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番外・向上瑠璃はまだ諦めない

 優鷹とミスティア……もう義妹になるからノアと呼んでいるけど、その二人の結婚式が無事終わった。

 祝う気持ちよりあの子何か粗相しないかしらと冷や冷やしていた私は、良い式だったというより何事もなく終わって良かったという気持ちでいっぱいだ。いつまでも式場にいたら両親と親戚連中に捕まってあなたはまだなのかって聞かれてうるさいから、煙草を吸い終えたらとっとと退散しよう。

 そう思って式場の隅にある喫煙所に行ったら。


「……あら」

「おう」


 先客として、仙ちゃんが煙草を吸っていた。

 筋肉質でがっしりした体躯にストライプのスーツがよく似合ってる。会った時も素敵ねと褒めたけど、また褒めたい気持ちにかられた。

 でも黙ってないとね。仙ちゃんは私に褒められるとばつが悪そうな顔をするから。


「いいお式だったわね。優鷹もちゃんと、転んだり泣き出したりしなかったし」

「な。途中やべえっち思うことあったけど」

「ふふ、噛んじゃった時でしょ? まあよかったわよ。ノアが笑ってくれてたから」


 電子煙草を取り出して、電源を入れる。ボタンを押しながらすう、と吸い込むと、少し甘ったるい匂いが肺を満たした。


「病院、全面禁煙なったんやろ。まだ吸いよんか」

「ええ。そんなことくらいで煙草やめるような私じゃないって、仙ちゃんならご存知でしょう?」

「あー、ご存知ご存知」


 面倒そうに返事をしながら、仙ちゃんが短くなった煙草を灰皿で潰す。


「優鷹が結婚したらまた肩身せめぇわ……じいさんが俺にも早よしろってぎゃーぎゃーしゃーしいし」

「私もよ。頭の固い家族を持つとお互い大変ね?」

「瑠璃はさすがに相手おるやろ。中学ん時からよう男に囲まれちょったし」

「あら」


 ぷは、と煙を吐いた。


「私好きな人と以外結婚する気ないもの。あんなの有象無象よ」

「……お前らきょうだいの好きな奴っち大概漫画の……」

「言ってなかったかしら。私仙ちゃんが好きなのよ」


 私と会話を続けたいのか、それとも式中吸えなかった憂さ晴らしか、2本目を取り出そうとしていた仙ちゃんが巻き煙草の入ったケースをかたん、と地面に落とした。


「……は?」

「だから、私、仙ちゃんと結婚したいのよ」

「……聞かんかったことにするけん」

「あらあらあら、ここまで言わせておいて! 2本目吸うんでしょう、隣いらっしゃい」


 笑顔でそう言うと、仙ちゃんは複雑そうに顔を歪めた後に舌打ちをしながら私の隣に腰を据えた。

 素直じゃないけど最終的には折れてくれるのよね。可愛い♡



 優鷹が仙ちゃんをうちに連れてきたのは、私が中学校にあがったばっかりの頃。その時三次元の男子なんて穢らわしいし子供っぽくて嫌になる、と思ってた私は、弟が連れてきた友達に目もくれなかった。


「やけんこのカードとこのカード組み合わせたらめっちゃ強くなるんよ! 仙ちゃんもやったらハマるけんやろうよぉ!」

「やらん」

「なんでぇ!」


 布教に失敗してる弟の悲痛な声を聞きながら、男の子同士って家で遊ぶだけでも騒がしいのねなんて思った。

 まあ、優鷹とだいぶ毛色の違う友達だし、そのうちすぐ来なくなるでしょう。

 そう思ってたのに、仙ちゃんは小学校6年間どころか、中学にあがってもちょくちょくうちに来て、家族同然のような顔をして一緒に鍋をつつくことさえあった。

 なので、私と仙ちゃんは初対面の頃は家の中ですれ違っても挨拶すらしなかったのに。


「あら仙ちゃん、お買い物?」

「……げ」

「げ、じゃないわよ、げ、じゃ。本屋さんなんかで何買ってるのかしら、お姉さんに見せてみなさい♡」

「しゃーしいな……瑠璃に関係ないやろうが」


 仙ちゃんが中学生になる頃には、仙ちゃんのことをもう一人の弟くらいに思っていた。


 地元の子や、優鷹の同級生の間で仙ちゃんがよくない噂をたてられているのは知ってる。

 でも、私は知っていた。仙ちゃんが本当は優鷹をほっとけない世話焼きで、ヘアメイクに興味津々で、お鍋の時にはお肉ばっかり食べて、ぶっきらぼうなのは態度だけで本当はすごく優しいこと。

 だから、怖いとか思わなかったし、むしろずっと可愛かった。優鷹じゃなくて仙ちゃんが弟だったらなんて考えたことすらあった。


 だけど、私が仙ちゃんに対して抱いてるのは家族愛じゃないって分かる出来事が起きた。


 仙ちゃんと優鷹が全寮制の男子校に進学してから、初めての夏が来た頃。

 夏休みには帰省してきた優鷹に仙ちゃんは次いつ来るのか聞いたら、家には来ないけど夏祭りは一緒に行くと言う。


「あら、いいじゃない。私も行っていい?」

「嫌やけど」

「しばらく見ない間に随分大きい口叩けるようになったのね……あなたの中学の頃の自由帳を寮に郵送したっていいのよ?」

「マジでやめろ!!」


 優鷹を言い負かして、仙ちゃんを言いくるめて、私は二人に挟まれて夏祭りに行くことになった。

 浴衣もいいけど、好みの柄を持ってないのよね。それならこないだ買ったワンピースがいいかも。ヘッドドレスつけて、三つ編みにして……ふふ、こうやってお出かけにどんなお洒落をしていくのか考えるだけでも楽しい。


 そしてやってきた当日。気の抜けた服装の二人とともに、ゴシックロリータ姿で歩く。一歩進むたびに周りの注目を集めて、優鷹がばつの悪そうな顔をしていた。

 地元は結構田舎で、私の好きな服装は好奇の目を向けられることも少なくない。でも、私はこの服装をやめる気はなかった。だって好きなんだもの。これを着てる私が。


「あら、たこ焼き。美味しそうだから買って来て、優鷹」

「なんで俺が……」

「あんな人混みの中に行って髪型が崩れたらどうするのよ。ほら、お金」

「ったく……」


 優鷹をたこ焼き屋さんの方に押し出して、コンビニの壁にとん、と背中を預ける。仙ちゃんが「あちぃ」と額を拭った。


「……髪型崩したくねえっち言いよったけど前髪もう割れちょるけんな」

「えっ、やだ、本当?」

「汗かくけんな……ルースパウダーあるやろ。荷物持っちゃるけんはたきなおせ」

「ふふ、仙ちゃんって頼りになるわね」


 コームとパウダーで額にはりついた前髪を直していると、「あれぇ」とこっちに向かって間抜けな声が聞こえて来た。


「宮本ぉ! あんた何しよんの!」


 高校生くらいの女の子何人かがにやにやしながら私と仙ちゃんの方に近付いてくる。仙ちゃんの同級生か何かかしら。

 仙ちゃんは不機嫌を隠そうともしないで眉間に深い皺を寄せた。


「……何か用か」

「おるけん話しかけただけやん! 中学ん卒業式以来やない!?」


 きゃっきゃっと楽しそうに寄ってくる女の子達に圧倒されて、少し仙ちゃんと距離をとった。

 男の人は穢らわしいから嫌い。でもそれ以上に、無神経だから女の人が嫌い。

 特にこうやって姦しく騒ぎ立てるような子たち。一緒の空気を吸ってるだけで居心地が悪い。

 私が「煙草吸ってくるわね」とその場を去ろうとしたら「待って待って」と女の子達に引き止められた。


「もしかして宮本の彼女ですかぁ?」

「ちげぇわ。うっせぇからもうどっか行け」

「宮本照れてる〜! え、マジなとこどうなんすか!?」


 ひくっと笑顔が引き攣ったのが自分でも分かった。

 好奇の目に晒されることは慣れている。大抵の人は目を向けても、直接話しかけてくることはないから。

 でも無神経な女はこうやって視線で突き刺してくる。


「っていうか服ヤバっ! ゴスロリ?」

「え、年上っすよね?」

「宮本ってこういう人がタイプやったんや、意外〜!」


 頭の中に色々な出来事がフラッシュバックする。

 中学生くらいの頃、こういう服装が好きで着てみたいって思ってから、そういうものを買い集めた。

 両親からはもっと普通の格好をしろって怒られて、先生からは学生らしい服装をとか文句を言われて、同級生からはせっかく美人なのにもったいないって言われて、付き合った恋人からまあ30まではいいよって言われて、私は気に食わない人達をどんどん切り捨てていった。


 そうしたら、夏祭りに一緒に行く友達すらいなくなっちゃった。


 ここで仙ちゃんに何か言われたら、私、仙ちゃんも切り捨てないといけなくなる。それは嫌。

 お願いだから、変なこと言わないで。

 お願いだから、私をここから逃して。

 お願い……!


「それが何なん」


 仙ちゃんは何でもないことのように言った。


「つか付き合っちょらん。こいつ優鷹の姉ちゃん」

「えっ!? 向上の!? 全然似ちょらん!」

「ぎゃあぎゃあしゃーしいけんもうどっか行け。相手すんのよだきいわ」

「はぁ〜!? ほんっと中学ん時から変わらんね〜!」


 女の子達は憎まれ口を叩きながらも楽しそうにその場を後にする。私と仙ちゃんだけがコンビニの前に残されて、遠くで花火があがった音がした。


「……ご……ごめんね」


 私はなんでか自分でもよく分かってないまま、謝った。


「私といると目立って嫌よね。配慮が足りなかったわ。私、昔からこうなのよね。一緒にいる人に迷惑かけちゃうっていうか」


 好きな格好してるだけなのに、なんで、そう思うけど、いたたまれない気持ちが勝手に口を動かす。

 じわ、と涙が滲んだのは悲しいからなんかじゃない。それが何だとつっぱねられる仙ちゃんに比べて自分がすごく情けないから。

 でもここで泣いたらいよいよ本当に情けない。そう思って目を擦ろうとすると、その手を仙ちゃんに止められた。


「マスカラ飛ぶけん泣くな」

「……仙ちゃんって厳しいのね……」

「厳しくないわ。自分で選んでしちょる格好なんやけん胸張れっち言いよるだけやろが」


 私は仙ちゃんみたいに強くなれないよ。そう言おうとしたのに、仙ちゃんがまっすぐ私を見つめるから、何も言えなくなった。


「……お前が目立つんは、格好が珍しいのと、似合っちょるからやろ。しゃんとしちょけ」

「似合ってる……似合ってるかしら、これ、私……好きなもの着てるだけ、だけど」

「そんでも似合うけんかっけぇんやろ」


 その時、私は初めてゴスロリブランドのスカートを買って、家にあった安いブラウスとあわせて着た時の高揚感を思い出した。

 鏡の中の自分が嬉しそうに微笑んでいるのを見て、格好いい、と思ったんだ。


 誰が何を言おうが、好きな服を着てる私が一番格好いい。


 上を向いて、涙を瞼の奥に閉じ込めた。そして、精一杯自分がかっこいいと思った、あの時の笑顔を作って見せる。


「……そうね。珍しく弱気になってしまったみたい。煙草吸ってリセットしてくるから、待っててくれる?」

「俺にも一本」

「仙ちゃんはまだお子様だから駄目よ」


 仙ちゃんがつまらなそうにそっぽを向く。そっぽ向いてくれてよかった。だってきっと、今の私、顔が赤い。


 この日、私は気付いてしまった。仙ちゃんに抱いてる感情は家族愛じゃなくて、これは。



 そういうのを、全てまとめて。


「仙ちゃんが高校生くらいの時からずっと好きだったのよ」


 そう言うと、仙ちゃんがため息のように煙を吐き出した。


「だから私と結婚しない?」

「断る」

「あら、ひどいのね。即答だなんて」

「お前となんか考えたこともねえわ」

「へえ? 生理的に無理とか、絶対嫌とかじゃなくて、考えたことないってだけなのね?」

「揚げ足とんな」


 揚げ足だなんて心外だわ。ただの確認じゃない。


「じゃあ、まだ私が仙ちゃんのこと好きでいるのはいいのよね?」

「……勝手にすりゃいいやろ。お前にやめろっちってやめた試しねえし」

「ふふ、よくご存知ね?」


 私、好きな人以外と結婚したくないし、そう簡単に好きな人を諦めたくないもの。


「とりあえず週末デートしない?」

「せん」


 そう言いながらも多分あと何回か頼めば仙ちゃんは折れてくれるんでしょうね、なんて思いながら、電子煙草をケースに片付けた。

こんなところまで読んでいただきありがとうございます!


向上瑠璃:美人なのに勿体無い的なことを散々言われまくってきた、いわゆる残念な美人。

宮本仙太郎:向上家の人々の顔は好きだけど(すげ〜整ってるから)クセの強さは誰より強く感じている。

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