向上主任は力持ち
タカミネ商事営業部の新人歓迎会は2回ある。
1回目は4月の中旬、部署内でやる飲み会。そして、2回目は。
「では、営業部とマーケティング部に入った新入社員の方々の今後の活躍を願って! かんぱーい!」
「かんぱーい!」
5月に行われる、営業部とマーケティング部合同の飲み会だ。
居酒屋の座敷の隅っこでグラスを掲げて乾杯をした後、ちび、と生ビールを飲む。
飲み会も接待もたくさんあったしお酒はある程度飲めるようになったけど、未だに好きにはなれないな……。
「いやあ〜、総務の華の江間さんがまさかマーケに異動してきてくれるなんてねえ!」
「ふふ、華なんて、そんなことないですよぉ」
囁くような声量なのにしっかりと響く甘い声。なんだこの声優やったら売れてそうな声、と顔を上げると、少し離れた席に美女が座っていた。
あの美女には見覚えがある。
総務……いや、元総務で今年からマーケティング部に配属になった、江間あずささんだ。
「元からマーケティング部志望だったんです。配属されて、本当に嬉しい♡」
常に柔らかい微笑みを浮かべたほわほわした雰囲気とは裏腹に、業務の速さは部署内でもトップ。彼女がいると部署全体の残業時間が減ると噂されるほどの才媛。しかしそれを鼻にかけない、優しくて穏和な性格……。
ついたあだ名は「天使の江間」。
そんな誰にでも愛されそうな彼女だが、我が営業部の女性社員は彼女をあまりよく思っていない人が多い。
だって、江間さんは。
「向上くんと飲む機会も今後増えると思うから、よろしくね♡」
「……ああ」
向上主任の同期で、めちゃくちゃ親しげに話しかけるから。
「何あれ? 仲良しですアピール? うざっ……」
「よく見るとあんま可愛くないじゃんね? 化粧濃くない?」
「さっきから言い寄ってるけど全然相手にされてないよ、ザマァ」
耳をすませば、お姉様方の不穏なひそひそ話が聞こえてくる。
江間さんは一部の冷ややかな目など気にせずに、向上主任の隣を陣取って無邪気に微笑んでいる。
こうして遠くから見るとあの二人って本当にお似合いだな。
「向上くんはずっと営業だもんね? 分からないことあったら聞いてもいい?」
「俺はマーケのことは分からないから、マーケの人に聞いた方がいいと思う」
「もう、今のって向上くんと話したいって口実だよ♡ 察して、ね?」
江間さんは結構主任のこと気に入ってるみたいだし、あのまま付き合ったりするのかな。
「……何を話すんだよ。俺と、江間で」
いやダメだわ。陰が隠しきれてない。
主任の本性を知る前はまたバッサリ切られてるとしか思えなかった光景は、今や「陽キャに怯える陰キャ」としか思えない。
たまにちらっと私を見てくるのが助けを求めてるようで哀れである。私にあんたを助けられるわけがないだろうが。
「色々話すことあるよぉ! 大学の頃の話とか!」
「え、江間さんって向上さんと大学一緒なんスか?」
「うん、同じサークルだったよね? ね、向上くん」
「そういえばそうか」
「そういえばって何よ〜!」
あんな美女と同じサークルにいたことを「そういえば」で済ませるのヤバいな。あの人に彼女出来ないの、そもそも人間に興味ないからでは。
そんなことを思いながらちびちびビールを飲んでいると、「向上が気になんの?」と声をかけられた。
「へっ」
「さっきから向上の方ばっか気にして飲んでるからさ〜。営業の子だよね? オレのこと知ってる?」
そう言いながら隣に座ってきた男の人は、茶髪のマッシュヘアに変な柄のネクタイをしていて、手にはとっくりを持っている。だいぶ飲んでるのか、すでに頬はピンク色に染まっていた。
「あ……ええと……」
「いいっていいって! 他の部署の奴とか絡まないと覚えらんないよな。オレは佐倉圭介。向上と江間ちゃんの同期」
「み、美澄希空です。営業部の2年目です」
「カタいな〜、美澄ちゃん! さっきから酒減ってないし、そんなんで営業やってけてんの?」
「そっ、れは……」
正直に言うと、微妙である。
そもそもなんで営業部に配属されたのか意味がわからんくらい、愛想笑いとか営業トークとかが苦手なのだ。無理してやってるのはやっぱり相手からも見抜かれるようで、同期の中では私が一番契約成功率が低い。
「……まあ、なんとか……」
「やれてない時の返事じゃんそれ〜!」
「ですよね……」
「美澄ちゃん、笑顔ヘタそうだし、きゃぴきゃぴ愛想ふりまけるタイプじゃないっぽいしね〜!」
「そっすね……」
背中がどんどん丸まっていく。
あ、なんか数分話しただけだけど、私この人苦手だ……。
「まあ大丈夫だよ! 酒強かったらやってけるって営業は! ほら飲みな飲みな!」
「えっ!? あの、私そんなお酒強く……」
「肝臓は鍛える臓器だよ! ほら、営業成績トップの先輩見てみ?」
佐倉さんが向上主任の方に目を向ける。
アホみたいにでかいジョッキに入ったハイボールを飲み干して、顔色ひとつ変えずに座っていた。なんなんだあの人マジで。
でもそれより気になったのは。
「向上くんやっぱり強いね〜♡」
「江間も相当と思うけど……」
「そんなことないよぉ、次何飲む? あたし日本酒いっちゃおっかな〜」
江間さんが同じようなでかさのハイボールを飲み干して、ほろ酔い程度でとどまっていること。
だんだん何人か潰れてきているというのに、あそこの二人強すぎる。
酒が好きじゃない私には目指せない。それは分かってる。分かってるんだけど。
「あたし結構飲んじゃうから、向上くんしかついて来れないんだよね〜。これからはたくさん飲みに行こうね♡」
なんかよく分からないけど、もやもやする。
「佐倉さん……あの、飲みます」
「よーし、じゃあ日本酒いっちゃおう!」
♢
お酒って、たいしてどれも美味しくない。
飲めば飲むほど頭がふわふわして、体がだるくなってくる。壁にもたれかかってると、佐倉さんが「ほら次の」とまたお酒を差し出してきた。
正直もう飲みたくない、けど受け取ってちびちび飲み始める。
主任と江間さんの方に目を向けるとまだ二人で楽しそうに話してた。主任はもう私の方を見なくなった。
お酒が入って、さすがに少しは緊張が和らいだんだろう。主任が少し笑ってるのが見えて、うわっと思った。
ちゃんと擬態しろよ。氷の向上なんだろあんた。オタバレするぞ馬鹿。
「美澄ちゃん、向上のこと気になってんの?」
「きっ、気になってまへんよあんな人ぉ!」
佐倉さんが「そっかそっか」とにやついてる。うん、やっぱこの人苦手だ。
「オレ見ちゃったんだけどさ〜、たまに二人で仲良さげに話してんじゃん? 付き合ってんの?」
「違います、主任はわらひなんか相手にしないれす」
「そんなことないと思うよ〜、美澄ちゃんおっぱい大きいし♡」
「セクハラれすよ」
「……すみません」
おっぱいが大きいんじゃなくて、全体的に太ましいんだよ私は。
だから主任も私のことは女として見てないと思う。江間さんみたいに可愛く「飲み行こう」とか言えないし。
『あんたはブスだし器量もよくないから、調子にのっちゃだめよ』
なぜか子供の頃お母さんに言われたことを思い出す。
そうだよね、調子のっちゃだめだ。でもムカつくんだよ。
私が、私だけが主任があんな風に笑うの知ってたのに、私が一番、仲良かったのに、なんだろうこの気持ち。なんで……。
ふわふわした心地のまま、意識がどんどん遠のいていった。
♢
「美澄ちゃーん、美澄ちゃん? だめだ起きないわ」
「どうすんですか、この子重そうだし運べないですよ」
「それはそう」
くすくす笑う声の中に知った名前が聞こえて振り向くと、座敷の隅っこでつぶれてる美澄がいた。
どうやらかなり飲まされたらしい。佐倉が隣に座った時点で「オッ……?」とは思ったが、美澄なら断るだろうと思って放置してたけど……。
え……佐倉の勧めなら飲むんだ……ふーん……。
いやいや! そんなこと考えてる場合じゃないから!
「向上くん? 二次会行くよね?」
「……いや」
江間がまるで決定事項のように言うが、美澄が心配だし、正直とっとと帰って風呂入って寝たいので好都合である。
美澄を囲む面々の方に歩み寄ると、佐倉が俺に気付いて「向上!」と声をかけてきた。
「お前美澄ちゃんと同じ部署だろ? 送ってってやったら? とか言って、重くて無理……」
「分かった」
「え」
隅っこで体育座りになってる美澄に声をかけると、うーんと唸った後に焦点の合ってない目で俺を見た。
「……しゅにん……」
「背負うけど、掴まれるか?」
「せおうって、わらひ重いれすよぉ……」
「大丈夫、ほら」
苦い顔をしてはいたが、最終的には背負われるのを受け入れた。
よかったー! 「主任のおんぶとかマジ無理です」とか断られたらだいぶ傷ついてたー!
「えっ、マジで向上が運んで帰るわけ!?」
「そうだけど」
美澄を背負うと……うん、確かに重い。まあ、頑張れない重さじゃない。仙太郎の受け売りだけど筋トレしててよかった〜! ここで運べないのマジカッコ悪いもん!
前ジャンルで委託通販用の同人誌まで会場に届けちゃった時の方がもっとキツかったし、これくらいなら全然余裕だ。
「美澄、社員寮だよな? とりあえず前まで送るから」
「ぁい……」
美澄は小さく返事をすると、きゅっとスーツを握ってきた。
えっ、美澄って、こんなことする子でしたっけ?
「しゅにん〜……しゅにんら……へへ……」
ン゛ッッッッッッ!!
…………あーだめコレ早く送らないと上司らしからぬ感情出る!! 無理!!
「じゃあ俺もそのまま帰るから。二次会楽しんで。じゃ」
「えっ、ちょ、向上くんっ!」
江間から引き止められたのも全部無視して、美澄を背負ったまま爆速で店を後にした。
♢
「向上、マジで行ったな……じゃあ江間ちゃん、オレらは二次会……」
「……ねえ佐倉くん、あの子誰?」
「え? 美澄ちゃん?」
「……そう、美澄さんっていうんだ」
ここまで読んでいただきありがとうございます!
向上優鷹:猫が膝に乗ってくると感動で震えちゃう。
美澄希空:犬が尻尾振ってくると別に撫でてあげてもいいけど!?になる。
江間あずさ:犬も猫も臭いから好きじゃない。アレルギーということにしている。
佐倉圭介:自分に懐いてくる小型犬が可愛くてしゃーない。




