向上主任は酔っ払い
営業部に配属されて丸二年経とうとしているせいか、何度か酒での大失敗を経験しているせいなのか。
「ほら君も若いんだからもっと飲んで〜!」
「部長ったらもうグラスあけたんですねー、次の持ってくるんでお待ちくださーい」
自分まで酒に飲まれることなく、酔っ払いを適当にあしらう術が身についた。ちゃんと水分をとる、ご飯食べる。それでも限界以上飲めって言われたらそれとなく話を変えたり、その場を離れる。
それを繰り返していたら、ほとんど素面のまま宴会の盛り上がりを見守ることができた。冷静な立場で見る宴会というのはなんというか、とっ散らかってて阿鼻叫喚というか……。
そんな中でも一人、姿勢も表情も崩していない向上主任を見ていると、「ごめんっ」と後ろから声をかけられる。
振り向くと、名前は知らないけど総務部で見たことのある人だった。
「君営業の子だよね? 総務の仕事なのにごめんけど、ビールあっちの方まで運んでくれない!?」
「えっ、あの」
「向上主任のとこだから、多分近寄ったら女の子達がぶんどってくれるから!」
「はぁ」
社員旅行、ひいてはこの宴会の幹司を任されてる総務部の人々は座る暇もないくらいばたばたと働いている。猫の手も借りたい中で、素面で暇そうにしてる二年目社員はちょうど良い猫の手なんだろう。
特にやることもないし、こくんと頷くと「ありがとう!」とケースいっぱいのビールを渡された。いや無茶だろ!!
しかし総務の人はとっとと走り去ってしまい、もう文句を言う相手すら見当たらない。
……安請け合いした罪だ。自分でなんとかするしかない。
「っしょ、っと!」
腰が痛くなりそうな重さのケースを抱えて、ふらふらになりながら向上主任達がいる方へ向かった。
「すいません、このビールってこっちでいいですか」
ヘロヘロになりながらビールを持って声をかけると、総務の人の言う通り「ありがと〜!」とか言いながら女性陣がひょいひょいと酒瓶を取って向上主任の方へいく。皆お酌したくて必死なのか……。
輪の中心にいる主任は私を見るなり顔を顰めた。
「……美澄、結構飲んだだろ」
「えっ」
最初のビールくらいしか飲んでないし目の前にアホほど酒瓶転がしてる人に言われたくないが!?
だけど主任は私に反論する暇すら与えず、すっと立ち上がって背中を押してきた。
「もう部屋戻れ。ふらついてるし、本館の入り口までは送る」
「えっ、いや一人でも」
「ええ〜? ずるい〜! 向上さん、アタシも送ってよ〜!」
案の定と言うべきか、経理の女の子が主任の腕にしがみついてくる。主任はそれとなくその子を退けて、「トイレ行くついでだから」と言った。
「え〜! でもその子ばっかずる……」
「南さ〜ん! こっち来て一緒に飲もうよ〜!」
「ほら、呼ばれてる」
主任が指差した方向には泥酔した男性社員がいた。南さん、と呼ばれた経理の女の子はつまらなそうな顔で主任と男性陣を見比べる。
「戻ってきてくださいねっ! 絶対ねっ!」
結果、主任は一時的に解放されることになったらしい。
ほっとしたような顔を一瞬した後にいつもの無表情に戻り、素面に近い私に「ふらついてる」とか「危なっかしい」とか好き勝手言いながら宴会場の外へ向かった。
主任といると目立ちはするが、いつもほどではない。みんな目の前のお酒とか積もる話に夢中なようで、特に誰からも突っ込まれることなく私と主任は宴会場と本館の間にある庭に出た。
「マ〜〜〜ジ疲れた〜〜〜〜……」
擬態をやめた28歳児が深い深いため息をつく。
「……ったく、愚痴るために人のこと連れ出したんですか」
「痛い痛い、小突くのやめて」
主任の脇腹を肘で突いてやると、痛いという割に笑っていた。マゾなのか?
「経理の南さんって子がアニメ好きらしくて、オタトーク付き合ってくださいよってずっと捕まってたんだけど……びっくりするほど趣味合わなくて辛かったぁ……!」
「何が好きだったんですか?」
「異世界で追放でハーレムでざまぁなやつ……」
「……毛嫌いしてる主任の方が少数派ですよ」
「うっそぉ!?」
普通、オタクの男の人って皆そういうの好きなんじゃないのか。まあ主任が普通だった試しなんて今まで一度もないから別に気にしないけど。
「それで、美澄が暇そうにしてたから、構ってもらおうと思って」
「皆に構われてたくせに」
「それがね、美澄じゃないとだめなんですよ」
主任が私の腰を抱いて、ぐっと引き寄せた。こつん、とぶつけられた額が、火がついたみたいに熱く感じる。これ、は。
「……主任、めちゃくちゃ酔っ払ってます?」
「分かるぅ?」
さすがの主任もあの量は酔うんだ……。
だらしない笑顔のまま、私の腰から手を離さない。この人酔っ払うとこんな感じなんだ。初めて見た。
驚いていると、手の甲で頬をすり、と撫でられる。いつもより熱い気がして、びくっと肩が震えた。
「なにびびってんだよ、可愛いなぁ」
「うるっさい……部屋まで送るから早く寝てください!」
「えっ、美澄俺の部屋来るの? やだ、すけべ……」
「あんたが酔っ払ってるからですけど!?」
思わず大きい声が出て、悪いのはどう考えても主任なのにこっちが恥ずかしくなった。
「クソデカ大声じゃん、そんな動揺するなよ〜」
「っ……うるさいな……」
主任はへらへらと笑ったまま、べたべた体を触ってくる。
童貞のくせに……! キスで鼻血出す童貞のくせに……!
「っていうか浴衣はだけすぎ……マジで気をつけてよ……みんなからやらしい目で見られかねないから!!」
「見てないですよ、バカじゃないんですか……」
「絶対見てるもん!! 実際俺すごいやらしい目で見ちゃったし!!」
「いい加減にしないと全部録音して素面の時に聞かせますよ!?」
突き飛ばそうと力を込めるのに、腰を抱く腕に力がこもっていて離れてくれない。諦めて胸に頭を預けると、満足げに笑いながら雑に頭を撫でられた。うざい。
「うわ〜〜〜〜美澄が素直だ! 可愛い〜〜〜!」
「うるっさ……」
「いい匂いする〜〜〜!」
「キモいですよいい加減……」
指が耳の裏を掠めるたびに心臓が跳ねる。恥ずかしくて今すぐ離れたいのに、離れがたくて主任の浴衣をぎゅ、と掴んだ。
「……メガネなくて顔見えないから、もっと顔近づけていい?」
「嘘つかないでください。コンタクトしてるでしょうが……」
「ごめん、誤魔化した。キスしていい?」
ダメに決まってる。どこで誰に見られてるか分かんないんだぞ。
そう言わなきゃいけないと頭ではわかってるのに、感情が追いついてない。
こんな風にせがまれて拒めるほど、私は経験豊富でもないし、主任のことをどうでもいいと思ってなかった。
硬い指先が唇を撫でて、優しげなのにどこかじっとりした視線に見つめられると何でも言うことを聞きそうになる。それをなんとか理性で押さえ込んでいたが、じっと視線をそらさずにいられるともう限界だった。
「いっ……一瞬だけ、です、よ……」
「やった!!」
そんな喜ぶか普通……。
ぎゅ、と目を閉じると、ふにゅ、と唇がくっついた感触がした。あったかくて、触れるだけなのに気持ちいい。
こんな形で2回目を果たすことになるとは思わなかったが、まあ酔っ払ってる勢いに任せるくらいが私も主任もちょうどいい……。
「ん……っ!?」
と、思ったら3回目をかまされた。
今度は唇ではぷ、と甘く噛むみたいにされて、目を見開く。すぐに離れたかと思ったら、4回目、5回目とどんどん記録を更新されてしまった。
ちょ、ちょっと、おい、いや力強いな!!
「ん、ちょ、ちょっと待って!! 一瞬って言いましたよね!?」
「だからすぐ離してんじゃん」
「一瞬で一回に決まってるでしょうが!! 盛るな28歳児!!」
「えぇ……じゃああと一回、べろ入れていい?」
「ダメに決まってますよね!?」
その顔面じゃなきゃ今までの蛮行も許してねえぞ!!
逃げようとするのにうまく逃げられない。何度もお願いと言われて絆されかかっているのもあり、ちゃんと抵抗出来ていないのだ。
とはいえ、いつ誰が来るか分からない状況下でこのままイチャコラついているわけにもいかない。早急に離してもらわないとだめだ。
腹を括った。
「……一回だけ、一回だけですからね」
「あは、わかった!」
「それ以上やったらマジで怒りますからね……」
「目ぇ怖」
逆にここまで拳に訴えられていないことを感謝してほしい。覚悟を決めて顔をあげると、唇が触れ合って、舌先が入ってきた。
酒臭いのにその中にちゃんと主任の匂いがして、それがどんどん自分の匂いと混ざっていく。体を強張らせて未知の感覚に耐えていると、唇が離れて、主任が「はぁ」とクソデカいため息をついた。
「……こんなん無理、手出そう……」
「……童貞のくせに馬鹿言ってないで部屋戻りますよ……」
「一人じゃ帰れんけん送って♡」
「ぶりっ子すな」
酔っ払ってるくせに全然ふらついてもない。それなのに、ふらふらするとか何とか言って手を離そうとしなかった。
「これ商業BLだったら確実にこの後めちゃくちゃセッ……」
「それ以上言ったら足踏みますからね」
「やだ怖〜」
ここまで読んでいただきありがとうございます!
向上優鷹:無自覚無意識だけど美澄の腰から尻にかけてのラインがすげ〜好き。いやらしい目で見ている。
美澄希空:無自覚無意識だけど主任の指とか鎖骨とか骨っぽいところがすげ〜好き。いやらしい目で見ている。
須賀良太:口うるせえ胸フェチ。巨乳ならいいというわけでもなく形とか色とか色々こだわりがある。うるせ〜!
南栞里:声フェチ。チーレムアニメが好きっていうか好きな男性声優が出るから観てる、みたいな意味が強い。




