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向上主任は作らない

 私の家はいわゆる母子家庭だ。

 お父さんの顔は、もうほとんど覚えてない。あんまり会ったことないから。私が物心つく頃には、浮気相手の家に入り浸って、慰謝料がどうとか親権がどうとかの話まで盛り上がっていた。


「希空。あんたはブスだし器量もよくないから、調子にのっちゃだめよ」


 お母さんは繰り返し私にそう言い聞かせた。

 私がスカートを履くたび。男の子の話をするたび。化粧に興味を持つたび。

 私にそんなものは必要ない、と言ってきた。


 二次元はいいよね。皆、見た目じゃなくて中身を見てくれる。

 もしこの世界が二次元みたいに優しかったら、お母さんが綺麗なお姉さんからブスって罵られることもなかったし、私ももう少し素直に、笑って……。


「……ん……」

「あ、美澄。起きた?」


 目を覚ますと、なんでか外にいて、私は主任の背中に体を預けていた。……あれ?


「飲み会は……」

「もう皆で二次会行ったよ」

「……なんで私おんぶされてるんれすか」

「せっ、セクハラじゃないです! 歩けそうじゃなかったので送っていくだけで!」

「分かってますよぉ……」


 何を気にしてんだよ。


「主任はぁ……二次会行かなくていいんれすか?」

「え、やだ〜。二次会って大体おっさんが仕事論語る会なんだもん」

「もんじゃないれすよぉ……」


 私って絶対重いのに、主任は表情も声色も変えないでとぼとぼと線路沿いを歩く。

 氷の向上、なんて噂が嘘みたいな温かい背中に揺られるのが気持ちよくて、やけに安心する。


「江間さんと、二次会行ったらよかったじゃないれすかぁ……」


 安心しすぎて、思ったことがそのまま口から滑り落ちた。


「江間と? なんで?」

「仲良さそーにしてたから……」

「あー、大学の同級生だし、同期だし。江間っていわゆるアレなんだよ、オタクに優しいギャルみたいな。誰にでもあんな感じ」

「ええ……絶対主任狙いですって、あれ……」


 なんでこの人こんな鈍感なんだ。ラノベ主人公か? ラノベ主人公でもあの近さはちょっとは言及するだろ。


「江間さんと、飲みに行くんれすか……」

「ええ? あーなんか言ってたけど……社交辞令的なやつだろ。江間、大学の頃から皆にあんな感じだし」

「行けばいいのに……お似合いれすよ、主任と江間さん……」

「……え、なんかさっきからずっと江間の話するけどどしたん?」


 確かに、どうしたんだろう。

 江間さんと主任が並んでて、お似合いだなって思うたびに心がもやもやする。

 これって。


「……私が、向上主任と一番仲良いのに……」

「っへ」


 主任の声が裏返った。


「だからぁ、私と主任が一番仲良いんれすよぉ! 別に恋人作ってもいいれすけどぉ、またイベント一緒に行きたいし、レイドバトルも一緒したいのに、彼女いたら誘いづらいじゃないれすかぁ!」

「えっ、あの、彼女出来る予定ないから別に全然構わないんですけど、え、何? 美澄って俺と仲良しって自覚あったの……?」

「ありますよぉ、売り子までさせといて」


 肩に額を埋めると、主任の首がやけに熱いのに気付いた。酔っ払ってるんだろうか。珍しく、耳まで赤い。


「……しばらく彼女作らないでくらさい……さみしい……」

「……美澄さん今すごいこと仰ってる自覚ある!?」

「はぁ? 何れすかすごいことって。ばか、28歳児、童貞」

「急に心をえぐろうとするな!!」


 全部事実だろうが。

 ああ、でも調子のったこと言っちゃったな。私なんかブスなのに、調子のっちゃった。


「……美澄がそう言うなら、しばらく作んないよ」


 でも、主任はなぜか受け入れてくれた。


「っていうか出来ないけど! キモオタだしな! あはは!」

「はぁ〜? 本気出せばいつでも作れるれしょ、命賭けますか?」

「小学生なみに命賭けるじゃん」


 なんか、主任の歩くスピードがゆっくりな気がする。重いのかな。もう私も歩けそうだし、そろそろ降りてもいいけど、まだ調子にのらせてもらおうかな。


 いいよ、今日は酔っ払いだから。



「えっ、江間ちゃんも二次会来ないの!?」

「うん、さっきの……美澄さん? 潰れてて心配だし、向上くん達追いかけるよ! じゃ、皆は二次会楽しんでね!」


 惜しむ皆の声を振り切って、向上くんと美澄さんとかいう子が向かったという社員寮の方へ小走りで向かった。


「……いないし、歩くの速すぎでしょ……」


 今日の向上くんはなんか変だった。


 あたしが話しかけても塩対応。それはまあいつも通りなんだけど、変なのは何度かちらちらと視線を逸らしていたこと。

 最初は向上くんにもついに照れが出てきたのかと思ったけど、どうやらそうじゃない。向上くんの視線の先にはいつも、あの美澄とかいう子が座ってた。


「……向上くん、あの隅っこに座ってる子が気になるの?」


 そうこっそり聞いてみると、向上くんはきょとんとした後に、小さく笑った。


「同じ部署の後輩で、ほっとけないだけ」


 大学から一緒なのに、何度も飲み会で隣に座ったのに、あたしはこの時初めて向上くんのそんな顔を見た。


 正直、思ったのはね。


 なんであのブスなわけ?


 あたしより可愛い子とかなら分かるよ? でもあの子ブスだし、チビだし、デブじゃん! 何も頑張ってなさそうなだらっしない体型、化粧もろくにしてない顔、愛嬌ない下がった口角! どこ見てもあたしより優先する要素なくない!?

 向上くんもしかしてブス専なのかと思ったけど、大学の頃ブスから言い寄られても断ってるの見たしその線は薄そう。

 そもそも、向上くんがあんまり見た目で女選ぶタイプじゃないって、あたしが一番分かってるし。


 ……え? じゃあ何?

 あたしがあのブスより中身で劣ってるってわけ?


 そう考えると腹が立って、もう絶対この飲み会では向上くんを独占しておこうと思った。二次会まで連れ出して、絶対今日は帰さない。明日土曜日だし余裕でしょ。

 そう思ってたのに、あの子送るのに先帰っちゃうし、マジで何なわけ!?


「あっ」


 社員寮へ向かう線路沿いの道を進んでいると、あのデブを背負う向上くんの後ろ姿を見つけた。


「向上くんっ!」


 声をかけると、向上くんが振り向いた。なんか顔が赤い。飲ませすぎちゃったからかな。


「江間……なんで」

「ふふ、ごめん。やっぱ心配でついてきちゃった。荷物持とうか?」

「あ……いや、大丈夫」

「遠慮しなくていいよぉ。美澄さん、大丈夫?」

「今は寝てる」

「ふふ、子供みたい」


 くすくす笑うと、向上くんが目を丸くした。


「どうしたの?」

「……いや、合点がいった、というか……うん、そうだな。子供みたいで、だから……可愛いんだ」


 ……は?

 可愛いって、これが? あなたのスーツに涎垂らしてる、デブでブスで20代前半ってだけが取り柄の、こいつが?

 そう思ってることはおくびにも出さず、あくまで笑顔を保った。


 今ならまだ、取り返せる。


「向上くん、年下から懐かれにくいもんね? ふふ、妹出来たばっかりのお兄ちゃんみたい」

「……なんでか知らないけど怖いらしいから、俺」

「もっとニコニコしてたら怖くないよ♡ あたしみたいに、な〜んて」


 ふざけてそう言ってみせると、向上くんは本当に何でもないことのように。


「江間が後輩から慕われるのは、江間が仕事出来て親切だからだろ。ニコニコしてるからだけじゃない」


 そう言った。


 ……ほんと、こういうところ。こういうところがさあ……。


「向上くん、今度の同期会は来てよね? いっぱい話したいことあるから♡」

「……時間あったら……」


 絶対、あたし以外に渡してやらない。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


向上優鷹:向上心の向上に優しい鷹と書いて向上優鷹ですと説明する。

美澄希空:美しいにさんずいに登るで美澄、希望の希に空で希空ですと説明する。

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