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向上主任は振り向かない

「おばちゃん、二人! 席空いてる?」

「あらっ、あずちゃん! その子は?」

「職場の子〜♡」


 定時後、江間さんが私を連れてきたのは、江間さんに似合わない昭和っぽい古い食堂だった。壁に貼られてるメニューを眺める限り、財布にあまり打撃のない値段をしている。本当にここでいいのかなと思って江間さんを見ると、江間さんがにこりと微笑んだ。


「唐揚げ定食が美味しいよ。おすすめ♡」

「じゃっ、じゃあ私はそれで……」

「あたしはダイエット中だから焼き鮭定食のご飯少なめだけど♡」


 えっ、今、私の腹見た? 私の被害妄想か?


 なんか、江間さん怖い? 前より棘があるような感じがする。視線も言葉も、肌をちくちく刺すような……。

 カウンターの端っこの席に座ると、壁と江間さんの間に追い詰められるような心地がした。


「で? 相談ってなあに?」

「えっ……と……」


 甘ったるい声はいつもの江間さんと同じなのに、どこか圧迫されるような雰囲気を感じる。

 でも一人じゃもう抱えきれなくて、私は。


「その……向上主任の、ことで……」


 ぽつぽつと、話し始めた。


 仙太郎さんのことも、主任のことも、主任が好きだけど仙太郎さんのことを傷つけたくないことも。


 私の相談を一から十まで聞いて、江間さんは眉尻を下げる。


「そっか……それは辛いよね……迷うよね……」


 ああ、やっぱり江間さんは天使と呼ばれるだけあって、本当に優し……。


「とか言ってあげたら満足?」


 ……は?

 江間さんの方をもう一度見ると、何食わぬ顔で塩鮭定食を前に手を合わせていた。いや、は?


「さっきからうんうん♡ って聞いてあげてたけどさ〜、美澄さん、自分が言ってる通り最低だよ♪」

「えっ、あの」

「何? そんなことないよって言って欲しかった?」

「いや、そういうわけでは」

「じゃあちゃんと本音で言うね♡」


 前に一緒に食事をした時には一口が小さいな、と思ったはずの江間さんは、大口をあけて白ご飯を放り込んだ。


「美澄さんの言ってること要約すると、向上くんと両思いでうれしいんだけど、その仙太郎さん? とかいう人にもいい顔し続けたいってことでしょ? 最低だよ〜♪」


 自覚はしてたけど他人に、しかも天使だと思ってた人に言われるとなかなかきついものがある。


「あ……やっぱりそうですよね……」

「そうそう! なーに一丁前に傷ついた顔してんの? 一番可哀想なの振り回されてる向上くんと仙太郎さんじゃ〜ん♡」

「そうですよね……ッ」


 江間さんの言葉が全部ざくざくと心を切り刻んでいく。しかしこの言葉を受け入れねばなるまい。


「向上くんも向上くんで最悪のタイミングで告ってるけど、美澄さんはちゃんとそんなになる前に察さなきゃいけなかったよぉ」

「そんなの私みたいなのには無理です……」

「それは言い訳だよ、見苦しいねえ♡」


 でもそろそろ心が折れそうだ。


「……ですよね、私みたいな最低な人間、他にいないですよね……」

「ん? 少なくともあたしの周りにいる奴はみーんな最低だよ?」

「えっ!?」


 聞き返すと、江間さんはあっけらかんとした顔で「当たり前じゃん」と続けた。


「皆、振られたり拒まれたりして独りになるのが怖いから嘘ついたり駆け引きしたりするんじゃん。美澄さんだけが誠実でいられるわけないよ。子供じゃないんだから」

「江間さんも……そうなんですか」

「うん」


 からん、とお冷の中の氷が溶ける。


「ずっと好きな人がいたんだけど、振り向いてもらえないのどっかで分かってたから、何回も諦めようと思って他の人と付き合ったりしたよ。ちゃんと、元彼全員に『今まで出会った中であなたが一番好き♡』って思ってもないのに言ってた」

「……それ、別れる時、相手がすごく傷つくんじゃ……」

「それが何?」


 それが何って、と返そうと思ったら、その冷たい目に何も言えなくなった。


「あたしがその人を好きだって言ってんのに、他の誰が傷つこうがどうでもよくない?」


 江間さんを、舐めていた。


 可愛くて優しくて、私みたいなオタクにも親切にしてくれる心底の善人だと思ってた。

 だけど、今思えば全然違う。あの柔らかい笑顔には人に有無を言わせない強さがある。それはあの恵まれた容姿のおかげだと思ってたけど、きっとそれだけじゃない。


「美澄さんは逃げてるだけでしょ? 悪者になりたくないって騒いでるのが一番見苦しいよ」


 全部食べ終えた江間さんは、「お代よろしく」と立ち上がった。


「江間さんっ! その……ありがとうございます」


 後ろ姿に声をかけるけど、江間さんは振り向かないで店を出てしまう。その背中を追おうとは思わなかった。必要なことは全部教えてもらった。

 私と江間さんは違う生き物だ。あんなに強くはなれない。

 でも、見習わないといけない。


 米の一粒まで綺麗に食べあげて、お冷を一気に流し込む。背筋を伸ばして、深呼吸して、仙太郎さんにRINEを打った。


『明日お返事させてください』



 珍しく、希空の方からRINEが来た。


「お返事て」


 会って、告って、二人で出かけるようになって結構経つっちゅーに、いまだに他人行儀な態度をとってくるのが可愛い。

 画面見ながら笑っちょったら、アホの後輩が「宮本さん一人で笑ってると怖いっすよ」とかなんとか文句言ってきよった。うざい。


「どこで笑おうが俺の勝手やろが」

「いやだから怖いんすって。何すか、彼女すか?」

「ん、まだ告っただけ。見るか?」

「えっ、見たいっす見たいっす」


 希空の写真を見せると、アホは首をひねりやがった。


「この子……まあ、癒し系っすよね……」

「は? めちゃくちゃいいやろうが」

「いやいやいや、悪いとか言ってないじゃないすか! ただ、宮本さんモテるのになんで……」

「こいつが一番いい女やけんに決まっちょる」


 一緒におって楽しいし、オタクっぽい話の時に一生懸命になっちょるのがマジで可愛い。


 でも、一緒におるといつも優鷹のことがちらついた。


 あいつ根っからヘタレやし、希空がだめやったらマジでこれから女に目向けることなんかありえんかもしれん。やっぱり、諦めて、あいつに譲って……。


 ……いや、違うわ。今のなし。

 希空はものじゃない、っち、珍しく優鷹がアホのくせにまともなこと言いよった。


「分かんねえっすわ……」

「まあ分からんでいいわ、俺が分かるけんいい」

「えぇ……」


 スマホを置いて、仕事に戻った。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


美澄希空:冴えない女が好きだーッ!という気持ちをぶつけるように作ったキャラ。モデルは高校時代の友達。

江間あずさ:当て馬の女欲しいよね〜!という気持ちで作ったキャラ。モデルっていうかフェミニズムっぽい漫画のキャラ達の合成獣。

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