1.私の夢は
心を落ち着かせる。大丈夫。私なら出来ると。失敗したら死だ。いや、もしかしたら死よりも酷いことになるかもしれない。魂の存在がはっきりと自覚出来る今、死は今生の終わりであり完全な消滅でないことは分かっている。まぁ普通に今生の終わりは嫌だが、今から行うことが失敗すれば魂の消滅、もしくは永遠の牢獄に囚われるかもしれない。それでも、私は後戻り出来ない。国の宝を盗んだのだ。追手を振り払うことは出来ず、家に入っていくところを見られた。残された時間は少ない。いづれ、この地下室にも彼らは気づくことだろう。しかし、すべての準備は今済んだ。後は覚悟のみ。
そう思い、私は顔を上げる。
小柄な私を見下ろすように立っている私の最高傑作。ここまで来るのに3年かかった。いや、もっとかもしれない。この世界に呼ばれる前から夢見ていた存在。アンドロイドだ。こっちの人はゴーレムと呼ぶのだろうか。その体はまるで人間のよう。カタログスペックは身長210cm、重量2350kg、食事は必要なし、疲労も感じない。動こうと思えば永遠に動くことが出来る。と言っても、中に組み込まれた魂が消滅すれば活動は停止する。体内の各機関は食事の必要、呼吸の必要がないため人間のそれとはかなり異なっている。そもそも人間を模する必要などなかったのだが、そこは浪漫であり自分を見失わないためだ。原動力は電力ではなく生命力、生命の魂から生み出される力がこの巨体を動かす。生命力は魔力とも言うが厳密には違う。多分。もし出来るのであれば学会にでも提出したい案件だが、後ろ盾のない自分では無理だし、詳しくは知らないが高等な教育を受けた貴族とかの場らしい。そもそも私は人前に出るのは得意ではないし、最終学歴は高校2年生なので経験もない。
私はこの世界の人間ではない。7年ほど前に召喚された身だ。こちらとしてはなんとも不思議な話であり、召喚した側も不思議な話であったらしい。なんでも古代の伝承、御伽噺を真面目に研究して再現したら成功してしまったのだ。今でもその時のことを覚えている。突然、周りの建物は全て消え去り、昼間が夜になり満開の夜空が私たちを迎えた。学校まるごとこっちに吹っ飛ばされたのだ。剣と魔法の世界。色々あった。本当に色々あった。あそこにいたのは一年もないが、濃い日々であった。そして、色々あった挙句に私はこの地に降り立った。召喚された地とは海を隔てた全く異なる場所。昔の勇敢な探検家がいなければ、互いに知ることも出来ないほどに遠い地だ。
ここの人たちはよくしてくれた。満身創痍の私に治療を施し居場所をくれた。私を引き取ってくれたモルさんは父親みたいなものだ。皺くちゃおじいちゃんじゃなければ惚れてたと思う。こっちに召喚される時に授かった魔道具やゴーレム生成の適性はモルさんのお陰でより洗練されたと思う。モルさんの元で一緒に魔道具を作る日々は楽しかった。王のお膝元のここは治安が良いし、みんな親切で感謝もしている。
でも、
どうしても、
抑えきれなかった。
憧れだったのだ。
夢だったのだ。
人間を超えたものになりたい。美しいものになりたい。ゴーレム生成の力、魔道具と元の世界では考えられないような金属、そしてこの世界の理。しかし、どうしても魂を扱うことは出来なかった。そもそも魂を観測出来ない。観測出来ないものはどうやって扱えば良いのか。諦めるには十分な理由だった。しかし、私は別世界から召喚された身。この身で魂の移動を体験しているし、もらった適性がそれを思い出させる。召喚は魂を扱う儀式だ。そして、この国には伝説があった。
曰く、昔、この地に天災が訪れた。私の予想では火山噴火のようなものだ。それによって多くの命が失われた。しかし、魂は失われなかった。悲しみを募らせたそれらは龍となり1年間に渡り破壊の限りを尽くした。ちょうど龍が誕生してから一年後に龍の怒りは鎮められた。龍の怒りを鎮めた女性。龍の巫女様と呼ばれている。その人が龍の悲しみを晴らすと、龍は光となってこの地に宿り龍の額にあった美しい結晶のみが残った。その後、この地に国が出来、その結晶は国の宝となった。
大事なのは、龍は殺した者の魔力を吸い取り、その者の力を奪い取ることが出来たらしい。これは魔力なんかではなく、魂を奪い取らないと不可能だ。龍は他者の魂を奪い取ることが出来たのだ。
私の手には今、その結晶がある。そして、目の前に完全な体がある。無垢な体は本来、あらゆるものに含まれる魔力を一切含んでいない。この体が受け付けるのは私の純粋な生命力だけだ。肉体を通さない魂からの直接でないと動かない。何度も何度も想像し実験し確信を強めていった。一回しかないのだ。チャンスは一回のみ。臨床なんて出来ない。結晶は一つしかない。私の血気迫る勢いで実験と計算を繰り返す様を見て、周りの人たちはモルさんが死んだ悲しみから逃れるためだと思ったらしい。都合が良かった。モルさんがいた頃から研究はしていた。彼がいなくなり研究以外にやることがなくなっただけだ。
それも今日で終わる。
今日はモルさんが死んだ日。今日は巫女様が龍の怒りを浄化した日。今日は龍が誕生した日。
そして、私が新たな姿となる日だ。
後ろで地下室のドアが蹴破られる音がした。もう遅い。起動は済んでいる。私の覚悟はもう出来ていた。