対面
「あれが王女様の隊列ですか!?」
ミオナは人が引けていった大通りを悠々と進む一団を指さして言った。
一団はまだ遠くにいるので人の集団であることしか分からない状態だ。
「この歓声を聞く限り間違いないと思いやす。ダンジョン攻略から帰還した部隊にこんな歓声は送らないでしょうし。」
そういえば、ボクらがダンジョン攻略から戻ってきて大通りを進んでいたら「王女の一団じゃねえのか」って舌打ちされたもんな・・・。
王女の一団が近づいてくるにつれ、一団の兵士達の軍装がダンジョン攻略部隊の軍装とは明らかに異なる豪華な出で立ちであることが確認できる。
ボクはつい、
「あんなカッコだけの装備でまともに戦えるんですかねえ? 飾りなんかついてたら戦いにくくないですかね?」
と半笑いで口にしてしまった。
「ああ、あれは民衆に見せるための軍装をした近衛兵です。敵地を進むときや戦う際には動きやすい実戦向きの装備をしやす。隊列の後ろには戦闘向きの装備をした実戦部隊もいるかもしれやせんがね。」
ケンはボクの発言を皮肉としてではなく質問として捉えたようで真面目に答えてくれた。
するとミオナがソワソワしながら、
「ケンさん! そろそろ下に降りた方がいいですかね!?」
とケンに言ったが、ミオナの様子を見たケンは首を傾げながらミオナがなぜ下に降りたいのか分からないといった表情をした。
ミオナはそんなケンを見て焦りの混じった声で、
「王女様のお顔を拝見したいんで! 二階からじゃ馬車の屋根しか見えないじゃないですか!」
ケンはミオナの言葉を聞いて一瞬固まった後、口を大きく開けて、
「ああ、そういうことでしたか。まあ、そうですよね。馬車に乗っておられると思いやすよね。」
と疑問が解けて、すっきりしたかのような顔をして言った。
「?」
ミオナはケンの反応を見て戸惑いの表情を浮かべた。
「ミオナさん。王女はあちらです。」
ケンは接近しつつある隊列に向かって手をかざした。
伸ばされた指の先には、白馬に跨り鎧を纏った凛々しい女性の姿が。
「え!? あちらが王女様!?」
「そうです。」
ミオナは驚きのあまり目を見開いて両手で口を覆った。
事務部長は左手の親指を顎の下にあて、左手の人差し指から小指で口元を覆うような恰好をしたまま王女に見入いりながらポツリと言った。
「オーラがありますね・・・。」
「ありやすよね。」
王女の姿がハッキリ見えてきた。
ショートカットの灰色がかかった黒髪、鋭さが宿るキリっとした目。
身に着けた光沢のある黒い鎧の縁には金色の線の装飾がなされ、部分部分に宝石のようなものが埋め込まれている。
そして、その背には黒いマントが。
事務部長が言うように王女からは身に着けた豪奢な装備の影響もあるだろうが対s化にオーラを感じる。
「テレス姫ー!!」
沿道の見物人が声をかける。
すると王女は見物人の方を向いて手を翳した。
ちょっと怖い感じに見えるけど、実は気さくな人のようだ。
王女がボク達のいる建物の間近に迫った時、
「テレス姫ー!!」
感極まったミオナが姫の名前を叫んだ。
それに気付いた王女はボク達の方を振り向き、ほんのり笑みを浮かべながら手を翳してくれた。
「きゃあああああ!!」
自分の体を自分の両腕で締め上げながら絶叫するミオナ。
「クールで厳しそうな方かなと思いましたが、あんな優しい笑顔もされる方なんですね。」
「そうなんです。それが人気の理由の一つでありやす。」
そしてボク達は王女の後ろ姿を見送ると席に戻り、飲みなおした。
翌朝。
ボク達は王宮内の自分達専用の食堂で朝食をとっていた。
「見れてよかった~。」
何度目だろうミオナのこのセリフは・・・。昨日、王女を見てからというもの十分おきくらいに発しているように思える。
事務部長も初めのころは「女性の松田さんが憧れる女性っていうことは、王女は素晴らしい女性ってことだよね」とか、「よっぽど感激したんだね。」とか言って相手をしていたが、ある時を境に相手をしなくなった。
ボクとしてはミオナが同性の王女に憧れているので嫉妬の感情は湧かないが、『選ばれし者』であるボクに対して憧れの念を、その半分でいいから表現してくれないかなとは思う。
と、そこに、
「皆様、おはようございます。」
「あ、ナモンさん! おはようございます!」
「ミオナ様は遠征から帰ってきた翌日だというのに相変わらず元気が良いですな。」
「ええ! 昨日、王女を拝見してから興奮しきりで!」
「おお。ミオナ様は王女をご覧になられたので?」
「ええ! ケンさんに誘われて、皆で!」
興奮のせいかナモンにタメ口で話しているミオナ。しかし、ナモンは不快ではないらしく、むしろナモンの表情からは好意的に感じていることが見て取れた。元気な孫娘くらいに思っているのだろうか。
「ほほほ、それなら話は早いですな。テレサ王女が皆様にお会いしたいと申されておりましてな。」
「ええーー!!」
ミオナは大声で叫ぶとともに立ち上がった。
落ち着けミオナ、王女がメインで会いたいと言っているのは恐らく『選ばれし者』のボクだと思うよ。
「・・・松田さん、大丈夫ですか? そんな態度や話し方で王女にお会いになるつもりですか?」
業を煮やした事務部長が厳しい視線を向けながらミオナに淡々と言った。
「あ、部長・・・、あ、ナモンさん、申し訳ありません! つい気持ちが先走ってしまいまして、失礼な物言いをしてしまいました。」
事務部長の落ち着いた口調の注意を受けて我に返ったミオナは顔を赤めながらナモンに向かって非礼を詫びるためにビシッと礼をした。
「いえいえ、ミオナさん。謝らなくてもよいです。私は砕けた感じでミオナさんが話をしてくれてむしろ喜ばしいくらいです。王女へのご好意もよく伝わってきて、私は大変嬉しいです。」
ナモンはニコニコしながら答えた。
「では皆様、一時間ほどしましたら迎えの者を寄越しますので、それまでに準備を整えておいてください。」
そう言うとナモンは食堂を後にした。
「部長・・・先ほどはすみませんでした・・・。いえ、昨日から浮かれっぱなしで・・・。」
暗い顔で部長に頭を下げるミオナ。
「いや、ここでは私は松田さんの上司ではないから私に謝る必要はないよ。しょんぼりした顔で王女に会いにいくのも失礼だからさっきの注意の話はこれで終わり。」
部長は笑顔を見せながらそう言って、手を一回鳴らした。
するとミオナは、声のトーンを抑えつつ満面の笑みを浮かべて、
「楽しみですね。」
と言った。
一時間後、ボク達はナモンの使者により、王女の待つ部屋と案内された。部屋の扉の前にはナモンが待っていた。
「お待ちしておりました。では、参りましょう。」
ナモンは振り返り扉をノックすると、
「テレス王女、異界の戦士三名、ただ今参りましてございます。」
と言うと、部屋の中から強い口調で、
「入れ。」
と言う声がしたと同時に扉が奥側に開いた。
「失礼いたします。」
ボク達三人はナモンに続いて部屋の中に入った。
ボク達が部屋の中に入ると同時に内側に待機していた衛兵が扉を閉める。
案内された二十畳ほどの部屋は落ち着いた赤色の絨毯が敷き詰められ、奥はガラス張りになっていた。
部屋の中央にはポツンとテーブルがあり、テーブルの脇には椅子が一脚だけ置かれていた。
部屋の壁沿いにはテーブルの脇に置いてある椅子と同じ椅子が並べられている。
部屋の広さのわりに物が少ない部屋だ。
王女は日が差し込んでくるガラス窓の傍に立っていた。逆光のため王女の顔は陰になっている。
昨日は鎧をまとっていたが、今日は青を基調としたパンツスタイルの軍服を着ている。
「わぁ・・・。」
王女のピシッとした姿を見て無意識に発せられたと思われる、ミオナの声が聞こえた。
「本当は私から出向くべきところを、呼びつけるような事をして申し訳ない。」
王女は頭を下げた。
それを見たナモンは慌てて、
「王女! なりませんぞ!」
と王女に言うと、頭を上げた王女に向かい続けて、
「あなたは一国の王女。いつも申しておりますが、呼びつけてよいのです! 用があるのは自分だからと自ら出向かなくて・・・いや、気安く出向いてはならないのです!」
とまくし立てるように言った。
「ふふふ、ナモンよ、何も客人の前で説教しなくとも・・・。」
王女は苦笑いを浮かべた。
「あ、失礼いたしました・・・。」
王女に指摘され、我に返ったナモンはバツが悪そうな顔をして俯きながら言った。
王女は姿勢と表情を正すと、
「私はテレス=マナティ=パレモ。パレモ王国第一王女である。3名の『異界の戦士』、ノリヒロ、士郎、ミオナ・・・。当地を救うために来てくれて嬉しく思う。」
「え! あ、はい、ありがとうございます!」
ミオナはビックリして目を見開き、顔を紅潮させながら言葉を発した。
自分の名前・・・しかも苗字でなく名前を呼ばれるとは思ってもいなかったのだろう。
「ありがとうございます。」
事務部長とボクもお礼を述べた。
かくいうボクも名前を呼ばれるのは久しぶりだったのでビクッとしてしまった。
「そなた達の事を視察中に聞いて、王都に戻ってきたらまず会いたいと思っていた。特にノリヒロは『選ばれし者』だと聞く。」
王女はボクを真っすぐ見つめて来た。
キレイな人だ・・・年は二十歳前後だろうか。自分よりも十歳は年下だというのに、見つめられるとドキドキしてしまう。
ただ、このドキドキはキレイだからというだけではなく彼女から発せられる恐さからも来ている。
王女の視線がボクから外れる。
「ミオナ・・・。」
「は、はい!」
突然王女に名前を呼ばれて、慌てて返事をするミオナ。王の前でも落ち着いた対応のできる度胸の持ち主の彼女も憧れの王女の前では形無しだ。
「思い違いかもしれないが・・・昨日、大通りの商店の二階から私の名を呼ばなかったか?」
「えっ! あ、はい! 昨日は失礼いたしました!」
ミオナは慌てて頭を下げる。
「いやいや謝ることはない。今しがたミオナの顔と声を聞いたとき、もしかしたらと思っただけだ。大通りを行進するのは皆に見てもらうためにやっている事。誰も声をかけてくれない行進など寂しいものだからな。」
王女は優しく言った。
「はい、そう言っていただけると・・・。」
ミオナは王女の言葉を受け、頭を上げながら言った。
「皆、そんなに怖がらなくてもよい。罰するために呼んだわけでも、試そうと思って呼んだわけでもない。そもそも、そなたたちは客人であり、私の家臣というわけではない。」
王女はナモンの方にチラリと目をやると視線をボク達の方に戻し、
「家臣でないのだから、私がそなたたちを名前で呼ぶように、そなたらも私をテレスと呼び捨てで呼んでもらって構わん。」
「王女!」
間髪入れずナモンの怒声が響いた。
王女はヤレヤレといった表情で、
「わかっているナモン。そう怒るな・・・。まあ、呼び名の件はおいおいな。」
「おいおいどうなる事もありません。」
ナモンは眉間に皺を寄せながらピシャリと言った。
トントン。
扉をノックする音が聞こえた。
「テレス様、お茶とお菓子をお持ちいたしました。」
扉の向こうから若い男性の声が聞こえた。
「うむ。」
王女が返事をすると部屋の中にいた衛兵が扉を開けた。
「お待たせいたしました。」
二十代前半くらいの物腰の若い男性がお菓子とティーカップとティーポットを持ったメイド達を後ろに従え部屋に入ってきた。
若い男性が部屋の中央においてあるテーブルに手を翳すと、メイド達はテーブルにそれぞれが持ってきたものを置いて部屋を後にした。
「今ご準備いたします。」
部屋に残った若い男は慣れた手つきでティーカップにお茶を注いでいく。
「いい匂いですね。」
カップに注がれる茶色の飲料の湯気から溢れ出る香りの感想を漏らすミオナ。
王女は満足そうな笑みを浮かべ、
「北方の方でとれるマーキという植物の葉を乾燥させてつくったお茶だ。気に入ってくれたようで嬉しい。是非、飲んでみてくれ。」
とボク達に勧めると、自らもカップを手に取りお茶を口にした。
「あ、そうそう。」
王女はお茶を一口、口にすると何かを思い出したようで、口元からカップを離し、
「この男、リッセンもそなた達と同じ『異界の戦士』だぞ。」
と、王女はお茶を持ってきた若い男に目配せしながら言った。
リッセンと紹介された男は軽く一礼すると、
「立仙 大志といいます。以後、お見知りおきを。」
と挨拶をした。
(立仙大志!)
ボクはこのリッセンという異界の戦士に覚えがあった。




