向上主任は変わらない
「初キスってどこでした?」
「っえ!?」
残業中、急に椎名さんから振られた話題に思わず裏返った声が出た。
「あっ、その反応! 心当たりあるわね! おばちゃんに教えて〜♡」
「いやっ、あの」
経験まったくないです。でもその話他の人のはしっかり聞きたいです。そういうのをどう説明していいか分からずに慌てていると、後輩の田中さんが「アタシはぁ」と話に入ってくる。
「彼氏の家でしました」
「えっ、それは、どういう流れで」
「ええ? 美澄先輩知りたいんですか? エッチ」
「ちが、あの」
「いいじゃないいいじゃない! おばちゃん胸キュンが不足してんの! 教えてぇ!」
椎名さんに同調する形で「私も不足してるので」と言った。うん、胸キュンね。不足してるは不足してる。最近公式からの供給少ないし。嘘はついてない。
「え〜? 普通ですよぉ。彼氏の誕生日にお金なくてぇ、ショボい誕プレしか準備出来なかったんですけど、そしたら『これだけ?』って言うから」
「何その最低な彼氏。別れなさいよ」
それについては椎名さんと同意見である。
「いやそういうノリですって! それにそいつとはもう別れましたしぃ」
「わっかんないわぁ……それで? なんでその流れでキスなのよ」
「プレゼントはアタシって言って、キスして、それから……」
「猥談じゃない!! ちょっと田中さん美澄さん、早く終わらせて飲みに行くわよ!!」
「すみません、今日用事が……」
「アタシも今彼とデートでーす♡」
「えぇ〜〜〜!?」
用事っていってもソシャゲのイベント周回なんだけども。
しかし、いい話を聞いた。そうか、誕生日か。そういうきっかけを作ったらいいのか……。
主任と付き合って1ヶ月以上。たまにデートと称した二人で出掛けるアレをするくらいで、私達は恋人らしいことはほとんどしていなかった。
会えば会えなかった時間を埋めるが如く1.5倍速で推しカプを語り、ぬいを撮り、たまに距離が近いことに気付いて二人して離れるとかはしたけど……いつまでもこんなことをしていられないのは分かっている。
実際今も仙太郎さんからたまにRINEが来て『相談乗っちゃろうか』と言われる。そのうち取って食われる……!
正直、私は焦っていた。
だって世の恋人って、もっと恋人らしいこと色々してるんじゃないのか。私は主任に我慢させてるんじゃないのか。このまま友達の延長線みたいな感じでいってていいのか。
会議で不在の主任の席をちら、と見る。一番不安なのは、主任が私とそういうことをしたいと微塵も思っていないのではないかということだった。
残業を終えて家に帰り、主任に電話かけていいかRINEすると『バケモンの通信プレイしよう٩( 'ω' )و』という返信が来た。本当に付き合ってるんですよね? 小学生の友達感覚じゃないですよね?
まあ私もレイドバトルの最強キュウビ欲しいから付き合うか。ゲームを起動してから電話をかけると、主任はすぐに出た。
『あ、美澄。残業早めに終わった?』
「まあなんとか……主任の方が会議長引いてませんでした?」
『会議は長引くもんだからな〜。で、なんで急に通話?』
「別に、なんとなくです。そういえば私、主任の誕生日聞いてなかったなって思ったんですけど」
『え? 来週』
来週……来週?
「もっと早く言えーーーーーーーーーッ!!!!」
『おあっ、美澄のデカい声久々に聞いた』
「いやなんで、言うの遅くないですか!?」
『だって誕生日とかどうでもいいしなあ……あっ、バケモン起動したから通信しよ!』
「バケモンの話しとる場合か!! 最強キュウビのレイドバトル行きたいんですけど!」
『あっ、俺もそれ言おうと思ってた!!』
まずい。何も準備できてない。いや、元からプレゼントは……いやいやいや、こんなデブス渡されても困るだろ!!
でも主任はそんな私のこと可愛いとか言い出す。いや、それにしても、プレゼントが自分はないだろ。いやしかし。
『あっ、美澄美澄! あそこにでかめのネコマタいる!!』
「えっ可愛い、絶対捕まえましょう」
まあ……バケモン終わってから考えればいいか。
♢
バケモンを終えたら、まあゆっくり寝てから考えようって寝て、この仕事ひと段落ついてから、これが終わったら、あれが終わったら……と、どんどん先延ばしにしていたら。
「11月……」
主任の誕生日が明後日に迫ってしまった。
どうしよう、誕生日プレゼント、本当に大したもの準備してない。
このままではプレゼントには不相応なものをあげて、足りなければ自分を差し出すという田中さんの案をそのまま採用することになってしまう。
パソコンに向かいながら考えあぐねていると、課長から「美澄さん、ちょっと」と呼ばれた。
えっ、もしかして私何か、ミスした……?
不安になりながら課長の席に行くと。
「明日から1泊、出張行ってきて!」
申し訳なさそうにそう言われた。
「えっ」
「県外の取引先で使ってるシステムにトラブルが起きたみたいでさ! メンテナンスと、前のバージョン使ってるみたいだから新しいの紹介してほしくて」
「ああ、それで……」
「で、向上くんがサブでつくから、よろしく」
「え」
向上主任の方を見ると、いつもの無表情で顧客資料のファイルを渡された。
「担当を俺から美澄に移す。美澄が一番担当案件少ないから」
なるほど、だから白羽の矢がたったのか。
ファイルを受け取ってめくってみる。結構遠いところにある会社なんだな。一泊しなきゃいけないのも納得だ。
だけど、主任の誕生日はどうしよう。
まあ出張から戻って祝えばいいか。幸いというべきかやっとけよと言うべきか、特にお店予約したりケーキ予約したりしてないわけだし……。
明後日のことは明後日考えたらいい。もうショボい誕生日プレゼントとか知ったこっちゃない。そもそも主任が来週になるまで教えなかったのが悪いのだ。
この時の私は、予想もしていなかった。
翌日の夜……つまり、主任が誕生日を迎えようとしている夜、あんなことになってしまうとは。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
向上優鷹:御三家をずっと愛して使い続けてラスボス戦に挑む。お前は紛れもなく俺の相棒だよ……! しっかりバトル弱い。
美澄希空:御三家は強くて好きなのが出てきたら早々に切ってしまう。ずっと一緒にとか無茶なんだよ……。しっかりバトル強い。




