向上主任は私のことが
ネーム終わってるから原稿なんてちょちょいのちょいだよ! と思って、莉世さんから頼まれたアンソロ寄稿用の原稿にとりかかったはいいが。
「何この構図一生描けん!! 素材まったくない!! 助けてーーーーーッ!!」
安請け合いしたことを早々に後悔し始めていた。
ネーム描いた奴のバカ! まあ俺なんだけど! 俺があんな複雑な構図とか衣装とか描けるとかマジで思ってる!? ピクシヴで資料探してみるけどちょうど良さげなのがないし、プリスタの3D人形動かしてもなんか固くてぎこちない感じになるし!
こういう時頼りになるのは仙太郎だ。
仙太郎は飯おごるからって言えば大抵のポーズは撮らせてくれる。まあやりすぎだと怒られるけど。
美澄とどうなったのかとかも気になるし、仙太郎家に呼ぶか。
そう思ってスマホを取った瞬間、電話が鳴り出して無音の悲鳴が出た。なんか前にもこういうのありましたね!?
何なんもう、と一人で文句言いながら出ると、『おう』という低い声が聞こえた。
「……仙太郎、前から思っちょったけど、電話かける時はまず名乗れよ……」
『いいやろが別に。お前今どうせ暇やろ』
「全然暇やないって。あ、仙太郎が暇なら今からうち来て、ちょっと原稿……」
『美澄に振られたけん、お前美澄のこと送って帰れ』
……はい?
「えっ、なんで!?」
『なんでもクソもあるか。10分で来い』
「無茶言わんで!? 今どこなん!?」
『湯の花公園』
慌てて準備していると、電話の向こうの仙太郎が『そういや』と楽しそうな声を出した。
『もう俺お前の服の相談やら乗ってやらんけん、あとは自分でやれ』
「えっ」
『お前が嫌っち言っても諦めんし手引かんけん。ほんじゃ、はよ来い』
「ちょ、仙太郎!?」
♢
10分……はさすがに無理としても、主任は思ったより早く来た。
息を切らしながら公園に入ってきて、私を見つけると走って駆け寄ってくる。ぼさぼさの髪に野暮ったい眼鏡。誰が見ても向上主任だとは気付かないだろう。
私だって気付かなかったらこんなことになってなかった。
「美澄……っ……仙太郎は?」
「あの、先に帰るって……今主任のこと見たら殴りそうって言ってました」
「何それ怖……」
主任に好きって言われてから、初めてこうやって二人きりになる。
ばくばくと鳴る心臓を抑えるみたいに深呼吸して、ベンチから立ち上がった。
「とりあえず帰るか……もう暗いし、送る」
「は……はい……」
「……あの……美澄」
歩き出そうとすると、主任が気まずそうな声を出した。
「な、何でしょう……」
「仙太郎から聞いたんだけど」
ぎくりと体が強張った。仙太郎さんが電話口で振られたと言っていたのは聞いたけど、主任はどこまで察したんだろうか。私も主任のことが好きっていうのはバレてる?
目をかたく閉じて、次の言葉を待つ。
「……俺が前に言ったことなら気にしなくていいから」
「……はい?」
「気遣ったんだろ? ごめん、ほんとあの時テンションが変だっただけだから」
体の底から冷えていくのが分かる。
主任は、そんな私に気付かないまま歩き出した。
「俺なんかのこと気にしないでいいよ。仙太郎のこと気になるんだろ? 絶対上手くいくと思う、なんとなくだけど」
……仙太郎さん。さっそくRINEしそうです。見切りつけるっていうか、この怒りを誰かに発散しないと無理。
特に、目の前にいるこの男にぶちまけないと無理。
「……好きって言ったくせに、なんでいつも通りなんですか」
そう言うと主任の足は止まった。でもこっちを向かないまま、「あは」と乾いた笑い声を出している。何わろとんねん。
「だから、それは何か変なテンションで言っちゃっただけで」
「考え直してなんか違うなってなっちゃったんですか? まあそうですよね。私こんなんですし」
ああ、さっきまでちゃんと前向けてたのに、どんどん猫背になっていく。
自信なんかあるわけない。だって私はブスだしデブだし地味だしオタクだし性格だって無愛想だし最低だしそのくせ悪者になりたくないって騒ぐ意気地なしで、誰かに好かれる要素なんかあるわけない。
仙太郎さんのはきっとまぐれで、こんな私が誰かから、好きな人から好かれるなんてありえない。
ちょっと考えれば分かることなのに、何を浮かれてたんだろう。
「え、あの、美澄?」
「一人で帰ります」
さっと去れたらまだよかったのに、情緒がぐちゃぐちゃになって前がよく見えなくて、石に蹴躓いてその場にすっ転んだ。
膝を擦りむいたらしく、ひりひりと痛む。それでも、差し伸べられた主任の手を取る気にはなれなかった。
「美澄、ちょっと落ち着いて……」
「落ち着いて考えたらわかりました。主任が私なんかのこと好きになるわけないですよね!」
自分で思ってるより大きい声が出た。
「私ブスなんですよ!!」
さっき泣いたぶち腫れた目をもう一度擦る。袖が湿って、本当に嫌になった。
「地味だしオタクだし、江間さんみたいにたっかい声出してすごーいって言えないし、ナカみたいにお洒落じゃないし、他の人みたいに仕事出来なくて要領悪いし、性格も最悪だし、可愛くないし!! 好きって言っちゃったけどなかったことにしたいんでしょ、やっぱ考え直したら違ったんでしょ!?」
小さい頃からずっと分かってた。
性別も容姿も身分も何もかも超えた好きなんて物語の中だけの話で、私みたいなのはきっと誰からも好かれない。好かれようって努力したり、好かれてるかもって期待するのすらみっともない。
ちゃんとわきまえてる。私は、私なんかそんなたいそうなものじゃないことをちゃんと知ってる。
それなのに身分不相応な夢を見てしまっていた。
「一人で帰ります。もういいです。さっさとどっか行ってください……」
追い払うように振ろうとした手を、子供みたいに温い手が掴む。
「……ごめん、美澄」
顔をあげると、主任と目が合った。
「もう誤魔化したり、嘘ついたりしない。だから、ちゃんと聞いて」
主任の声が少し震えてる。どこか冷静な頭が、この人も私と同じなんだと思わせた。
私もこの人も、拒まれるのも傷つけるのも怖い。
それでも、どっちかが踏み出さないと、もうどうにもならないところまで来ている。
「美澄が好きだ」
なのに、私だけがこの期に及んでまだ、主任のそれを受け入れるのを怖いと感じていた。
「うそ、うそですよ。だって私と主任じゃ釣り合わないし、主任モテるし」
「周りがどうとか、釣り合うとか釣り合わないとか、そういうのもう、全部どうでもいいってくらい好きなんだよ」
「……じゃあ主任、私みたいなのとキスしたり出来るんですか」
悪態みたいに吐いた言葉に、主任が「うん」と頷く。
「出来るよ。しようか、今」
返事をするより先に、私より骨張った指がするりと頬のあたりを滑った。顔が、体温が近い。主任の、匂いがする。
「あのっ、しゅにんっ……」
「口、閉じてて」
緊張に耐えきれなくて、口も目をぎゅっと閉じる、と。
ふに、と何かやわいものが触れる感触がした。
……額に。
「……は」
「いや、ごめん、あの」
目を開くと、主任が目を泳がせながら口元を手で覆った。
「い、いま、なんか急に冷静になっちゃって、これ限界で」
「……はぁ」
「いや、全然出来るんだけど!? もっ、もっと日を改めさせていただきたいというか、歯磨き100回してからがいいというか」
「はぁ……」
「何だよその顔ぉ!」
「いや……」
受け入れるのが怖いとか、私なんかが好かれるわけないとか、そういうの全部吹っ飛んだ。
「主任……私のこと本当に好きなんですねえ……」
「だからそう言ってんじゃん!?」
ここまで読んで頂きありがとうございます!
向上優鷹:キスしたことない。
美澄希空:キスしたことない。




