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番外・中美良は恋しない

 ラブソングを聞くと、どうしようもなく辛くなる夜がある。


 好きな人を思って胸が苦しくなること。

 好きな人のために走り出したくなること。

 好きな人の名前を呼ぶと声が震えること。


 その全てはレンアイという感情に基づくものだと決めつけているように感じるから。


 そんな話を昔、みっすーにぽろっとこぼしたことがある。


 中学生の頃のあたしは、ぶっちゃけみっすーのことを舐めていた。どこにでもいる普通の子のみっすーに、あたしの苦しみなんか絶対分からないと決めつけていた。


「……ちょっと分かる」


 予想通りの答えを吐きながら、みっすーは制服のスカーフをくるくると指先でいじる。


 わかるわけないよ。みっすーは普通の子だもん。どうせ他の子と同じように誰が好きとか誰と付き合いたいとか馬鹿みたいな話で盛り上がるんだよね。


「好きって、それだけじゃないって思うから」


 その言葉に、冷たい水をかけられたみたいにはっとした。


 みっすーとはこの先、ずっと友達でいようと思った。



 ただでさえみっすーから誘ってくるなんて珍しいのに、誘ってきたのがアニマートでもとりのあなでもなく駅前のカフェ。

 なんとなく、どんな用事か察しはついた。みっすーももう26歳だし、主任さんは30になるんだっけ。ちょうどいいんじゃない? うん。

 お気に入りの赤のリップを塗り直して、にこっと笑顔を作ってみせる。……なんかぎこちないかも。アイラインもっとがっつり引き直そうかな?

 駅のトイレの中でああでもないこうでもないと悩んでいると、みっすーから『着いた』とRINEが来た。


『はいは〜い☆

すぐ行く!』


 元気いっぱいに返信したけど、それが空元気なことがバレてないだろうか。

 どうか知らないでいて、と思うのに、見抜いて欲しいという気持ちも混ざり合って、胸の中がぐちゃぐちゃだ。

 なんとか足を踏み出して、みっすーの待つカフェに向かう。


「ナカ」


 カフェに着くと、みっすーはすぐにあたしを見つけた。

 みっすーはいつも飾り気ないから、きっとお洒落には興味ないんだろうと思って服を買いに行くのもコスメを買いに行くのも誘ったことなかったのに、主任さんと会ってからみっすーは変わった。

 というより、いろんな面を引き出されてるみたいだった。


 そんなジャンスカ着るなんて知らなかったよ。サーモンピンクのリップもすごい似合ってるし、まつ毛もちゃんと上がってる。


 あたしと放課後、好きなアニメの話ばっかして課題進まないねって笑ってた頃はそんな格好するなんて思ってもみなかった。


「みっすー! おひさ!」


 向かいの席に座って、カフェモカを頼む。頬杖をついて、「なに? 話したいことって」と分かりきってるのに尋ねた。


「……ナカ、その……あのね」


 みっすーは一瞬戸惑ったみたいに目を背けて、それから覚悟を決めたように。


「結婚……することに、なりました」


 察していた通りの言葉を告げた。


「えっ、やっぱり!? マジおめでと〜!!」


 喉の奥に準備していた祝いの言葉を伝えて、大袈裟に手を叩いた。


「主任さんとだよね!? 絶対結婚するって思ってたけどさぁ、こんな早いとかびびるわ〜! ね、結婚式すんの?」

「今度主任さんじゃなくなるけどね……私はしたくないしあっちもそうなんだけど……立場的にせざるを得ないだろうって」

「え〜! うちもドレス選びめちゃくちゃ口出したいよ〜!」

「写真は送るよ」


 苦笑するみっすーを見ていると胸がぎゅっと締め付けられる。

 苦しいけど、我慢しないと。

 みっすーは大事な友達で、あたしとは違うんだから。


「え〜、でもほんと……おめでとうね、うん」


 言葉がだんだん出てこなくなる。胸が詰まって、呼吸が苦しい。みっすーの少し心配そうな目があたしを見つめて、どうしようもなく悲しくなった。

 笑わないと。笑わないと。笑わないと。


「……ナカ?」

「みっすー……ほんと、幸せになって……」


 うそ。

 本当は不幸になって、もうレンアイなんて懲り懲りだって言ってあの教室に戻ってきて欲しい。


「……あたし、みっすーはあたしと同じなんだって、思ってた」


 理想と本音の間で潰された心が、ぱん、と弾けた。


「あたしと同じで、誰も好きになれない性質で、ずっとあたしと同じように、好きな人なんか見つけないで、ずっと」


 ぽたぽたと涙の粒がテーブルを叩く。


「みっすーが……あたしと同じじゃないのが、すごく、寂しい……」


 小さい頃からどこか違和感があった。

 周りの皆が誰が好きとかどんな人がタイプとかそういう話をするのがよく分からなかった。

 もう亡くなったお母さんにその話をしたら、美良にもいつか分かるわよって笑われた。

 そんなもんかと思って、分かるのを待ってたけど、待っても待っても待っても待っても分かる日は来なかった。

 そのうち、そういう性質の人はたくさんいて、名前がついていることを知った。

 テレビでその特集をしてる時に「あたしもそうかも」とお父さんとかお兄ちゃんに軽い気持ちで話してみたら、お父さんもお兄ちゃんも大笑いした。それはお前が子供だからで、まだそういう人に会ってないからだって。


 そんなもんかな、と飲み込もうと思った。でも飲み込めなくて、小さな違和感が飴玉みたいにずっと口の中を転がっている。


 みっすーも、あたしと同じものを抱えているんだと、思ってた。思いたかった。


「ナカ」


 みっすーの落ち着いた声があたしを呼んだけど、顔を上げられない。みっすーはきっとあたしと目が合うのを待っててくれたけど、そのうち諦めたようにふう、と息を吐いた。


「……私とナカは、同じじゃないよ」


 そんなの分かってる。でも信じるくらいいいじゃん。

 だって、そうしないとあたし、きっと誰からも愛されないし、誰も……。


「……でも、ナカのことは好きだし……ナカからも、好かれてると思ってるよ」


 静かな声に、じわ、と涙が滲んでくる。


 皆、いつかレンアイが分かるよって言った。

 皆、レンアイと一緒に生きるのが当たり前だから。

 人に好きだって無責任に言えて、人とエロいことが出来るあたしはまだそういう人と出会ってないだけで、きっといつかレンアイが分かるようになるよって、皆言う。

 あたしだって、分かるもんなら分かりたかった。


 レンアイ以外の好きなら、どんな好きだって分かってるのに。


 でもみっすーだけは一度もそんなこと言わなかった。

 あたしの好きをずっと受け入れてくれていた。


「……みっすー……主任さんと会って変わったよね……」

「……嫌?」


 ぶんぶんと首を横に振った。


 変わっていくみっすーの背中を見ていると、胸が苦しくなることがある。そんなに早く遠くに行かないでって走り出したくなることがある。引き止めようとして名前を呼ぶ声が震えることがある。


 でも、みっすーには幸せになって欲しいよ。


 それはすべてレンアイではないけど、紛れもなく、みっすーが好きだから起こってる感情だ。


「寂しいけどぉ……やじゃないよ」

「ならよかった。ナカに嫌われたくないし」

「なら結婚とかやめてうちとシェアハウスしようよぉ!!」

「それはダメ」

「けちぃ!!」


 頬を膨らますと、みっすーが小さく笑う。

 前はみっすー滅多に笑わなかったのに、主任さんといるようになってからよく笑うようになった。

 寂しいけど、今のみっすーのことも好きだから、しばらくは主任さんにみっすーのことを譲ってやろう。


「離婚の時は一番に知らせてね……」

「縁起でもねえな……」


 結婚式は花婿さんに負けないくらいバチバチにお洒落して行こうかな。

 みっすーが、やっぱうちとシェアハウスしとけばよかったかもって思うくらい。


 そんな企みを見透かしたであろうみっすーが、咎めるみたいにあたしの名前を読んだ。

こんなところまで読んでいただきありがとうございます!


中美良:厳密に言えばアセクシャルじゃなくてアロマンティック。恋愛感情での「好き」が分からないだけで、誰も好きじゃないわけじゃない。

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