表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/62

番外・向上夫妻は名字を変えたい

 普段はほとんど喧嘩をしない向上夫妻であるが、結婚直前には壮絶な論争が繰り広げられた。その議題は。


「だから名字は向上がいいって!!」

「やだ!! 絶対美澄がいい!!」


 ……結婚するにあたって、どちらの名字を採用するかということである。


「だって、美澄って人に漢字説明する時すごい嫌だし!? 美しく澄んだって真顔で説明できる!? 名前の字面だけでめちゃくちゃ美形の人だろって想像されていざ会った時に『あっ』て顔されるんだけど!?」


 これは妻、希空の言い分。


「向上だって大変なんだからな!? 十中八九最初は読み間違えられる! コウジョウくんって言われて訂正するけど人によってはその誤読のまま呼び続けるし、名前の字面だけでめちゃくちゃ熱意のある人って思われるんだぞ!? ないわい!!」


 これは夫、優鷹の言い分。


 結婚を機にやっと嫌だった名字からおさらばできると思っていた二人は、お互いが同じことを考えていたと知った途端に大人気ない大喧嘩に発展したのであった。あ〜あ。


「訂正くらいいいでしょうが! 最初の一回だけだし!」

「漢字の説明だって最初だけじゃん!!」

「っ、優鷹くん長男でしょ! 名字継がなくていいわけ!?」

「残念でした〜! うちそんな立派な家じゃないんで継ぐもの特にないです! 希空さんこそ弟さん婿養子になるとか何とか話してませんでしたっけぇ!?」

「あの話はなくなったから大丈夫! しかもうちも継ぐもんないし!!」


 ぜえぜえと息を切らして、二人して同時に膝をつく。二人とも喧嘩に慣れてないので怒りの持久力がないのである。

 しかしどうにかして相手を負かさなければならない。自分の名字から逃れるために。

 希空はふらふらの足でテレビの下の戸棚から。


「決着つけましょうか……スマブロで」


 ゲームを取り出した。


「ずる!! めっちゃ自分の得意ジャンルやん!」

「何とでも言え! 美澄じゃなくなるためなら何でもするからな私は!」

「そんなこと言ったら俺だって向上じゃなくなるためなら何でもするが!? 腕相撲とかで勝負しよ!」

「フィジカルで勝とうとするのやめなさい! 大人気ない!」

「希空がそれ言う!?」


 だが、論争では決着がつかないのも事実。二人は何か、突破口を探していた。相手を言い負かすことができる突破口……。

 優鷹がぽん、と膝を打つ。


「あっ、あれしよ! 姓名診断!」

「姓名診断?」

「お互いの姓名診断して、元より運勢がいい方に寄せる! これなら文句ないだろ!?」

「やりましょう!」


 かかった、と優鷹は内心で拳を握りしめる。

 母親が一時期占いにハマり、自分の名前を診断されたことがあった。その時の結果は最悪中の最悪。苦労に苦労を重ね犯罪に手を染めかねないという最悪の画数の持ち主であると言われた自分であれば、この勝負必ず勝てると確信していたのである。

 コピー用紙に相手の苗字になった場合の名前を書いて、画数を数える。それを元に、スマホを駆使して調べ始めた。


 しかし。


「サイトによって書いてることまっっったく違う……!」

「あてにならないんですねえ、占い……」


 あるサイトでは良く書かれて、別のサイトでは悪く書かれ……結局いいのか悪いのかまったく分からなかった。


「こうなったらやっぱりスマブロだわ。ほらコントローラー」

「無理無理無理! 希空さんハチャメチャに強いもん! 開始2秒で俺のヨゾラ吹っ飛ばされちゃうって!!」

「駄々をこねない! 大丈夫、ゆっくりなぶってやるから」

「やだ怖い!!」


 しかし奥さんがなぶってやるって言うのエロいな、と思ったのを飲み込んで、どうしたものか頭をひねる。


 このままでは本当にゲームでボコボコに負かされて相手の要求を飲むハメになりかねない。いっそ酒でも持ち出して訳わかんなくなってるうちに婚姻届にサインさせたろかとまで考えたが、さすがに良心の呵責でやめた。


 希空も同じように頭を捻り、うんうんと考えこんでいる。そして、何か思いついたのか「あ」と言った。


「本名で登録してるサブスクとか口座、どのくらいある?」

「え?」

「名字変わったらそういうのも全部変えないとでしょ。ほら、いくつあるか教えて」


 そう言われればそうか、と思って家中から保険証書やら通帳やら、とにかく思いつく限りのものを引っ張り出す。


「……俺の方が多い」

「ね、圧倒的」


 全部メモ帳に書き出してみると、希空の倍近くあった。これをいちいち変更手続きするのは手間がかかる。駄々をこねたくなる気持ちがしおしおと萎えていき、最終的には首を縦に振った。


「結局向上のままかい……」


 落ち込む優鷹を見て、希空がどうどうと宥めるように雑に頭を撫でた。


「そんな落ち込まないで。スマブロでもやる?」

「ボコボコにされんだもん……」

「そりゃあ完膚なきまでに」

「カッケ……」


 希空はコピー用紙に書かれた自分の新しい名前を見る。


 両親は離婚したが、希空の母親は父親の姓を手放そうとしなかった。小学生の頃になぜ祖母と自分の名字が違うのか疑問に思って聞いたことがあったが、母親は誤魔化すばかりで何も答えてくれなかった。

 紙切れ一枚で始まる約束だ。その紙切れさえ役所に吸い込まれて、自分と相手を繋ぐものは何もないんじゃないかという錯覚に囚われる。そういう時のために結婚指輪があるのだろうが、外すたび、汚れるたびにこの幸せが幻ではないかと恐ろしくなっていく。

 母親の気持ちなど分かりたくもないと思ったこともあったのに、共通項を見つけてなぜかほっとした。


「いっそのこと新しく名字つけれたら一番いいんだけどね」

「あっ、楽しそうな話始めてる〜。何がいい? 俺は九頭竜」

「優鷹くんって厨二病抜けてないよね。私は西園寺」

「希空さんも大概ですよ……」

こんなところまで読んでいただきありがとうございます!


向上優鷹:奥さんには何も言わなかったけど結婚の時には親から「地元に帰って家を継ぐんですよ!」みたいなことをやいやい言われた。継ぐもんなんか何もないことが分かってたのでほとんどスルー。いまだに父親と二人になると「長男としての自覚が……」とぐちぐち言われる。好きで長男に生まれたわけじゃないもん。

美澄希空:言ってしまえば毒親育ちだし同棲開始時点でほとんど母親と没交渉だったけど、結婚とか出産を経て少しずつ母親と交流を再開。諸々の仕打ちを許してはないけど母親に対して何も感じてないわけじゃない、程度の関係に落ち着いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ