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向上主任は私が好き

 昼休み、他の部署の人から連行されるように連れてこられたお洒落なカフェで、私は。


「だから、ね? 向上さんと別れてくれませんか?」


 経理の南さんに、そう頼まれていた。


 南さんは私の一年後輩で、入社式で向上主任を見た時からずっと憧れていたらしい。

 しかしあのとっつきにくい性格を前にどうにもこうにも出来ずにいたところ、須賀さんの登場によって主任がオタクなのが発覚。アニメ好きな南さんはこれ幸いと主任にアタックを繰り返したが、相当彼女に入れ込んでるみたいで相手にされない。そんな中で彼女が私だと判明したのである。

 二人が好き合ってるのは分かるけど、やっぱり諦め切れない。向上主任はどうしても折れないから、私の方に折れて欲しい。


 南さんが目を潤ませながら打ち明けた話に、他部署の人たちがうんうんと頷く。


栞里(しおり)、ずっと向上さんに憧れてたんですよ!」

「かっこよくて仕事出来るし、営業の人が栞里にひどいこと言った時なんか庇ってくれたみたいで!」

「ね、美澄さんから見て脈あると思う? これ!」


 いや脈あるも何も私が彼女なんですが。


 ……いやしかし、私でも思う。私が相手なら、どうにでもなると思っちゃう。


 南さんは可愛いし、スタイルもいいし、私なんかより全然魅力的だ。そんな人が好きな人を私なんかにとられたなんて知ったら、そりゃこうも言いたくなるだろう。

 しかし、私にも言い分というものはある。


「あの……ちょっとそれは……」

「え〜!? ひどくないですかぁ!?」


 抵抗しようとしたら、高い声に掻き消された。


「大体向上さんは皆のものって話だったじゃん!」

「そうそう! 美澄さんがそんなんだから、向上さん息苦しいと思うんですよ!」

「だよね!? 私もそれ思ってた!」


 私がぽかんとしている間に、話はどんどん進んでいく。紅茶とお洒落なご飯がどんどん冷めていくのを見守りながら、私は黙ってそれを聞いていた。


「向上さん、彼女の話する時うんざりした顔してるんですよぉ。案外、もう冷めちゃってるんじゃないですかぁ?」


 ……正直、私は主任に釣り合ってないと思う。


 美形で、背も高くて、仕事もできて、一見非の打ちどころのない主任。社内どころか取引先からも憧れの対象として見られていて、冷徹な態度からついたあだ名は「氷の向上」。


 でも私は知ってしまった。


 向上主任はイベントにサークル参加するくらいゴリゴリのオタクで、あんな綺麗な絵柄のR18漫画を描くくらいゴリゴリに腐ってる。ヘタレで、情緒不安定で、童貞で、めんどくさくて、馬鹿正直で、酔っ払うとべたべた甘えてきて、本当は結構仕事にやる気がなくて、幼馴染に塩対応されてて、お姉さんに頭が上がらなくて、お父さんとお母さんに心配されまくってて、それから、それから何より。


「……でも、向上主任は私のこと好きですからね」


 あんな屈託のない好意を向けられて、私はもう釣り合うとか釣り合わないとか、周りがどうとか、そういうの全部どうでもよくなってしまった。


 ただ、私と主任が好き合ってるだけだ。

 それを誰かに文句言われる筋合いない。


「っはぁ!? だからさっき冷めてるって……」

「うんざりしてるっていうか、あれは疲れてるんですよ……。そっとしといてあげてください」

「なんでそんなこと美澄さんに分かるんですか!?」


 南さんが目を吊り上げて睨んでくる。

 もう冷め切った紅茶を飲んで、背筋をのばす。自然と胸を張る形になって、私なんかと思う気持ちは引っ込んだ。


「だって、私……彼女だし、それに」


 顔が熱くなる。息が震える。でも、しっかり目を合わせた。


「向上主任のこと、好きですからね」

「え」


 なぜか後ろから聞き慣れた声がした。

 南さんがぎょっとした顔で私の背後を見つめている。嫌な予感がして、ぎぎぎ、とぎこちなく振り向くと……いやがった。


「あ……あの……俺も好きです……」


 走ってきたのか、冬なのに少し汗ばんだ主任がアホみたいなことを言う。

 反射的に脛を蹴った。


「いった!! ごめんって!! 聞く気なかったんです!!」

「うるさいですよ! なんでここにいるんですか!!」

「江間が、美澄が他の部署の人と昼飯行ったって言ったらすぐ迎えに行けって……」

「なんで場所まで分かったんですか……怖……っ」

「ちが、ちゃんと経理の人に聞いてきたんだって! 怖くないから!」

「だからって……!」


 そこまで騒いだところで、視線が自分たちに集中していることに気付いて座り直した。主任も目立っていることをようやく認識して、こほんと一つ咳をした後に、無表情で腕時計を見た。


「……もう会社に戻るから」

「今更猫被っても遅いですからね」

「遅くない」

「遅い」


 だって、南さん達がぽかんとした顔で見てるだろうが。主任も少し粘ったけど、ようやく諦めた。


「……騒がしくして、ごめん」


 いつもの無表情じゃなくて、遠慮したような苦笑いで、主任が言った。



「ヤバいです。漫画入りきらないです」

「ウッソ!? 結構処分したのに!?」


 本棚を前に絶望していると、寝室の整理が終わったらしい主任がのこのこと現れた。

 商業BL漫画がぎちぎちに詰まっているのを見て、主任が「壮観だな〜」と呟く。壮観じゃねえよ。


「だから言ったじゃないですか。被ってる分は捨てるか売るかしようって……」

「BL漫画の共用は抵抗あるんだもん……本棚増やすか」

「床抜けますよ」


 3月を目前に控えた日曜日、私は主任の家に引っ越してきた。

 住民票の提出だの、返信があるか分からないけどお母さんへの報告だの、やらなきゃいけないことは山ほどあるのだ。こんなところでBL本のかまくらに囲まれてしゃがみ込んでる場合じゃない。場合じゃないが、あっこれ最近読んでなかったなとか思うとぱらぱらめくってしまう。悲しい腐女子の性である。


「あっ、これ最近読んでなかったなー」

「同じこと思うのやめてください」

「なんで!?」


 しかも手に取った本、被って2冊あるやつだし。

 マイナーな推しカプが被った時も思ったけど、結構この人と同じような趣味してるんだよな。

 嬉しいような、小っ恥ずかしいような、複雑な気持ちを抱えて本をめくる。


「もうちょっと広い家引っ越す?」

「しばらくいいですよ。そんなお金ないし」

「で……っ……でも、ここだと美澄、俺と一緒に寝ることになりますよ……」

「なんで今更怖気づいてるんですか」

「だってぇ!」


 だってもクソもない。泊まりの時みたいに主任をソファに寝かせ続けるわけにもいくまい。

 今日から私は主任と同じベッドで寝る選択肢しかないのだ。

 ……特に意図はないけど、とりあえず下着の上下は揃えとこう。特に意図はないけど。


「でも、そのうち引っ越すよ。もうちょっと広いとこ」

「オタク部屋作るんですか?」

「それもいいんだけどさあ……」


 主任は少し頭を抱えて、悪戯っぽい笑顔を向ける。


「……まあいっか。そのうち言う」

「……そこで言わないから童貞なんじゃないですか」

「そういうこと言うな!!」


 主任が何を言いたいのか、なんとなく分かる。

 でも、言わないでおいてあげることにした。

 どうしようもないくらいヘタレだけど、そういうのは自分で言いたいだろうし。


「……まあ、少し早いと思いますけどね。せめてもう少し、ちゃんと恋人らしいことしてからでいいんじゃないですか」

「下の名前で呼ぶとか?」


 それを言われてう、と言葉に詰まる。何故なら私は一度も主任のことをそう呼べていないから。


「もしかして俺の下の名前知らないとか仰る……!?」

「そんなわけないでしょ」


 あんたのことなら大体知ってる。これからもたくさん知ることになると思う。

 すぅ、と息を吸って、耳元で、そっと名前を呼んだ。

ここまで読んで頂きありがとうございます!


向上優鷹:この後会社で猫被ろうとしたけど瞬く間に噂が広がって被れなくなった。

美澄希空:この後会社で存在感消してたけど瞬く間に噂が広がって質問責めに遭った。

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