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向上主任は分かんない

「じゃあ……あなたは優鷹さんと、その、お付き合いしていて……」

「しっかり成人もしちょるってことか……」


 ようやく私と主任の話を聞いたご両親はきょとんとした顔で、私と主任の顔を交互に見る。

 しばしの沈黙の中、最初はぜえぜえと息を切らしていた私達だったが、いたたまれない気持ちでどんどん背中が丸くなっていった。

 やっぱりがっかりするよな。手塩にかけて育てた息子の彼女がこんなんじゃ……。

 正座した膝の上にのっけた手をぎゅ、と握って、ご両親の落胆の声を待つ。


「や……やったーーーーーーーー!!」


 しかし、返ってきたのは、ご両親の息がぴったり揃った歓喜の声だった。

 は?


「この子ったら昔から内気で、もうお嫁さんなんて夢のまた夢だと思ってたのに!!」

「えっ、お嫁さんって」

「もしかしてまだそこまで考えてなかった!? なら今から考えてちょうだい、最初で最後のチャンスなのよこの子にとっては!!」

「気が早い! 美澄がびびってるからやめて!?」


 すごい形相で詰め寄ってくるお母さんを主任がべりっと引き剥がす。その主任に今度はお父さんが近づいて「なに情けないことを!!」と怒鳴った。代わる代わる騒がしい。


「お前そげな軽い気持ちで家に連れ込んどんか!?」

「違うけど!! とりあえず今日は帰ってマジで!!」

「これがのこのこ帰れますか! 希空さん、好き嫌いない? ご飯作るから食べていって!」

「マジでやめて!?」

「まあまあ……」


 半泣きでご両親に必死に帰れと懇願する28歳児の背中を思わずさすってしまう。

 周りがパニクってると逆に冷静になってくるアレだろうか。この阿鼻叫喚に比べれば、ご飯を食べるくらいは何でもないようなことのように思えてきた。


「あの、ご飯作るなら手伝います」

「美澄!?」

「ここまで来たらもう腹括るしかないですよ……ほら、主任立って立って」

「美澄のその切り替え早いとこ何……」


 あんたが過剰にビビるからこういう風にならざるを得ないんだよ、とは口に出さずに、主任と浮かれ切ったお母さんを台所に押し込む。

 食材の少なさから自炊してなさを見抜かれた主任はもう一怒られしていた。



「嵐みたいなご両親でしたね……」

「忘れて……」


 結局、ご両親は夕日が沈む頃には帰った。

 主任のことは心配ではあるものの、それ以上に「せっかく遠出するんだから美味しいもの食べたいし観光したい」ということでしっかり計画を立ててきていたらしい。予約していた中華料理店の開店時間が近付いた途端に、さっきまでの大騒ぎが嘘のようにてきぱきと撤収してしまった。

 やっぱり向上家の血を感じる。主任も大騒ぎするけど変なとこ冷静だし。


 珍しく大量の洗い物が発生した台所を主任と二人で片付ける。主任が両親の来訪で疲れ切ったのもあって、そのうち二人とも黙り込んでしまった。

 こういうことは結構よくある。どっちかが何かに集中してたり疲労困憊だったりすると、私達はすぐ静かになった。それが別に不快じゃないからだ。

 でも、今日はまだぎゃあぎゃあ言っておいて欲しかった。


「……主任」

「ん?」

「……なんでもないです」

「えっ、何、なになに」


 主任の家族はうちと全然違った。当たり前だけど。


「オタクなの、反対……って言うと変ですけど、あんまりよく思われてないんですか?」

「そうだな〜。あれで結構固い人達だから、オタクと犯罪者が地続きになってるって思ってるんだよな」

「それでも仲良いんですね」


 私も年末は帰省しない。主任のご両親が言うところのオタクの集まり、つまりは冬コミに行くからだ。それどころか、お盆だって気持ち的な余裕がまったくなくて帰省してなかった。

 だけど、お母さんは心配も何もなく、RINEで短く『そう』とだけ。


「別に普通くらいだと思うけど……美澄、なんかあった?」


 項垂れていく私の顔を主任が覗き込んだ。


 主任のご両親は、私の方を見てはにこにこと微笑んでよかったよかったと繰り返した。主任のお姉さんとも連絡を取り合ってる話をすると余計に喜んで、手塩にかけた息子の恋人がこんな冴えない奴なのに、何度も何度も嬉しそうに笑いかけてきた。


『情けない子だけど、いいところもちゃんとあるんですよ。どうか愛想つかさないであげてね』

『優鷹と瑠璃のことで何かあったら何でも相談してくれていいけん! いつでもぶん殴りに来ちゃるけん!!』


 主任はやめてやめてと半泣きで止めていたが、私は胸が締め付けられてたまらなかった。

 あ、だめだ、これ。


「惨めだ……」


 ついに口から溢れ出た言葉に、主任が目を丸くした。


「え……やっぱ嫌だったよな!? ごめんもう絶対来させないから!」

「違うんです……あの、来てもらって全然構わないんですけど、私、その」


 羨ましさと虚しさが混じった感情がどろどろと胸に渦巻く。

 心配って、多分ああいうのを言うんだ。今まで目を背けていたものを急につきつけられて、自分の土台が崩れていく。


「お母さんに、心配とかされたことないなって……」


 子供の頃のクリスマスの日、滅多に帰ってこない、顔も覚えてないお父さんがイルミネーションを観に連れていってくれた。お母さんが麗央を連れて映画を観に行ってしまって、私が一人で留守番してることを知ったからだ。

 お父さんは知らないお姉さんと一緒にいて、そのお姉さんはとてもよくしてくれた。今となって思い返してみれば、あれはお父さんの浮気相手だったんだろう。

 お母さんは帰ってきた私に怒鳴り散らしてもう2度とお父さんに会うなと約束させた。

 希空のことが心配だから、変な虫をつかせたくないから、そう言ってお母さんは色々私に制限したけど、それは全部私を見てなかった。


 いつだって、私の向こうにいる、お父さんとあのお姉さんを見ていた。


「みじめだ……」


 私がもし主任をお母さんに会わせた時、あんな風に言ってもらえるか分からなくて、それがとんでもなく虚しくて、しんどい。

 ため息をつくと、主任の手がこっちに伸びて、ぐっと肩を抱き寄せられた。皿洗いを終えたばっかりの手で雑に頭を撫でるから、一応クリスマスだしなと思ってちゃんと整えた髪の毛がどんどん乱れる。

 それなのに主任の体温が妙にあったかくて、怒る気になれなかった。


「……ごめん、なんか、うわーってなって、なんていうか……うわーって……」

「んはっ、語彙死にすぎでしょ……」


 乾いた笑いが出る。


「なんか、何て言っても違う気がして、美澄の家族会ったことないし……」

「はい」

「分かるとか、そんなことないとか、言えたらいいんだけど」

「……そんなこと言われた方が困りますよ」


 少なくとも今は、主任は分からなくていい。そんなことないとか死んでも言ってほしくない。

 頭を撫でる手をそっと取って止めると、案外顔が近いのに気付いた。主任も同じタイミングで気付いたらしく、かあっと顔を赤くしている。


「な……なんか近いっすね……」

「あ……あはは……」


 なんだよその敬語は。私も何笑って返してるんだよ。


 実はあの出張以降、私達はキスなんざ一度もしていなかった。

 2回目ってどうやって始めるの? 誕生日とかそういう言い訳がない時、世のカップルってどうやってキスに及ぶんだ? その答えがよく分かってないまま泊まりにまで来てしまったのだ。

 だけど今日はクリスマスって言い訳がある。ごくりと息を呑んだ。


「しゅに……」

「あっ、『グラクエ』!」

「は」

「やろうって言ってたのに結局やってなかったと思って! 美澄も絶対ハマると思うから!」

「まあ……やるって聞いたんでオープニングムービーくらいは見ましたけど……あの銀髪のイケメンは何なんですか」

「あっ、いいところに目つけたな! あれはCV杉村悠人のイケメン敬語口調クール殺し屋です」

「推せる要素しかないじゃないですか」


 二人とも声が上擦ってる。お互い様なので口には出さない。口には出さないけど、思うのは許してくれ。


 このヘタレが!!!


 かくして、このクリスマスの集まりは本当にオタク会と化したのだった。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


向上優鷹:嫌なことがあっても抑圧するタイプ。ある日急に全部放り出して引きこもったりしちゃう。なので高校の頃一時期不登校キメてた。

美澄希空:嫌なことがあっても抑圧するタイプ。嫌なことをされているということを認識しないようにしているため気付くと決壊して泣き出しちゃう。

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