天啓の巫女
翌朝。
ボクはミオナと事務部長、ケンの4人で朝食をとっていた。食堂は客人専用のようでボク達4人以外は誰もいない。
ケンからは顔を合わせるなり昨日の決闘の賛辞を浴びせられた。
食事中もミオナ、事務部長、ケンから昨日のボクの戦いについてのあついトークが繰り広げられた。
肝心のボクは3人の熱量に正直ちょっと引いていた。
自分が褒められる事で話題の中心になることに全く慣れていないからというのが大きい。
「おはようございます。皆様、お食事中失礼します。」
そこに司教のナモンがやってきて、ボクらに挨拶をしてきた。
「おはようございます。」
皆、食事の手を止めてナモンに挨拶を返す。ナモンはボクの顔をみて、
「川本殿。昨日の活躍、素晴らしかったですぞ。『選ばれし者』の力、あれほどとは。」
「あ、ありがとうございます・・・。」
上手く返しができない・・・素直に褒められる事を受け入れらないのだ。褒められると、その後責められたり、真に受けてるの? ってバカにされたり、面倒事を押し付けられたりしてきた事が圧倒的に多いから、褒めてくるって事は何か裏があるんじゃないかと無意識で勘ぐってしまうのだ。
「司教が来たってことは・・・天啓の巫女さんですかい?」
ケンは自分の顎を擦りナモンに視線を送りながら言うと、ナモンは笑みを浮かべて、
「ケン殿、さすがですな。天啓の巫女がお三方との面会を希望しております。」
と返した。
「天啓の巫女? 昨日ケンさん、天啓の巫女が私達がこの世界に召喚されてくるのを告げたって言ってましたよね・・・確か・・・。」
ミオナが反応する。
ボクはというと、天啓の巫女? そんな事言ってたような言ってなかったような・・・という記憶しかない。
「ええ、そうです。松田さんの言う通り。天啓の巫女さんは普段はずっと眠っておられるんですが神様の声が届くと目を覚まされて、我々にお告げをくださいやす。」
「では、私は先に巫女の間で待っておりますゆえ、どうぞゆっくりお食事を。」
そういうとナモンは食堂を後にした。
ボク達4人は食事を終えると王宮の奥にある巫女の間へと向かった。
巫女の間の入口には警護のための衛兵が数名立っている。衛兵はボク達の姿を確認すると入口の扉を開けた。
扉の奥には広間が広がっており広間の中央には扉の付いた小部屋があった。
小部屋の扉の両脇には衛兵がおり、広間にも何人かの衛兵が待機している。昨日の王の間の警護を彷彿とさせる。
天啓の巫女とはそれ程に重要な存在なんだろう。
「おお、見えられたか。」
ボク達が入ってきたの事に気付いたナモンが話しかけてきた、ナモンは続けて、
「川本殿、蒼騎殿、松田殿。これから天啓の巫女と対面することになるが、巫女のいるこちらの小部屋の扉が開いたら巫女から質問をされない限りは決して言葉を発してはならない。挨拶や相槌の声を発することもをしてはならぬ。」
「承知しました。」
と事務部長がボクらを代表して返事をする。
「では、いきましょうぞ。」
ナモンが小部屋の扉の前と進む。ボクらもナモンの後に続く。
ナモンは扉をノックすると、
「天啓の巫女・・・昨日召喚されし異界の戦士、3人をお連れいたしました。ナモンとケンも一緒でございます。」
と扉の奥にいるのであろう天啓の巫女に声をかける。
すると、
「どうぞ、お入りください。」
という女性の声が耳ではなく脳内に響いた。
「では、扉を。」
「は!」
ナモンの命令で小部屋の扉の左右を固めていた衛兵が扉を開く。扉の先には白いカーテンで奥側と仕切られている部屋、床も天井も壁も一面真っ白の部屋があった。
ボク達4人が部屋に入ると衛兵は扉を閉めた。
窓も照明もない小部屋。扉を閉めたら暗くなるだろうと思いきや部屋の明るさは外と変わらない。
ボクはちょっと不気味さを覚えていた・・・。
ナモンとケンが膝をついて座ったのでボク達もそれにならい膝をつく。
すると目の前のカーテンの真ん中に黒い人影が現れた、そして突然カーテンが左右に開き、部屋の奥からまばゆい白い光が人影の後光のように発せられた。
本来なら恐怖の現象と光景であるが不思議と恐怖は感じず、神聖な厳かさかなものに触れるような感覚だけがあった。
奥から発せられた光は一瞬で消え、目の前には緑色のロングヘア―に白いローブをまとった15、6歳くらいの女の子が立っていた・・・いや、足元をよく見るとつま先が地面の方を向いている・・・数センチだが浮いているようだった。整った顔立ちをしているがその両目は閉じられている。
ボクに恐怖は湧かない。
ボクの心は彼女を怪異ではなく神聖な存在として無意識のうちに認識しているようだ。
彼女の後ろには白で統一された天蓋のついた白いベッドがあるだけだった。
カーテンの向こうも全てが真っ白だ。
「よくぞこの世界に参られました3人の異界の戦士・・・。」
目を閉じたままの天啓の巫女の声が脳に届く。唇を動かしているが、「音声」を発しているのではなく脳に直接届く声を発しているようだ。
もし、声を発しているのなら、あの唇の動かしかた程度ではボク達のところに、これほどまでにハッキリ言葉は届かないだろう。
天啓の巫女は両手を前にかざすと、
「三つの光・・・異界の戦士の光・・・そして一際強く輝く一つの光・・・選ばれし者の光・・・。」
三つの光はミオナ、事務部長、ケンの光、そして選ばれし者の光は言うまでもなくボクの光だ。
「選ばれし者・・・その可能性の光・・・多くの者を導き魔王との戦いを勝利へと導く可能性の光・・・その光をより輝かせよ・・・。」
天啓の巫女がかざしていた両腕を下したかと思うと、突然左右に開いていたカーテンが閉まりボク達と天啓の巫女の間を完全に仕切った。カーテンが閉まった瞬間、カーテンには天啓の巫女の黒い影が映っていたがすぐに消えた。
天啓の巫女が現れたときと全く逆の動きだ。
ナモンとケンは膝をついたまま一礼した。ボク達もそれにならう。
ナモンは立ち上がると背後にあった扉を押し開けた。ケンの先導でボク達は無言で外に出た。
全員が外に出ると小部屋の扉の脇にいた衛兵が扉を閉めた。すると、ナモンが口を開いた、
「もう、話をしても大丈夫です。」
「あちらが・・・天啓の巫女・・・ですか・・・不思議な方ですね・・・。」
ミオナは言葉を選びながら口にしているようだった。天啓の巫女はこの国では敬られる存在だろうから、「怖いですね」という負のコメントや「浮いてましたよね」のような好奇心丸出しのコメントは避けたのだろう。
「失礼やもしれませぬが・・・天啓の巫女様は人間なのですか?」
事務部長がナモンに切り出す。
「何とも言えませぬ。元々は間違いなく人間なのですが・・・。」
ナモンは天啓の巫女について語ってくれた。
何10年に1度、天啓の巫女は現れる。今の天啓の巫女は、数年前に前の天啓の巫女がその居場所をお告げによって指し示し保護された。
今の天啓の巫女は王都の遥か西の町で生まれたごく普通の少女であった。
だが、十五歳の誕生日を迎えると突然、人としての感情を失い、相手の脳に直接伝える声で一方的に語りかけだした。
家族が少女に話しかけてもその質問には全く答えてくれない。
瞳は常に閉じられ、彼女の体に触れようとして、彼女の体の近くに手を近づけると、触れようとした者のが手が硬直してしまい触れることができない。
「我は天啓の巫女。白き祠に我をお祀りください・・・。」
周囲の人々の脳に訴えかけられる謎の言葉。
と、そこに王都よりナモンに率いられた一行が現れた。
ナモンは家族に事情を説明すると、前の天啓の巫女のお告げの通り、白い幌を持つ白一色で塗った馬車を天啓の巫女のいる家の前へとつけた。
馬車を見た天啓の巫女となった少女は、地面から少し浮き上がると、そのまま吸い込まれるように空中を浮遊して馬車へと向かった。
何も言わず十五年一緒に暮らした家族を振り返ることもなく・・・。
天啓の巫女が幌の後部の近づくと幌の入口が誰もいないのに突然音もなく開いた。そして、巫女が幌の中に入ると音もなく閉まる・・・。
その場にいた者は皆「奇跡」を目にしたという恭しい気持ちを抱いた。中には涙を流す者さえいた。
王都に戻ってきたナモン達は幌馬車から馬を離し車輪を外すと、神輿のようにして幌馬車を担ぎ、天啓の巫女がいる小部屋の前まで運んだ。中に人がいる重さは感じなかったという。
天啓の巫女がいる小部屋に到着すると、中にいる天啓の巫女にナモンがお告げにあった新たな天啓の巫女を連れて来た事を伝えた。
部屋の中にいる天啓の巫女は、
「小部屋の扉をあけよ。そして新たな天啓の巫女を残し、主らは巫女の間の外へ出よ。」
とナモンに伝えた。これが前の天啓の巫女の最期の言葉であった。
ナモン達は天啓の巫女の言葉通りに小部屋の扉を開けると衛兵一人残らず巫女の間に通じる廊下と下がり、巫女の間の扉を閉めた。
しばらくすると扉の隙間から猛烈な光が漏れて来た。
やがて漏れて来た光が収まるとナモン達の脳裏に言葉が響いた、
「我は新たなる天啓の巫女。どうぞ扉をあけてください。そして前の天啓の巫女同様、我をお祀りください・・・。」
新たな天啓の巫女の声だ。前の天啓の巫女はどうなってしまったのだろう? という疑問はあるが、それを天啓の巫女に尋ねることはできない。
こうして新たな天啓の巫女が誕生した。巫女は神の声が聞こえた時に近くにいる者に、お告げを聞くべき者を呼ぶように訴える。多くの場合、自分を迎えに来たからだろうか、ナモンを指名するそうだ。
天啓の巫女は食事を取らず着替えもせず、奥にあるベッドで眠っているという。
実際に眠っているところを見た者はいないので言い伝えの話ではある・・・もしかしたら過去には眠っているところを見た者がいるのかもしれないが・・・。
天啓の巫女の話をナモンから聞きながらボク達は異界者庁へと向かっていた。