向上主任は超必死
寮の自分の部屋に入って、枕に顔を埋める。私が泣く権利なんかない。それは分かっているのだが。
「…………最低だ、私……っ!!」
自己嫌悪で、顔から出るもの全部出た。
私は最低だ。それはもう分かってる。充分分かってるんだけど、それでも他の人を責めるのをやめられない。
須賀さんが皆の前であんなこと言わなかったらそもそもこんなことになってない。しかも何なんだよあの女達は。彼女持ちって公言してる人間にべたべた触るなよ。主任も主任でもっと……。
ふと、仙太郎さんのことが思い出される。仙太郎さんは胸を張れって私に言った。でも、すいません……今は胸張れません。恥ずかしいことしかしてない自覚があります……。
「主任に……謝る……」
スマホを取るが、まったくもって何と謝罪したらいいか分からない。ひどいこと言ってごめんなさい、とか? いや罵倒したわけじゃないし、これは違う。罵倒なら普段の方がまだしてる。
文字を打っては消して、打っては消してを繰り返していると、主任の方からRINEが来た。
『今日、なんかごめん……』
なんかって何だよ!!!!!!!
怒りが勝ってしまって、スマホを放り投げてしまった。
♢
結局、主任に謝れないまま翌週になってしまった。
「こないだ楽しかったですね〜、主任♡」
「主任めっちゃアニメ詳しくてびっくりしちゃった!!」
「な! お前隠してやがったなこの〜!」
「……須賀、もう始業時間だから」
しかも飲み会行ってやがるしあの男。どんな神経してんだよ。
主任がオタクなのとか、私だけが知ってたのに、私だけ、私だけが。
不満を飲み込んで、仕事を始める。
「彼女さんの愚痴、いつでも聞きますからまた皆で飲みに行きましょうね♡」
「いや……」
曖昧な返事してんじゃねえ!!
主任に謝らないと、という気持ちと、いやあっちから謝ってこいよという気持ちがあり、結局ほとんど顔を合わせないまま日だけが経っていく。
帰り道、期待を込めてスマホを見てみても、主任からの連絡はない。このまま自然消滅みたいな形で別れるとかありえるんだろうか。
……ありえなくないかも。だってこういう時、どう仲直りしたらいいか分からないし、主任もそれは同じだと思う。
でも、もうそれでもいいかと思えてきた。こんなに感情に振り回されるくらいなら別に、恋愛とかいらない。ナカも「彼氏とかいてもめんどいだけだよ」みたいな話してたし、もう主任なんか、知ら……。
「ミスティア?」
私をそう呼ぶ人は、世界でたった一人しかいなかった。
顔を上げると、圧倒的美。
「お姉さん……」
「随分悩ましげに歩いてるのね。どうかしたの?」
相変わらずのゴスロリ姿に身を包んだお姉さんは、優雅な所作で笑った。
「いえ、大したことじゃ……お姉さんはどうされたんですか?」
「明日はイベントがあるから、優鷹のところに泊まろうと思ったんだけどね。思ったより早く着いたから、もしかしたらミスティアに会えるかもって思って歩いてたの」
くすくす笑う姿はどこか浮世離れしていて、妖艶という言葉がよく似合う。
「何で私に……」
「仙ちゃんから聞き出したのだけど、優鷹と結ばれたんでしょう? 未来の妹に会いたいと思うのは姉としての性よ」
「未来の妹とか、気が早……」
それに、私、主任と別れるかもしれないし、と続けようとして、なんだか情緒がぐちゃっとなって。
「お……お姉さん……あの……どうしたらいいですか……」
「あら、ミスティア。真っ青だわ」
私は、お姉さんに縋り付いてしまった。
♢
お姉さんとこのファミレスに来るのは2回目だ。お姉さんは席につくと、即決で「ミックスグリル、ご飯大盛り」と頼んだ。相変わらず顔に似合わずパンチのきいたメニューを頼む。まあ私もそれにするんだけど。
「それで? ミスティアがそんな切なげな顔をしているのは何故かしら」
お姉さんがテーブルに肘をついて、小首をかしげる。
「あの……私……」
考えれば考えるほど、悪いのは私である。お姉さんに冷たい視線を向けられることを覚悟して、私はお姉さんに全部を話した。
「……そう」
お姉さんは、黙って全部聞いて、短く言った。
あ、これ呆れられてる。いや当たり前か。子供じゃないんだから、ってなるよな。しかもそれが弟の彼女って嫌すぎるよな。あ、やっぱり、私なんか、もう別れた方が。
「ミスティア、やきもち焼いちゃったのね?」
「……や?」
「やきもち」
主任も須賀さんも周りの人たちも、皆ムカつく。しかしその怒りに名前があるかもしれないなんて考えたことはなく、お姉さんにそう言われて。
「……へぇ?」
私は穴があったら入りたい心地になった。
え、じゃあ何、私やきもち焼いてあんなことしてたの。今までやきもちって感覚があまりよく分からなかったけど、確かにそう言われるとしっくりくる。ああ、そう、やきもちだったの、やきもち……。
「う……うわぁ……っ!!」
「どうしたのミスティア。可愛い顔して」
「いやっ、あの、情けなくて、自分が!」
「あら、どうして?」
「だって、そんな、やきもちなんかで!!」
「好きなら独り占めしたいと思うのは当たり前じゃない?」
お姉さんは当然のことのように言った。
「私なら、恋人にそんなことされたら……」
「さ……されたら……?」
「引っこ抜くわね♡」
「何をですか……」
一抹の恐ろしさを感じつつ、お姉さんの物言いに安堵してしまった。お姉さんみたいな人でもそういう風に思ったりするのか。
店員さんがミックスグリルを二人分持ってきてくれる。手を合わせていただきますをしてから、お姉さんがくすくす笑った。
「ね、ミスティア。あなたと優鷹の繋がりは秘密の共有だけかしら」
「え?」
「私にはとてもそうは思えないわ。優鷹がたとえ何も隠してなかったとしても、優鷹はあなたを選んだんじゃない?」
「そんなことないかと……」
「あるわよ」
無根拠だ。でも、美の暴力とも言うべき眼力で見つめられると本当にそんな気がしてくる。
やきもちだと指摘されると自分のやってることがさらに子供じみているような気がして、本当に恥ずかしい。主任を責める気持ちがなくなったわけではないが、謝らないとという気持ちの方が強くなった。
「……ちょっと、食べたら電話してきます」
「あら、その必要ないと思うわよ。さっき私からミスティアとここにいるって連絡したから、ほら」
お姉さんが後ろを指差す。よく見知った顔が走ってきていて、お姉さんと私が一緒にいるのを見るなり。
「美澄に寄るな!!」
お姉さんに怒っていた。つくづく思うけど、お姉さんって主任に何したんだろう。
♢
タクシーで先に主任の家に帰ると言うお姉さんを見送った後、主任と二人でとぼとぼと寮までの道を歩く。
先日あんな別れ方をした手前、どのツラ下げて謝ればいいのか分からない。いや、普通にこの間はごめんなさい、なんだろうけど。
私が悪いのは分かってるのに、それを認めて口に出す勇気があと一歩出なくて、無言のままあと少しで寮に辿り着くところまで来てしまった。
「……あの」
不意に、主任が口を開いた。
あ、怒られる。いやさすがに当たり前か。というか、いっそ怒ってくれた方が……。
「俺、捨てられる……?」
「いやなんで主任が半泣きなんですか」
しまった、思わず突っ込んでしまった。
主任は「だって!」と情けない声を出した。
「美澄怒ってるし、なんで怒ってるのか分かんないし、謝ったけどずっと返信来ないんだもん!」
「もんってアンタ」
「なんで怒ってるか分かんないのに謝るのよくないって分かってるけど、でもなんかしたなら謝るならとりあえず教えて!?」
必死すぎだろ。
なんか謝る気が失せてくる……いや、しかし今回は謝らねばなるまい。
「なんかした、っていうか……私が悪いので」
「え?」
「主任がオタクなのとか、気弱なのとか、私しか知らなかったのに……皆が知っちゃって、それが嫌で、飲み会行くし、断らないし、仕方ないんですけど彼女の写真見せないし……その、もっとはっきり断ってほしいっていうか……」
あ、これ、言葉にすればするほど、恥ずかしさが込み上げてくる。
「あの……やきもち、やいてました……」
しかし、もう言い訳をするわけにもいかなかった。
主任が絶句してる。いやそりゃするか。当たり前か。
「……ごめん、今のもう一回言ってもらっていいですか」
「よくないですけど。なんでスマホのマイク向けてくるんですか」
「だってこの先どんくらい待って得られるか分かんないデレだよ!? 録音くらいさせてください後生ですから!!」
「そんな必死に……」
私そんなに素直じゃないだろうか。しかし……思い返してみれば、主任に好きだとか、そういうのを直接言ったこと、まったくなかった。
意を決して、主任の手を掴む。引き寄せて、言おうとしたけど言葉にならなかった。でも、行動で充分に伝わったらしかった。
♢
翌日、主任はまた須賀さんに皆で飲みにと誘われていたが断っていた。それはいいのだが。
「彼女が嫌がるから行かない」
理由まで言わんでいい。
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