向上主任はヘタレのドアホ
優鷹は、昔っからドがつくアホやった。
「おまえ、何しよん」
幼稚園の庭の隅っこで一生懸命石と石擦り合わせてる変なやつがおったけん、話しかけた。
「んぇ」
変なやつは間抜けな声出してこっち向いた。アホ面なんに、妙に顔が整っちょって、よう分からんけど一歩後ろに下がった。
「砂作っちょる……」
「砂ぁ?」
「姉ちゃんがな、砂っち石がけずれて出来ちょるっち言いよったけん、こうしたらいっぱい砂出来て、ゆたか用の砂場作れるよっち」
……いやアホか。
そんなちっちゃい石で砂場作れるわけないやん。こいつそんなんも分からんのか。っちゅーか砂場使いたいんならあっちの砂場使やいいやん。
砂場の方見ると、いっつもぎゃーぎゃーうるさい奴らが自分らの縄張りみたいに使っちょる。
「来い、砂場行くぞ」
「えっ、でも今ケンちゃん達が使いよんけん、来んなっち……」
「そんなん関係ないやろ。みんなのなんやけん、ケンジぶっ飛ばしてのかす」
「やめなよぉ!!」
アホでヘタレで弱虫の泣き虫。こいつは俺がおってやらんと何も出来ん。そう思うのには充分すぎる出会いやった。
ただ、そう思えたのは中学までやった。
「また向上が学年一位かー」
「あいつガリ勉やしまあ納得よな」
「しかしあいつ、なんであんなんと仲良いんやろ」
「ああ、宮本? やべぇよなぁ、こないだヤクザに喧嘩売ったっち聞いた」
「マジ!? やっば!!」
「あんなん、一緒におるだけで内申下がる……」
「おいっ! 後ろ! 宮本!」
「えっ……ヒッ!」
蓋を開けてみると、優鷹は勉強できるし真面目やし人当たりもそげん悪くないしで、俺がおらんでも充分やれる奴やった。まあアホやけん一緒にいちゃるけど。
俺の方は、ガキの頃は周りから受け入れられちょった性格が、学年があがるとどんどん周りから「変えろ」「やめろ」っち言われるようになった。
別に俺は何もしちょらん奴殴ったことないんに、気に入らんかったら殴る最悪の奴っち皆が言うようになった。
じいちゃんも親父も母ちゃんも、びーびー泣きながら「どこで育て方間違えたん」っち言いやがった。
俺は何も間違ってないやろ。俺は、何も。
「いや、仙太郎は実際やばいやろ」
中3の頃になんでか気が向いて、優鷹にそういう話したら、アホ面でそう言われて反射で拳骨くらわした。
「すぐ手ぇ出るのよぅないけんな!? マジで!!」
「しゃーしい。何なんお前、もう帰れ。死ね」
「死なんし! でも仙太郎も実際自分のことやべえなっち思っちょるけん、家でも学校でも猫背んなってコソコソしよるんやないん?」
こいつアホのくせにたまにまともなこと言いよる。
「カツアゲやめさしたんも、ちーちゃんのヤバい彼氏殴ったんも、全然悪いことやないやん。なんでコソコソするん」
「……いいやろが別に」
「殴って解決するんじゃ、胸はれんっち思ったけんやろ」
アホのくせに生意気やったけん蹴ったらまた文句言われた。
まあアホの言うことも一理ある。俺が正しいことしよってもコソコソしちょるのは、俺に自信がないけんや。
そう思ってからまず形から、胸を張ることにした。
そしたら、自分でもよう分からんまま、自信がついた。誰に何て言われようが分かる奴だけ分かりゃいいと思えるようになった。なんでそう思えるようになったんか、ずっと分からんかった。
希空が「頑張ってるから」とか言うまでは。
最初は何ダサいこと言っちょん、と思ったが、時間をかけてそれがしっくりくるようになった。
俺が胸を張れるのは、根拠を作り上げたから。言われて初めて気付いた。前々から優鷹が好きんなったにしちゃまともやんとは思いよったけど、確かに、好きんなる気持ちが分かった。実際、俺も惚れた。
やけど、ずっと優鷹のことがひっかかる。
あいつは俺がおってやらんと何も出来んくせに、俺が希空んこと好きやっち言っても止めんかった。変な顔はしよったけど、何も言わんかった。
希空のことが好きなんに、そのことだけにはずっと胸を張れん。
……まあ、希空の言う「お返事」とか言うのを聞きゃ、少しはスッキリするやろ。どっちに転ぶかはまったく分からんけど。
夕方、希空に言われた通り、あいつの会社の近くの公園に行く。ベンチで俯いちょる希空に声をかけると、顔は疲れ切っとるくせに目だけ真剣で、妙に落ち着いたあいつがおった。
「仙太郎さん……」
どんな返事をかましてくるのか、その様子だけで分かった。
♢
「……隣、座るぞ」
私の隣に座ることに何の躊躇いも持ったことがない仙太郎さんが、初めて許可を求めるみたいにそう言って、私が頷くのを見てから隣に座った。
何度も感じた男物の香水の少し甘ったるい匂いがして、色んな思いが込み上げる。
「あの……私」
「ああ」
言わなきゃ。ちゃんと、冷静に。私は最低な人間で、仙太郎さんを今から傷つける。逃げずにちゃんと悪者になる。
そう思って何度も脳内でシミュレーションしたのに、いざ仙太郎さんを前にすると何も言葉が出てこない。
だって仙太郎さんが優しい。最初は怖いと思ってたのに、一緒にいればいるほど色んな面を知った。
髪の毛を触る時の手つきが優しいこと。ゲームがめちゃくちゃ下手なこと。笑顔が結構幼いこと。オタ活にやけに詳しいこと。勧めたら勧めた分、色んなジャンルにハマってくれること。
一緒にいて楽しい。ドキドキする。好かれて、すごく嬉しかった。
膝に置いた手の上に、ぱたりと水滴が落ちた。
どのツラ下げて泣いてるのかと、自分でも思うけど、止まらない。
「仙太郎さんに……好きって、言ってもらえて、本当に嬉しかったんです……」
「……うん」
「でっ、でも、私なんかじゃ、釣り合わないし、あの、私なんか、みたいな……」
「…………うん」
違う。これは言い訳だ。
「私……好きな人が、いるから、仙太郎さんと付き合えないです……」
誰に好かれてるかなんて、恋心には何の影響も与えない。
本当に、その通りだった。
「……そうか」
仙太郎さんが短く言った。
「そんなら、ちゃんと胸張れ」
胸なんか張れない。ふるふると首を横に振ると、仙太郎さんがわしわしと髪の毛を撫でてきた。
「下向くな。前向いちょけ。何も恥ずかしいこと言っちょらんやろが」
「恥ずかしい、っていうか、申し訳なくてっ、私、仙太郎さんにひどいこと……」
「……いや、俺も悪かった」
仙太郎さんの方を見ると、悲しそうに笑っていた。胸が締め付けられて、吐きそうになる。
「俺も、本当は迷っちょるんにお前に好きっちた」
「迷ってる……?」
「好きな奴っち、優鷹か」
迷ったけど、頷いた。
ここで嘘をつくのは誠意が足りない。
仙太郎さんは、深いため息をついた。
「……その上で、まだお前んこと好きやけん付き合えっちっても駄目なんよな?」
「……はい、すみません。私なんか好きになってもらってすごい申し訳ないんですけど、そんな器用なこと出来ない……」
「出来ちょったら好きんなっちょらん。お前は全然、自分なんかやないやろ。ちゃんとしちょけ」
仙太郎さんから切られた前髪は、少し顔をあげるだけでちゃんと前が見える。泣いてぐちゃぐちゃになった顔も隠せない。
私なんかって思うのに、そう思うことが恥ずかしくなってくる。だって仙太郎さんは、こんな私なんかを好きになってくれた。
「ごめんなさい、ほんと……でも、本当に、嬉しかったです。ありがとうございます」
ちゃんと胸を張って、仙太郎さんの目を見れた。
「おう」
手が、頭から離れてく。仙太郎さんを傷つけた感覚だけが体に残った。
「すいません……ほんと……」
「別に気にしちょらん。お前と優鷹がちゃんと付き合うとは限らんし」
「え」
あれ、雲行きが、怪しい。
「あのヘタレ相手やぞ? そうやってうじうじしよったらすーぐにジジイとババアになるわ」
「い、いや、別にそれでも、いいですし」
「どうしても誰かおらんと嫌っちなった時にお前どうする? 俺はいつでも空けちゃるけど」
「仙太郎さん!? あの、私が言うのもあれなんですけど、私仙太郎さんのこと振ったんじゃ」
仙太郎さんがふ、と笑った。
「実際、希空も俺か優鷹かで迷いよったやろ。あと少しでいけるかもしれんのに諦めんやろ」
「……え、えぇ?」
「早めに優鷹に見切りつけぇよ。どうせなら早い方がいいやろ」
初めて、仙太郎さんの笑顔を怖いと思った。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
美澄希空:子供の頃はいじめられっ子。真面目に掃除してよって男子達に言ったりキレて職員室に帰った先生を呼びにいく役割を押し付けられていた。
宮本仙太郎:子供の頃はいじめっ子。性根が初心なのであまり女の子に構わず、気に入らない男子にすぐ暴力を振るっていた。




