ダンジョンへ
(面倒くさいなぁ・・・。)
ボクは馬車の中で、幌の開口部越しにと外をボーっと見ていた。
ボクとミオナ、事務部長は馬車に揺られてダンジョンに向かっている。
なぜこんな事になったかというと・・・。
昨日、ボクらがケンの案内で王宮内の施設を一通り見終わった時のこと。
「では、案内は以上になりやす。施設の使い方の細かいとこについては、それぞれの施設の係りの方に聞いてくだせえ。では、あっしはここで・・・。」
と言って立ち去ろうとしたケンにナモンが、
「ケン殿、明日はダンジョンの攻略に行かれるのでしたな。どうぞお気をつけて・・・。」
ケンはナモンの言葉に頭をさげながら、
「ありがとうございやす。」
と返事をした刹那、
「ダンジョンの攻略?」
ミオナが二人の会話に口を挟んだ。
「そうです。あっしは明日から王都の管轄エリアに新たに出現したダンジョンの攻略に行きやす。」
それに対して事務部長が、
「そういえば、ミサトさんが異界の戦士の仕事にはモンスターの巣窟であるダンジョンの攻略もあるって言ってましたね。」
「ええ。」
すると突然、
「ケンさん!!」
とミオナが大声でケンの名前を叫んだ、
「ど、どうしやした!?」
当然に驚くケン。
「私も連れて行ってもらえませんか!? ダンジョンの攻略!!」
・・・ミオナのこの発言を受けて事務部長も、ダンジョンの攻略の仕事を気心の知れたケンと一緒にいけるならいい機会かもしれない・・・とか言い出す始末。
ミオナは川本さんはどうしますか? と聞いてきたが、この状況でボクは行かないとはいえない・・・。
正直、面倒ではあるが、もしミオナと部長とケンがダンジョン攻略に出かけた後に王都にモンスターが現れたら、ボクは勝手がわからない王都で知らない人達と一緒にモンスターと戦わなくてはならない・・・ナモンやミサトさんは戦闘要員ではないだろうし・・・。
「でもよく、こんなだった広い草原や森しかないところで、新しくできたダンジョンがどこにあったのかわかりますよね。整地された街道沿いにあるのならともかく・・・。」
ミオナは今回攻略すべきダンジョンが示された地図を見ながら言った。
地図には、ダンジョンの位置にバツ印が打たれているが、地図を見る限りではバツ印は街道から外れた草原の真っただ中にあるように見える。目印も特に記されていない。
ボク達ダンジョン攻略隊は既に街道を離れて草原の中を進んでいた。地図に目印が記されていないのではなく、そもそも目印がないのかもしれない。
「皆さん、お待たせしやした、もう少しですぜ。」
とそこに部隊から先行してダンジョンの確認に行っていたケンが幌に入ってきた。
ミオナはケンの顔を見るなり、
「ケンさん、よくこんな地図で場所がわかりますね?」
と、疑問をぶつけた。
「ええ、あっしは持っていませんが『ナビゲーション』というスキルです。地図が正確であれば、地図を見て目的地まで正確にいけるんです。」
ケンの話を聞いた事務部長が興味深げな顔をして、
「地図が正確であれば・・・っていいましたけど、この草原の真ん中にあるダンジョンの位置を、この地図は正確に描いているということですか?」
「そうです。」
「街道沿いや何か目印があるところならわかりますが、ここは草しかない原野ですよ?」
「ああ、すいやせん。この正確な地図は『マッピング』っていうスキルで作っていやす。『マッピング』は一度行った場所の地図を正確に書くことができるんです。」
「なるほど、『ナビゲーション』は『マッピング』で作成された地図があって真価を発揮するスキルということですか。」
「そうなりやすな。この二つのスキルはセットで持っている人が多く、スキル持ちは軍であれば部隊の先導役、斥候、輸送なんかで重宝されてやすし、領内を回って新しいダンジョンが出現していないか探す仕事を任せれやす。そうそう、一昨日、川本さんが戦った大鉄も両方持ってやしたね。皆さんもタクシー会社勤務なら、もしかしたら持ってやせんか?」
「うーーん。恥ずかしながら持ってないな。タクシーの乗務経験か配車業務の経験があれば持ってたかも・・・。」
と、事務部長、続いてミオナが、
「私も持ってないですね。配車の経験はあるんですが、まだまだ未熟ってことですね。」
ボクは運行管理部として10年間、運行管理業務・配車業務に従事していた。
だが、どちらのスキルもボクは持っていない・・・。運行管理者は地図は見るが、運転手のように実際に運転はしない。
『ナビゲーション』も『マッピング』もいかにも現場臭さの漂うスキルだから現場業務の運転手の大鉄が両方のスキルを持っていて、管理業務の運行管理、配車業務につくボクが持っていなくて当然である。
「川本さんは持ってます?」
というミオナからの質問にそなえて、持っていない理由の理論武装を行っていたが、誰もボクの事には触れず話は進んでいた。ボクがもしかしたら持っていないかも・・・という優しさから触れないなのだろうが、会話から取り残されている疎外感を少し感じる。
馬車が止まった。
「ついたようですぜ。皆さん準備をお願いしやす。」
ボクたちは武器を携えて馬車から降りた。
ミオナは弓を手に持ち、腰には短剣を携えていた。彼女はあらゆる武器を使える『武器の知識』のスキルはないが、弓を使える『弓の知識』と、短剣や短刀等を使える『短剣の知識』のスキルを持っていた。
短剣は敵の接近を許した時や狭いダンジョンでの戦いを考慮して持っているようで、基本は弓矢で戦うとのことなので安心だ。
事務部長は一昨日のジャイアントバットの戦いでも使っていた槍をもっている。部長は『武器の知識』のスキルをもっているのであらゆる武器を使えるのだが、使い手が多い武器は、トレーニング方法が確立されていて技術の蓄積も多いからという理由で、兵士達の主武装である槍を選んだようだ。
また、『防具の知識』のスキルもあるので左腕には直径三十センチ位の丸い盾を装備している。
ボクは腰に剣を携えていた。最強無比の攻撃スキル『せいどうの剣』があるボクに武器は元来不要なのだが、王都から出発する際にミサトさんが「指揮権の象徴」ということで渡してくれたのだ。
なので戦闘用の無骨な剣ではなく、黄金の鞘と黄金の柄の各所に宝石が散りばめられた宝剣だ。
敵を斬りつけるために使う剣ではない。
ダンジョンは少し進んだ先にある斜面の下にあった。
ダンジョンの入り口は地面が隆起してできたと思われる形状をしていた。アリの巣のように地下に潜っていくタイプのようだ。
「まだ出現して日が浅いダンジョンなんで表にモンスターは見当たりやせんが入口に近づくとモンスター出てくるやもしれやせんから油断しねえでください。」
ケンがボクらに注意を促した。
ダンジョンは出現して日がたつにつれモンスター達が増えていくようで、放っておくとモンスターがダンジョンの周りに出てくるようになり、さらに数が増えると群れをなしてダンジョンを離れて町を襲ったりするそうだ。
そのため、新たなダンジョンが出現していないか定期的に偵察をして、モンスターが増えないうちにダンジョンを攻略・・・破壊するのだ。
ちなみに、ダンジョンの入口を塞ぐだけではダンジョンを破壊したことにはならなず、ダンジョンの奥にいるボスモンスターを撃破する必要があるそうだ。
と、そこに部隊長のヒョウドがやってきた。
「では、作戦通り川本様とケン様は前衛に、蒼騎様と松田様は中衛の私の左右に控えていてください。」
「わかりやした。では、川本さん、いきやしょう。」
「あ、はい・・・。」
ボクはケンに促され、ケンの後ろについてイヤイヤ隊列の先頭へと進んだ。
昨日、ボク達の参戦がきまると急遽、今回のダンジョン攻略部隊の部隊長のヒョウドと作戦会議を行うことになった。
会議・・・といっても既に概略は決まっていたのでボク達の配置をどうするのかという話だ。
「いやはや、ケン様だけでも心強いのに今回は更に異界の戦士様が3人・・・しかも、お1人は『選ばれし者』の川本様とは・・・。」
既にボクの噂は部隊長クラスにまで広まっているようで、ヒョウドは驚きと興奮を隠せないでいるようだった。
「ヒョウド隊長。あっしは作戦通り前衛でいきやす。で、蒼騎さんと松田さんは、昨日こちらに来たばかりで戦い慣れもしていやせんし強力なスキルもないので、重要な前衛や後衛を任せず中衛に配置した方がいいかと思いやす。」
「なるほど・・・。では、蒼騎様と松田様は中衛の私の左右を固めていただくようにいたそう。」
え? ボクの名前が含まれていないんですけど・・・。
イヤな気配を感じたボクがケンの方を振り返るとケンはヒョウドに向かって話し始めていた、
「それで、川本さんでございやすが、川本さんにはあらゆる攻撃を防ぐ強力な障壁を常時発生させるスキルがございやす。あっしと同じく前衛でよいかと思いやす。」
え? いきなり前衛!? 明らかにボクのスキル頼りの作戦でしょそれ!?
待ったをかけようとするもヒョウドが話を始めていた。
「おお! グリフォンのクチバシにもビクともしない障壁という話は噂には聞き及んでおります! それならばケン様がおっしゃる通り川本様には前衛を務めていただきましょう。」
作戦の立案や指揮権はコチラの世界の部隊長が持っているって話だったけど、ヒョウドはケンの提案をそのまま受け入れている・・・。
「川本さん! 心配することはありませんぜ!」
いやいや、そういう事じゃなくて・・・ボクは前衛で戦わなくちゃならないのに、同じタイミングでコッチにやってきたミオナと部長は「初心者だから」ってことで中衛でぬくぬくしていられるなんて・・・、下手すれば2人は一戦も交えることなくダンジョン探索を終えることになるかも知れないし・・・。
そんなことを考えていると、
「凄い! 川本さん大抜擢じゃないですか!!」
とハイテンションのミオナがボクに話しかけて来た。
「う、うん・・・。」
ミオナにそう言われたらボクは「イヤだ」と言えなくなってしまう。
ミオナに悪意はないんだろうけど、ボクはちょっと納得がいかなかった。
ミオナが行きたいというから、このダンジョン攻略に渋々参加することになったのに、ミオナは最も楽な中衛に居てボクは最も大変な前衛を務めることになったのだ。大抜擢と言われたってダンジョン攻略も前衛も、むしろやりたくない事なのだ。
部長だって同じだ。ダンジョン攻略に行けるいい機会だとか言ってミオナに同調しておきながら、中衛に甘んじている。自分も川本君と一緒に前衛で戦いますと言うべきだろう。
その後、明日装備していく武器や防具の話にはいったが、ボクは大して戦う事もないであろうミオナや部長が自分のスキルを確認しながら武器を吟味している様子を見て滑稽な思いに駆られ、重くなさそうな鎧を適当に選んで試着すると二人を残して自室へと戻っていった。
ケンの後ろについて部隊の先頭へと進みながら昨日の釈然としない思いに駆られていた。
ケンはボクが自分の少し前方で止まった事を確認すると声をかけて来た。
「さあ、行きやすぞ。」
ボクはケンの方を振り返らずに首を縦に振った。
前方に誰もいないこの場所に来たボクは誰に遠慮することもなく満面に不満を浮かべていた。