向上主任は一応上司
今日はなんだか朝からついてなかった。
朝の占いで魚座は最下位だったし、ツブッターとピクシヴ巡回してたら地雷の女体化に当たるし、なんとかこの沈んだ気持ちを挽回しようと景気付けに引いた10連ガチャでは大爆死。
極め付けは。
「……美澄、少しいいか」
皆の前で向上主任に呼び出しを食らった。
私用ならRINEか一人の時に話しかけてくださいって言ってあるから、こうやってオフィスで呼び出してくる時は仕事の話。
そして、この腹の底がざわざわする嫌な予感は。
「白樺社の人から今日アポが入ってるって連絡が来てる。担当だろ。何か知ってるか」
「……え、あ、ああっ!」
メールを確認すると、今日の16時から訪問することになってる。そして、今は15時53分。
さあっと血の気が引く音がした。
「すっ、すいません、すぐ電話して……」
「……こっちから連絡して謝っておく。美澄は準備して、すぐに出ろ」
「でっ、でも、主任他の業務が……」
「いいから」
書類の山に囲まれている上司にそんなことを頼んでいいのかと迷ったが、ここでゴネても時間の無駄だ。
頭だけ下げて、最低限の準備を済ませてオフィスを飛び出す。今日のラッキーパーソンが『頼れる先輩』だったことを思い出して、星占いも馬鹿に出来ないななんてどこか冷静な頭で思った。
結局、訪問先からは笑って許された。
向上主任が電話で謝罪してくれたことが功を奏したらしい。担当の人は「営業って経験あるけど大変ですもんね」と笑っていた。逆にいたたまれない気持ちになるのを堪えて、必死で何度も頭を下げた。
「ただいま戻りました……」
「ああ」
金曜日ということもあって皆とっとと帰ってしまったらしく、オフィスには残業中の主任だけが残っていた。
出発前よりは減ったもののまだ山と呼べる書類の中で無表情でパソコンに向かい合っている主任を見ていると、罪悪感で潰れそうになる。
先方曰く、最初はムッとしたけど電話でも長いことかけて謝罪してくれたしこうして直接来てくれたし、ということで許そうと思ったそうだ。
だけど、その分本来やるべき業務が滞ったということ。
本性丸出しの主任には言いたい放題出来るけど、擬態中かつ私のミスに巻き込んでしまった手前、なんて声をかけるべきか分からない。
でも、お礼と謝罪くらいはちゃんとしないと、と主任のデスクに向かうと、擬態中なのはわかるけどあんまりにも冷たすぎる目を向けられた。
「……先方は?」
「っ、あの、許してもらえました……主任が電話してくれたおかげで……」
「今回のミスの原因は」
「わっ、私の確認不足です! 朝にスケジュール確認するの忘れてて……」
声がだんだん震えてくる。
あ、やばい、私が悪いのに、私しか悪くないのに、泣きそ……。
「あはっ、まああるあるだけど次から気をつけろよ! あと朝じゃなくて前日の退勤前に確認しとくとのんびり確認できるし結構取り返しが」
「……急に素になるのやめてもらっていいですか?」
「なんで怒ってんの!?」
涙が引っ込んでしまった。
「とにかく……迷惑かけてすみませんでした。私のミスに巻き込んで残業まで……」
「いやこれは後回しにしてた仕事のツケ払ってるだけだから。なんてったって明後日……」
そこまで言って、主任が止まる。ニコニコしていた顔から表情がすんと消えた。
「……美澄に貸しができたな」
「え」
「正直あの電話、かなり長引いた。あれがなかったらもう少し早めに終わらせれたと思う」
「いや、それは分かってますけど」
「美澄に何か返してもらわないといけないな、これは」
「……何が言いたいんですか?」
匂わせムーブに腹が立つものの、実際主任のおかげで助かったのは確かである。
仕事の面で返したいもののこの敏腕上司に私のようなものが加勢したところで小蠅が獅子を手伝うようなもの。何の足しにもなりはしない。
だから主任の頼み事というのは十中八九プライベートで、やれバケモンのレイドバトル手伝ってくれとか、やれこのジャンルの布教させろとか、そういうのだろう。
まあそんなことで今回のお詫びになるのなら……。
「週末のイベントで売り子して!」
「……はい……はい?」
返事をした後にとんでもないことを了承してしまったことに気付いた。
「ッシャオラァ! 良かった助かる〜! ありがとな美澄〜!」
「ちょ……は? あの、状況がよく掴めないんですけど」
「俺、作った同人誌、美澄、売る」
「カタコトのゴーレムになるな! ちゃんと説明してください!!」
主任は「ええ」と面倒そうな声を出した後スマホを取り出して、その画面を私に見せた。
「えっと……春のオールジャンルイベント『ゆのはなライブ』……?」
「そっ! これにサークル参加するんだけど、いつも売り子頼んでた姉が用事できて!」
「別に自分で売ればいいじゃないですか」
「そう思って前回売ってたら美澄に会っちゃったんでしょうが……!」
なるほど、身バレを防ぎたいわけね。
「それに男が売ってるってだけで遠巻きにされてる気がするし……」
「それは遠巻きにしてるんじゃなくて純粋に我々の推しカプがマイナーなのでは」
「シッ! それ以上言ったら心が壊れてしまうからシッ!!」
繊細すぎる。
まあ、売り子くらいならやってもいいかもしれない。サークル参加ってしたことないから興味はあるし……。
こくりと頷くと、主任がぱっと顔を輝かせた。
「じゃあ詳しい時間とかあとでRINEするな!」
「わかりました。前回のオンリーでも新刊出してたのにまた新刊出るんですか?」
「今回は既刊しか持ってかない予定だったんだけど寂しいからコピー本作った! 例に漏れずR18なんだけどな〜」
「それ私の分確保しといてくださいね? 絶対ですよ」
「わ、分かった……分かったから……目が怖い、目が……」
ふん、と鼻を鳴らして自分のデスクに座る。
今日の報告書作っとかないと。あの感じだと、新規契約はとれないかもしれないけど、永遠にうちの話は聞かないみたいな大事にはならずに済みそうだ。……完全に、主任のおかげだけど。
「あ、そういえば美澄が帰る直前に白樺社の人から電話あって」
「んぉっ!?」
びっくりしすぎて声が裏返った。
え、何やっぱり次の商談は無しでみたいな話!?
「だいぶ憔悴してたけど説明は分かりやすかったから、前向きに検討したいって」
「……え」
「次は忘れないでって念も押されたけどな! あは……美澄?」
ずび、と鼻をすする。
「……そうですか」
「えっ、な……泣いてる……?」
泣いてない。ちょっと目のあたりが熱くて鼻水も出るだけだ。決して泣いてない。
ただ、ほっとしただけだ。
「……美澄は、こういうミス初めてだもんな、不安だったよなあ」
「上司ヅラやめてください」
「上司なのに!?」
「……上司兼友達なんでしょ」
私がそう言うと、きょとんと目を丸くした後にくすくす笑った。
「そうそう、上司兼友達なので残業が終わったら夕飯を奢ってあげましょう。何がいい?」
「……寿司、まわらないとこ」
「美澄って容赦ないよなあ……」
ここまで読んで頂きありがとうございます!
向上優鷹:11月9日生まれの蠍座。
美澄希空:2月22日生まれの魚座。




