向上主任は適齢期
総務課から急に呼び出されたから何事かと思ったら。
「退去、ですか?」
「そう。もうだいぶ築年数も建ってるし、建て替えるんだよ」
社員寮から退去しろ、というお知らせだった。
まあいつまでも住める代物ではないし、実家が近い私を「入居者が少ないから」という理由でおいてくれていたのは感謝しかない。
急ではあるが一人暮らし用の物件くらい、何ヶ月かかければ見つかるに決まって……。
「だから再来月までに出て行って」
「はぁ……はっ、再来月!?」
「そうそう、美澄さん実家近いし余裕でしょ〜」
全然余裕じゃないけど!?
そう言う暇も挟まず、退去手続き用の書類をどんどん出されて総務課を追い出された。
私一人喚いたところで、建て替えの日程が変わるわけではない。
早急に住む場所を準備しないといけなくなってしまった……。
♢
『主任さんとこ住めば?』
電話の向こうのナカがのほほんと言った。
「それっ……それはなんか、なんか変な雰囲気になるじゃん……」
『変な雰囲気って何だよぉ! 付き合ってんだから存分になれよぉ!』
「まだそんな日も経ってないし!!」
『高校生が付き合ってんじゃないんだからさあ、普通に話出る年齢だよ? うちら』
ナカに指摘されてうっと言葉に詰まってしまった。
まだ早い、と言えばまだ早いけど、大学卒業したあたりから、同級生の何人かから結婚しましたとかいう知らせがぽつぽつ来るようになってきた。お母さんがお父さんと結婚した歳が来年度に迫ってる。
そして何より気になるのは。
『うちらってより主任さんか! 28だよね、そこ考えててもおかしくなくない?』
……主任がそういうことを視野に入れててもおかしくない年齢なのである。
いや別に、そこまで急ぐ話じゃないし。そもそも付き合っただけで結婚とか同棲とかなんとか言うのも変だし、別に何も気にしてないし。
「とりあえず主任の家はなしで……ちゃんと自分で物件探すし」
『うちに一緒に住むとかでもいいよ♡ みっすーの職場からハチャメチャに遠いけど』
「まあ最終手段くらいで考えさせて、それ……」
『えっ、やったぁ! 冗談でも言ってみるもんだね!』
正直言って主任と同棲よりはかなーりハードルが低い。
一人暮らし用の物件を黙々と探しながらナカと話し続けていると、ナカが『そういえば』と言った。
『みっすーママは? 退去の話したら、なんて?』
「……別に、何も。好きにしたらいいって」
『相変わらず放任だね〜。まあよかったじゃん、下手に口出されるより』
「うん……」
今年は麗央の就活もあったし、私なんかのことにかまけてられないんだろう。元からそうだったし、気にしてない。
『あ、でもみっすー、物件探し初めてだよね? 大学まで実家だったし』
「うん」
『気をつけな! 絶対カモられるから!』
「カモ……?」
この時、私はナカの言葉をよく理解していなかった。カモられるとは一体。
しかし、週末に内見に行った時に、その言葉の意味を全部理解した。
「こちら仲介手数料が無料で!」
「いや立地が……駅から遠いのはって言いましたよね……」
「でもお安いですし!」
「いやいやいや……」
不動産屋さんにいくつかあたりをつけてもらった物件はどれもこれも難があった。
駅から遠すぎるとか、壁が薄すぎるとか、サイトには書いてなかった謎の費用が求められてるとか、とにかく諸々受け入れ難いことが多いのだが、それを指摘すると自分と同年代くらいの不動産屋の男の人から「そんなこと言ってたらいつまでも見つかりませんよ」と怒られる。
それは分かるんだけど、でもこの某害虫が魔法陣みたいに死んでる物件はあまりにもあんまりだろ。自分でおかしいと思わなかったのか。
「……持ち帰って検討します」
「はい! ぜひ!」
大量に持たされた物件の資料とぐったりした気持ちを抱えて、寮に帰ろうと思った、が。
ナカの言葉が頭を反響する。そういう年齢。高校生が付き合ってるとかじゃない。
……可能性、あくまで可能性として、言うだけだ。
今から家に行っていいかRINEで聞いたら、主任からすぐに『いいよ!』と返事が来た。
『祭壇のレイアウト変えたから!』
見せびらかそうとしてんじゃねえよ。
主任の家に着くと、いつもギチギチで今にもグッズが床に落ちそうな祭壇はちょっとは整理されていた。まあ相変わらずギチギチではあるが。
「美澄から来たいって言うの珍しいな〜」
主任はお茶の入ったマグカップを私に手渡して、間延びした声で言う。なんか私だけ緊張しててアホらしい。
「出かける用事があったんで、そのついでですよ」
「へー、本屋とか?」
「不動産屋です。再来月までに寮出なきゃいけないんで」
「へっ!? 再来月!?」
やっぱそういうリアクションになるわな。ず、とお茶を啜ってため息をつく。
「内見行ったんですけど、どこもかしこも変な物件しかなくて……」
「ああ……物件探し初めてだったりするとカモられるもんなあ……」
「あっ、やっぱあるあるなんだ……」
「あるあるですよ。俺もなんかわけわかんないとこばっか連れてかれて最終的に仙太郎召喚したもん」
「ああ……たしかに仙太郎さん相手にはカモれませんね……」
よかった、自分だけじゃないんだ。ほっとしてる場合じゃないが。
「そういえばここって結構駅近いですよね、家賃どのくらいなんですか」
「うわっ、切り込んできますね……あんまりしないよ、こんくらい」
主任がパーの手をしてみせた。……えっ?
「1LDKですよね!? 安くないですか!?」
「だって事故物件だし」
「事故……っは!?」
事故物件なのかということより。
「主任ビビりなのに事故物件とか住めるんですか!?」
「そっち?」
そっちだろどう考えても。ホラゲーで眠れなくなるタイプであれよ主任は。
「だって実際出るってわけじゃないし、あんまどうでもいいかなあ」
「ええ……」
「鏡の裏にある棚ん中はめちゃくちゃお札貼ってるけど」
「だめじゃねえか」
何かを抑えてるんじゃねえか。まあ、本人が気にしてないならいいのか。
「このマンションの中空いてて家賃安いなら全然ここでいいんですけど……」
「あは、じゃあここに転がり込む?」
「えっ」
「え」
あっ、これミスった。
主任は全然そんなつもりないのに、こっちがガチの反応をしてしまった。
お互い顔を見合わせて、同時にそらす。
「……物件が見つからない時にそうしよう!? めちゃくちゃ探してもマジで見つかんない時!」
「そうしましょうか! まあナカと一緒に暮らすって手もありますし!」
「そこはナカさんより俺のこと優先して!?」
優先したら変な雰囲気になるだろうが!!
浮かれ切っている私は、スマホが震えてることに気付いていなかった。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
向上優鷹:お化けは怖いけどああいうのはお札剥がしたり祠壊したりアホやらかした奴が取り憑かれるものだからと言い訳している。
美澄希空:お化けは信じてないけどうっかり洒落怖読んでしまった時は部屋中の電気全部つけて寝る。やらかすやらかさざるに関わらずああいうのは怖いんですよ……!
中美良:お化けまーったく信じてない。えっ、創作じゃん何が怖いの?というスタンス。お前が怖いよ。




