純潔の危機
コンコンコン
ボクの寝室のドアがノックされる。
「・・・ミズホです。川本様、起きておられますか?」
ドアをノックしてきたのは、シィルでもミオナでもなくミズホだった。
ミズホ・・・動きだそうとしてていたボクの楽しい異世界女性ライフを余計な持論をかましてぶち壊してくれた女だ。
「あ、はい、起きてます・・・。」
ミズホには文句を言ってやりたい気持ちもあるが文句を言えば、先ほどのボクの聖人イメージが崩れるてしまうし、そもそもボクは陽キャの女性と話をすること自体にドギマギしてしまうシャイボーイ。面と向かって文句を言えるはずなんてない。
「入ってもよろしいでしょうか?」
「はい・・・。」
ボクは返事をするとともに上体を起こしベットに腰かけた。
ギイイイイイ。
ミズホは部屋の扉を開け部屋の中へ入ると、すぐに扉を閉め、
「川本様、本日は楽しんでいただけましたか?」
と、右耳にかかっていた髪を右手で軽くかきあげながら言ってきた。
「え、ええ・・・。」
先ほどと同じ露出度の高い踊り子の衣装であらわれたミズホの色気溢れる仕草にドキドキし、全身が硬直するボク。声も硬直している。
「ふふ・・・。」
そんなボクの様子を見てか、微笑を浮かべたミズホはボクの傍に近寄ってきて、
「失礼しまぁす。」
と言ってボクの右側に腰かけた。
(うっ!)
ボクは全身を無意識のうちにビクンと動かしていた。ボクの右側に座ったミズホは座ると同時にボクの右腕に自身の左手を密着させてきたのだ。ミズホの若干の汗ばみを帯びた柔らかい腕の感触の奇襲を受けてボクの体は反応した。
ビクンと動いたタイミングでミズホと体を離すこともできたがボクの本能はミズホの肌の感触を求め、ボクの右腕はミズホの左腕としっかり密着する位置に戻った。
「ふふふ、川本様はシャイなんですね・・・。」
そんなボクの反応を見たミズホが半目をさらに細くして口元に意地悪そうな笑みをたたえながらボクの顔を下からのぞき込むようにしながら言ってきた。
「え、ええ・・・な、慣れてなくてぇ・・・。」
ボクは必死に言い返した。
ミズホが動くたびにミズホの体から発せられる甘い香がボクの鼻腔に溢れる。
ミズホはやや、いたずらっぽさを混じえた口調で、
「慣れてない・・・? ということは、こういう経験はあるということで?」
と僕の言葉尻を捕らえた発言をすると同時に、ミズホはベットの縁を押さえるように置いているボクの右掌の甲に自身の右掌を乗せてきた。
ボクは再び全身をビクンと揺らすと、ミズホと顔を合わせないように正面を見据えたまま、絞り出すような声で、
「な、ないです・・・。」
と答えた。
「ふふふふ。可愛い・・・。」
ミズホの吐息がボクの耳にかかり、ボクは小さくビクッと体を揺らした。
横目でミズホに目を向けるとミズホの顔はボクの顔にグッと近づいてきていた。
ボクはすぐに視線をミズホから外し正面を見据えなおした。
するとミズホはボクの右掌の甲に重ねていた自身の右手をボクの手の甲から離すと、右手の親指と中指、人差し指でボクの顎を撫でる。
ボクはビクッと肩を揺らした。さっきからこんな反応ばかりだ・・・。
ミズホはボクの顎を撫でつつ、全身が硬直し、とめどなく汗が噴き出しているボクの耳元に向かって言葉を発する。
「川本様・・・川本様ほどの実力者ならば川本様が欲する欲さないに関わらず、シィル様のように自ら川本様を欲する女性が何百人も現れましょう・・・。それは私も例外ではありません・・・。」
え? それって・・・、ボクは自分の胸がさらに高鳴っていくのを感じていた。
無言のボクに向かいミズホは言葉を続ける、
「私は川本様の一番最初の女になりたい・・・今しかないウブな川本様のお相手をしてさしあげたいのです。」
ええーー!! なんて展開だ!? さっきシィルとの話をぶち壊したのは自分の欲望のためだったのか!?
でも、ボクには全く悪くない話だ・・・ミズホに悪感情を抱いてはいたものの、ミズホの溢れんばかりの大人魅力の前には彼女への嫌悪感など無きに等しい。
「川本様。」
ミズホがボクの顔を覗き込み、
「目をつぶってください。」
ボクの意向など全く確認するつもりもなくドンドン事を進めていくミズホ。
ボクとしても、こういう場面では女性にリードしてもらいたいと常日頃から思っていたから、この展開は望むべきものだった。気の利いた返しもできないからボクは無言でミズホに言われたとおりに目を瞑る。
ボクのファーストキスは年上のお姉さん・・・ボクは30歳をこえているから年齢的にはミズホの方が年下なのだろうけど・・・に奪われることに・・・。
ビイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!
その刹那、突然、警告音が鳴り響いた、
「え!? 何!?」
目を瞑っていたボクは目を見開き周囲を見回す。
ボクの唇に顔を近づけていたミズホはボクの突然の挙動にビックリした表情を浮かべ顔の動きを止めていた。
「ど、どうしました川本様!?」
「え? この音、な、何の音だろうと。」
「音・・・?」
ミズホには聞こえていないのか!?
すると、鳴り響いていた警告音がビイイイイというサイレンのような音から、ビコン、ビコン、ビコンという音に切り替わり、目の前にボクのスキルツリーが念じてもいないのに表示された。
ボクのスキルツリーの真ん中に「警告!」と一番上に書かれた、見たことのない囲みが現れていた。「警告!」の文字の下には、「異性との関係が、これ以上深くなると点滅しているスキルが消滅します」と出ている・・・ボクがその警告文を読み終えると警告文は囲みごと消え去り、スキルツリーが全て見える状態になった。
ボクは点滅しているスキルを確認した・・・「せいどうの剣」「せいどうの盾」「せいどうの鎧」、その他「Sランク」に属する全てのスキルが点滅していた。
そして、「隠しスキル」の「純潔の危機」の囲みが赤く表示されていて、スキルの説明文の一番上に「警告中!」という文字が赤字で表示されていた。
もし、ボクが警告を無視た結果、保有する「Sランク」スキルが悉く消滅してしまったら、ボクはコチラの世界の人と大して変わらないスキルしか保有していないことになるし、素の能力としては兵士として訓練を受けてきている人達には当然劣るから、一般の兵士以下の存在になってしまう。
そのような「選ばれし者」どころか「異界の戦士」としても大きく力の劣る存在になっては、今のように皆にチヤホヤされることがなくなるどころか、ボクに力があるがゆえに近づいて来ている人たちはボクを蔑みゴミのように扱うことは必至!
王やヤコスのような権力者だけではなく、「ボクの子を産みたい」と言ったシィルも力を失ったボクを汚物のように見て、いや、関わること視界に入れることすらしなくなるだろう・・・。
下手をするとボクとの関わりをなかったものにすべく、ボクに刺客を放つかもしれないし、適当な理由をつけて処刑されてしまうこともありうるかもしれない・・・。
そう考えると「異性と関係性を深めると警告」するスキル「純潔の危機」は「恥ずかしスキル」だではなく、実はボクの安全保障にとって非常に重要なスキルだったのだ。
「川本様・・・? 大丈夫ですか?」
困惑と焦りの表情を浮かべるボクの顔を心配そうにミズホが覗き込んできた。
ピコンピコンという警告音は鳴り続けている。
「川本様?」
動揺が納まらず返事もままならないボクを落ち着かせるためか、ミズホはボクの頬を両掌で包みこむように触れてきた。
ミズホの柔らくて暖かい手の温もりが頬を覆う・・・本来なら堪らなく嬉しいシチェーションなのだが・・・。
ビイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!
大きな警告音が脳内に鳴り響いた。
「うわああああ!!」
ボクは頬に触れていたミズホの両手を咄嗟に振り払った。
「きゃああ!」
手を振り払われるとは思っていなかったミズホはバランスを崩しベッドから床へと倒れこんだ。
するとボクの脳内から警告音が消え、目の前に表示されていたスキルツリーのSランクスキルの点滅が納まった。
「あ、ごめんなさい・・・。」
我に返ったボクは起き上がろうとしているミズホに向かって言った。
「川本様・・・どうされたのですか? 突然・・・びっくりしました。」
立ち上がったミズホはボクの横ではなく部屋に備え付けらえていた丸椅子に座りながら言った。
「え、あの・・・ごめんなさい。」
ボクは本当の事を言おうかと思ったが、「本当の事」は、ちょっと・・・いや大分かっこ悪いので言葉を濁して取り合えず謝ってこの場をやり過ごすことにした。
ミズホはボクの言葉に返事をすることなく、俯きながら長い髪をかき上げて下ろすと、乱れた髪を整えだした。ボクの次の言葉・・・自らの手を振り払った理由を待っているようだった。
(なんて言おう・・・。)
ボクが何も言わずにモジモジしていると髪を整え終えたミズホがボクの顔に視線を向けて、
「川本様は先ほどのお話の通り、心に決めた方にしか、お相手にされないのですね・・・。」
と言った。
ミズホはボクの態度を良い方向に解釈してくれたようだ。
もっともこの「聖人川本」の解釈は宴の席でミズホが言っていたことである。
ボクは渡りに船とばかりにミズホの解釈にのっかた返答をする。
「・・・ご、ごめんなさい・・・。そ、そうなんです・・・その年で気持ち悪いって思われるかもしれないですけど・・・。気持ちがちゃんと通じた人じゃないと・・・あ、ミ、ミズホさんは魅力的な方だと思いますけど・・・まだ、ボク、ミズホさんの事よく知らないんで・・・。」
ボクの答えを聞いたミズホは、妖艶な微笑みではなく清々しさを感じさせる微笑みを浮かべながら、
「ピュアなんですね。川本様は・・・。それだけの力を持っていれば誰にとがめられることもなくヤリタイ放題なのに、欲望に負けず自らの意思を貫けるなんて・・・だからこそ『選ばれし者』なのですね。」
ミズホの言葉に皮肉は感じない。ボクの言葉を真に受けて納得してくれたようだ。
ボクの必死に言葉を繋ぎながらのドギマギしたしゃべり方を「ピュア」と見てくれているのだろう。
ミズホは立ち上がりボクの方に近づき、腰を折ってボクの顔よりやや高い位置に自分の顔を持ってくると、右手の四指でボクの頬に軽く触れ、
「今日のところはこれで失礼します。また、寄らせていただきます。」
そう言うとミズホは部屋の扉に向かって歩き出し、扉を開けると、ボクの方を振り返り、
「おやすみなさい。」
と告げた。
「おやすみなさい。」
ミズホはボクの返事に笑顔を浮かべつつ軽くうなずくとボクの部屋を後にした。
「ふーーーーーーーーーーーーーーー。」
ドアが閉まったのを確認するとボクは大きく深呼吸をし、そのままベッドに倒れこんだ。
女性を知れる千載一遇のチャンスだった。
だが、それには大きな代償が伴う事を知った。
今夜が楽しい異世界ライフのスタートになるとウキウキしていたのに、これでは生殺しの苦行もいいところだ。
ボクは全身から溢れるように湧き出してきた脱力感と無気力感に覆われながら、すぐに眠りについた。




