ミオナの想い
「ふーーーー。疲れたぁ・・・。」
パーティー会場を後にしたボクは自室へと戻ると、ジャケットやズボンを無造作に脱ぎ捨て下着姿になるとベッドにダイブした。
着替えの後、パーティー会場に戻るとボクは即座に周りを貴族や軍人に囲まれ、彼らからの自己紹介に始まり、大鉄との戦いの感想や質問攻めにあっていた。
もとより人と話すのが苦手なボクはドギマギして上手く返しができずにいたが、いつの間にかボクの後ろに控えていてくれていたミサトさんが答えにくい質問には代わりに対応してくれた。
貴族達の中にはボクに息子の武術指南をお願いしたいとか、自分の領地の名産品を是非味わってもらいたいから明日の何時にボクと面会したいという提案をしてくる人がいたが、それらの提案に対しミサトさんは王宮の異界者庁を通すようにの一点張りではねのけていた。
ミサトさんは貴族達が何も知らないボクに接近し、抱き込もうとするのを阻止していたのだろう。
一方で、ボクの目には遠くで事務部長やケンと食事を楽しんでいるミオナの姿が映っていた。ミオナ達にも話しかけてくる貴族や軍人がいないわけではないが、その数は少なくケンが主になって話しているようだった。
今日のパーティーは自由に散会するスタイルだ。パーティー終盤に差し掛かると会場を後にする人達がでてきたが、ボクの周りには相変わらず多くの人が殺到していた。
ボクはミオナと事務部長とケンがボクの顔を遠くから覗き込むようにして見ているのに気付いた。
ボクがミオナらの視線に目を向けると彼女達は会場の外を指さし、その手を顔の前に持ってきて「ゴメンね」のポーズを取ると会場の外へと向かって歩き出した。どうやら先に戻るねってことのようだ。
結局、最後はミサトさんが、今日はそろそろお開きという事でと声をかけ、ボクの囲みを強制的に解いてくれて終了となった。
自室までの道中も異界者庁を通じずにボクと約束を取り付けようとする者が待ち構えているといけないので、ミサトさんの指示でボーイ達が数名、衛兵のようにボクの周りにつき、部屋まで案内してくれた。
自室のベッドに横たわり天井を眺めながらボクは今日のことを振り返っていた。
今のボクは昨日までのボクではない。
この世界に来て「選ばれし者」として秘められた力を一気に解放した。だが、まだまだ実感が湧かない。実は夢を見ているだけなのかもしれないという気すらする。
夢・・・だとしたら夢が覚めないうちにやっておくことがある。それはミオナにちゃんとボクの想いを伝える事だ。
ミオナがボクに好意を抱いていることは「鈍い」ボクでも十分理解している。
けれども、ミオナはハッキリとした性格ではあるけども、ボクに「好き」って言葉で伝えてきたことは無い。
ネットでボクと似たような境遇の人の情報を調べてみると、どうやら、女性には、女性の性格問わず、まず男性から「好き」って気持ちを伝えてもらいたいとう心理があるようだ。
ボクはそこまで調べていたのにも関わらず、自分に自信に持てず、かつ女性に奥手だったことと、ミオナがグイグイ来るので、いつも受け身になってしまっていて、ボクからミオナに「好き」っていう気持ちを言葉で伝えられずにいた。
まあ、ミオナうんぬんの前に、そもそもボクの生涯において「告白する」という行為をしたことは無い・・・。
だが、今日の午前中、表面的にしか人の能力を測れない事務部長の無慈悲な戦力外通知を受けていた惨めなボクはもうここにはいないのだ。
ミオナも見ていただろう。圧倒的なパワーでモンスターをブチのめし、大鉄とかいうオラオラ系の悪党をコテンパンに蹴散らし、王を初めとする、この国の重鎮達から大喝采を浴び続けていたボクを。
そんなボクをミオナが受け入れないハズがない。
そんなことを考えていると、ボクの中にボクが動けば全てボクの思い通りになる万能感に生まれて初めて湧いてきた。
願うもの全てを手に入れたい・・・今までは夢想するだけだったことを現実にできる力がボクにはある。
ボクはムクッと立ち上がりズボンと上着を着ると部屋を出た。
「ふーーーーー。」
ボクは自室の隣にあるミオナの部屋の扉の前で深呼吸をした。
未だかつてない自信に満ち溢れていたが、今まで新たな挑戦をことごとく回避してきたボクにとって、やった事がない「告白」という行為に臨むのは容易なことではない。
深呼吸の後、両手で頬を二、三回叩いてみる。そして、再び深呼吸をしたその時、
ギイイイイイイイイイ・・・。
ミオナの部屋の扉が開いた! そして部屋の中からミオナがちょこんと顔を出す。
「ノリヒロ・・・さん・・・?」
なぜボクが扉の前にいるのかと不思議がった表情でボクを見つめるミオナ。どうやら、ボクが頬を叩いた音が聞こえて出てきてしまったようだ。
ボクは取り繕うように、
「あ、ゴメン、ミ、ミオナにボクを応援してくれたお礼をしたくて・・・。」
と言い訳してみた。ミオナがボクの応援をしてくれていたのは間違いのない事実。
ボクの返答を聞いたミオナは、いつものハイテンションではなく、ちょっとしんみりした表情と声でうつむきながら、
「私・・・本当はノリヒロさんに真っ先に、おめでとうと声をかけたかったんだけど、上流階級の人々に囲まれているノリヒロさんに声をかけられなかった・・・。私、パーティーの最中、ノリヒロさんを遠目でみていたんだけど、ノリヒロさんが人気者になって嬉しいっていう気持ちと・・・、何だかノリヒロさんが遠くにいってしまったようで寂しいっていう気持ちがあって・・・、こんな事言っちゃいけないとは思うんだけど・・・。」
こんなにモジモジと話をするミオナ・・・初めて見た・・・。
「ミオナ・・・。」
ボクの呟きを聞くとミオナは俯いていた顔を上げ、ボクの顔を見つめて来た。先ほどまでは俯いていたからわからなかったが、ミオナの双眸には涙がいつこぼれてもおかしくないくらい湛えられている。
「ノリヒロさん!! 私、今日、ハッキリ分かりました!! 私! ノリヒロさんの事が好きです!! 大好きです!!」
まさかのミオナからの告白。
告白するのも初めてだが、されるのも初めてのボク。
ドギマギしてしまいそうになるが、ここはミオナの想いをしっかりと受け止めなくては!
「ごめん!」
「え!?」
ボクの「ごめん」の一言に驚きと戸惑い、悲しみが入り混じった表情を浮かべるミオナ。が、ボクは間髪入れず、
「君に言わせちゃって、ごめん! 男のボクから言うべきだったのに。ミオナ!! ボクも君が好きだ!!」
「う・・・ぅ。」
ボクの告白に、ミオナは右手で口元を抑える。大きな瞳に蓄えられた涙は、恐らく本人の意思とは関係なく堰を切ったかのように流れ落ちている。
「ノ、ノリヒロさぁぁぁぁぁん!」
感極まったミオナはボクの胸へと勢いよく飛び込んできた。
「おおっと!」
突然の事にボクは体制を崩しそうになるが「せいどうの鎧」のスキルで体幹を強化し、ミオナをしっかりと受け止めると、ボクの胸に顔をうずめたミオナの背中に左手を添え、右手で後頭部を優しくなでた。ミオナの両腕はボクの体をホールドしている。
髪から発せられたのだろうか、ミオナの香りはボクの鼻腔に心地よい刺激をもたらし、初めて感じる女性の体の柔らかさと熱にボクの全身の触覚は高ぶっていた。
ミオナのボクをホールドしている両腕に力が入ると、ミオナはボクの胸にうずめていた顔を上げて、
「ノリヒロ・・・さん・・・。」
と呟くと。目をつぶった。
(こ、これは・・・キスってこと・・・!?)
ミオナは抑えられない感情の赴くまま動いているのだろうが、奥手のボクには非常に助かる展開だ・・・。ミオナがリードしてくれなければ、今日は告白で終了で、キスは当分先になっていただろう。
「ミ、ミオナ・・・。」
ボクも瞳を閉じるとミオナの唇に向かってゆっくりと顔を下した・・・。
「ふうううううううううう。」
ボクは大きく息を吐いた。
「はあああああ。」
深呼吸をして、呼吸を整える。
ボクはミオナの部屋の扉の前に一人佇んでいた。
頬を叩いてみたらミオナがそれに気付いて出てきて、ボクの顔をみたミオナがリードしてくれる展開を期待して夢想してみたが、夢想は夢想のまま。ミオナは部屋から出てくる気配はない。
扉も壁もしっかりした造りだから頬を叩く音なんて、まず聞こえないだろう・・・分かっていたはずだ。
このフロアをワザと大きな音を立てて歩いてみるとか、自分の部屋のドアを乱暴に開け閉めしてみるとかも考えたが、それもなんか違う・・・。
さっきまであった万能感はどこへ行ってしまったのか・・・。今日の午前中までのボクに逆戻りだ・・・。
そんなことをゴチャゴチャ考えていると・・・、
ギイイイイイ・・・。
「!!」
部屋の扉が開いた!
「おお! 川本君じゃないか!! お疲れ様!! 今日は凄かったねぇ!」
開いたのはミオナの部屋の隣の事務部長の部屋の扉・・・。事務部長はボクの顔を見るなり労いと称賛の言葉をかけてきた。
「あ、部長、お疲れ様です・・・。」
ボクはミオナの部屋の前で何やってるんだ? と事務部長に詰められるのを恐れてドギマギした反応をする。
だが、部長はそんな事は一切気にしていないようで、
「いやー、川本君の力は本当に凄いね! ケンさんも松田さんも川本君の戦いぶりに大興奮だったよ!」
「え・・・ミオ、松田さんもですか・・・!?」
「ああ、松田さんは終始興奮しっぱなしだったよ。川本君が大鉄を倒して宮殿内に入ってきた時も、川本君にお祝いの言葉を伝えたいって飛び出していこうとしたからケンさんと私で必死に抑えてたよ。無官の我々が貴族の方々を押しのけて前にでていくわけにはいかないからね。」
「あ、そうだったんですかぁ・・・。」
ミオナのボクへの想いに胸を熱くするボク。
「会食中も貴族の方々が川本君を囲み続けてたから、松田さん、川本君と話ができないって残念がってたよ。部屋に戻ってくる時も川本君のことばっかり言ってたし。」
事務部長の口から出るミオナのボク推し行為の数々。これはいけるんじゃないか・・・。ボクは体の中ら高揚感が湧いてくるのを感じていた。
「川本君、眠れそうかい? 私は今日色んな事がありすぎて寝れそうにないから夜風でも浴びに行こうと出て来たんだけど、一緒に行くかい?」
「え、あ、ボクは疲れてるんでぇ、大丈夫です・・・。」
「ああ、そうだよね。それじゃ、おやすみ・・・また明日。」
「おやすみなさい・・・。」
ボクはそう言うと自分の部屋に入り扉を閉めると、扉に耳をピッタリつけ事務部長の足音をに耳を立てる。
事務部長の足音が聞こえなくなり、一分ほど経った後、ボクは音をたてないようにそっと自室の扉を開けて、事務部長が見えなくなっているのを確認すると外に出て、そっと扉を閉めた。
事務部長が戻ってくる前にミオナの部屋に入らなくては・・・。ミオナがボクを待っている! そんな沸き立つ衝動を抑えつつ静かにミオナの部屋の扉の前に移動し、扉をノックする。
・・・応答はない、もう一度ノックするが応答はない。
(これは・・・行くしかない!)
ミオナが起きていれば話をすればいい・・・熟睡していればミオナに気付かれずにその寝顔を拝めるではないか。
ボクはミオナの部屋の扉を音を立てないように開いた。部屋の中は暗闇に包まれている。
ボクは素早く部屋の中に入ると、ゆっくりドアを閉めた。
ミオナは動かない。
熟睡しているのか。事務部長は色々な事があって眠れないと言っていたのに、既に熟睡しているミオナの図太さよ。
(ミ、ミオナ・・・)
ボクは暗闇に自分の目が慣れたのを確認するとミオナが横たわるベッドへと近づいていった。