10年前
「ああ、これ? ホームセンター、ナルコのユニフォームだよ。仕事中だったんで。」
「ああ、ナルコですね! 思い出した!」
疑問が解けて喜ぶミオナを横目にボクはドキドキし続けていた。なぜなら・・・。
ミオナはボクの方を振り返り、
「そういえば・・・川本さんがバイトしていたホームセンターもナルコじゃなかったでしたっけ?」
(うっ!)
恐れていた質問がきてしまった。
「あ、うん。そうだよ・・・。」
違うと言う事もできたが下手げな嘘は後々不利な状況を招くと判断した。
「え?」
徳田の声。そして徳田は歩みを止めて振り返る。
「どこかで見た顔だなぁーと思ったら・・・もしかして川ちゃんなの?」
(う・・・。)
ついに気付かれてしまった。
「え、ええ、徳田さんでしたか。お久しぶりですぅ。」
そう、ボクはこの男と面識があったのだ。
徳田はボクがホームセンターで契約社員をしていた時に副店長をしていたのだ。
「なんだぁ、見た目も喋り方もあの頃と変わってないなぁ。」
ボクがかつての部下とわかった途端に馴れ馴れしく話してくる徳田。
「徳田さん。コッチの世界に召喚されると二十代の頃の体に戻るんですよ! だから川本さんの見た目はバイトしてた頃のまんまなんですよ。」
とミオナ。
徳田の「あの頃と変わっていない」は「成長していない」の皮肉のようにボクは捉えたがミオナは言葉を純粋に捉えたようだ。
というか、バイトでなく契約社員な。
「そうなの?」
「そうなんです。徳田さんも若返ってますよ!」
「え? 僕も?」
自分の両手の平をキョロキョロ見出す徳田。ケンはそこまでの話をしていなかったようだ。
まあ、異世界に召喚された事に比べたら「若返る」なんて事は大した問題ではないしデメリットはないから、今この場で話す必要なんてない。
「ささ、話の続きは馬車でしやしょう。」
建物の外へと出てきたボクらは馬車へと乗り込んだ。
「変わってないなぁー。」
明るい場所でマジマジとボクの顔を見て徳田は改めて感慨深めに言った。
「いやー、徳田さんと川本さんが知り合いだったとは。徳田さんへの、この世界の案内は川本さんに任せちゃっていいですかね?」
「えっ!? えぇー、まだボクもこっちの世界に来て浅いんでぇー。」
徳田とは極力関わりたくないのだ・・・そんな役はごめん被る。
「その喋り方も変わんないなぁー。川ちゃん。」
ケンと僕のやりとりを見た徳田がニヤつきながら言った。
「まぁ、それもそうですね。案内はあっしがさせていただきやす。それではナモンさん、徳田さんのスキルツリー拝見させてもらいやしょうか?」
「スキルツリー•••、あ、さっきケンさんが言ってたやつね。」
ボクという知り合いをみつけて安心したからか、徳田は生来の砕けた物言いと態度を見せるようになった。
「それでは、徳田様、いきますぞ。スキルレビュー!」
ナモンの両方の手の平の間から光線が発せられ、ボクらの眼前に徳田のスキルツリーが展開される。
スキルツリーの大きさは事務部長のスキルツリーと同じくらいだろうか・・・ボクのツリーよりは明らかに大きい・・・。
「へー、『道具の知識』とか『武器の知識』・・・、携行品の重さとサイズを3分の2にできる『収納の知識』なんてのもあるんですね!」
徳田のスキルツリーを見て興奮するミオナ。
「なるほどね、スキルには今までの経験が反映されるって言ってたけど、ホームセンターの経験が反映されてるってわけか。」
確かに『収納の知識』はバックヤードの整理整頓、防具を手早く修理できる『修繕の知識(防具)』はDIYを彷彿とさせるところがあるなぁ。
「川ちゃんも、こういうスキルあんの?」
不意に徳田がボクに話を振ってきた。
「えっとぉ、こういうっていうのはぁ?」
徳田は自分が分かっていることは相手も分かっていると思っているのか、言葉を省略した質問や話し方をしてくることがある。
「あぁ、ホームセンターの経験生かしたスキルってこと。」
「えっとぉ・・・ないです・・・。」
隠そうと思ったがスグにバレる事なので正直に言った。
「えぇ!? ないの? 一つも?」
驚きの声をあげる徳田。その顔には驚きだけではなくニヤつきも混じっている。
「あ、はい•••。」
小声で答えるボク。
「四年もバイトしてたのに、一つもないのかぁ。まぁ、そんなもんだろうな。」
その表情と顔には明らかに蔑みが混じっていた。
「まぁまぁ徳田さん。」
ケンが割って入ってきた。
「川本さんはあっしら『異界の戦士』の中でも特別製の『選ばれし者』なんで、スキルも特別製のスキルばっかりなんですよ。」
徳田の態度がいかがなものかと思ったのか、ケンかボクのフォローをしてくれた。
「えぇ? 川ちゃんが?」
徳田は信じられないといった顔をしている。
「そうです、徳田様。川本様は『選ばれし者』として如何なくその力を王国のために発揮されておりますので。」
ナモンもボクのことをフォローしてくれた。
「へぇー、そうなんだぁ。」
徳田が一応納得したような言葉を口にすると、
「徳田さんの、このスキルですが・・・。」
事務部長が突然、スキルツリーに表示された徳田のスキルを指差した。
それから徳田のスキルについての話が始まり、徳田のボクへの絡みは無くなった。
もちろんボクは話には参加しない。
下手に口出しをすれば徳田がボクに絡んでくるやもしれないからだ。
もしかしたら、事務部長がスキルの話を切り出してくれてのは自分の興味からではなく、徳田の関心をボクから離すためだったのか?
徳田は暴力やあからさまな暴言を吐いてくる事はなかったが、ボクのような控えめな従業員に対して馴れ馴れしく接しては事あるごとにイヤミを言ってはマウントをとってくるヤツだった。
特に奴の仕打ちで許しがたかったのは•••。
今から10年前のこと。
「川本君。店長が折り合って話があるから事務所に来てくれと言っているよ。」
ボクがトイレの掃除を終えトイレから出てくると徳田が落ち着いた声で話しかけてきた。
「えぇー、なんだろう。」
ボクにとって悪いニュースの時、コイツは「川ちゃーん」とかハイテンションで言ってくるからボクにとって悪いニュースではなさそうだ。
だが、店長に呼ばれるというのは新たな仕事を押し付けられるとか面倒な予感しかしない。
「川本君、再来月で5年だろ。5年たったら正社員になれるって話だったじゃないか。」
「え!」
そうか、その話か。来月くらいに「来月から正社員ね」とか軽ーく言われるもんかと思ってたけど、二ヶ月前だもんな。話があってもおかしくはない。
徳田は副店長だから、店長の話を知っているのだろう。
「わかりましたぁ。事務所に行きますぅ。」
「川ちゃん!」
徳田が後ろからボクに呼びかけてきた、
「正社員のお祝いしようよ。俺が皆んなの飯代出すからさ!」
「あ、はぃー。」
食事会は正直めんどくさいんだけどな。まぁ、適当な理由つけて断ればいいか。
コンコン
事務所の扉をノックする。
「はーい。」
店長の声が聞こえる、
「川本ですぅー。」
「ああ、川本君、入って!」
扉を開けて中に入る。
「さ、ここに座って。」
店長の座っている席の前方にある丸椅子に案内された。
ボクは黙って座る。
「お疲れ様。仕事中呼び出してすまないね。」
「いぇ、大丈夫です。」
この時間も時給が発生しているわけだから、ボクには損はない。むしろ、公然とサボれる。
「川本君は来月でここに来て5年だね。」
「そうです。」
「来た当初の契約は覚えてるかい?」
「えぇ、5年たったら正社員にしてくれると。」
「そうだね。そうなんだけど•••。」
(ん?)
店長の言葉の歯切れが悪い。
「本社のほうの基準が変わってね。契約社員を正社員にする基準が厳しくなったんだ。ホームセンターって今、競争が激しくて経営が厳しいだろ。悪いけど川本君は基準を満たしてないから、正社員にはできない。」
「え?」
「あぁ、もちろん、このまま契約社員でいてもらう事にはなるよ。」
「はぁ•••。」
もちろんボクは納得いかない。
店長はそんなボクの表情を見てか、
「契約社員も正社員もそんなに大きく変わらないよ。社会保険は契約社員でも入っているし、正社員は月給だけど時給にすれば川本君の時給と大して変わらない。ボーナスの有る無しはあるけど、ボーナスが出ない年とかもあるし。」
と、契約社員のメリット(?)を訴えてきた。
確かに給料などは正社員と大差ないかもしれない。だが、正規雇用の正社員と非正規雇用の契約社員では世間体が全然違う。
ボクは「基準を満たしていない」ってどういう事ですか!? って聞きたいところだったが、自分はバイトと変わらない仕事しかしていない事を自覚しているので聞くことができないでいた。
黙っているボクを見て、店長は優しい眼差しを向け優しい声で、
「ただ、川本君は若いから正社員で雇ってくれる会社はあると思うよ。もし、正社員をって事であれば、川本君の人生だ。辞めてもらっても構わないよ。」
「え?」
店長の口から意外な言葉が出た。ボクを正社員で雇ってくれる会社がある?
「まぁ、辞める辞めないは任せるよ。今はコンビニも正社員を雇うような時代だからね。ココを辞めて失業給付をもらいながら仕事を探すのも手だよ。」
難しい言葉が出てきた、
「失業給付?」
「そう。一定の期間会社で働いた人が退職してハローワークに申請すると、数ヶ月間、働かなくてもお金が貰える制度があるんだよ。」
働かなくてもお金が貰える•••そんなお得な制度が!
「働きながら仕事を探す人もいるけど、ハローワークは平日の昼間しかやってないし、面接も平日の昼間だから仕事を休んで行かなきゃならない。向こうの予定と合わせられないと心象も悪くなるから、仕事を辞めてから仕事を探す方がスムーズだよ。」
「そうなんですねぇ。」
ボクは退職するかどうかは答えずに事務所を出た。
店長の親身なアドバイスを受け、ボクは色々な事を考えた。
正社員になれば、ナルコは全国チェーンだから転勤もあるし、いずれ店長をやらなくてはならなくなる。店長の言うようにホームセンター業界は厳しいから大変な思いをするのは目に見えている。
バイトみたいな正社員がいいなと思っていたが、フルタイムのアルバイトが正社員が行うような発注業務をこなしていたりするから、「正社員みたいなバイト」が店舗の主力となっていて、バイトのような正社員は新卒の入社2年目くらいの人までだ。
そう考えるとココで正社員になるのは果たして得なのか? という疑問が生じる。
ボクはまだ若い。店長が言うように転職もアリだろう。
ホクホクした気持ちで、バックヤードに向かうと徳田が飲料の発注をしていた。
「お、川本君。」
ボクに気づいた徳田が話しかけてきた。
「店長、なんの話だった?」
徳田は店長の話の内容を知らなかったのか?
「いや、別に•••。」
店長はボクにとって有益な話をしてくれたが、他人から見れば「正社員になれなかった」という事でしかない。ホクホクしていたボクの気持ちは一気に冷え込んだ。
「別にっ•••て?」
怪訝そうな表情をする徳田。その横をボクが通り過ぎると、
「あ、川本君。どうだったの?」
向かいから歩いてきたパートの丸山さんに話しかけられた。
この人は33才の人妻で社歴が僕より長い「正社員みたいなバイト」だ。
「え? どうだったって?」
ボクのリアクションに丸山さんは少し呆れたように、
「店長に呼ばれてたでしょ? 正社員にしてもらえるって話。」
「え?」
なんで知ってるんだ?
「違ったの?」
「えーとぉ。」
正社員にしてもらえるって話じゃありませんでしたーって言おうと思ったが、いずれバレてしまう。
だが、言うのは恥ずかしい。
「川本君、店長との話終わったの?」
丸山さんの後ろから他のパートさんがやってきた。
なぜこの人も知っている!?
「皆でお祝いするって言ったじゃないか。」
背後から徳田の声がした。
「だから、皆に声をかけといたんだよ。」
と徳田。
「そうそう。川本君が正社員になったらフクテンチョがご飯ご馳走してくるって言うから。」
丸山さんがサバサバした物言いで言ってきた。
「正社員の話じゃなかったのかな。今回は。」
徳田の言葉に黙って俯くだけのボク。「そうです」とも「違います」とも言えずモジモジしていた。
「なぁんだ。店長からまた注意を受けただけか。」
丸山さんはボクの様子を察して呆れた口調でそう言うと、
「ま、再来月までのどっかまでには正社員って言われるわけだし、お店選びは私に任せてもらってもいい?」
丸山さんは、ボクから興味を失い店選びの話を徳田と始めた。
正社員になる事が前提になっている。基準が厳しくなったなんて誰も知らないし、言ったところで信じてもらえるものなのか•••。




