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8.私の朝は

 私の腕の中で少女が眠っている。硬質な外殻に耳を当てて、まるで私の存在しない心臓の音を聞き取ろうとするみたいに。何もしてやれない。私の体は誰かを抱くことを想定して作られていない。この体の中には理不尽を殺すための兵器しか眠っていない。私の夢があったことは確かだ。硬く固く堅い個を貫けるような強力な体が欲しいと。でも、この体には憎しみも詰まっている。恐怖心と復讐心が内部をぎちぎちに圧迫して破壊したがっている。他人を守ることが出来る力なんて副産物だ。本当に搭載したのは殺す力。


 私が酷く、酷く空虚に思えた。


 彼女の、ルーチェスの寝顔を眺める。眠りについてから結構経ったが未だに起きない。疲れていたのだろう。さて、これからどうしようか。さっきはなんか衝動的に「彼女は私が守るんだぜ」なんて思ったが、冷静に考えるとそういうわけにもいかない。いや、ちょっと違うな。もう、彼女と離れる選択肢は取れない。情が湧いてしまった。だが、私の目的を断念するわけにもいかない。6年間も思い続けたのだ。


 もし、彼女が良かったら、


 「んん」


 そうこうしていたら彼女が目を覚ます。瞼を開けて私の顔を見ると少し呆けた。寝ぼけている姿も可愛い。


 「おはよう。ルーチェス」


 「名前……」


 彼女は少し不思議そうにして何か合点がいったかのように視線が定まった。


 「昨日、教えたんだ」


 彼女はそう言いながら改めて私に抱きついてきた。


 「私の名前はルーチェス・チョルト。あなたの名前はプパッタ・チョルト。よろしくプパッタ」


 「こちらこそ改めてよろしく。ルーチェス」


 彼女は私を抱きしめながら、私を見上げる。その黒い瞳には私が写っている。


 彼女はベッドから降りると軽く体の凝りをほぐし、ベッドの下に置いてあった壺の蓋を開けて中を吟味する。なるほど塩漬けか。この部屋に備蓄しておいたのか。確認した壺の数は三つ。それぞれに別々のものが入っているとして、彼女の体格からして5日分ぐらいありそうだ。といっても、塩が浸透しすぎて普通に食べられたものじゃなくなっているだろうし、地上に出ての処理が必要だから一応確認しておくか。壺の中のものを袋に一部移している彼女の横を過ぎて、地下室の階段まで行き、音と魔力によるソナーを同時に展開する。やはり、地下だと効きが悪い。とりあえずのところ、上には誰もいないことぐらいは分かった。


 一応、上に出てもう一回確認するか。リーリアだったかな。音を消すやつもいたのだ。慎重に確認することは悪くない。私だったら認識外の突然の攻撃も効かないし。


 地下室の扉を押し上げようとしたところで後ろからルーチェスに抱きつかれた。


 「私を置いてかないで」


 「置いていくわけじゃない。ちょっと上の様子を確認するだけ」


 それでも、彼女は私を離さない。困ったな。強引に引き離すことも出来るし、腰に引っ付いたまま動くことも出来る。しかし、それでは彼女が傷ついてしまう。体もだが、心が。この部屋にあるのは全て一人用だ。彼女は一人で使うための隠れ家を作って、何かがあった末に逃げ込んだのだ。心細いに違いない。それは昨日の寝る前の様子で十分なほどに分かる。


 「分かった」と言い、部屋の中に戻る。どうせ彼女も地上に出るのだ。その時に確認すれば良いのだ。


 私の返事と態度を見て安心したのか、「良かった」と彼女は呟きながら壺から物を移す作業に戻る。彼女の表情は変わらないが声色は少し明るくなっていた。と言っても、焼けている声なのは変わらないが。今移したのは魚か。綺麗に処理されている。そこで彼女はハッとしたように私の顔を見つめて「もしかしてプパッタは食事が要らないの?」と質問してきた。それに対して「要らないし出来ない」と答えながら彼女の横に並ぶ。私の返答を聞いた彼女は袋に入れたばかりの魚を取り出して壺に戻した。他にも幾つかの物を壺に戻していく。私の分まで用意していてくれたのか。優しい。


 袋を紐で縛って抱えた彼女から袋を取る。「私が先行する」と言いながら、彼女を守るように前に出て地下室の扉を押し上げる。上の廃屋には誰もいなかったため、先に登ってソナーを展開しながら彼女を待つ。ひとまずは安全そうだ。彼女は軽くお礼を言いながら、私から袋を取ると厨房の方に行く。厨房と言っても、本来魔道具が置かれていたであろうところには穴が空いており金網が張ってあるだけのものだ。下には雑に切り抜かれた薪入れ。彼女は地下で皮の水筒に入れた水を金属製の器に移し薪に火をつけようとしている。目視による周囲の確認も済んだ私は彼女の隣にしゃがみ魔法を展開する。当然、出力は最小で。それでも私の手の平から勢いよく出た火炎に彼女の驚いた声が聞こえる。これも気軽に使うには難しいな。どこか機材と安全の揃った場所があればアップグレード出来るものだが、しばらくの間は難しそうだ。彼女は薪に火がつくと炭を取り出し薪の中に入れていく。火力が安定したら袋から食物を取り出し塩抜きしていく。沸騰した水で塩抜きしていく中で、もう一つの金網を張った穴に炭を一部移して鉄板を乗せ熱し始めた。私は料理をする彼女を後ろから見ながら周囲を警戒する。嘘。彼女の後ろ姿を見てた。テキパキと小さな体で作業する様は見ていて癒される。


 「なんでこの街に来たの?」


 だから、彼女からの質問への対応が遅れて黙ってしまった。彼女は料理をしながら続ける。


 「首都、ルウカクからこの港街ロウスまで来たのはただ逃げるためだけじゃない」


 「私が首都から来たって知ってたんだ」


 「張り紙貼ってあるから」


 そこで彼女は一つ息を置いた。料理もすでに炒め終わっていて皿に盛っている。彼女は皿と袋を持ち地下室の扉へと歩いていく。


 「国宝を盗んで海外に行く気なんでしょ」


 彼女の代わりに皿と袋を持とうとした手が宙で止まる。張り紙には国宝のことなんて書いてなかった。そもそも国宝、龍の結晶が盗まれたことは広がっていない。それはこれまで盗み聞いてきた情報からして間違いない。


 「続きは下で話そう」


 彼女は無表情にそう言って足で地下室への扉を開いた。

この前、何気なく「奇機械怪」のワードで検索をかけたら別の作品が出てきたので題名は近日中に何か良い感じのに変更予定です。

「私の今日は⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎」なのは変わらないです

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