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辞めろってことですかぁ?

「え? それって辞めろってことですかぁ・・・?」


 ここは某大都市のタクシー会社。ボクは事務部長から会議室に呼ばれていた。


「川本君、誤解しないでくれ。辞めろって言っているわけじゃないよ。来月期から運行管理部の仕事ではなく運転業務をやって欲しいって言っているんだよ。」


 事務部長はまるでボクの言葉を予測していたかのように淡々と言い返してきた。


「えぇー、でも、ボクは運転する人間じゃなくて管理する人間として雇われたんですけど・・・。」


 ボクはハローワークでこの会社の「運行管理者(幹部候補)」の求人票を見て応募し採用されたのだ。

 入社時にタクシーの運転に必要な二種免許を会社の費用で取得させてもらい「経験として」タクシー乗務を数日したが基本的にはタクシーの電話受けや配車業務、運行管理業務を行うのが仕事なのだ。


「それはわかってるよ。ただ、10年の節目にあたって現場経験を積んでもらって、もっと高いポジションに進んでもらいたいと思っているんだよ。」


 もっと高いポジション・・・。


 イラネーヨ。


 確かに、給料は今の倍くらいになるかもしれないが、責任は重くなり、今まで上司や同僚にふっていた面倒な仕事を自分がこなさないといけなくなってしまう。


「いや、ボク、特にそういうポジションいらないんで・・・。」


「いらないの? ていうか山本君10年目だよね? 入社した頃からずっとかわらないポジションだけど、いいの?」


 あー、ウザい。これだから就職氷河期世代は・・・。


 ボクは「正社員」として雇ってくれてマイペースで働けるからこの会社にいるのだ。

 あなた方が仕事に対してどう向き合っているかは知らないがボクは「仕事」は時間を切り売りするものとして割り切っている。決められた時間決められた場所にいて最低限の仕事をしていればいいだろう。ボクが高い給料を求めたりした?


「今のままじゃダメなんですか・・・? ちゃんと与えられた仕事してますよね。」


「うーん。」


 事務部長はしばらく考え込み、


「あんまりいいたくなかったけど・・・。」


 事務部長はそう前置きすると、キツめのトーンで、


「山本君。運行管理者試験。いつ合格するんだい?」


 うっ!


 痛いところをついてきた。

 タクシー会社には「運行管理者」という国家資格をもった管理者が数人在籍していないといけないのだが、ボクは試験に合格していないので、この資格をもっていない。

運行管理者試験は年に二回試験日があり、三回目までは会社負担で試験代と交通費を出してくれたが、それ以降は自腹だと言うので五回目の試験を最後に受けにいっていない。


「しかも、運行管理部長にきいたら、五回の講習コースも頑なに拒否しているそうじゃないか。」


 運行管理者の資格は講習の受講を五回と五年間の実務経験があれば試験に合格せずとも取得できる。


「え、いや、ボクは試験でとりたいんで・・・。」


 仕事は最低限をモットーにしているボクにもプライドはある。曲がりなりにも大学卒なのだ。取得するのであれば試験でとりたい。


「で、直近で試験を受けに行ったのは?」


「ご、五年前•••ですかね•••。」


「随分前から受けてないけどどういうこと?」


「受けろって言われてないんで•••。」


「ふぅーーーー。」


 事務部長のため息が聞こえた。


 苦しい言い訳をしているのは分かっていた。

 試験勉強するのが面倒くさいというのがあるが、資格をとったら資格者としての「責任」がついてくる。

 そんなものはゴメンだ。


 ちなみに「試験難しいんですよ! 取ってみて下さいよ!」といいたいところだが事務部長は運行管理部でないくせに試験に一発合格しているので、ボクは何も言えない。


「そうこうしているうちに、後から入ってきた管理者候補達はどんどん資格とってるじゃないか。」


 そうなのだ。後輩達にも資格には責任が伴うよって事あるごとに伝えているのだが、次々と試験で合格して取得しているのだ。


 おかげて資格無保持者はボクだけになっている。


「で、でも資格がないだけで他の仕事はちゃんと(最低限)やってるじゃないですか•••。」


 ボクは食い下がる。


 運転手にはなりたくない・・・。

 タクシーの運転手は歩合給だ。リーマンショック以降、「稼げなくなった」と言われるが、この会社は大都市にあるため年収五百万超えの運転手はゴロゴロいる。

 管理職よりも運転手をしていた方が収入も気持ちも楽でイイという人も大勢いるが(タクシーの運転手になるようなのはそんな人種が多い)、ボクは運転が「超」がつくほど苦手なのだ。また、運行管理室のモニターの片隅でコッソリWebページを開いて小説サイトをみて時間を潰すなんてこともできなくなる。

 たとえ歩合給でなくて固定給だとしても、運転手になるというのはボクにとってはクビ以上にキツい事なのだ。


 ボクの言葉を受け事務部長は、


「ちゃんとぉ?」


 と言って一息つくと、形相を変えて


「やってるぅー!?」


 と先程からのキツいトーンから、さらにキツいトーンの言葉を発した。

え? この人こんな話し方するの? ボクは固まってしまった。


 それから約二十分。


 ボクは事務部長から散々叱責を受けた。


 内容は同僚からのクレーム、他部署からのクレーム、運転手からのクレーム、はたまた客からのクレーム。


 事務部長は叱責を終えると


「運行管理部長から今日した話聞いてなかった?」


 と聞いてきた。


「す、少しは・・・聞いてました。」


 ボクは震えながら答えた。事務部長に言われたような事で何度か運行管理部長から注意を受けたことはあったが、かなりマイルドな形にしてボクに伝えていたようだった。


「運行管理部長は優しいというか甘いからな。」


 そうか、自分の上司である運行管理部長でなく事務部長が勤務変更を伝えてきたのは、運行管理部長では、ちゃんとボクに伝えられないと判断したのか。


 ボクは皆から好かれる必要はない、仕事は仕事と割り切って振る舞っていたが、まさか、こんなに嫌われているとは思わずショックを受けた。


「ということで、来月からは乗務で。期を見てまた管理の仕事に戻すから。」


 そんな言葉信用できるものか。だが、憔悴しきっていたボクは反論もできず、


「え、はいぃぃ。」


 と語尾を掠れさせながら返事をするのが精一杯だった。


 事務部長が会議室の扉を開ける。会議室は事務室の奥にあるので、必然的に事務室を抜けて出ていくことになる。


 事務室の一角のデスクにはボクに密かに好意を寄せているミオナが座っていた。ボクは俯いていた顔を少し上げてミオナに目をやると、ミオナはボクの視線に気づいたようで満面の笑みをうかべてきた。

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