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宴の終わり

「あ、あのぅー。お聞きしたいことがあるのですが•••。」


 ボクはヤコスとミズホに向かって言葉を切り出した。


 二人はボクの方を振り返り、ヤコスが、


「川本様、何でもお聞きください。」


 と嬉しそうに言ってきた。ボクから話しかけられたのが嬉しかったのか。


「さっき、異界者庁を通さずに約束された事は無かったことにされると言っておられましたけど・・・、あのぉ・・・。」


 ボクはシィルとの婚約の話はどうなるんですか!? と聞きたかったが。口に出そうとすると全身に強い緊張が走り、痙攣しているかのような感覚に襲われ、べとついた汗がぶわっと噴き出してきた。

 これを口にしたらボクはシィルと結ばれることを望んでいます! ということを公言するようなものだ。

 恐らくボクの顔は真っ赤になっているだろう。酔いのせいだと思ってもらえればいいが・・・。


 そんなボクの様子を首を傾げて見つめたいたミズホは髪の根本をかきあげながら、


「川本様・・・シィル様と契りを結んだとしても、無かったことになるのでは、あまりにシィル様が可哀そうではと・・・。川本様はお優しいのですね。」


 とボクの目をじっと見ながら言ってきた。


「あ、はい・・・そうです。」


 そんな魅力的な目で見つめられたら、肯定の言葉を並べることしかできない。

 もっとも、ミズホが言ったことはボクが言いたかったことを綺麗にまとめてくれていたので否定する余地などないのだけど。


 ミズホはボクの返事を聞くと口元に満足そうな笑みを浮かべ、


「川本様はミサト様からこちらの世界の者との約束事の取り交わしについて聞いていないのですね?」


「え、ええ・・・こちらの世界の方と込み入った話をするときは『異界者庁を通じて話をしてください』と言うようにとしか言われていなくて・・・。」


 と口にして、ボクはハッとした。


 そうだった! シィルとの話のような約束事の話がでたのなら、そういう話をされるのなら異界者庁を通じてと言わなくてはならなかった・・・。

 ヤコスの提案が雑談の延長上で、かつボクにとって非常に魅力的な提案だったので、そんな事はすっかり忘れていた・・・。


 ボクの慌てた顔を見たミズホは、半目を、さらに細くして悪戯っぽい笑みを浮かべながら、


「ふふふ。大丈夫ですよ川本様。『異界の戦士』の方がこちらの世界の者と込み入った話をしても、約束事をしても、川本様が咎められることは何一つありませんから・・・。」


 と言った。


「え?」


 当然に、とまどうボク。


「ただし、異界者庁を通さずに非公式で結ばれた約束事が異界者庁の意向と反する場合や、約束を結ばれた異界の戦士の方が無かった事にしてくれと申し出た場合は、その約束事はその時点で無効となります。恐らくミサト様は一度結んだ約束事を無効にすることにより余計なトラブルが発生することを避けるために、約束事は異界者庁を通じて公式の場でするようにという意味で言われたのでしょう。」


「な、なるほど・・・。」


 ボクが納得した顔を確認したミズホは続けて、


「仮に川本様がシィル様を妻として迎えた場合・・・間違いなく異界者庁の意向に背くことになりますので、川本様の意思に関わらず、無効という扱いになります。シィル様を王都に連れて帰ることすら難しいかと。」


 そう言うとミズホは視線をヤコスに送った。

 どういうつもり? と言いたそうな目だ。


 ボクもヤコスの顔をじっと見つめる。

 ボクとシィルは婚約はできもしないことをヤコスは知っていた。それなのに、そんな話を振ってくるなんて、「年齢=彼女いない歴」のボクの心を弄んだのか!?


「先ほども申したように、そのような事は百も承知。シィルは川本様の妻ではなく、川本様の使用人として傍に仕えさせるつもりぞ。それさえ難しいのなら川本様が当地に来た時だけの女として扱ってくださってもよい。」


 ヤコスは何ら悪びれる様子もなくそう言い放った。


 ヤコスは自分の娘をボクの妻ではなく使用人、もしくは愛人としてボクにどうぞと言ってきたのだ。


 ボクはシィルの方を振り返った。


 シィルは父のその言葉を聞いてもなお、ボクに熱い視線を送ってきてくれている。


 ボクの顔を見たシィルはニコリと微笑み、


「父の仰せのままに・・・。」


 と呟いた。

 言わされているという感じはしなかった・・・。


 ミズホはヤコスに向かい、


「ふふ、ヤコス様もそこまでして『異界の戦士』のお子が欲しいのですね。」


 と言うと、ヤコスは、


「ただの『異界の戦士』ではなく『選ばれし者』川本様のお子がな。」


 と返した。


 そうか、ボクの子が欲しいとなれば、必ずしもボクの妻になる必要はない。

 

 しかしそれはシィルにとっても望むことであるだろうか? そもそも彼女はどこまで父に聞かされているのだろうか?


 ボクがそんな事を考えているとシィルはボクの表情に何かを感じたのか、少しうつむくと顔を真っ赤にしながら、


「私は・・・川本様のお子が欲しい・・・です・・・。」


 と呟いた。


「!?」


 ボクの子供が欲しい・・・自分の生涯でそんな事を言われる日が来ることを想像することすらできなかったボク。

 ボクの子供を産むことはシィルにとっても望むべきことなのだ。


 ボクはぎゅっと目を瞑り「川本様のお子が欲しいです」という言葉を脳内で反芻した。

 力を込めて閉じられた瞼が熱を帯びていく。


「あら、川本様・・・。」


 ボクのそんな表情を見たミズホが少し驚きの混じった声で、


「涙が・・・こぼれていますよ。あ・・・、川本様がいた世界では男性は一人の女性しか妻にできないのが当たり前で、妻がいる者が他の女性と関係を持つことは非難されることと聞いております・・・ゆえに愛人になれ、使用人になれという・・・川本様から見ると冷酷な父の命に従順に従うシィル様の健気さに心打たれたのですね・・・。」


「え、ええ・・・。」


  長い旅路を終えたような感慨深さをかみしめている内に、ボクの瞳から涙がこみあげ溢れしまっていたようだ。

 それをミズホは綺麗にまとめてくれた。


「こちらの世界に慣れぬ川本様から見ますと私の遣り方は非情なものに見えてしまいますかな・・・。」


 ヤコスはミズホの言葉を真に受けた返答をしてきた。


「え、ええ・・・少し。」


 この場は勘違いしてくれていた方がボクの評価もよくなるだろうから、ボクは肯定した。だが気の利いた返しもできないのでぎこちない返事しかできない。


 事務部長だったら何て返すのかなぁ・・・そう思い事務部長の方にチラリと目を向ける。

 事務部長の周りには踊り子と数名の部隊員達が集まってきて楽しそうに談笑している。

 ・・・ミオナは見当たらないが・・・。


 ボクの視線に気付いたミズホは周囲を見回して、


「ヤコス様・・・宴もたけなわでございます。お疲れの方もいますでしょうから、一旦、中締めとされては・・・。」


とヤコスに提案した。


「うむ。そうであるな。」


 そういうとヤコスは後ろに控えていた側近を手招きで呼ぶと何やら耳打ちをした。


 耳打ちをを受けた側近は部隊長のもとへと進み、踊り子や部隊員達と談笑している部隊長に声をかけた。

 部隊長は側近の言葉に頷くと、一緒に談笑していた者たちに声をかけ、静かに自席に着座した。

 談笑していた者たちも部隊長同様、自席に着座する。


「皆様、ご歓談中失礼いたします。お話はつきないかと思いますが、一旦ここで中締めとさせていただきたいと思います。」


 司会者のアナウンスが聞こえると騒がしかった会場は静まり返り、席を離れていた部隊員達は席に戻り、ミズホをはじめとする踊り子たちは会場の端に整列した。


 そして、部隊長がお礼の挨拶を述べ、宴は閉幕し散会となった。


「あ、ヤコス様、今日はありがとうございました。」


 ボクは席を立つ前にヤコスにお礼の挨拶をした。


「いやいや、これくらいのこと何でもありませぬ・・・シィルとの件ですが・・・今の川本様のお考えでは受け入れがたそうですな・・・残念です。」


 ん? ヤコス・・・あっさり引いちゃうの!? あんなに押してたのに!?


「川本様・・・。」


 ヤコスの隣にやってきたシィルが悲しそうな声でボクの名前を呼んだ。


「シ、シィルさん・・・。」


 ボクはシィルの名前を初めて呼んだ。名前を呼ぶだけでドキドキしている。


 シィルの顔を見ると目には涙が溢れている。


「川本様がおられた向こうの世界の事は私はよくわかりませぬが、父は私の事を思ってくださったからこそ、この度のお話をしてくださいました。川本様のお子を宿したいというのは、父に強制されたわけではなく、噓偽りのない私の本心でございます。それだけはどうか、ご承知しておきください・・・。」


「あ、はい・・・。」


 シィルもボクの事は諦めるみたいな物言いだ・・・ここは、そこまでボクの事を思っていてくれているのならシィルの気持ちに答えようと切り出すべきか・・・と、心の中でまごついていると、


「でも、川本様が私の身を思ってくださり涙を流してくださった事は嬉しかったです・・・。」


 うーん。そう来たか・・・そうだよね、ボクは向こうの世界の価値観でもってヤコスのシィルへの命令は冷酷で非常な仕打ちだから、それに従うシィルの健気さに涙したって話になってるからね。ここで、君の気持に答えようはちょっとおかしいよね・・・。

 ミズホはボクの涙を綺麗にまとめてくれたなと思ったが、余計な事言いやがってというミズホに対しての怒りの感情が湧いてきた。


「川本様・・・この世界におればいずれ、こちらの世界の価値観が当たり前のものとなりましょう。その時が来るまでこのヤコス、何年でもお待ちしておりますぞ・・・。」


 と言ってヤコスはボクの右手を両手で手に取った。


「はい・・・。ありがとうございます。」


 さすがに今「こっちの世界の価値観がわかりました!」なんて言える勇気はない。

 でも、何年もって・・いつ来るか分からい日のためにシィルを独身でいさせるつもりなのだろうか・・・? それは酷くないか?


「このヤコス、シィルの下に5人ほど女児がおりますゆえ、その時、年頃の娘を川本様にお譲りいたします。」


「あ、はい・・・。」


 この考え方も酷いな・・・。恐らくヤコスだけではなく、この世界の人・・・というか貴族は自分の娘を政略の道具として当然のようにみているのだろう、そして貴族の娘はそれが当たり前であり、あてがわれた相手を愛することが自らの幸せだと疑うことなく思っているのだろう。


 ボクは会場を後にし、宿舎の寝室に戻った。


 宿舎は四人部屋等もあるがボクやミオナ、事務部長はそれぞれ一人部屋があてがわれている。


 ベッドで横になったボクは・・・、


「シィル・・・。」


 と独り言をつぶやきながらシィルの事を思い返していた。


 ミズホが余計な事を言わなければ今頃ボクは領主の館の一室でシィルと楽しい夜を過ごしていたハズなのに・・・。


 そんな事を考えて悶々としていると、


 トントントン・・・。


 ボクの部屋をノックする音が聞こえた。


 もしかして・・・、シィル!?

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