異界者庁
ボク達3人のスキルツリーの登録が終わるとミサトさんが話を始めた。
「さて、皆さんを含めた『異界の戦士』は、ここ異界者庁の意向に従って行動してもらう事になります。」
意向に従って行動する・・・日本の会社で働いている時と同じじゃないか・・・。ボクの眉間は不快さを示すべく無意識のうちにピクッと動いた。
「といっても・・・、全く自由がないというわけではありません。皆さんにはモンスターの襲来が会った時等にその力を奮っていただければよいので、その他の時間は自由に過ごしていただいて構いません。ただし、王宮の外へと外出をする時、誰かと会う時は必ずこの異界者庁で許可をとってください。」
そういえば昨日のパーティーの時、ミサトさんがボクと面会を求める貴族達にしきりに「異界者庁を通して」と言っていた。
「『異界の戦士』の能力はコチラの世界の人達の能力を優に上回ります。それゆえに他の貴族や軍人に対して優位に振舞うために皆さんを抱き込もうと画策する者が大勢おります。ただ、『異界の戦士』の力は人々を守るためにモンスターを退け、ゆくゆくは封印されし魔王と戦うための力・・・。決して人間同士の争いに使うための力ではないのです。だからこそ、コチラの世界の方々と交わる時には、くれぐれも注意をしてください。飲み屋で気さくに話しかけて来た客が、実は貴族の差し金だった・・・なんて話はザラにありますから・・・。」
「わかりました。では、直接お誘いを受けた場合は断るということでよろしいでしょうか。」
事務部長が質問する、
「その認識で大丈夫です。異界者庁を通してもらうようにお伝えいただければ。貴族の誘いを断るとは失礼なとお怒りになる方もいるやもしれませぬが、これは王や諸侯で取り決めたこと。その方がお怒りになったところで皆さんの立場が悪くなることはありません。」
なるほどー。でも、取り決めたことなのに昨日のパーティーではボクに直接面会を求める者が殺到していたけどな・・・。
ケンの話では異界の戦士第一号であるケンがこちらに来たのが三年ほど前・・・、ケンが来た時に取り決めをしたとは考えにくいから、取り決め自体はできて間もなく、まだまだ浸透していないのだろう。そもそも取り決めを作ったということは、貴族に取り込まれた「異界の戦士」が既に何人かいるということか。
「ミサトさん! 質問してもいいですか!?」
ミオナが右手を挙げた。
「ええ、松田さん、よろしくてよ。」
ミサトさんはミオナの顔を見て笑みを浮かべた。
「異界の戦士って、今、こちらに何人くらい見えられるんですか?」
「王都には10名ほどの異界の戦士が常駐しています。ただ、モンスターはパレモ王国全域に出現するので、40名ほどの異界の戦士が王都以外の町の防衛のために各地に配置されています。」
「では、10名の異界の戦士で交代で王都の警備をしているということですね。」
「いえ、警備については王都の衛兵が行いますし、皆さんが昨日戦ったジャイアントバット程度のモンスターでしたら衛兵や常備軍が対処します。常備軍でも対処が難しそうなモンスター・・・例えば大鉄が昨日召喚したワイバーンのようなモンスターが出てきたときに皆さんに対応してもらいます。もちろん、戦いの経験を積むためにジャイアントバットと戦っていただいても構いません。」
「まあ、モンスターの襲撃も毎日毎日あるわけではないんで。そんなに気負わなくても大丈夫。」
ケンの補足が入った。
ミオナは向こうの世界と同様、仕事をしたくてたまらないといった顔をしている。
ボクには理解できないが・・・。
ミサトさんはケンの方を振り返って、
「他にもケンのように新たに召喚される異界の戦士を迎えにいってもらったり、モンスターの巣窟であるダンジョンを攻略してもらったりといった事を行ってもらうこともあります。場合によっては常時王族の護衛についてもらうなどの特殊な任務についてもらうこともあります。」
特殊な任務・・・王の側近のようなミサトさんの仕事はまさに特殊な任務だ。もっとも任務という受け身の物ではなく自ら望んでその仕事をしているようだけど・・・。
そういえばさっきミサトさんは「選ばれし者」たるボクにはそれに相応しい対応を・・・とか言ってたけど、まさか自主的に何かやって欲しいとかじゃないよね?
自分で考えて行動するのには責任がともなうし、考えて行動するためには知識がなくてはならない・・・知識を得るためには書物を読んだり、話したくもない人達と話をしなくてはならない。そもそもこの世界のことなんて分からないことだらけだからゼロから知識を積み上げていかなくてはならない・・・。
それよりも、あれやれ、これやれって言われて指示通りに動いているほうが遥かに楽だ。人の指示なら文句も言えるし。
「皆さんに何かをお願いするときは異界者庁の者が皆さんのところを訪ねてきます。ですので、所在がわからないと異界者庁の者が訪ねようがありませんので、皆さんはコレをお持ちください。」
そう言うとミサトさんはターオの方に向き直った。ターオはその手に3枚のカードを持っていて、そのカードを1枚づつボクとミオナと事務部長に手渡した。
ボクが受け取ったカードにはボクの名前が書かれていて、首にかけるためだろうと思われる紐がついていた。ボクがカードを見ているとミサトさんが説明をはじめた。
「そのカードは、皆さんの位置を把握するためのカードです。ここ異界者庁にある装置で、誰のカードが王都のどこにあるのか・・・つまり皆さんがどこにいるのかを把握することができます。ただし、把握できるのは王都の中心から王都の城壁の外、百メートルくらいまでの範囲に限られますが。」
ミオナはさっそく首に紐をかけカードを吊るしていた。まるで社員証だ。
「さてと・・・、ここまでは一般の異界の戦士の話になります。」
ミサトさんはそう言うとボクの顔を見つめてきた。
「川本殿・・・。あなたは天啓の巫女が示した『選ばれし者』。よってあなたには直属の部隊をもっていただくことになります。」
直属の部隊? とボクが困惑しているとナモンが慌てた様子で、
「ミサト殿! 異界の戦士に直属の部隊をもたせるなど! それは王の御指図か!?」
ミサトさんは動揺するナモンに対し、いつもの冷静かつ柔和な口調で、
「もちろんです。ナモン司教。今まではパレモ王国の既存の部隊に異界の戦士が加わりモンスターと戦っておりましたが、来る魔王との戦いに備えて、選ばれし者たる川本殿が部隊長を務める精鋭部隊を設けることになりました。」
「兵士はどこから引き抜くのだ!? 精鋭部隊を名乗るからは王直属の親衛隊か、王国第一軍からか!?」
いつも落ち着いている司教がなぜにこんなに取り乱しているのか・・・。
ボクの待遇をめぐって二人の言い争いが始まってしまったが、ボクの知らないところで進んでいた話だ。ボクは黙って成り行きを見守ることにした。
「軍からの引き抜きはいたしません。選ばれし者の下で戦いたいという勇士を公募いたします。実際、川本殿の昨日の力比べの様子を見た貴族や軍人の方々から、自分の子息や私兵の一部を川本殿の下で使って欲しいというご要望をいくつかいただいておりまして・・・。公募となれば王国軍の兵士達からも希望者が出るやもしれませぬがそれも受け入れる方向でおります。英雄の下に集う兵士の強い結束力や高い士気は魔王との戦いを有利に導いてくれることでしょう・・・。」
ミサトさんはそこまで言うとニッコリ笑い、
「・・・と王様がおっしゃっておりました。」
と、首を傾げて言った。
「・・・ならば仕方ない・・・。」
王が言っていたとなればナモンはそれ以上何も言えない立場だ。ナモンは納得いかない顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。
「それに伴いまして、川本殿には、対モンスター、対魔王に関しての戦略の提案と異界の戦士の人事の提案を異界者庁を通じて王にできる権利を与えます。」
「異界者庁に対して提案できるではなく、王に対して提案できるたぁ、凄いことですな。」
ミサトさんの発言を受けてケンが頷いている。
確かに王に提案できるというのは凄いことなのかもしれないが、提案には責任が伴うし、ぶっちゃけて言えば提案すること自体が面倒くさい。
向こうにいたときもそうだが、提案・・・プレゼンは上手くいかなかったら準備そのものが全て無駄になるから徒労になる事の方が多いし・・・。
「あと、川本殿がゆくゆく部隊長になることを考慮し、モンスター討伐に既存の部隊で挑む際も川本殿に作戦の立案権、指揮権を与えます。」
ボクの顔に動揺が走る・・・マズイことになってるぞ・・・ボクは焦りの為か、やや早口で声を引きつらせながら言葉を発した、
「ミ、ミサトさん。作戦の立案権や指揮権はボクには重すぎます・・・。第一そんな事やったことありませんからできません!」
ミサトさんはボクの言葉を笑顔で受け止めると、いつもの口調で、
「もちろん、いきなり全てを川本殿に丸投げではありません。作戦は部隊長達と相談して立てていただければいいですし、戦いに慣れるまでは部隊長に部隊の指揮権を委ねるという形で指揮権を使っていただいても構いませんよ。」
なるほど、作戦立案や指揮を人に振るということも立案権や指揮権の正当な行使としてできるわけか・・・使い方次第ではボクにとって有用なものになりそうだ。
「ご理解していただけたようですね。」
ボクの安堵した顔を見たミサトさんが微笑みながらそう言った。
「そして最後になりますが、現在王宮の裏に建造中の『異界者の塔』。あちらを川本殿のお住まいとさせていただきます。あと数週間で完成する予定ですので、それまでは今のお部屋でお過ごしください。」
その後、ボクらは異界者庁でミサトさんと別れると、ケンとナモンの案内で王宮内の施設を見て回った。