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向上主任は珍しくない

 12月の繁忙期を超えて、やっと我らタカミネ商事営業部は仕事納めが出来た。しかし私と主任には、まだ戦いが残っている。


「美澄、水分と食べれるものは」

「お茶とエネルギーバー持ってます」

「カイロは」

「貼ってますし予備のカイロカバンに突っ込んでます」

「トイレは」

「さっき駅で行ったんで大丈夫です」

「もしはぐれたら」

「慌てず騒がず集合場所に直行!」

「よし!」


 二人して深呼吸して、人混みに囲まれた大きなイベントホールを見る。

 これから私達は冬コミ……日本で一番大きな同人誌即売会に、挑まなければならないのだ。


 私も主任もそんなに大きなイベントに行ったことはない。せいぜい前にも行ったオールジャンルイベントくらいだ。

 だって行っても我々の推しカプはマイナーだから同人誌なんて数えるほどしかないし、あんなに人が多いところ行くの大変だし、とどうしても足が向かわなかった。

 じゃあなんで今日はチケットを買ってまで一般参加者としてやって来たのかと言うと。


「ごめん美澄……本は来たけどやっぱ気になるからスペース見ときたくて……」

「いいですよ。私も与四鈴アンソロ欲しいですしね」


 主任が寄稿した与四鈴アンソロを買うためである。


「莉世さん、すごいですよね。作りたいとは言ってたけど本当に作っちゃうなんて」

「な、寄稿の人の中に別ジャンルで大手だった人とかいてさぁ、どんな手使って口説いたんだろうな」

「神を引き込むタイプの神か……」


 私もアンソロのサンプルはピクシヴで見たけど、本当に名だたる寄稿者達だった。恐ろしいのはその中にいても特に遜色のない主任の漫画である。

 今までマイナーカプという狭い村にいたから見つからなかっただけだ。いつか出版社の人とかに見つかって、プロの漫画家とかになっちゃうんじゃないだろうか。


「莉世さんのスペース行っても絶対俺がユタとか言わないでね!?」

「言いませんよ。ユタさんからの感想お手紙今のうちにもらっとくんで」

「ありがと……」


 ……しかしこの身バレに対する過剰な恐怖心がある限りは大丈夫な気がする。

 人混みを掻き分けて、目当てのスペースを探す。ドルストの島はあっちの方だから、あれ、これ、人に流され……。


「美澄っ!」


 主任に腕を掴まれて、なんとか流されずに済んだ。


「……慌てないで向かおう。多分一旦はぐれたらもう今日中には会えんからこれ……」

「そうですね……」


 気を引き締めて、踏ん張ってから一歩踏み出した。


 ドルストのコスプレの人や同人誌を並べてるサークルさんが増えて、やっとドルストの島に入れたのだと安心する。なんとかここまではぐれずにこれたが、あとは莉世さんのスペースを探すのが一苦労……。


「与四郎の相手って普通純生くんとか百枝じゃない? なんで鈴鹿?」

「顔カプなんじゃん? あの組み合わせじゃなかったら絶対買うのに〜」


 通り過ぎていく女の子達の会話を聞いて、主任と二人で顔を見合わせた。何も言わずとも心が通じ合ったのが分かる。


 与四鈴最高だろうが読んでから言え!!


 しかしおかげであっちの方に莉世さんのスペースがあることは分かった。与四鈴サークルが少ない中できっと心細い思いをしてるに違いない。ツブッターでもそんなこと話してたし。

 早く行かねば、同志がいることを伝えねば。

 その使命感でずんずんと足を進めると。


「あ! 莉世さんってあの人ですよ、主任」


 島の中で健気にニコニコと座っている女の子を指さすと、主任が「え」と止まった。


「……マジで?」

「え、そうですけど」

「そう、なんだ……」


 主任が目を丸くしている。

 え……もしかして好みだった、とか? いやいやいや、仮にも彼女の前なのにそんな丸出しにするわけがない。


「……ごめん、美澄。ちゃんと自分で手紙も差し入れも渡す」


 いやでもこの反応はなんなんだ!?


 手紙や差し入れを手放せないでいると、主任がそんな不安を見抜いたのか、「大丈夫だから」と笑った。


「ちょっと、確かめたいことがあって」


 私が首を傾げていると、主任は私の腕を引いたまま、莉世さんのスペースへ向かっていった。

 私に気付いた莉世さんが「みのむしさん!」と高い声をあげる。


「こんにちは! 来てくれたんですね!」

「あ、はい……あの……」

「あの」


 主任が、思い詰めたような声を出す。躊躇うように口をきゅ、と結んで、もう一度莉世さんの方を見る。緊張したっていうより、何か覚悟をしたような顔だった。


「あ……アンソロ発行おめでとうございます、それで、あの……」


 ごくん、と息を呑んでから。


「お、俺……ユタ、です……信じてもらえないかも、しれないんですけど……」


 震える手でスマホの画面にうつったツブッターのアカウントを見せた。


 い……言った……!!

 あんだけ身バレを気にしていた主任が、腐ってることもオタクなのもできる限り隠してきた主任が……。

 謎の感動を覚えていると、莉世さんが「ああ!」と手を叩いた。


「ユタさんやっぱり男性だったんですね!」

「えっ」


 二人で声を揃える。えっ、バレてたの……?


「なんとなく同類かなって思ってたんですよぉ、自分!」

「えっ、同類って」

「あっ、やっぱりそうですよね!?」

「へぁ!? 主任!!?」


 私を挟んで、主任と女子大生が意気投合している。二人の顔を交互に見ていると、莉世さんが歯を見せて私に微笑みかけた。


「みのむしさんには言ってなかったんですけど、自分、男なんですよぉ!」


 時が止まったかと思った。



 莉世さんは大学生だった。ここまでは予想通り。予想外だったのは。


「自分結構クオリティに気遣ってるんでバレないかなって思ってたんですけど、やっぱ同性から見ると一発ですよね!」


 莉世さんは男子大学生だった。


 開催時間終了後、莉世さんにアフターに誘われた私達は近くのカフェに来ていた。

 大の甘党らしくテーブルに並ぶケーキやらパフェやらを次々平らげていく莉世さんは女の子にしか見えないが、たしかに言われてみると言葉や仕草の端々に違和感はある。言われないと永遠にわからないだろうけど。

 主任は腐男子としての勘なのか、一発で莉世さんを男と見抜いたから自分の正体を明かした。それなのに、いまだにどこか放心したようにぐったりしている。


「……めっちゃ莉世さん若いじゃん……呟きがおっさんじみてるからワンチャン若作りしてる同年代かと思った……」


 そこかい。


「いいじゃないですか年齢とか! 自分おじいちゃんになっても腐男子続けますよ!」

「続けるっていうかもうこれ業だから、一生逃れられない十字架みたいなもんですからね……」

「あはは! ユタさん呟きとか漫画はあんなテンション高いのに、リアルではこんな感じなんですねっ」


 それは正直莉世さんに対しても似たようなことを思っていた。

 莉世さんの描いた小説は少女小説みたいに繊細で、心理描写が緻密で……あんな美少女がこんな話を書いてるのは解釈一致だななんて思ってたけど、まさか男だとは。


「でもユタさんが何がなんでもイベントに顔出さない理由分かってすっきりしたなあ〜」

「やっぱり莉世さんも女性向けジャンルにいると肩身狭いから女装を……」

「あ、それは趣味です」

「趣味かい」


 思わず突っ込んでしまった。


「自分は好きなもの好きって言うの恥ずかしくないですもん!」


 可愛い顔に似合わぬ鋼のメンタル。豆腐メンタル28歳児にも是非見習ってもらいたい。

 28歳児はいたたまれないのか俯いて小さくなっていた。情けない。


「そういえばお二人はオタ友とかなんですか?」

「あっ、えっと、付き合ってて」

「ええ!? カップルでジャンルもカプも被ってんのすご!! いいな〜、自分の彼女別ジャンルなんで羨ましいです!」

「あ、彼女なんですね……」


 どっちでもいいんだけども、なんとなくそうなんだとは思ってしまう。そこに何の感情があるわけでもないが。


「リア友もほとんどドルスト民いなくて、今与四鈴とセットでめちゃ大学で布教しまくってるんです!」

「えっ!? 莉世さんオタクなのとか隠してないんですか!?」

「なんで隠す必要があるんですか?」


 あっけらかんとそう言われて、隠れオタク隠れ腐の主任は今度こそ圧倒されてしまった。うん、分かる。これは私でも唖然としてしまう。

 オタクなのも腐ってるのも悪いことじゃ無いって自分が一番よく分かってるのに、なんとなく悪いこととか誤解を招くことだって思ってしまう。でも、莉世さんはそうじゃないんだ。


「なんか……若〜〜っ……」

「ね、若いですよね……」

「えっ、えっ、何がですかぁ!」


 そんな話をしていると、テーブルの上の莉世さんのスマホがぶぶぶ、と震えた。


「あ、やば、自分遠征組なんでもう駅行かないとなんですよ! すいません、呼び止めて!」

「いや、色々とためになったので……」

「何ですかそれ!」


 莉世さんはくすくす笑うと、お代だけ置いて走って店を後にした。

 走り方はフォームがしっかりしててなんか男らしいけど……でも、なんかそういうの関係なく。


「かっこいいよなぁ……」


 主任がぼやいた言葉に全力で頷いた。


「俺はああはなれん……」

「女装は似合うと思いますけど」

「なんで声そんなガチトーンなの? 怖いからやめよ?」


 しかし、あそこまで堂々ではないにせよ、主任もいつかああやって好きなものを好きだって言う日が来るんだろうか。私と主任だけが知ってればいいって思ってた全部を、何でもないことみたいに誰かに言う日が……。


 そんな、いつかのたらればを考えたって仕方がない。


 今はそんなことより。


「さ、帰りますか主任」

「そうだな、さっさと撤収しよう」


 行きより少し増えた荷物を抱えた私達は、同じことを考えている、と確信した。


 一刻も早く戦利品を読みたい!!

ここまで読んでいただきありがとうございます!


ユタ:本名は向上優鷹。推しグッズは見つけ次第買って家に溜め込むタイプ。

みのむし:本名は美澄希空。推しグッズは吟味して買ったにも関わらず家に置き場がなくなるタイプ。

莉世:本名は世良理玖斗。推しグッズは痛バッグなどでオシャレに身にまとうタイプ。

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