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向上主任は見栄っ張り

 向上主任と付き合い始めてしまった。即ち、人生で初めての彼氏ができた。


 ……と、言うと劇的なことのように思えるが。


「えっ、主任も与四鈴のアンソロ参加するんですか」

「うん! 毎日死にながら原稿やってる!」

「大丈夫なんですかそれは」


 付き合ってから1週間が経過しても、私と主任の関係性は特に変わらない。こうやって非常階段で二人、こそこそ昼休憩をとる頻度が増えただけだった。


「仙太郎が手伝ってくれるらしいからなんとか……」

「あっ、えっと……私が言うのもあれなんですけど、仲直りしたんですか」

「えっ、喧嘩すらしてない」

「え」


 私のために争わないでとかアホみたいなこと言う気はないけど、まさか喧嘩すらしてないとは。一応この人達恋敵って関係性じゃないの?


「仙太郎が……『相手がお前でも絶対引かん』って言って……」

「つ……強……!!」

「もう服も髪も自分で考えてどうにかしろって……」

「親離れ……!!」

「だから今後俺の私服からオタク臭が隠しきれてない時はすぐに言って……すぐ改めるんで……」

「私もオタクなんで分かんないですよ」


 なるほど、私は親離れを促しただけだったか……。

 だけど、仲が悪くなったとかじゃなくて本当によかった。これで二人が縁切ったりしたらもうどっちにも顔向けられない。


「……だから今週末が、空いてるんですが」

「へえ、何か予定入れるんですか?」


 そう聞き返すと、昼ごはんのパンを食べ終えた主任がぷい、とそっぽを向いた。


「あの……出かけませんか、二人で」

「ああ、今度は何に行きたいんですか? コラボカフェ? アニマート? あっ、最近BLカフェとかいうのも出来たらしいですよ」

「えっ、ほんと!? じゃなくて!! 普通にデートしようよってお話です!!」


 で……デートって……私と、主任が? お互い顔を見合わせて、お互いどんどん顔が熱くなるのが分かった。


「ま……まあいいですけど……」

「あ、いいんだ……」

「出掛けるのくらい、前はしょっちゅうしてたじゃないですか……」

「あ、ですよねえ……」


 付き合い始めて1週間。

 恋人がいた経験がまっっっったくない我々は、何をしていいか分からず、いまだに隣に座っても拳二つ分くらいの微妙な距離をあけていた。



『じゃあ明日デートじゃーん!!』


 通話画面の向こうにいるナカが、楽しそうな声を出した。

 主任と付き合い始めたことの報告に連絡しただけなのに、まさか明日出掛ける予定まで聞き出されるとは。ナカと話すとするすると言葉が出てくるからヤバい。


「そうっ……なんですかね……」

『いやデートでしょ。付き合ってない時は微妙かもしんないけど、付き合ってんなら完璧デートだよ☆』

「いやっ、その、デートってもっとリア充な人がするやつ……」

『そうそう、彼氏彼女がいるリア充な人がするやつね♡』


 じゃあ、何? 私と主任ってデートすんの? いや、それは分かってるんだけど、実感としてわくとどんどん恥ずかしくなってくるというか、こそばゆいというか……。


『可愛い下着つけて行きなよ♡』

「なんで下着……ッ!」

『あっ、みっすーがカマトトぶってる! 言ってあげよっか?』

「いい、いいです……」


 それが何を意味するのかを知らないほど私は子供ではない。だけどあまりに色々なことを知らなすぎる。

 こんなんでデートとやらに挑んでいいのか? もっとリア充しか知らない作法とかあるんじゃないのか?


「な……ナカ、助けて……ナカ……」

『だはは! 困ってるみっすーおもしれ〜から酒あけていい?』

「外道が……!」


 しかし相手はあの主任である。

 限界オタクで腐男子で童貞。付き合う前、好きと自覚する前に何度もイベントやら何やらで二人で出かけたことがある。今更何を緊張する必要があろうか。


 ……でも、一応下着の上下くらいは揃えておこう。


 まあ、そんなことは本当にありえない。明日もいつも通りアニマート行ったりとりのあな行ったり主任の原稿の相談にのったりBL論争したりする感じになるんでしょう。

 そう思っていた、のだが。


「あ、美澄」


 翌日、待ち合わせ場所である駅前に先に着いていた主任は、しっかり擬態した姿で立っていた。うん、ここまでは想定内。


「すみません、待ちました?」

「いや、さっき来たから大丈夫。じゃ、行こうか」


 しかしここからが想定外だった。

 主任の手が、するりと私の手をとって、指を絡めるみたいにして握ってきたのだ。反射的に手を振り払うと、「あ、ごめん」と笑いながら言われた。


「びっくりしたな?」

「あっ、はい、あの、ああいうのは、宣言していただくと」

「なら、手繋いでいい?」


 手繋いでラブホ街歩くだけで動揺してた童貞のくせに!!

 しかしここでキョドるのは何か悔しい。なるべく平静を装って、手を差し出すと、ぎゅっと握られた。

 手ぇ熱、いや、元々主任の手ってこんなもんか。なんか、私ばっかり緊張してるような気がする。


「きょ、今日どこ行くんですかっ? あの、アニマートとか……」

「それもいいかなって思ったけど、なんかこの映画面白いらしくて」

「ひっ」


 童貞が映画のチケット出してきた! しかもアニメじゃない!! いわゆるデートムービーと言うべきものなのでは。

 なんか、なんかおかしい。


「あっ、あの、チケット代あとで払いますねっ!?」

「いいよ。俺が美澄と出掛けたかっただけだし」


 この童貞!!!!!!!


 映画はきっと面白かったのだろうけど、まったく集中できなかった。だって観てる間も手繋いでくるから。

 まああの主任だし、この後はあの男キャラとあの男キャラの関係性がどうとかこうとか話したいに違いない。


「どっ、どこか話せるところとか」

「そうだな。あ、美澄。前にここの本いっぱい置いてるカフェ気になるとか言ってなかったっけ」

「ほぁ」


 言った覚えはあるけどほんとにちらっとしか言ってないし、そんな細かいこと覚えててまじで一緒に行くことある!? しかも手繋ぎっぱなしだし、体近いし、なんかこれ、絶対…………!

 極度の緊張により、思考回路がぱんっと途切れたみたいになった。そうすると、いわゆる……一周回って冷静な瞬間が訪れて、カフェに入って開口一番。


「無理してますよね」


 そう主任に言った。


「っな、にがぁ? してないしてない、無理とか」

「いや声裏返ってますけど。なんですか、今回の参考文献はスパダリ攻とかですか」

「スパダリは受に決まってんじゃん! あっ違う、今の違います」

「別に本性丸出しで喋っていいんですよ。元々そういう人って知ってるんですから」


 主任は喉を詰まらせたみたいに唸った後、深い深いため息をついた。


「ちゃんとしないとって思ったからぁ……!」


 やっぱりか。


「だって俺こんなんだしオタクだし腐ってるし、絶対今のままじゃどっかで愛想尽かされると……」

「だからって急すぎるでしょ……」

「少女漫画めちゃくちゃ読んで予習したから! この後壁ドンと顎クイがあるよ!」

「やめなさい」


 もう自棄になったらしい主任は「これ面白かったから読んで」とRINEに少女漫画を連投してきた。この人、ゲイとかオネエではないけどそういう素養は確実にあるよな。


「……私も諸々初めてなので、手繋ぐとか、くっつくとか、もう少しゆっくりしてもらえると助かります」


 冷静になったはずなのに、さっき繋いだ手の体温が消えない。それで顔を覆うのが恥ずかしくて、なんとなく反対の手でやり直した。

 主任はそれを見てきょとんとした後に、反省してるのかしてないのか、きゅっと口を結んで頷いた。


「ごめん……気をつけます」

「はい」


 ようやくメニューを見る余裕が出てきた。


「主任、何にします? 私こういうコーヒーの違いまったく分かんないんですけど」

「俺も分かんないって。希空、前ジャンルでコーヒーの擬人化のやつ通ってなかったっけ」

「いや、少し布教されたけどハマるほどでは……って」


 今さらっと下の名前呼んだ? まだスパダリ続行か?


「……なっ、なんです、か……」


 いや、このキョドりっぷりは違うな、多分。


「……ゆっくりめでいきましょう、別に急ぐ話じゃないし」

「はい……」


 でも一応、次のデートの時くらいは私も下の名前呼べるように練習しとこう。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


向上優鷹:油断すると黒ずくめファッションになる。は!? 差し色って何!? 推しカラー持ってるオタクにならんこれ!?

美澄希空:油断するとアニメコラボTシャツとか着ちゃってる時ある。あーこのパーカー無難……いやだめだめこれヒ⚫︎マイのパーカーじゃん見る人が見たらわかるわ!!!

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