向上主任は怒られる
子供の頃のクリスマス、家で一人で留守番をしていると、滅多に帰ってこないお父さんが知らない綺麗なお姉さんを連れて帰ってきて、3人でイルミネーションを見に行った。
お姉さんのお下がりだというピンク色のスカートを履いて、お姉さんにやってもらった可愛い三つ編みをいじくりながら、お姉さんがお姉さんが買ってくれた甘いココアを飲む。
きらきらと輝くツリーを見ていると、世界の全部が自分のためにあるような心地がした。
『希空!! あんたはブスだし器量もよくないから!! 調子にのるなって何度も言ったでしょ!!』
当然、そんなことはなく、家に帰ってきた私はお母さんの手によりスカートを破られ、髪を切られ、叩かれて怒鳴られた。許して欲しくて、何度も何度もお母さんに謝った。
『あんな女の言うこと鵜呑みにして、みっともない!! あんたはどうせ私なんかの娘なんだから、ちゃんと現実見なさいよ!!』
耳鳴りがする。脳が破裂しそうに痛い。息が苦しい。全部、私が調子に乗ったせいなんだ。私なんか、私なんか……。
「っ……!」
目が覚めると、スマホのアラームが鳴る1分前だった。妙に損した気分を抱えつつ、起き上がる。
テレビをつけると、朝のニュースの中でもクリスマスソングが流れて、クリスマスプレゼントがどうとか、デートがどうとかそういう話で盛り上がってる。まあ私には縁がない……わけではないのか、今年は。
いまいち気分が盛り上がらないのは、今朝の夢のせいなんだろうか。
♢
クリスマス何かするんですか、なんて直球では聞きづらい。それにこれ聞くと私が何かしたがってるみたいだ。いや、したくないわけではないけど、何かまだ照れがあるというか何というか……。
悶々と考えながらもうすっかり冷え込んだ非常階段でお弁当を食べていると。
「ああ……そういえばさあ、美澄……クリスマスうち来ん?」
年末に向けた繁忙期で死にそうな顔をした主任が、なんでもないようにそう言った。
「っ、べつ……に、いいですけど……っ?」
「えっ、何その顔。どういう感情?」
私が悶々としてるのに主任は平然としていることへの苛々やら安心感やらそういうのが混ざり合ってる感情です。
しかし、主任と付き合って結構経つけど……家に行くのは、付き合ってからは初めてだ。しかも今回は二人きり。これは本当に手を出されてしまうのでは……。
「あ……あの、何か準備しなきゃいけないもの、とか……」
「実は新しいゲーム買ったんだけどまっっったくクリア出来ないから手伝ってほしくて……」
そんなこったろうと思ったよ。
「ツブッターで『アングラクエスト』の話ずーっとしてましたもんね。結局買ったんですか」
「買ったッ! でもまーだ井崎のカシラすら倒せてない……」
「序盤も序盤じゃないですか。なんでゲーム下手なのに実況動画で我慢出来ないかな」
「だってCV天塚さんの狂人チャイニーズマフィアが出るのに買わないわけなくない!?」
「それはそう。早く同人誌描いてください」
「あっ、頒布しないけどピクシヴにあげようと思ってるやつでちょっと考えてるのがあって……」
結局いつものオタク会かよ。まあ、身構える必要がないので楽ではあるが。
「今年23と24で土日だからさあ、23から来て泊まって夜通しでゲームする?」
「セクハラですよ」
「なんで!?」
こっちのセリフだよ。なんで無自覚なんだよ。
♢
年末特有の忙しさに駆け回ったり、泊まりで呼ぶのはどういう意図だよとか考えたり、ナカに相談して下着がどうだ服がどうだ言われたりしてるうちに、すぐに12月23日は来てしまった。
主任の家の下で『着きました』とRINEすると、『下いく!』とすぐに返ってくる。
……一応下着の上下こそ揃えてきたが、何もないよな? ないに決まってる。うん、いや、でも私も主任もいい大人だしな。ゲーム目的で集まってるけど。
考え込んでいると、私の横を初老の夫婦が通り過ぎた。
「こんにちは」
「あ……こんにちは」
穏やかそうに見える奥さんの方から挨拶されて、つられるように頭を下げる。旦那さんの方はふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らした。
そのまま二人ともマンションのエレベーターの方へ向かっていく。
ここ、一人暮らし用だけど……お子さんとかが住んでるのかな。まあいいけど。
そんなことを思いながら主任の到着を待ってると、降りてきたエレベーターに乗ってる主任と、夫婦が鉢合わせして。
「ーーーーーーーーーーーーっっ!!」
主任が声のない悲鳴をあげたのと同時に。
「優鷹さんっ!!」
夫婦の奥さんの方が大きな声で主任を呼んで、腕を掴んでエレベーターから引き摺り下ろした。
えっ?
「あなた年末帰ってこないってどういうことっ!? 年末年始お仕事ないんでしょう!? 反抗期!? 反抗期なのね!?」
「ちが、ってかなんでここに」
「お前またあの……オタクが集まるようなやつに行くんやないやろうな!? そげんこつしよっからいい年して嫁さんの一人も……」
「いやほんと、待って待って待って」
夫婦は引き気味の主任にけんけんと絡みまくっている。
これは、もしかしなくても。
「向上主任の……ご両親ですか?」
恐る恐る声をかけると、夫婦がこっちを振り返る。心なしか主任とお姉さんに似てるような気がした。
主任の実家は九州にあり、当然ご両親もそこで暮らしている。そんな遠方からなんではるばる主任の家に、しかもアポ無しで来たのかと言うと、主任から「今年の正月は帰れそうにない」という連絡があったから。
たったそれだけで、と外野である私は思うが、主任のご両親は心配で心配で仕方なかった。だって数年前に帰省しないと連絡が来た時に、あらゆる手を使って理由を聞き出したら。
「帰省もしないでマンガとかアニメとかが好きな人の集まりに行くって何よ!? 優鷹さんは家族が大事じゃないの!?」
「いや、今年は別のタイミングで帰ったから」
「今はそげん問題じゃなかろうが!! 何なんかこん部屋は、ま〜だ人形やら絵やら飾ってからに!!」
「いいじゃん別に…….」
「今年もあの集まりに行くって言うんじゃないでしょうね!? お母さん許しませんからね!!」
主任のご両親はオタクに厳しかった。
グッズだらけポスターだらけ、隠しきれてないオタク丸出しの部屋の中で、ご両親は一生懸命に喚き散らす。
「あげなもんばっかりにかまけよったら人間駄目んなるっち何回も言ったやろうが!!」
「優鷹さんが犯罪者になるんじゃないかってお母さん心配で心配で……!」
まさかこの令和にオタクと犯罪者が地続きになっていると考えている人間に出会えるとは……。
私としてはある種の感動を覚えたが、説明を諦めて正座したままどんどん項垂れていく主任を見てると同情心がわいてきた。
かと言って、私にどう庇うことが出来ようか。そもそもここに連れてこられた理由も謎だった。
エレベーター前で「主任のご両親ですか」と聞いた時、逆にご両親の方から主任との関係を聞き返された。呆気にとられたのもあり言い淀んでいると、血走った目のお母さんからほぼ連行の形で連れてこられたのだ。
オタク仲間ってことがバレたのか? まあ私オタク丸出しだしな……なんて考えて呑気に見守っていると。
「心配が的中するなんて思わなかったわ! こんな純朴そうな子誘拐して!!」
「え」
「君、まだ大学生とかそこらやろ。送ってくけんな、怖かったろう?」
「いやあの」
ご両親の心配そうな目が私に向く。
あ、これ誤解されとる。
「違います」と言おうとしたのに、ご両親は止まる暇もなく「家は」「大学は」と聞きまくってきた。その手がスマホに伸びて通報しようとしていることに気付き、ようやく恥ずかしがったり戸惑ったりしてる場合じゃないと腹を括る。
「あの、ちょっと待ってください」
「大丈夫よ、すぐにお家に帰れるからね」
「俺ぁもう情けねえわ!! 手塩にかけて育てた息子がこんな誘拐なんざして!!」
「だから違……」
「今ならまだ間に合うわ! 今から110番するから、お母さんと一緒に自首しましょう!!」
「お前は償わんといかん!! ほら立て!!」
この人の話を聞かないでまくしたてる感じ、確実に向上家の血を感じる……。
主任の場合は拳で一旦止めれるけどご両親にそれをするわけにはいかない。私はやむなく、息を深く吸い込んだ。
「だから違うんですって!!」
腹から声を張り上げた。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
向上優鷹:おとん、おかん呼び。
美澄希空:お母さん、あの人呼び。
向上鶴彦:お父さんお母さんと言え!
向上小夜:私のことはどう呼んでもいいけど皆のために頑張ってるお父さんのことはお父さんって呼んで!




