにして照射を受ける二つの黒鏡。エクレールから目を外すわけにもいかないので、やむなく感覚と《逆流》で回避し切る。


「はぁぁぁあ!? なんで死角も避けてんのよ!? 気っっ持ち悪っ!」


 エクレールの発狂を聞きながら、再び彼我(ひが)の距離を目測する。

 残り八メートル。防御に徹していた十枚が照射を始める。俺を追尾する形ではなく、あくまで定点を焼き払う罠としてその場に留まっている。


「どうも!褒めてくれてありがとう!」


 流石に正面突破する手はない。こうして攻めあぐねていれば──


「うっさいわ! 来んな! 寄るな!」


 痺れを切らしたエクレールにより、攻勢に回っている十枚が再び俺を焼き尽くさんと殺到する。


 その中でも手近の一枚に剣をなげうつ。


 果たして照魔鏡は叩き割られ、砕け散った。その破片がきらきらと、星屑のように降り注ぐ。


「悪あがきね。鏡一枚作るのにそう魔力(マギア)は要らない」


 エクレールの言葉通り、新たな鏡が躍り出る。


 ()()()()()()()()()


 俺へと接近してくる鏡、それと入れ替わる形でエクレールに肉薄する。


 遂に、輪を描くエクレールの防御陣の真下に飛び込んだ。


 にわかに輝き出す防衛陣に対し、俺は握り込んでいたモノを掲げる。


 どさくさ紛れに回収していた()()()()()


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


 十から成る防御陣の一角が、光線によって撃ち落とされた。


 意表を突けた。後はエクレール本人との対決だが、そう難しくない。

 光の速度の攻撃が防げないなら、まず光速度にさせなければいいだけの話。


 応戦するエクレールが振るう光速の戦鎚が加速し切る前、()()()()()()()()()()()()()

 速度に重さが乗る前に止めてしまえば、なんてことはない。このタイミングを掴むのにはたった二敗で済んだ。

 駆け寄った勢いそのままに及び掛かり、前のめりに組み伏せる。


「きゃっ……!」


 俺の下で抵抗するエクレールに、十拳剣を振りかぶり──


「ここまで、だな」


 振り下ろすことなく()()()。抑えていたエクレールの右手も解放する。


「降参する。俺の負けだ」


 二十一の鏡、戦鎚が消え、きらびやかな馬面裙(まめんくん)も元の学生服に戻る。


 これにて試合終了だ。俺も右手に握っていた十拳剣を消す。


 未だ事態が飲み込めず、唖然(あぜん)とした表情のエクレール。ややあって口を開いた。


「……ここまで持ち込めたなら、そのまま剣を振り下ろせばよかったじゃない」


「誰がやるかよ。俺が仕掛けたら自爆覚悟で照射するだろ、お前」


 頭上で鏡面をこちらに突きつけた《金光陣》を顎でしゃくる。痛み分け、なんて展開をされたら一溜りもない。

 勝ちは早々に諦め、()()()()()()()()()()()()一番善戦した可能性を模索した結果がこれ。相打ちにもつれ込ませてからの降参だった。


 むしろエクレールほど思い切りのいいヤツ、押し倒された時に即投射してないのが不思議なくらいだ。


「…………ってか、どけなさいよ。スケベ」


 それはそうなんだよな。


 《神階解放》が解除された今、エクレールの着衣は憑彩衣(ストラ)から学生服に戻っていた。


 そう、()()()()()学生服に。


 そんな濡れて透けた美少女に馬乗りになっているという状況。薄い生地がピッタリと張りついていて、ゾッとするほど(なまめ)かしい。

 戦鎚よりも暴力的で、鏡の光線よりも眩しい。この試合のどんな攻撃よりも強烈かもしれない。


 ……フラムの時も感じたが、俺は下半身に振り回されるダメな人間なんじゃないか? 体が思春期真っ只中に戻っているとはいえ、精神は二十歳そこらなんだからもっと自制したい。


「……俺にとって引き分けは負けなんだよ」


「は? なによそれ。どういう意味? つーか御託(ごたく)はいいから早くどけろっての!」


 逃れようと胸──いや体を揺するエクレール。つい下がりそうになる視線を、意地で固定する。


「魔力ないから試合後に回復しないんだよ、俺。こんなの、言い訳みたいで嫌なんだけどな」


 ようやく立ち上がれるようになった俺は惜しみつつも腰を上げ、手を差し伸べる。


 彼女は渋面(じゅうめん)を作りながらも、俺の手を取り立ち上がる。


 ……てっきり、立ち上がったら、手は離してくれるもんだと思ってたんだけどな。


「──そう、そういうことね。……何はともあれ、戦えてよかったわ」


「こちらこそ。無力ってモンを久々に思い出せたよ」


 はからずも、健闘を称える握手となってしまった。試合終了の形として馬乗りで鼻息荒いよりは、よほど健全か。


 それを見届けた審判が声を張り上げる。


「では、降参により勝者、エクレール・ファン──」


「待ちなさい。この勝負、引き分けよ」


 エクレールは腕を組んだまま毅然と、勝ち名乗りを遮ってピシャリと言ってのける。


「お前、あんま変なこと言って先生方を困らせるなよ」


「はぁ!? じゃあ何、私にこんな虚しい勝利を甘んじて受けろっての!?」


 なだすかす俺の言葉は届かず、今すぐにも第二ラウンドが始まりそうな勢いで語気を荒げる。


 そんなエクレールを見かねた審判も口を開く。


「しかしだな、エクレール君の言うこともわかるが、降参があった以上は……」


「あっそう。なら私も降参するわ。ルールに助けられた勝利なんて、こっちから願い下げよ!」


 両者降参? この場合は、どうなるんだ?

 審判の芳しくない表情を見るに、そうある展開ではないだろうが……。


「そうは言ってもだね、栄誉ある校内戦(テレティ)をこんな形で終わらせるわけにもいかないんだ」


「ハッ! 栄誉ぉ? ルールの不備に守られたこの試合にそんなものが宿るとでも?」


 言葉に詰まる審判。いや、責めないでやってくれ。彼も悪くないんだ。悪いのは、学園長の癖に適当な術を編んだアズスゥなんだ。


 あいつのせいで俺の試合難度が上がっていると考えると、今更ながら腹立ってきたな。死なないような世界観というオーダーはどうしたんだ。

 死にかけてるのが俺だからまだ許せるが、不信感は募る。


 まだ試合を締めようとしない審判にエクレールが詰め寄る。観客席も今になって普通でないと悟ったようで、どよめきが波紋のように広がっていく、


「別に()()()()勝ち方を否定する気はないわ。これが私の敗北なら甘んじて受け入れるわよ」


 彼女は勝利を説き諭す。美学と言い換えてもいい。


「──ただ、勝利なら別。このエクレールはそんな勝利なんざいらないのよ。そんなの、犬にでも食わせなさい。以上!」


 それだけ言い切ると、彼女はそのまま反転して去っていく。


 残されたのは俺と審判の二人きり。『お前が降参なんて言い出さなければ』と言いたげな、恨めしい眼を向けられながら俺は何も言えない。


 俺だってこんな面倒なことになるのは想定外だ。そもそも試合結果でランクを決定するというから、やれるだけはやってみようと決心し、()()()()ような試合運びにしたというのに。


 それもこれも、全てアズスゥが原因である。だから審判も観客もそう俺を責めないで欲しい。


「あらら。わたくしの所為にするんですか? クロノさんなら勝てた試合でしたよ?」


 闘技場に降り立つ『銀髪の女神』。このテラメーリタ学園の長であるアズスゥその人だ。


「ふふ、騒がしいので少し降りてきました。どうやら判じかねているみたいですね」


 審判を一瞥(いちべつ)し、俺へ向き直る。


「両者降参による引き分け。よって勝負なし! クロノさんは、そうですね……。Aランクと引き分けたんですから、同じくAが妥当でしょうか」


 ()()()()A()()()()。フラムもこれならば文句は言うまい。……いや、言うか。試合内容をボロクソに貶されそうだ。

 ともかくこれでAランク。情報と権利が増え、アズスゥへの義理も果たせるというものだ。


『世界を救おうという姿勢、ありがたいです。まぁ、元からAランクの課外活動には参加していただく予定ではあったんですが』


「……そういうのは、言わなくていいんだよ」


 勝手に昇格してたとか聞かされると、徒労(とろう)に思えてしまうだろうが。

 こうして落胆したまま俺の校内戦は終わった。

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